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タイプ「神社・寺院・教会」

鎌原観音堂の写真

鎌原観音堂 ( 群馬県 嬬恋村 )

1783(天明3)年の浅間山大噴火の時に、鎌原村(現在の嬬恋村の一部地域)を埋め尽くした浅間山噴火土石なだれから残った唯一の建物。大噴火の土石なだれは、時速100km以上のスピードで火口から12km離れた鎌原村を襲い、村は5~6mの深さに埋もれた。  災害前の観音堂は村から石段で50段上がった場所にあった。その階段を駆け上がって助かっ...

黒瀧山不動寺の写真

黒瀧山不動寺 ( 群馬県 南牧村 )

標高870mの黒瀧山に立つ山岳信仰の霊場。上州南牧谷の奥深い黒瀧山の岸壁から滝しぶきの舞う所にあり、山門から不動堂、本堂、黒瀧泉、そして開山堂とつづく。江戸時代前期の1675(延宝3)年、徳川綱吉が帰依した潮音禅師によって中興開山された。  行基作と伝わる不動明王を安置し、厄除けの不動の霊場として千余年の歴史を重ねる静寂幽玄...

茂林寺の写真

茂林寺 ( 群馬県 館林市 )

茂林寺前駅の南東約300m、杉の茂った平地にある。1426(応永33)年開山の末寺18カ寺を有する大寺で、むかし話で登場する「分福茶釜」*があるので有名。山門を入ると、ユーモラスな22の大きな陶製の狸が両側にずらりと並んで迎えてくれる。本堂内の宝物室には分福茶釜を初め狸のコレクションや寺宝が展示されている。  茂林寺沼とその周辺は...

高崎白衣大観音の写真

高崎白衣大観音 ( 群馬県 高崎市 )

1936(昭和11)年、高崎市の実業家井上保三郎氏*によって、高崎歩兵第一五連隊戦没者慰霊供養、観光高崎の建設を目的に、白衣大観音像が建立され開眼法要された。  高さおよそ42m、9階に分かれた内部には20体の仏像が安置され、上部まで階段で胎内巡りができる。上部からは三国山脈、秩父・八ガ岳、赤城の山々が眺望できる。参道にはみや...

少林山達磨寺の写真

写真提供:少林山達磨寺

少林山達磨寺 ( 群馬県 高崎市 )

市の西、鼻高丘陵の北斜面にある。その昔、行基菩薩作とされる観音菩薩をお祀りする御堂があった。江戸時代に碓氷川の氾濫の折流れ着いた光り輝く香木で、一了居士が達磨大師坐像を彫刻し安置したのが達磨寺となる由縁である。  1697(元禄10)年に水戸光圀公の帰依された心越禅師を開山と仰ぎ、前橋城の裏鬼門を護る寺として、第5代前橋城...

榛名神社の写真

榛名神社 ( 群馬県 高崎市 )

榛名湖南西約2kmの榛名山中腹にある。延喜式内社で創立は用明天皇(585~587年)のころと伝わる古社。修験者の霊地として古くから榛名山信仰の参詣者を集め栄え、中世以降は神仏習合し満行宮とも称して、上野寛永寺の管理下に繁栄を極めた。  境内は約15万m2、老杉・奇岩・渓流に囲まれて山気に満ち、社殿は屹立する巨岩の間に...

三夜沢赤城神社の写真

三夜沢赤城神社 ( 群馬県 前橋市 )

県内外に散在する赤城神社約300社の総本社のひとつといわれる神社である。杉木立ちの中に、上野国二の宮*と称されるこの社がある。社伝によると、古代、豊城入彦の命の子孫である上毛野君という氏族の創祀といわれ、戦国時代には、上杉・北条・武田の3氏を始め各武将の崇敬を集め栄えた。  本殿・中門などは県の重要文化財。神社の北裏2km...

大光院の写真

大光院 ( 群馬県 太田市 )

太田駅の北西約1.8kmにあり、「子育て呑龍さま」と広く呼び親しまれている。1611(慶長16)年、徳川家康が先祖とした新田義重の旧跡を訪ねて寺を建て、呑龍上人(どんりゅうしょうにん)*を招いたと伝えられる。呑龍上人は、当時農民の間で行われていた赤子の間引を悲しみ、農民を説得し子育てにつとめたので子育呑龍と慕われるようになった。...

一之宮貫前神社の写真

一之宮貫前神社 ( 群馬県 富岡市 )

上州一の宮駅の北西、北は高田川、南は鏑川の清流にはさまれた丘陵上にある。創建は社伝によると現在の社地に社を定めたのが西暦531年とされる。  参道を登りつめると朱塗の大鳥居が立ち、その鳥居をくぐると下りの石段の下に社殿が整然と立ち並ぶ。総漆塗極彩色の本殿は、1635(寛永12)年、江戸幕府第3代徳川家光によって造営されたもの...

