西明寺
琵琶湖の東、鈴鹿山脈の麓に位置する天台宗寺院で、湖東三山の一つ。
2015年にアメリカのニュース専門局CNNのWeb特集において『日本の最も美しい場所31選』(現在は36選)に選ばれた関西有数の観光名所。名神高速道路湖東三山スマートI.Cから約5分である。
平安時代の初期にあたる834(承和元)年に仁明(にんみょう)天皇の勅願により、三修(さんしゅう)上人が開創したと伝えられる。以来、仁明天皇の勅願寺として朝廷の崇敬が篤く、寺領2000石、山林数百歩が与えられ、国家鎮護・万民安穏を祈願し、僧侶を育成する修行道場として栄え、諸堂17、僧坊300を有する大伽藍となった。また修行僧を通して住民に信仰心をもたらし、農耕用水を与えてくれる山や木に対する気持ちが水への信仰へとつながり、山の聖地に住むとされる龍神信仰へと結びつき、西明寺の山号を「龍應山」と言うように農民からも支えられることで、ますます栄えたのである。
1571(元亀2年)に織田信長の焼き討ちを受けるが、多数の僧侶と農民が手を取り合い、寺を守ったという。各坊舎の仏像を背負って本堂へ駆け上がり、また一僧侶の機知により、二天門の下に自分たちで焚き木を激しく燃やし、寺の全てが焼けたように装ったことにより、ご本尊薬師如来(国指定重要文化財)と本堂(国宝第一号)、三重塔(国宝)、二天門(国指定重要文化財)やその他多数の寺宝を守り通せた。
江戸時代から徐々に復興が進められ、1673~81(延宝年間)に公海大僧正の命により、望月越中守友閑(もちづきえっちゅうのかみゆうかん)が全面的な復興を行い、その後も補修工事が次々に行われ現在に至る。
参堂の両側には苔むした石垣と一面の苔の坊跡が広がり、近江の苔寺とも呼ばれる。国指定の名称庭園「蓬莱庭」では、11月に満開となる滋賀県唯一の天然記念物指定の「不断桜(ふだんざくら)」と境内一円に千本を超える紅葉が同時に楽しめる。
2015年にアメリカのニュース専門局CNNのWeb特集において『日本の最も美しい場所31選』(現在は36選)に選ばれた関西有数の観光名所。名神高速道路湖東三山スマートI.Cから約5分である。
平安時代の初期にあたる834(承和元)年に仁明(にんみょう)天皇の勅願により、三修(さんしゅう)上人が開創したと伝えられる。以来、仁明天皇の勅願寺として朝廷の崇敬が篤く、寺領2000石、山林数百歩が与えられ、国家鎮護・万民安穏を祈願し、僧侶を育成する修行道場として栄え、諸堂17、僧坊300を有する大伽藍となった。また修行僧を通して住民に信仰心をもたらし、農耕用水を与えてくれる山や木に対する気持ちが水への信仰へとつながり、山の聖地に住むとされる龍神信仰へと結びつき、西明寺の山号を「龍應山」と言うように農民からも支えられることで、ますます栄えたのである。
1571(元亀2年)に織田信長の焼き討ちを受けるが、多数の僧侶と農民が手を取り合い、寺を守ったという。各坊舎の仏像を背負って本堂へ駆け上がり、また一僧侶の機知により、二天門の下に自分たちで焚き木を激しく燃やし、寺の全てが焼けたように装ったことにより、ご本尊薬師如来(国指定重要文化財)と本堂(国宝第一号)、三重塔(国宝)、二天門(国指定重要文化財)やその他多数の寺宝を守り通せた。
江戸時代から徐々に復興が進められ、1673~81(延宝年間)に公海大僧正の命により、望月越中守友閑(もちづきえっちゅうのかみゆうかん)が全面的な復興を行い、その後も補修工事が次々に行われ現在に至る。
参堂の両側には苔むした石垣と一面の苔の坊跡が広がり、近江の苔寺とも呼ばれる。国指定の名称庭園「蓬莱庭」では、11月に満開となる滋賀県唯一の天然記念物指定の「不断桜(ふだんざくら)」と境内一円に千本を超える紅葉が同時に楽しめる。

