雲樹寺うんじゅじ

JR山陰本線安来駅から南へ約6km、伯太川の右岸近くにある。1322(元亨2)年、後醍醐天皇から「国済」、後村上天皇から「三光」の国師号を授けられた孤峰覚明*によって開かれた。
 参道半ばにある四脚門は創建当初のものといわれ、切妻造、本瓦葺。その他の堂宇は江戸後期に焼失し、その後再建された。方丈裏の出雲風禅宗庭園はツツジ・サツキなどの200本以上の植込みが見事で、本寺は別名「ツツジ寺」とも呼ばれる。
 寺宝の朝鮮鐘は、古代から中世に朝鮮半島から国内へと伝わったといわれる。新羅の宣徳王時代(780~785年)のころの製造とされ、鐘の表面には二体の天女が描かれる。1374(応安7)年、中海より引き上げられ、ついてみたところ「うんじゅじ」と鳴ったため、雲樹寺に奉納されたという逸話が残る。
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みどころ

方丈裏の庭園は「元禄の庭園」と呼ばれ、元禄時代の出雲式禅宗庭園に見られる山の斜面に奥行を施し、遠近、高低などを生かした庭となっている。足立美術館を造った足立全康氏は幼い頃にこの庭園を見て、裏山の枯山水の庭園の佇まいに感動し、美術館内の庭園のモデルとしたと言われている。
 一方、境内に新たな庭園「令和の庭」が完成した。元禄の庭が一方向から眺める「絵画型」庭園であるのに対し、令和の庭は、参拝客を和ませ迎え入れ、様々な方向から自由に楽しむ「参加型」庭園となっており、それぞれで時代も佇まいも違う庭を拝観できる。
 後醍醐天皇にゆかりの「勅使門」を持つ。鎌倉幕府討伐を掲げ元弘の乱を戦った後醍醐天皇は、孤峰覚明に帰依し、本寺は後醍醐天皇の勅願所となった。後醍醐天皇より贈られた直筆の額が山門に掲げられ、開山堂には孤峰禅師と共に位牌が並ぶ。
 境内には「酒断ち地蔵」があり、健康祈願もできる。
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補足情報

*孤峰覚明:1271(文永8)年~1361(康安元年/正平16年)臨済宗。1311(応長元)年、元に渡り、帰国後、曹洞禅を学ぶ。のち出雲雲樹寺をひらく。後醍醐天皇、後村上天皇の帰依を受けた。陸奥会津出身。語録に「徹心録」。
関連リンク 瑞塔山 雲樹寺(WEBサイト)
参考文献 瑞塔山 雲樹寺(WEBサイト)
しまね観光ナビ(公益社団法人島根県観光連盟)(WEBサイト)

2024年03月現在

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