妙義神社の写真

妙義神社 ( 群馬県 富岡市 )

妙義山の主峰、白雲山(1,104m)の中腹にある。今からおよそ1500年前、宣化天皇の時代に創建されたと伝わる古社。春には参道や神社境内にある樹齢200年余りのしだれ桜が見事である。樹木がうっそうと茂る奥深い境内には、色鮮やかなお堂が立ち並ぶ。  黒漆塗り、権現造り*の本殿をはじめ各社殿とも江戸時代の建築様式の壮麗なもの。また関...

氷川神社の写真

写真提供:氷川神社

氷川神社 ( 埼玉県 さいたま市 )

大宮駅の北東約1.5kmにあり、武蔵国一宮として知られる延喜式内の古社である。関東に多い氷川神社約280の総本社でもある。新都心駅近くの一の鳥居から2kmも延びる参道は、車も通行できるが、一部は歩行者専用になっている。参道の両サイドは杉、ケヤキ、スダジイ、エノキなど30種以上、約650本の樹木が二の鳥居、三の鳥居へと導く。長い参道...

玉敷神社の写真

写真提供:Masao Inomata

玉敷神社 ( 埼玉県 加須市 )

埼玉県北東部の加須市にあり、延喜式神名帳に名を連ねる古社である。現在より数百m先の正能(しょうのう)地区にあったが、兵火にあって焼失。その後私市(きさいち)城の大手門前に再建されたが、程無く(1627(寛永4)年頃)現在地に移転鎮座した。本殿・幣殿は1816(文化13)年の建築、拝殿は1898(明治31)年の修築、神楽殿は1836(天保7...

妻沼聖天山歓喜院の写真

写真提供:妻沼聖天山歓喜院

妻沼聖天山歓喜院 ( 埼玉県 熊谷市 )

熊谷市の真北、妻沼集落の北西にある。『源平盛衰記』や歌舞伎の『実盛』物語で知られる斎藤実盛が、 1179(治承3)年に聖天堂を創建したのに始まり、次いで実盛の次男実長(阿請房良応)が別に歓喜院を開山したという。明治初年、一山すべて歓喜院所属となったが、中心は聖天堂である。  聖天堂の本尊大聖歓喜天は弘法大師が唐より仏法の...

喜多院の写真

写真提供:喜多院

喜多院 ( 埼玉県 川越市 )

川越大師として親しまれている天台宗の関東総本山で、市街北東部にある。830(天長7)年、慈覚大師の草創になり、1588(天正16)年、天海僧正が来住して寺運が開けた。しかし 1638(寛永15)年の川越大火では山門を残し、すべて灰と化した。  喜多院には江戸城内の建物の遺構である客殿・書院・庫裏などが残るが、これらは大火のあと徳川家...

宝登山神社の写真

写真提供:宝登山神社

宝登山神社 ( 埼玉県 長瀞町 )

今から1900年ほど前、日本武尊(やまとたけるのみこと)*が東征の帰途、山容の美しさに惹かれ山頂を目指すと山火事に遭遇し、神犬(山の神の使い)の助けを得て、無事に宝登山山頂に神霊を祀った事が、宝登山神社創建の始めと伝えられる。ご神徳は火防盗賊除、諸難除として高く、多くの参拝者で賑わう。  現在の社殿は1874(明治7)年に建...

三峯神社の写真

写真提供:三峯神社

三峯神社 ( 埼玉県 秩父市 )

関東の山岳信仰の霊場として知られる。三峰の名称は、景行天皇が訪れた際、妙法ケ岳、白岩山、雲取山の美しく連なることから名づけられたという。  境内は広く、古木に囲まれて色鮮やかな1661(寛文元)年建立の本殿と、1800(寛政12)年建立の拝殿が並ぶ。拝殿前に続く石段の両脇に、樹齢約800年のご神木がそびえる。  創祀は日本武尊(...

秩父神社の写真

写真提供:秩父神社

秩父神社 ( 埼玉県 秩父市 )

秩父市の中心に鎮座する。三峯神社・宝登山神社とともに秩父三社に数えられるこの社は、崇神天皇のころの創始といわれる古社で、明治維新前は秩父妙見宮と称されていた。広い境内に権現造*の本殿・幣殿・拝殿が鎮まり、左甚五郎作と伝えられる龍虎の彫刻をはじめ、社殿には華麗な彫刻が施されている。  日本三大曳山祭のひとつに数えられ...

高麗神社の写真

写真提供:高麗神社

高麗神社 ( 埼玉県 日高市 )

JR川越線・八高線の高麗川駅から徒歩約20分。西武線高麗駅からは徒歩約40分。  高麗神社は、奈良時代に創建され、高句麗からの渡来人高麗王若光を主祭神としている。若光は高句麗からの使節として渡来した。朝廷から「王姓(こきしのかばね)」を賜っていることから高句麗の王族出身者と考えられている。716(霊亀2)年に高麗郡が置かれ、...

