太皷谷稲成神社たいこだにいなりじんじゃ

城山の北中腹にある。1773(安永2)年、亀井7代藩主矩貞(のりさだ)が城の鎮護と藩民の安穏を祈願するため、京都の伏見稲荷を勧請したもので、日本五代稲荷の一つ。西日本では九州の祐徳稲荷と並んで信仰が厚い。
 参道にトンネルのごとく立ち並ぶ朱の鳥居や荘厳華麗な朱塗の社殿にその繁盛ぶりを見ることができる。境内にはこのほか参集殿・宝物殿・養老文庫・茶室半峰亭などがあり、展望もすばらしい。元来は藩主にしか参拝が許されておらず、版籍奉還後、広く参拝ができるようになった。
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みどころ

朱塗りの千本鳥居が山道に連なる様が大きな魅力である。その参道を抜けると、こちらも色鮮やかで大きな社殿が現れる。その境内から津和野の街並みを望むことができる。
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補足情報

*太皷谷稲成神社境内には、「元宮」「命婦社」「新殿」「神殿裏奉拝所」の4ヶ所の参拝所があり、独自の参拝方法として、この4ヶ所それぞれにお揚げをお供えしていく「四ヶ所参り」という習わしがある。