伊雑宮(内宮別宮)いざわのみや(ないくうべつぐう)

近鉄「上之郷」駅より徒歩3分。伊勢神宮(内宮)の別宮は10社あるが、内宮域外の8社のうちの1つであり、祭神は天照大御神御魂で、垂仁天皇の時代に倭姫命が志摩国を巡行の際、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)に創建させたものと伝えられ、磯部九郷を神領とする大きな宮であった。奥伊勢にある瀧原宮とともに、古くから皇大神宮(内宮)の遙宮(とおのみや)と称され尊ばれている。
 こんもりとした社叢に囲まれている。鳥居をくぐると杉や楠の老樹に包まれて参道がのび、奥に忌火屋殿(いみびやでん)・御倉と南面して立つ正殿*がある。社殿は伊勢神宮(内宮)の翌年に遷宮が行われ、また祭祀はすべて内宮に準じて由緒正しく行われている。社の南西800mには伊雑宮の所管社である佐美長(さみなが)神社、佐美長御前神社(さみながみまえじんじゃ)四社がある。
古来、志摩一ノ宮、磯部(いそべ)の大神宮さんと呼ばれ、志摩一円の漁業関係者の信仰があつく、特に漁師や海女さんは「磯守(海幸木守)」を受け、身につけて海に入る風習がある。
 御田植式が6月24日、神嘗祭が10月24・25日に執り行われる。
#

みどころ

みどころは何といっても隣接する神田(約1650m2)で行われる御田植式(6月24日)である。日本三大御田植祭(伊雑宮・香取神宮・住吉大社)としても有名で、国の重要無形文化財に1990年(平成2年)に指定されている。
 通称「おみた」といわれ、神領であった磯部9郷が交代で奉納する古式ゆかしい神事。立人と呼ばれる20代の青年と早乙女と呼ばれる少女らが太鼓・笛にあわせて田植を行い、また、近郷の青年が青竹を奪い合うなど素朴な行事が午前8時から午後5時ごろまで行われる。白真名鶴(しろまなづる)の伝説がその起源と伝えられ、この神事が現在の形になったのは平安時代末期か鎌倉時代初めと言われている。長い歴史を脈々と受け継いできた伝統が荘厳な時代絵巻を繰り広げる。こうした神事を集落の住民を中心として長年にわたって守ってきていることに感動を覚える。
#

補足情報

*正殿:本宮に準じた神明造。鰹木は6本で、内削ぎの千木が立てられている。