子ノ権現天龍寺の写真

写真提供:子ノ権現天龍寺

子ノ権現天龍寺 ( 埼玉県 飯能市 )

子ノ権現といわれるのは、子の年子の月子の日子の刻に生まれ、911(延喜11)年にこの地に天龍寺を開山した「子ノ聖」を高弟の恵聖上人が祀って天龍寺の境内に権現社の社殿を建立したことに始まる。天龍寺を子ノ権現社の管理をする別当寺とした。  天龍寺の本尊は十一面観世音菩薩で、12年ごとの子の年には子ノ聖の尊像が開帳される。

慈光寺の写真

写真提供:慈光寺

慈光寺 ( 埼玉県 ときがわ町 )

県内最古の寺で坂東三十三ケ所第9番札所。673(天武天皇2)年飛鳥時代に鑑真の弟子釈道忠によって開かれ、鎌倉時代は畠山重忠や源頼朝が厚く帰依したという。  都幾山麓から参道を登る途中の道端に8基の大型青石塔婆がある。さらに登ると古い伽藍が見えてくる。覆堂に入った開山塔、鐘楼などであるが、蔵王堂と釈迦堂は 1985(昭和 60)年...

誕生寺の写真

誕生寺 ( 千葉県 鴨川市 )

日蓮聖人*の生まれた地であることを記念して建立された寺で、日蓮宗の大本山である。1276(建治2)年、日蓮の弟子日家上人が上総興津(かずさおきつ)城主佐久間兵庫守重偵(さくまひょうごのかみしげさだ)の助けを受け建立した。ところが、1498(明応7)年の地震の際に津波で流失し、鯛の浦(妙の浦)を望む地に再建されたが、1703(元禄1...

清澄寺の写真

清澄寺 ( 千葉県 鴨川市 )

清澄寺は、清澄山(きよすみやま)の頂上近くに位置する。天津・小湊周辺には日蓮聖人*にゆかりの寺が多いが、その中でももっともゆかりの深い寺である。  771(宝亀2)年、不思議法師と呼ばれる僧がこの山を開いたといわれる。836(承和3)年、天台宗比叡山延暦寺の中興の祖・慈覚大師円仁師がこの地を訪れ修行したことから、天台宗の寺...

鋸山・日本寺の写真

鋸山・日本寺 ( 千葉県 鋸南町 )

鋸山は、富津市と鋸南町の境にそびえ、清澄山地の西端にあたる。文字どおり鋸の歯のような険しい稜線で、昔から東京湾に入る船の目じるしとされていた。頂上から山裾は一気に海へ落ち込んでおり、かつて房州石を切り出した石切場跡が絶壁となって随所に残っている。頂上には、360度の展望が得られる「十州一覧台」(じゅっしゅういちらんだい...

香取神宮の写真

写真提供:香取神宮

香取神宮 ( 千葉県 香取市 )

香取神宮は、佐原の町並みの東側、老杉生い茂る「香取神宮の森」と呼ばれる地に鎮座する。御祭神・経津主大神(ふつぬしのおおかみ)は、天孫降臨の折、鹿島神宮の御祭神・武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)と共に出雲へ赴き、大国主神(おおくにぬしのみこと)との国譲りの交渉を成功させた。それ故に、国家鎮護の神として奉祀されてい...

上総国分尼寺跡の写真

写真提供:市原市教育委員会

上総国分尼寺跡 ( 千葉県 市原市 )

市原市北部に位置する上総国分尼寺跡は、741(天平13)年の聖武天皇の詔によって全国に建てられた国分尼寺*の一つである。寺域は南北が372m、東西は北辺が285m、面積は約123,000m2に及び、全国の国分尼寺の中でも最大級の規模である。伽藍*は寺域の南西寄りにあり、南北200m、東西170mとなっている。  これまでの発掘調査によ...

成田山新勝寺の写真

写真提供:成田山新勝寺

成田山新勝寺 ( 千葉県 成田市 )

成田山新勝寺は、全国に8ケ所の別院のほか、60以上の分院・末寺・末教会・成田山教会を有する真言宗智山派の大本山である。境内、公園をあわせた面積は22万m2に及び、国指定重要文化財である仁王門、三重塔、光明堂、釈迦堂、額堂をはじめ、多くの堂宇や美術館、図書館などを有する。  大本堂の裏の丘陵地には、16万5,000m...

飯高寺の写真

飯高寺 ( 千葉県 匝瑳市 )

飯高寺(飯高檀林跡)は、匝瑳市北部の舌状台地上に立地する。境内の面積は約68,000m2で、全体が千葉県の史跡に指定されている。  1580(天正8)年から1874(明治7)年までの294年間、日蓮宗僧侶の学問所である檀林(だんりん)*として存在し、多くの僧侶を輩出した。最盛期には、600~800人の学僧が集まったと言われている。...

笠森寺(笠森観音)の写真

笠森寺(笠森観音) ( 千葉県 長南町 )

町の北西端に位置する笠森寺は、坂東三十三観音霊場の第31番札所であり、「笠森観音」の名で親しまれている。開創は784(延暦3)年、最澄によると伝えられており、観音堂*は後一条天皇の勅願によって1028(長元元)年に建立されたといわれる。  山頂の巨岩の上に建てられた観音堂は、日本でただひとつの『四方懸造り』として、国の重要文...

