大光院だいこういん

太田駅の北西約1.8kmにあり、「子育て呑龍さま」と広く呼び親しまれている。1611(慶長16)年、徳川家康が先祖とした新田義重の旧跡を訪ねて寺を建て、呑龍上人(どんりゅうしょうにん)*を招いたと伝えられる。呑龍上人は、当時農民の間で行われていた赤子の間引を悲しみ、農民を説得し子育てにつとめたので子育呑龍と慕われるようになった。
 境内は広く、開創時の遺構をとどめる本堂や庫裏・大方丈・小方丈、昭和初期改築の開山堂などの大伽藍が立ち並んでいる。本堂の後ろには、義重と呑龍上人の墓が立ち、本堂前には、呑竜上人手植えの臥竜ノ松と呼ばれる老松がある。
#

みどころ

呑龍信仰を背景に、安産祈願、お宮参り、七五三などでは絶大な人気となっている。徳川家康により創建された寺で敷地も広く、堂々とした様相である。本堂の背後の金山は緑一面でみごとな借景となっている。本堂前の黒松も樹齢350年以上といわれ見どころのひとつである。
 上毛かるたで「太田金山 子育呑龍」と金山(城)と大光院が太田市の名物とうたわれている。(林 清)
#

補足情報

*呑龍上人(どんりゅうしょうにん):1556~1623年。然誉呑龍。江戸初期の浄土宗僧侶。武州の一割(現埼玉県春日部市)に生まれ、13歳の頃に出家。江戸増上寺の観音国師等に学ぶ。徳川家康の信任が厚かった。
関連リンク 太田市(WEBサイト)
参考文献 太田市(WEBサイト)

2020年04月現在

※交通アクセスや料金等に関する情報は、関連リンクをご覧ください。