光明寺こうみょうじ

材木座の海岸近くにある浄土宗の大本山。境内は広く、壮大な山門をくぐると、17間四面の大殿をはじめ、開山堂・大聖閣・書院・方丈・鐘楼などが軒をつらね、大寺の格式を誇っている。
 寺の起源は、4代執権北条経時が佐助ガ谷に一宇を建て、蓮華寺と称したのが始まりとされており、1243(寛元元)年現在地に移して、寺号を改めた。その後も寺運は隆盛を極め、江戸時代になって、徳川家康が設けた浄土宗関東十八檀林*の一つに列せられた。
 本堂背後の天照山山腹に祖廟所が立ち、境内の南側には日向延岡藩主内藤氏の墓所がある。この墓所は江戸初期、江戸の菩提寺から移されたもので、内藤氏歴代の宝篋印塔や石燈篭100余基が林立して壮観である。また、本堂と書院との間にある記主庭園には、大賀博士の千年蓮・二千年蓮が移殖され、夏には池一面に見事な花を咲かせる。本堂南には石庭がある。この寺では精進料理が味わえる。
 光明寺裏山の展望は「かながわの景勝50選」にも選ばれている。山門を前景として材木座海岸、稲村ヶ崎、江の島、富士山の展望がすばらしいとして選定された。
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みどころ

ややまちの中心部から離れているが、浄土宗の大本山であり、壮大な山門、大殿、大賀ハス、二つの庭と見どころが多いので、必見の場所である。他にも、江戸から移された延岡藩主内藤家の墓、宝篋印塔や100余基が林立する石灯籠など大規模で見応えがあり見逃せない。(溝尾 良隆)
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補足情報

*紙本着色当麻曼荼羅縁起2巻:奈良当麻寺に伝わる当麻曼荼羅図にまつわる伝説を描くもので、鎌倉後期の代表的絵巻物の一つ。上・下2巻からなる。国宝。
*檀林:檀林とは栴檀林(せんだんりん)の略語で、僧侶の集まりを栴檀の林に例えた、つまり寺院の尊称であるとともに仏教の学問所を意味するものである。
関連リンク 光明寺(WEBサイト)
参考文献 光明寺(WEBサイト)

2020年04月現在

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