大山阿夫利神社の写真

写真提供:大山阿夫利神社

大山阿夫利神社 ( 神奈川県 伊勢原市 )

大山阿夫利神社は、約2,200年前の崇神天皇のころの創建と伝えられている。祭神は大山祗大神(おおやまつみのおおかみ)、高龗神(たかおかみのかみ)、大雷神(おおいかずちのかみ)で、延喜式内社に位置づけられている。755(天平勝宝7)年、東大寺別当良弁が堂塔・僧坊を建て、神仏混淆の時代が始まった。  源頼朝・足利氏・北条氏などの...

称名寺の写真

写真提供:(一社)横浜金沢観光協会

称名寺 ( 神奈川県 横浜市 )

北条実時(さねとき)*が金沢の別邸内に、称名念仏を行うための持仏堂を建てたのが寺の起こりと伝える。1267(文永4)年、下野薬師寺の審海(しんかい)を請じて開山とし、律院に改められた。寺は金沢北条氏の庇護のもと隆盛を極め、1323(元享3)年に描かれた『称名寺絵図並結界記』には、堂宇の建ち並ぶ姿が見られる。その後、鎌倉幕府が...

円覚寺の写真

円覚寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

北鎌倉駅のすぐ東に接する臨済宗円覚寺派の大本山。鎌倉五山の第二位に列せられている。1282(弘安5)年8代執権北条時宗が元寇の戦いの双方の戦死者を弔うために宋の高僧無学祖元*を招いて開山とし、この地に禅院を開いたのが始まりで、寺名は寺の起工の際、地中から円覚経を収めた石櫃(せきひつ)が出現したことによるという。その後、数...

円覚寺舎利殿の写真

円覚寺舎利殿 ( 神奈川県 鎌倉市 )

円覚寺塔頭の正続院*の内にある。方3間、単層、入母屋造、裳階付き、柿葺。わが国に現存する唐様(禅宗様)建築*の最古のものといわれ、扇垂木・粽柱・花頭窓など、いたるところによくその特徴を伝えている。以前は創建当初の建築とみられていたが、現在では室町時代に太平寺*の仏殿を移したものと考えられている。内陣に源実朝が中国宋か...

明月院の写真

写真提供:明月院

明月院 ( 神奈川県 鎌倉市 )

北鎌倉駅南東700mの明月谷の奥。数千株のアジサイの花が参道に並び咲くことからアジサイ寺とも呼ばれている。寺は、北条時頼が建てた最明寺跡に再興された禅興寺の塔頭で(禅興寺が明治初期に廃寺となり塔頭でなくなる)、室町時代初期、関東管領上杉憲方*によって開創された。  境内には1973(昭和48)年に再建された本堂、北条時頼廟、...

建長寺の写真

写真提供:建長寺

建長寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

臨済宗建長寺派の大本山で、鎌倉五山*の第一位に列する名刹。  1253(建長5)年5代執権北条時頼が宋の蘭渓道隆*を開山として創建した寺で、わが国最初の臨済禅専門道場となった。かつては七堂伽藍、塔頭49院を備えていたが、たびたびの火災で堂宇のことごとくを焼失、江戸時代になって将軍家の寄進を受けて、ようやく寺運は復興した。  ...

鶴岡八幡宮の写真

鶴岡八幡宮 ( 神奈川県 鎌倉市 )

鎌倉駅の北東、若宮大路の突きあたりにある。1063(康平6)年源頼義が奥州の前九年の役平定の後、京都の石清水八幡宮を由比郷鶴岡に現在の由比若宮を勧請し、その後1180(治承4)年鎌倉に本拠を置いた源頼朝は、大臣山のふもとに由比若宮を遷し、1191(建久2)年には大臣山の中腹に新たに御社殿を造営して源氏の守護神とした。これが現在の鶴...

瑞泉寺の写真

瑞泉寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

二階堂の東端、紅葉ガ谷にある。1327(嘉暦2)年、鎌倉幕府の重臣二階堂道薀が夢窓国師*を開山として一宇を創建、瑞泉院と称したのが始まりで、のちに初代鎌倉公方足利基氏が中興して瑞泉寺と号し、以来、鎌倉公方足利氏4代の菩提所として、おおいに栄えた。境内に大正時代以降に再建された総門・山門・本堂・地蔵堂・開山堂・鐘楼・客殿な...

長谷寺の写真

写真提供:長谷寺

長谷寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

由比ガ浜通りの西の突きあたりにある。参道を抜けて拝観口を通ると、回遊式庭園があり四季の花木が楽しめる。階段を登った観音山の山腹に観音堂・阿弥陀堂・観音ミュージアム・鐘楼などが並ぶ。  736(天平8)年、藤原房前が徳道上人を開山として創建した寺と伝え、本尊に長谷観音の名で有名な十一面観音立像を祭っている。ミュージアムに...

