松尾大社まつのおたいしゃ

阪急嵐山線松尾大社駅を出るとすぐ目の前に松尾大社の大鳥居がある。標高223mの松尾山の山裾にある古社で、約40万m2の広大な境内に、赤鳥居・楼門・拝殿・本殿*等が整然と並ぶ。祭神は、山と水を司る大山咋神(おおやまぐいのかみ)*と、水の神の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)*。山水に生活を左右された古代の人々が水を神格化したものと思われる。松尾山頂上近くにある大杉谷の上部の磐座(いわくら)に祀って、生活の守護神として尊崇していた。701(大宝元)年に秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勅命を奉じ、現在地に社殿を造営、この磐座から神霊を遷し祀った。平安遷都とともに朝廷の守護神とされ、賀茂神社と並び称される皇城鎮護の神として崇敬されてきた。
 多数の御神像*や古文書を所蔵するが、このうち木造男神像2体と木造女神像1体はいずれも平安時代初期の作で、日本最古の神像の一つとして国の重要文化財に指定されている。これらを含む御神像21体が「神像館」で常時拝観できる。境内には昭和の名作庭家・重森三玲(しげもりみれい)が手がけた松風苑*がある。「上古の庭」、「曲水の庭」、「蓬莱の庭」の3つの庭で構成され、それぞれ異なった趣を楽しめる。また、醸造の神としても全国に知られ、酒をはじめ味噌、醤油、酢等の製造・販売に関わる人々から格別な崇敬を受けている。赤鳥居そばには「お酒の資料館」もあり、松尾大社とお酒の関わり等をわかりやすく紹介している。醸造関係者で賑わう上卯祭・中酉祭をはじめ、年間を通じてさまざまな祭り*が催されている。
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みどころ

本殿は応永年間(1394~1428年)の再建で、1542(天文11)年に大修理を施したもの。国の重要文化財に指定されている。正面3間、側面4間で両流造りという珍しい造りで、松尾造りという。桧皮葺の屋根が優美な曲線を描く。
 春になると、参道はソメイヨシノの並木道となり、檜皮葺の神庫の側に咲くヤマザクラともに、境内は美しく楽しい雰囲気に包まれる。 社務所裏の草むした谷あいには年中涸れることのない「霊亀の滝」が流れ落ち、滝の手前には「亀の井」という霊泉もある。延命長寿、よみがえりの水として知られるほか、酒造家はこの水を酒の元水として造り水に混和して用いるという。
 酒造の神としても信仰される松尾大社の境内には、こもかぶりの酒樽が数多く奉納されている。
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補足情報

*大山咋神:山の地主神であり、農耕(治水)を司る神。「古事記」には近江国の日枝山(のちの比叡山)の神、葛野の松尾の神として書かれる。
*市杵島姫命:「古事記」に「天照大神が須佐之男命と天安河を隔てて誓約されたとき、狭霧のなかに生まれ給うた」と伝えられる。宗像大社(福岡県)に祀られる三女神の一神として、古くから海上守護の神と仰がれた。
*御神像:男神像2体と女神像1体(いずれも重要文化財)は翻波(ほんぱ)式の衣文をもつ平安時代初期の像で、東寺や奈良の薬師寺に残る神像とともに神像彫刻では古いものに属す。
*松風苑:重森三玲の手により、1975(昭和50)年に完成した庭。重森三玲の遺作として、昭和時代を代表する名庭である。庭に用いた200余個の石はすべて徳島県吉野川の青石(緑泥片岩)。磐座を模して造られた「上古の庭」、平安貴族が親しんだ雅遊の場を表現した「曲水の庭」、鎌倉時代の回遊式庭園を取り入れた「蓬莱の庭」からなる。
*さまざまな祭
・上卯祭・中酉祭:11月最初の卯の日に醸造平安を祈る祈願祭が上卯祭。翌年の4月の中の酉の日に行う醸造成就の感謝祭を中酉祭という。ともに醸造関係者で賑わう。
・松尾祭:神幸祭(おいで)と還幸祭(おかえり)からなる。松尾七社の神輿(月読社は唐櫃)が、本殿の分霊を受けて順次出発。桂離宮の東北方から桂川を船で渡り、左岸堤防下で祭典を営んだのち、それぞれの御旅所へ向かう。各御旅所から戻る還幸祭は本殿などの社殿や神輿、神職の冠まで葵と桂で飾るところから松尾の葵祭とも呼ばれる。
・八朔祭:風雨を避け、五穀豊穣、家内安全を祈ることを目的として毎年9月第1日曜日に行われる京都で最後の夏祭り。六斎念仏踊りや八朔相撲などが奉納される。
関連リンク 松尾大社(WEBサイト)
参考文献 松尾大社(WEBサイト)
資料「松尾さん」
「京都府の歴史散歩 上」山川出版社
資料「松尾大社庭園のこと」重森千青

2025年05月現在

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