金剛山 最勝院こんごうざん さいしょういん

弘前城の南東約1㎞の台地の上に位置し、五重塔の美しさで有名なお寺。江戸時代の建立で現存する五重塔は全国で22塔あるが、最勝院五重塔は最北の五重塔。国指定重要文化財指定説明に特筆される「東北地方第一の美塔」にたがわず、その姿は美しい。高台にあるため、街中からでもひときわ目立つ存在感があり、弘前市のシンボルとして親しまれている。
 五重塔は津軽為信の津軽統一以来、幾多の戦いで戦死した敵味方の分け隔てない将士らの供養のために、大円寺の住職京海が4代藩主信政の帰依を受け約10年の歳月をかけ1666(寛文6)年に建立させた鎮魂供養の仏塔。高さ約31m、建立の宮大工は諸説あるが、試行錯誤の上に完成した、相輪*が長いという特徴をもつ均整のとれた塔である。
 明治の神仏分離・廃仏毀釈の影響で大円寺は大鰐町蔵館へ寺格移転し、その後津軽諸宗筆頭の最勝院もまた大円寺跡に寺格移転し、大円寺の七堂伽藍を全て引き継ぎ、最勝院の維持運営の中で寺門興隆して現在に至っている。
#

みどころ

最勝院五重塔は、姿の美しさには定評があり、奈良の「法隆寺五重塔」ときわめて近い。上層にいくに従い柱間(はしらま)が狭くなっていく逓減率(ていげんりつ)がほぼ同じことがその理由である。また各層ごとの窓や中備(なかぞなえ)の意匠が異なるなど、変化がつけられている。心柱*が二重(二階)で止まり、初重には大日如来像が安置されている(塔内は未公開)。
 境内の左手には五智如来堂があり、内部に五智如来*立像が奉安されている。顔や手足の彫りはぎこちなさがあるものの、顔の表情は穏やかで独特の風情がある。都の仏師の作風とは異なり、地方ならではの独自さともいえるだろう。また、立像の五智如来の作例は少なく珍しい(堂内は未公開)。
 最勝院本堂の裏手には墓地があり、その一角に多くのキリスト教の墓がある。弘前の教育に尽力した宣教師の妻メアリー・アレキサンダーが火災により亡くなったのち、本人の希望で第二の故郷弘前に埋めてほしいと遺言していたことからこの地に埋葬されたのである。遺族らは埋葬先を弘前に探すが当時は共同墓地もなく、異宗教であったことから、すべての寺院に断られたが、最勝院の住職が「宗教は何であろうと行く末は皆同じ」と埋葬を許可したという。以後最勝院にはキリスト教も埋葬されるようになった。こうした歴史には日本人の寛容さも相まって心温まるものがある。
#

補足情報

*相輪:そうりん 塔の最上部にある装飾。
*心柱:しんばしら 仏塔などの中心となる柱。心柱と塔の小屋組みとは、ただ1箇所のみで接しており、これにより耐震性の強度が増す。東京スカイツリーにもこの構造がとられている。耐震性を担うのは心柱だけではないが、地震の多い日本ならではの高層木造建造物構造である。これらは、まさに古代から引き継いできた知恵の集積であり、現代に生かされているものの一つといえる。
*五智如来:ごちにょらい 五智とは密教の五つの智慧(法界体性智・大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智)のことで、それらを備える五体の如来のこと。五仏に同じ。
関連リンク 金剛山 最勝院(WEBサイト)
参考文献 金剛山 最勝院(WEBサイト)
津軽弘法大師霊場(WEBサイト)
HIROSAKI Heritage(あおもり創生パートナーズ株式会社)(WEBサイト)
きてみて、ひろさき。ここみて、弘前(公益社団法人弘前観光コンベンション協会)(WEBサイト)
『大学的青森ガイド こだわりの歩き方』弘前大学人文社会科学部(編)羽渕 一代 責任編集

2023年10月現在

※交通アクセスや料金等に関する情報は、関連リンクをご覧ください。