高徳院(鎌倉大仏殿)の写真

高徳院(鎌倉大仏殿) ( 神奈川県 鎌倉市 )

「美男におはす」(与謝野晶子の歌の一部)鎌倉の大仏として、あまりにも有名。  正式には大異山高徳院という寺の本尊である。寺の創建については明らかではなく、江戸中期の1712(正徳2)年、増上寺の祐天上人が中興して浄土宗とし、もと材木座光明寺の奥院であった。広々とした境内の奥、三方に回廊をめぐらした中央に露坐の大仏が鎮座し、...

杉本寺の写真

杉本寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

鶴岡八幡宮から金沢八景へと通じる金沢街道沿いの山腹にある。杉本観音とも呼ばれ、坂東三十三観音の第1番札所である。寺は、734(天平6)年、行基の開創と伝える鎌倉最古の仏地。1191(建久2)年源頼朝が参詣して寺領を寄進、再興した。その後も頼朝・政子・実朝らがたびたび参詣している。  茅葺の仁王門をくぐり、100段を超える急な石段...

海蔵寺の写真

海蔵寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

鎌倉駅の北西1.2km、扇ガ谷と呼ばれる静かな住宅街の奥にある。1394(応永元)年、上杉氏定が鎌倉公方足利氏満の命を奉じて建立した。  盛時は塔頭10院を擁したと伝わるが、今は、小ぢんまりとした境内に、1776(安永5)年浄智寺から移した仏殿のほか、本堂・鐘楼・山門・庫裏を数えるのみである。本堂は、関東大震災後、1925(大正14)年...

銭洗弁財天(宇賀福神社)の写真

銭洗弁財天(宇賀福神社) ( 神奈川県 鎌倉市 )

源氏山の西方、佐助ガ谷にある。三方を岩に囲まれた狭い境内に、社殿・社務所・茶店・奉納鳥居が並び、社殿脇の洞窟、奥宮に鎌倉五名水*の一つの銭洗水が湧き出ている。この清水で銭を洗うと倍になるという信仰で、広く人々に親しまれている。  社伝によれば、この霊水の発見は、1185(文治元)年、源頼朝の夢枕に現れた隠れ里の主、宇賀...

光明寺の写真

光明寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

材木座の海岸近くにある浄土宗の大本山。境内は広く、壮大な山門をくぐると、17間四面の大殿をはじめ、開山堂・大聖閣・書院・方丈・鐘楼などが軒をつらね、大寺の格式を誇っている。  寺の起源は、4代執権北条経時が佐助ガ谷に一宇を建て、蓮華寺と称したのが始まりとされており、1243(寛元元)年現在地に移して、寺号を改めた。その後も...

寒川神社の写真

写真提供:寒川神社

寒川神社 ( 神奈川県 寒川町 )

相模國一之宮の寒川神社は、八方除の守護神として約1,600年の歴史を有し、古くは朝廷をはじめ、源頼朝、武田信玄、徳川家代々、さらには民間と幅広い信仰を受けてきた。  約1万5,000坪の広大な敷地の中に、御本殿、神門、神馬舎、手水舎、南門、納札殿、客殿、人形奉斎殿、三の鳥居などを有する。現在の御本殿、幣殿、拝殿、翼殿、回廊など...

平間寺(川崎大師)の写真

写真提供:平間寺(川崎大師)

平間寺(川崎大師) ( 神奈川県 川崎市 )

平間寺は、正式には「金剛山金乗院平間寺」と称する真言宗智山派の大本山である。大治年間(1125~1130年)、平間兼乗という武士が、夢のお告げにより海中から弘法大師の木像を引き揚げた。ささやかな草庵をむすび、供養を怠らなかった兼乗が、高野山の尊賢上人と力を合わせ、一寺を建立したのが始まりと伝えられている。  川崎大師駅前か...

箱根神社の写真

写真提供:箱根神社

箱根神社 ( 神奈川県 箱根町 )

奈良時代の757(天平宝字元)年箱根山に入峰修行中の万巻上人が、箱根大神の御神託により芦ノ湖畔の現在地に鎮斎された古大社。  鎌倉期、源頼朝は深く当社を信仰し、二所詣の風儀を生み、以来、執権・北条氏や戦国武将の徳川家康等、武家による崇敬の篤い社として、また修験の霊場として栄えた。  近世、箱根道の整備と共に庶民信仰の聖...

清浄光寺(遊行寺)の写真

清浄光寺(遊行寺) ( 神奈川県 藤沢市 )

藤沢駅の北東約1kmにある。1276(建治2)年一遍上人によって開宗された時宗の総本山。時宗は遊行念仏宗ともいわれ、歴代の宗主が信仰の歓喜を踊念仏に表わし、全国を遊行教化したので、同寺の住職を代々遊行上人と呼び、寺名も一般に遊行寺というようになった。  当寺の開基は1325(正中2)年、遊行4代の呑海によるもので、以来、足利・徳...

