根本寺こんぽんじ

国仲平野の中部、緑の森の中にある。1271(文永8)年佐渡に流された日蓮が配所した塚原*の三昧堂(さんまいどう)跡に建てられた寺で、日蓮宗十大聖跡の一つ。
 参道は一周できるようになっていて、左手が行きで、戒壇塚、再建された三昧堂、二王門、二天門をくぐり鐘堂・経蔵・宝蔵・千仏堂がつづき、正面に祖師堂。右手に本堂がある。これらは日蓮を開山と仰いで建てられた正教寺の後身で、1613(慶長18・元和元)年根本寺と改められた。根本寺隆盛の陰には、相川の山師味方但馬の莫大な寄進があり、祖師堂の裏には但馬の墓といわれる大きな石造五輪塔がある。本堂に参拝後は、別の参道で太鼓堂や池など見ながらの帰路になる。
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みどころ

境内に入ると、すぐ左に三昧堂跡に建てられた戒壇塚、傍らに三昧堂が再建されている。二王門、二天門をくぐりながら、心地よい細く長い直線の参道を進んでいくと、左手に鐘堂・経蔵・宝蔵・千仏堂がつづき、正面に祖師堂となる。その右手に本堂がある。祖師堂の裏には但馬の墓といわれる大きな石造五輪塔がある。本堂に参拝したあと、帰路は別の参道で、こちらはゆったりと曲がりながら太鼓堂や池など見ながらになる。見せ方がうまい、設計になっている。
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補足情報

*日蓮が配所した塚原:死人の捨て場所で荒涼としたところであった。日蓮聖人は、正面一間側面四間の粗末な三昧堂で塚原問答をし、『開目抄』上下2巻を著した。『開目抄』のなかで、”我れ日本の柱とならん”、”我れ日本の眼目とならん”、”我れ日本の大船とならん”と三大誓願をした。