東福寺とうふくじ

東山区の最南部、伏見区に接するところにあり、京都駅からJR奈良線で東福寺駅下車。京阪本線東福寺駅もJR駅と並んでいる。駅から東福寺北大門まで徒歩約10分である。約16万5,000m2の寺域が広がる、臨済宗東福寺派の大本山。京都五山*の4位であり、三門・浴室・本堂・東司・禅堂・方丈などの堂宇が禅宗の伽藍様式どおりに並んでいる。さらに本坊を中心に、25カ寺もの塔頭が山内を埋めている。
 衰亡した法性寺の地に五摂家の一つ九条家の藤原道家が造営し、奈良の東大寺と興福寺にあやかって、各1字を取り寺名とした。天台・真言・禅の三宗兼学の道場として仏殿が落慶したのが、1255(建長7)年。開山は円爾(えんに)弁円(聖一国師)。多くの堂宇が整備されたが、たびたびの火災で焼失している。明治の廃仏毀釈や火災でも仏殿・法堂・方丈・庫裏を焼失したが、三門・禅堂・東司などは今も鎌倉~室町時代そのままの姿を残している。紅葉でも名高い。
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みどころ

東福寺には本町通りに面して、北大門・中大門・南大門と3つの門がある。北大門のすぐそばに重要文化財の仁王門、三門*への入口となる伽藍南端の六波羅門、そばには勅使門が立っている。三門正面が涅槃会に涅槃図*を公開する本堂*、その北に名庭で名高い方丈*がある。三門西の禅堂*には400名以上の修行僧が座禅とともに寝食を共にしていた。隣接する東司(とうす)*はトイレで、ずらりと壺が埋められている。光明宝殿*・十三重塔*・浴室*も見どころ。本堂西の、紅葉で名高い通天橋*を渡ると、左手に月下門、正面に愛染堂、やや右手に普門院*・昭堂・開山堂*が一角を占める。
 25カ寺にも達する塔頭*は、龍吟庵や芬陀院など見事な庭園をもつものが多い。
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補足情報

*京都五山:中国南宋時代の五山官寺制度が鎌倉時代に伝わり、鎌倉五山が誕生した。のちに足利氏が臨済宗寺院を統制するために設けたのが京都五山で、五山に最高の寺格を与え、その下に十刹、諸堂が列した。選定やその順位に何度かの変遷の末、東福寺は4位とされた。
*三門:国宝。5間3戸、重層の楼門。入母屋造、本瓦葺で、切妻屋根の山廊(さんろう)が、両脇に付いている。応永年間(1394~1428)の再建で、日本最古の三門、禅宗寺院では最大。2階には、3畳分の足利義持筆扁額「妙雲閣」を掲げ、釈迦三尊と十六羅漢像を安置する。内部は一面に宋・元風の彩色文様が施されている。
*涅槃図:兆殿司(ちょうでんす)と呼ばれた吉山明兆(きっさんみんちょう)の作。幅7m、長さ14.5m。魔物としてふつうは描かれない猫が描いてあるのが珍しい。
*本堂:仏殿と法堂を兼ねて1934(昭和9)年再建。5間×3間の単層の建物で、再建時に万寿寺(旧三聖寺)の木造釈迦如来と迦葉阿難立像を移し、本尊とした。
*方丈:建物は明治再建。1938(昭和13)年、重森三玲(しげもりみれい)が作庭した枯山水庭園が四方にあり、国指定名勝。板石と杉苔による市松模様になっている北庭が特に有名。南庭は蓬莱神仙思想を表現した巨石と白砂の枯山水、東庭は円柱石で北斗七星を表す。西庭は石でサツキを大きな市松模様に区切っている。
*禅堂:重文。坐禅専修の道場。正面9間、側面6間の大堂で、1347(貞和3)年の再建。白壁に花頭窓が美しい。
*東司:重文。室町時代築の正面7間、側面4間の細長い建物。通称百雪隠(せっちん)という。
*光明宝殿:本堂の東側にある宝物収蔵庫。涅槃図や重文の阿弥陀如来坐像、聖一国師坐像などを収蔵。
*十三重塔:重文。室町前期の作。高さ4.5m、花崗岩製の石塔で、「康永2(1343)年」の銘がある。
*浴室:重文。3間x4間の単層の建物で、室町中期築。内部は中央板敷を洗い場とする蒸し風呂形式。京都最古の浴室建築である。
*通天橋:本堂から開山堂への歩廊。途中に張り出した舞台の下に洗玉澗(せんぎょくかん)と呼ばれる渓谷があり、ここから眺める紅葉は美しい。並行してかかる臥雲橋、偃月橋(えんげつきょう)からの眺めもよい。
*普門院:重文。寝殿造風の建物。内部の襖絵は花鳥草花を主題とした障壁画74面(重文・桃山から江戸)からなる。参道を境に、西側は枯山水の平庭、東側は枯滝や石組み、刈込み、池を配した山水庭園となっている。
*開山堂:重文。常楽庵といい、聖一国師入定の地で上層には楼閣、伝衣閣(でんねかく)を載せる美しい建築。内部には布袋和尚像を安置している。
*塔頭:いくつかを次に紹介するが、通常非公開のところもある。
龍吟庵:方丈は現存最古の方丈建築で国宝。方丈の3方に重盛美玲の枯山水庭園がある。庫裏・表門は重文。
退耕庵:小野小町ゆかりの寺。杉苔に覆われた真隠庭と中国・西湖を模した池泉観賞式庭園が広がる。
霊雲院:前庭は江戸時代に作庭されたのを、重森三玲が1970(昭和45)年に復元した「九山八海の庭」である。茶室「観月亭」は豊臣秀吉の北野大茶会時のものを移築したといわれている。枯山水の「臥雲の庭」も。
天徳院:書院前庭の桃山時代の枯山水庭園はキキョウと紅葉が美しい。
芬陀院:雪舟寺とも呼ばれる。書院の南に、1939(昭和14)年に修復された雪舟作庭と伝える枯山水の庭園がある。
光明院:1939(昭和14)年、重森三玲により作庭された枯山水の庭園がある。三尊石組の背後にあるサツキやツツジが季節を彩る。
万寿寺:京都五山の一つ・万寿寺が天正年間(1573~1592)にこの地にあった三聖寺に移り、のちに東福寺塔頭となった。重文の鐘楼門が入口に立つ。
関連リンク 東福寺(WEBサイト)
参考文献 東福寺(WEBサイト)
「京都府の歴史散歩 中」山川出版社
東福寺 方丈 八相の庭

2025年05月現在

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