江島神社の写真

写真提供:江島神社

江島神社 ( 神奈川県 藤沢市 )

江の島の裸弁天で知られる。江の島弁天は安芸の宮島、近江の竹生島とともに三弁天の一つに数えられて信仰を集め、特に、江戸時代は江戸町民や東海道の旅人など庶民の参詣で賑わった。  創起は552(欽明天皇13)年、今の御岩屋に海の守護神である3女神を祭ったと伝えられるが、1182(寿永元)年、源頼朝が文覚上人に命じて社殿を建立し、弁...

香椎宮の写真

写真提供:香椎宮

香椎宮 ( 福岡県 福岡市 )

福岡市北東部、香椎に鎮座する神社。筑紫国橿日宮(かしひのみや)で国造りの基礎を築いていた仲哀天皇が、3世紀ごろこの地で亡くなり、祀られたのが起源とされる。のちに神功皇后も合祀、香椎廟と称され、朝廷から格別の待遇を受けた。平安期ごろからは香椎宮とよばれるようになった。  本殿は724(神亀元)年に建立。現在の社殿は1801(...

筥崎宮の写真

筥崎宮 ( 福岡県 福岡市 )

筥崎八幡宮とも称され、宇佐、石清水八幡宮とともに、日本三大八幡宮の一つに数えられる。応神天皇が主祭神として祀られており、醍醐天皇が社殿を建立したと伝わる。創建時期は平安時代中頃とされているが諸説ある。  鎌倉時代中期、蒙古襲来(元寇)で勝利を収めたことを機に厄除け、勝運の神として知られるようになる。足利尊氏、大内義...

住吉神社の写真

住吉神社 ( 福岡県 福岡市 )

博多駅の西、徒歩10分ほどの街なかに鎮座する。創立年代は不詳だが、伊弉諾大神(いざなぎおおかみ)にゆかりのある神を祀った神社と伝わる。ここが住吉神社の本社との説もある。御祭神は底筒男神(そこつつのをのみこと)、中筒男神(なかつつのをのみこと)、表筒男神(うわつつのをのみこと)の住吉三神で、航海安全・心身清浄の神とされ...

承天寺の写真

承天寺 ( 福岡県 福岡市 )

臨済宗東福寺派の寺院で、1242(仁治3)年に謝国明が創建し、開山は後に京都の東福寺を開いた聖一国師による。博多での聖一国師との結びつきから、承天寺は臨済宗東福寺派で中心的役割をなし大いに栄え、盛時には塔頭が43寺もあったと伝わる。第二次世界大戦で山門、勅使門、塔頭二寺を焼失、さらに戦後の都市計画により、境内の規模は大幅に...

英彦山神宮の写真

英彦山神宮 ( 福岡県 添田町 )

英彦山の山内至る所に社殿が散在している。主な社殿は上宮、中宮、下宮と、奉幣殿および摂社の高住神社や玉屋神社などがあるが、鬱蒼とした杉の長い参道や坊跡に修験道の往時を伝える。参道は銅鳥居(かねのとりい)からはじまり、民家や坊の並ぶ桜並木の石段を500m登ると神宮下。さらに300段の石段を登ると奉幣殿で、そこから上宮までは約2k...

太宰府天満宮の写真

太宰府天満宮 ( 福岡県 太宰府市 )

天満天神といわれ、学問の神菅原道真公*を祀る天満宮の総本宮である。901(延喜元)年、藤原時平に謀られ大宰権帥として大宰府に左遷され、失意のまま2年後にこの地で生涯を終えた道真公の霊を慰めるために建立された。梅の名所としても知られ、西鉄太宰府駅前から続く参道には梅ヶ枝餅を売る茶店が並び、春の初めには境内中の梅が咲きこぼ...

観世音寺の写真

写真提供:太宰府市

観世音寺 ( 福岡県 太宰府市 )

天智天皇が母斉明天皇の冥福を祈るために建立したもので、80年の歳月を費やして、746(天平18)年に完成した。当時は南大門・中門・五重塔・金堂・講堂・鐘楼・経蔵・僧房など七堂伽藍を完備した西日本屈指の寺院であった。しかし、再三の火災・台風で焼亡倒壊し、現存するのは講堂・金堂のみ。ともに入母屋造の本瓦葺き、江戸時代前期ごろに...

宗像大社の写真

宗像大社 ( 福岡県 宗像市 )

天孫降臨のとき、天照大神の神勅により奉斎されたと伝える神社で、天照大神の御子神である3柱の女神を3つの神社に祀る。玄界灘の孤島・沖ノ島には田心姫神を祀る沖津宮が、神湊海岸沖の大島には湍津姫神を祀る中津宮が、そして宗像市田島には市杵島姫神を祀る辺津宮があり、総称して宗像大社という。  全国に散らばる宗像三神を祀る神社の...

篠栗四国八十八カ所の写真

篠栗四国八十八カ所 ( 福岡県 篠栗町 )

若杉山の麓に広がる、自然豊かな篠栗。9世紀、唐から帰った弘法大師が修法したとされる地で、古来より山岳信仰や真言密教の聖地と伝えられている。  篠栗四国八十八カ所は、尼僧・慈忍が1834(天保5)年、弘法大師の教えを広めるため四国八十八ケ所の霊場を模擬しようとしたが、途中で挫折。当地の藤木藤助が後を継いで88体の仏像を彫刻し...

