円覚寺舎利殿えんがくじしゃりでん

円覚寺塔頭の正続院*の内にある。方3間、単層、入母屋造、裳階付き、柿葺。わが国に現存する唐様(禅宗様)建築*の最古のものといわれ、扇垂木・粽柱・花頭窓など、いたるところによくその特徴を伝えている。以前は創建当初の建築とみられていたが、現在では室町時代に太平寺*の仏殿を移したものと考えられている。内陣に源実朝が中国宋から拝請した仏舎利を納めた水晶塔を安置し、左右に観音菩薩像、地蔵菩薩像を祭っている。
 通常非公開で、正月3が日と11月の宝物風入時期に限り、建物外観を公開している。
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みどころ

わが国の唐様建築の代表で、特に屋根の勾配や軒の反りが美しい。(溝尾 良隆)
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補足情報

*正続院:妙香池の北にある円覚寺開山の無学祖元*の塔所で、全国から来集する雲水修禅の禅道場になっている。
*無学祖元:1226~1286年。臨済宗円覚寺派の始祖。中国宋の明州の生まれ。1279(弘安2)年、北条時宗の招請により渡来。建長寺住持を経て円覚寺開山となり、時宗をはじめ多くの鎌倉武将に禅を説き、深い影響を与えた。中国で元兵の襲来に遭ったとき、泰然として「珍重す大元三尺の剣、電光影裏春風を斬る」の偈を唱えた話は名高く、のちにこれは「臨剣の頌」といわれ、わが国の剣道の極意となった。入寂後、仏光国師と諡され、法脈は門下の高峰顕日(仏国国師)・夢窓疎石に受け継がれた。
*唐様(禅宗様)建築:鎌倉時代に禅宗とともに輸入された北宋の建築様式。禅宗寺院建築は後代までこの様式によった。木割細く、装飾的細部が多く、平安時代以来の建築様式(和様)に大きな影響を与えた。
*太平寺:西御門にもとあった尼寺。源頼朝が池ノ禅尼(平清盛の母)への報恩のために建立した寺で、室町時代後期に廃寺となり、仏殿は円覚寺へ、本尊の聖観音は東慶寺へ移された。
*開山堂:舎利殿の後ろには、開山の仏光国師(無学祖元)坐像を奉安する開山堂があり、円覚寺最高の聖域となっている<非公開>。
関連リンク 円覚寺(WEBサイト)
参考文献 円覚寺(WEBサイト)
『日本国語大辞典』小学館

2020年04月現在

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