太山寺たいさんじ

神戸市営地下鉄西神・山手線伊川谷駅から北東へ2.7km、または学園都市駅から北へ2.5km。境内は深い原生林の山に囲まれ、いわゆる「八葉蓮華」の地にある。創建は江戸初期の「播州太山寺縁起」によると、藤原鎌足の長男定恵和尚の開山と伝えられ、鎌足の孫の宇合が716(霊亀2)年に建立*1したとしている。鎌倉から室町時代にかけては多数の僧兵を抱え、最盛期には支院41カ坊、末寺8カ寺と強大な勢力を誇った。
 バス通りに面したところにある仁王門*2からつづく参道には室町期の枯山水庭園をもつ安養院、成就院、龍象院の塔頭寺院*3が並び、盛時をわずかに伝えている。境内には威厳と美観を兼ね備えた国宝の本堂*4が周囲を圧して立つ。本堂の手前左右に阿弥陀堂*5と三重塔*6があり、さらに護摩堂、羅漢堂、釈迦堂、観音堂などが6万m2の境内に点在している。三重塔の奥の流を渡った地に老樹と奇石怪岩に囲まれた奥ノ院がある。境内・諸堂の拝観は有料。宗派は天台宗。
 また、奥の院からは直接辿れないが、この川の上流の岩場には高さ2mの不動明王を刻んだ磨崖仏がある。
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みどころ

バス停から見上げるとそこに仁王門がある。門をくぐると軒組みが2重になっており、奇妙に突き出ている。あとで確認すると、この楼門はかつて2層であったものを室町後期に移築された際に上部を取り払って単層にしたという。現在、軒組みが2重になっている部分は、その撤去した上部を昭和になって一部を復元したものだそうだ。
 参道を進むと、のどかな田園風景で、茅葺きの院坊が点在する。通常は公開されていないが、外観からだけでも、往時の風情を感じることができる。やがて、緑濃い山が迫り、そこに本寺が建つ。石段を登り中門をくぐると、さらに一段高い所に本堂が大屋根を広げている。全体としては簡素ながら、太い大きな柱としっかりした木組みが目立つ。昭和期に解体修理を行ったこともあって、鮮やかな朱の柱にやや色褪せてはいるものの緑の蔀戸が映える。内陣には本尊の薬師如来が厨子に安置されており、通常は前立仏の拝観となる。堂内では、外陣に林立する太い柱に圧倒される。
 本堂の右手には阿弥陀堂があり、本尊の阿弥陀如来坐像は、衣文の流れははっきりと彫り込まれているものの全体としてはゆったりとした坐り姿で、優しい顔立ちの仏像である。外陣にまでは入れるので、じっくりと拝観したい。本堂手前右手にある朱も鮮やかな三重塔も見逃せない。なんといっても境内を囲む原生林の緑にどっしりとした存在感のある三重塔の朱が鮮やかな対比を見せ、美しい。三重塔裏手には伊川の渓流が流れており、渡ると稲荷社と地蔵堂のある奥の院に達する。
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補足情報

*1 建立:江戸後期の「播州名所図会」では「宇合卿、此庄内、六ヶ所に薬師六躯を造て、当寺をはじめ、合せて七仏薬師の道場となせり…中略…一山殊勝の地にして、常に、詣る人、絶る事なし」としている。また、江戸後期には僧坊は12宇あったとしている。
*2 仁王門:入母屋造、単層(当初は2層)、本瓦葺の八脚門で棟高8m、鎌倉期末の建造と考えられ、室町期に移築したとされる。門の内部には移築前の組物が復元してあり、往時の姿が分かる。
*3 塔頭寺院:安養院庭園はゴールデンウイーク、紅葉シーズンなどに特別公開(有料)をしている。成就院庭園は非公開。龍象院では写経会・坐禅会どを催している。また、バス通りを挟み、歓喜院もあるが非公開。 
*4 本堂:前身の本堂は1285(弘安8)年に焼失し、現在のものは、鎌倉後期、1300年頃に再建されたとされ、和様唐様折衷の建築様式を伝えている。正面7間、側面6間(幅21m、奥行18m)、単層入母屋造、銅板葺。組物は丸柱を中心とした堂々たるもので内部は内陣、外陣に分かれる。
*5 阿弥陀堂:1688(貞享5)年の再建。本来は天台宗の修行に使用する常行堂だったが、本尊の阿弥陀如来に対する信仰の高まりで、阿弥陀堂として扱われるようになった。本尊の阿弥陀如来坐像は、国指定の重要文化財。寄木造の丈六仏(2.74m)で鎌倉初期の作とされている。
*6 三重塔:1688(貞享5)年の建立。高さ15m。各層の逓減率が低く、重厚感のある造り。初層には大日如来坐像が安置されている。