高良大社の写真

高良大社 ( 福岡県 久留米市 )

市の東郊高良山にある。4世紀の創祀と伝え、筑後國一之宮であり古くは九州の宗廟とあがめられた。全国六社のうち九州では一社だけしかない国幣大社*である。  現在の社殿は1660(万治3)年に筑後久留米藩3代藩主・有馬頼利公が造営したもので、天竺様、唐様*、和様を用いた杮(こけら)葺の権現造*。また、山内には孟宗金明竹と呼ばれる...

宮地嶽神社の写真

写真提供:宮地嶽神社

宮地嶽神社 ( 福岡県 福津市 )

神功皇后を主祭神とし、皇后の三韓征伐に随行した勝村・勝頼両大神を併せて宮地嶽三柱大神として祀る、全国宮地嶽神社の総本宮である。開運、商売繁昌の神様として参拝されている。参道から石段を登った高台に鎮座しており、境内神苑には3,000本の桜、ホウキ桃、100種10万株の江戸菖蒲等四季を通じて、楽しめる花が植栽されている。また、本...

多久聖廟の写真

多久聖廟 ( 佐賀県 多久市 )

JR多久駅の南4kmにある孔子廟。1699(元禄12)年、多久家4代茂文が東原庠舎を建てて孔子と四哲(四配)の像を祭り、1708(宝永5)年の完成を待って聖廟にこれらの像を移した。廟は朱塗で屋根は入母屋造、正面に唐破風の向拝をつけている。内外に動植物の彫刻を施した壮麗な建物で、中国様式を取り入れた日本建築である。

祐徳稲荷神社の写真

写真提供:祐徳稲荷神社

祐徳稲荷神社 ( 佐賀県 鹿島市 )

日本三大稲荷の一つに数えられる九州屈指の神社。石壁山を背後にして本殿が立ち、広い境内に楼門・神楽殿・岩本社・石壁社・奥ノ院などが点在する。本殿は18mの舞台上に三方唐破風の屋根をつけた朱塗の絢燗たるもの。また楼門の随神像や装飾に有田焼が用いられている。本殿へのアプローチは、以前は階段のみだったが、近年、エレベーターも設...

大興善寺の写真

大興善寺 ( 佐賀県 基山町 )

JR基山駅の北西4kmにある。717(養老元)年の開山で、のち円仁が中興して栄えた。境内には約5万本のツツジがあって、「つつじ寺」とも呼ばれ4月中~5月中旬がツツジの見頃である。  6月はアジサイ、新緑が美しい。また、11月中旬から下旬にかけて500本のもみじの紅葉も風情がある。

普光寺磨崖仏の写真

写真提供:一般社団法人 ぶんご大野里の旅公社

普光寺磨崖仏 ( 大分県 豊後大野市 )

大野川北岸にある普光寺の境内にある磨崖仏。ひときわ目立つのが、垂直の岩壁に彫られた不動明王で、偏平な彫りだが、高さ12mもの巨像である。左右に従えているのは、左がせいたか童子、右がこんがら童子。いずれも鎌倉時代の作といわれている。この像より少し奥まった2つの岩窟にも石仏や磨崖仏があるが、剥落が著しい。  境内に植えられ...

富貴寺の写真

富貴寺 ( 大分県 豊後高田市 )

市の東部、国東半島ののどかな山里にある。六郷満山*の中で、満山を統括した本山末寺の一つで、寺伝では718(養老2)年の創建と伝える。大堂と庫裏が立つだけだが、大堂のまわりには五輪塔・笠塔婆・宝篋印塔などの石造物も残り、古刹らしい雰囲気に包まれている。  大堂は国宝指定。平安後期の建築で、平等院鳳凰堂や中尊寺金色堂などと...

両子寺の写真

両子寺 ( 大分県 国東市 )

国東半島のほぼ中央にそびえる両子山の南中腹にある。718(養老2)年の創建と伝える六郷満山中山本寺(山岳修行の根本道場)で、江戸時代には杵築城主松平氏の祈願所となり、六郷満山の総持院として隆盛を誇った。  現在の本堂である護摩堂は明治の再建だが、堅固な石垣や奥の院本堂・総門・仁王像などに往時がうかがえる。境内は紅葉の名...

宇佐神宮の写真

写真提供:宇佐神宮

宇佐神宮 ( 大分県 宇佐市 )

宇佐駅の西約3.5km、国道10号の南側に社叢が広がる。豊前国一の宮であり、全国4万社余りある八幡社の総本社。伊勢神宮に次ぐ宗廟として朝廷から崇敬を受けた屈指の名社である。  寄藻川にかかる神橋を渡ると樹木の多い整然とした境内が菱形池を中心に広がる。広さ約50万m2、イチイガシなどの大樹がうっそうと茂る最奥の亀山に鎮...