みどころ
山門から本堂までの参道が長く続くのは、湖東三山をはじめ山岳密教の天台寺院の特色の一つである。
本堂は、7間四方、入母屋造、桧皮葺。釘を一本も用いずに建てられた本堂は、鎌倉時代を代表する純和風の建造物で、滋賀県で唯一の国宝第一号に指定されている。内部は内外陣を格子で区切り、須弥壇上には秘仏のご本尊薬師如来(国指定重要文化財)、日光・月光両菩薩、十二神将、四天王(内二体国指定重要文化財)がまつられ、浄瑠璃浄土の世界を表現している。十二支の神将が欠けることなく揃っていることから、干支の寺とも呼ばれている。後陣には不動明王(国指定重要文化財)、釈迦如来(国指定重要文化財)をはじめ、織田信長の焼き討ちを免れた50体を超える貴重な文化財の仏像が一堂におまつりされている。
本堂の右手にある三重塔は、鎌倉時代中期の建築と推定され、桧皮葺、3重3層で、均整のとれた優美な塔であり、こちらも釘を使わない総桧造りである。初層内部の全面壁画は国指定重要文化財であり、初層部分に関しては国宝と重要文化財の二重指定となっている国内唯一の塔である。
本坊にある庭園は、江戸初期の造園で鶴亀の「蓬莱庭」と呼ばれ、池泉回遊式の国指定名勝庭園である。鎌倉時代の八角石灯籠(石屋弥陀六作)や連珠模様の室町時代を偲ぶ石灯籠の他、築山に薬師如来・日光菩薩・月光菩薩の三尊仏を表現する立石、十二神将・八大菩薩を表す石組があり、周囲のサツキの刈込みを雲に見立て、浄瑠璃浄土の仏の世界を表現している。心字池の中央に折り鶴の鶴島と亀島があり、秋には紅葉が影を落として美しく、この庭にひかれて訪れる人も多い。
本堂は、7間四方、入母屋造、桧皮葺。釘を一本も用いずに建てられた本堂は、鎌倉時代を代表する純和風の建造物で、滋賀県で唯一の国宝第一号に指定されている。内部は内外陣を格子で区切り、須弥壇上には秘仏のご本尊薬師如来(国指定重要文化財)、日光・月光両菩薩、十二神将、四天王(内二体国指定重要文化財)がまつられ、浄瑠璃浄土の世界を表現している。十二支の神将が欠けることなく揃っていることから、干支の寺とも呼ばれている。後陣には不動明王(国指定重要文化財)、釈迦如来(国指定重要文化財)をはじめ、織田信長の焼き討ちを免れた50体を超える貴重な文化財の仏像が一堂におまつりされている。
本堂の右手にある三重塔は、鎌倉時代中期の建築と推定され、桧皮葺、3重3層で、均整のとれた優美な塔であり、こちらも釘を使わない総桧造りである。初層内部の全面壁画は国指定重要文化財であり、初層部分に関しては国宝と重要文化財の二重指定となっている国内唯一の塔である。
本坊にある庭園は、江戸初期の造園で鶴亀の「蓬莱庭」と呼ばれ、池泉回遊式の国指定名勝庭園である。鎌倉時代の八角石灯籠(石屋弥陀六作)や連珠模様の室町時代を偲ぶ石灯籠の他、築山に薬師如来・日光菩薩・月光菩薩の三尊仏を表現する立石、十二神将・八大菩薩を表す石組があり、周囲のサツキの刈込みを雲に見立て、浄瑠璃浄土の仏の世界を表現している。心字池の中央に折り鶴の鶴島と亀島があり、秋には紅葉が影を落として美しく、この庭にひかれて訪れる人も多い。
関連リンク | 西明寺(WEBサイト) |
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参考文献 |
西明寺(WEBサイト) 滋賀・びわ湖 観光情報(公益社団法人びわこビジターズビューロー)(WEBサイト) 甲良町(WEBサイト) 「滋賀県の歴史散歩」滋賀県歴史散歩編集委員会 山川出版社 |
2025年04月現在
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