元伊勢籠神社もといせこのじんじゃ

京都丹後鉄道天橋立駅から天橋立を渡って約3.5km、天橋立駅から徒歩3分にある桟橋から天橋立観光船で一の宮桟橋まで約12分、下船後徒歩3分。
 社伝によればその歴史は神代から続くといわれ、天照大神が伊勢神宮に鎮座する以前にいまの奥宮あたりにあった豊受大神を祀る匏宮(よさのみや)に遷座し、吉佐宮(よさのみや)と呼ばれていたことから「元伊勢」と称されるようになった。その後719(養老3)年に吉佐宮を現在地へ遷し籠神社と号したという。927(延長5)年の延喜式にも名神大社として記載され、近くに国府(現・宮津市府中)もあったことから丹後一の宮として崇敬された。主祭神はこの地を治めていた彦火明命(ひこほあかりのみこと)*とされ、相殿として豊受大神、天照大神、海神(わたつみのかみ)、天水分神(あめのみくまりのかみ)が祀られている。
 本殿は伊勢神宮の建築様式・唯一神明造に極似している。養老年中より30年に一度造替が行われたとされるが、現在の建物は1845(弘化2)年に再建されたもの。境内に据えられている狛犬1対は、国の重要文化財に指定されている。本殿の北500mのところには、吉佐宮跡とされる奥宮(眞名井神社)がある。
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みどころ

石造の一の鳥居をくぐると成相山(なりあいさん)の緑を背に閑静な境内が広がる。参道を進むと拝殿に向かう石段の前に、鎌倉時代の大きな狛犬*が1対坐っている。本殿*は拝殿が前面に立つためわずかに垣間見える程度だが、横に回ると棟持柱や勾欄などの特長がよく見え、荘重な雰囲気が感じられる。
 境内の右手に出て150mほど行くと奥宮の眞名井神社への道に掛かる注連縄があり、さらに10分ほど山の方に入る。鳥居の前に天の眞名井の水*があり、参道を上がると樹々に包まれた真名井神社のこじんまりとした境内に着く。吉佐宮の伝承地であり、社殿の後方には2つの磐座*が並んでいて、日本の原初的な神が坐す森厳さが感じられる。
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補足情報

*彦火明命:社伝によると彦火明命が竹で編んだ籠船に乗って海神の宮(龍宮)に行ったという神話から社号が籠宮になったという。なお彦火明命の子孫という海部氏が代々の宮司を継ぎ、現宮司は83代目。平安時代に書写された「海部氏系図」は日本最古の系図といわれ、国宝。
*狛犬:大ぶりな巻毛、太い脚、葉っぱのような尻尾がお印象的。神明造の屋根をもつ覆い屋の中に座っている。夜になると狛犬が暴れまわるので、剣豪岩見重太郎が右前脚に一太刀浴びせたところ、以後霊験あらたかな魔除けの狛犬になったという。
*本殿:正面3間、側面2間、神明造、桧皮葺。すべて円柱で、妻側の外に棟持柱があり、屋根に千木を突き出し、10本の勝男木を載せる。床下には真御柱(しんのみはしら)が立つという。高欄には赤、黄、青、白、黒の五色の座玉(すえたま)が並ぶのも伊勢神宮と同様である。本殿の裏側に扉が付いているのも特長。
*天の眞名井の水:伝えでは、海部家3代目の天村雲命が天から持ち帰った水を、まず高千穂に、次にこの眞名井の井戸に遷し、さらに伊勢神宮上御井神社の井戸に遷したという。
*磐座:磐座主座に豊受大神、西座に天照大神、伊射奈岐大神、伊射奈美大神を祀っている。