宮崎神宮の写真

宮崎神宮 ( 宮崎県 宮崎市 )

JR宮崎駅の北2km、古くから「神武さま」の名で知られた旧官幣大社。スギやマツ、クスノキなどのうっそうとした森の中に、白木の鳥居や神明流造の清楚な社殿が立つ。主祭神を神日本磐余彦天皇(かむやまといわれびこのすめらみこと/神武天皇)、相殿に父・鵜鷀草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)、母・玉依姫命(たまよりひめのみこと)...

青島神社の写真

青島神社 ( 宮崎県 宮崎市 )

広さ約4万m2、周囲約1.5kmの青島。その中央部に青島神社の社殿がある。ちなみに島全体は青島神社の神域。祭神は彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、塩土大神(しおつちのおおかみ)。創建年代は不明だが、平安朝の国司巡視記「日向土産」の中に 「嵯峨天皇の御宇奉崇青島大明神」と 記され...

高千穂神社の写真

高千穂神社 ( 宮崎県 高千穂町 )

「日向三代」と称される皇祖神とその配偶神と、三毛入野命(みけいりののみこと)とその妻子神9柱からなる「十社大明神」。高千穂郷八十八社の総社で、約1900年前の垂仁天皇時代に創建された。1778(安永7)年に再建された本殿は、五間社流造で九州を代表する大規模なもの。  本殿は2004(平成16)年に国の重要文化財に、 鎌倉時代に源頼...

天岩戸神社の写真

天岩戸神社 ( 宮崎県 高千穂町 )

御神体は、天岩戸神話*に登場する、天照大御神がお隠れになられた天岩戸。五ヶ瀬川の支流、岩戸川の上流に位置し、川をはさんで東本宮と西本宮があり、西本宮の拝殿裏の遥拝所からは御神体である天岩戸を遠望できる。西本宮境内には御神木である招霊(おがたま)の木*や、考古資料など約970点を展示する徴古館がある。東本宮は天照大御神が...

鵜戸神宮の写真

鵜戸神宮 ( 宮崎県 日南市 )

日南海岸の中央部、太平洋に突き出した鵜戸崎の突端に立地。創建は崇神天皇のころと伝わる古社。古くは鵜戸権現とよばれ、漁業・航海・安産の神として広く尊崇された。海中に聳える奇岩の眼前という立地もあり、「西の高野」と称され修験道の一大霊場として栄えた時期もあった。主祭神は彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)と豊玉姫命(と...

新田神社の写真

写真提供:新田神社

新田神社 ( 鹿児島県 薩摩川内市 )

薩摩川内市街の北西、うっそうとした老樹が茂る神亀山とよばれる小山の頂にある、日本神話に登場するニニギノミコトを祭る神社。枚聞神社とともに薩摩国の一の宮である。本来、一の宮は一国に一社だが、新田神社は島津氏によって一の宮と認められた。  大鳥居をくぐり、社殿まで行くには一直線に続く322段の石段を上る。御神木のクスをはじ...

枚聞神社の写真

写真提供:枚聞神社

枚聞神社 ( 鹿児島県 指宿市 )

古来より薩摩一の宮*として、地元の人々から篤く信仰されてきた神社。特に、交通・航海の安全や、漁業守護の神として崇敬されている。縁起は定かでないが、現在の社殿は1600(慶長5)年に島津義弘が創建し、のちに改修された。  開聞岳を仰いで参拝するために北向きに建てられた社殿は、総漆塗り。元々は開聞岳をご神体とし、今も開聞岳の...

照國神社の写真

照國神社 ( 鹿児島県 鹿児島市 )

第11代藩主・島津斉彬(しまづ なりあきら)を祀る神社で、城山の麓に社殿を構えている。斉彬の死後、1864(元治元)年に創建され、別格官幣社に列格。建物は第二次大戦で戦災に遇い、拝殿は1958(昭和33)年に再建されたもの。鹿児島の総氏神様として県民に親しまれており、初詣には大勢の参拝客でにぎわう。境内に斉彬、久光の銅像が立ち、...

霧島神宮の写真

霧島神宮 ( 鹿児島県 霧島市 )

建国神話の主人公であるニニギノミコトが祀られている神社。創建は6世紀、最初は高千穂峰と火常峰(ひけふのみね:御鉢)の間にある背門丘(せとお)に建てられたといわれているが、霧島山の噴火による焼失と再建を繰り返し、500年以上前に現在の場所に移された。現社殿は1715(正徳5)年、薩摩4代藩主・島津吉貴(しまづ よしたか)が寄進し...

斎場御嶽の写真

斎場御嶽 ( 沖縄県 南城市 )

琉球の創世神「アマミキヨ」がつくったといわれる7つの御嶽(沖縄独特の祈りの場)のひとつで、琉球王国最高の聖地。南城市の海に近い琉球石灰岩の岩山にあり、6つのイビ(神域)で構成されている。御門口(うじょーぐち)から石畳の道を上がると、最初にあるのが大庫理(うふぐーい)、その先に寄満(ゆいんち)、そして巨大な三角形の岩が...