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鳥海山の写真

写真提供:遊佐町役場

鳥海山 ( 山形県 遊佐町 / 秋田県 )

秋田と山形との県境にそびえる鳥海山は標高2,236mで、東北地方では福島県の燧ヶ岳(標高2,356m)についで2番目に高い山。鳥海山の山域は、地形的には、東部の出羽丘陵山地、中部から西部の独立峰をなす鳥海火山で形成されており、西は日本海に直接落ち込み、南西部は庄内平野が広がる。鳥海火山は成層火山で日本有数の規模を誇り、おおまかに...

最上川の写真

写真提供:戸沢村観光物産協会

最上川 ( 山形県 長井市 / 山形県 戸沢村 )

最上川は、山形と福島との県境、西吾妻を発し、山形県内の置賜*・村山・最上・庄内の各地方を貫き、約400の支流を集め、酒田市で日本海に注ぐ。最上川の全長は229kmで全国7位、流域面積7,040km2、流域人口約100万人を誇る。  現在は河川改修により流れは穏やかになっているが、かつては球磨川・富士川とともに日本三大急流の一...

蔵王の樹氷の写真

写真提供:一般社団法人 山形市観光協会

蔵王の樹氷 ( 山形県 山形市 / 山形県 上山市 )

蔵王の冬のシンボル。シベリアから吹いてくる季節風が、日本海の水分を含み朝日連峰を越える時急激に冷却されて水滴となり、これと雪雲のなかの雪片がアオモリトドマツに繰り返し付着して凍りつき樹氷となる。風上に向かって成長し、さらにその上に雪が積もって人の形に似てくることから、スノーモンスターの愛称もある。  樹氷ができる時...

銀山温泉の写真

銀山温泉 ( 山形県 尾花沢市 )

JR奥羽本線大石田駅から東へ約17km、尾花沢盆地の平野部の農村地帯を抜け銀山川を登りつめ少し緩やかに下ると、大正末期から昭和初期に建てられた3層・4層の木造旅館をまじえ14軒の湯宿が川を挟んで建ち並ぶ、こじんまりとした温泉街にたどり着く。  銀山温泉の名は1456(康正2)年儀賀市郎左衛門がこの地で延沢銀山を発見し江戸初期には銀...

蔵王温泉の写真

蔵王温泉 ( 山形県 山形市 )

蔵王連峰の西麓、標高約880mに位置し、背後に広がる蔵王スキー場の基地としても賑わう温泉で、奥羽三高湯*の一つである。街の中央、高湯通りを中心に数十軒の旅館が軒を連ね、硫黄の臭気が鼻をつく。伝承では、西暦110年、東征中の日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の家臣吉備多賀由(キビノタガユ)が戦いで傷ついた折、この湯を見つけ、完...

飯豊山(飯豊連峰)の写真

飯豊山(飯豊連峰) ( 山形県 小国町 / 福島県 / 新潟県 阿賀町 )

山形、福島、新潟の3県にまたがる飯豊連峰の総称。標高2,128mの大日岳を最高峰に、飯豊本山とも呼ばれる飯豊山(標高2,105m)など、2,000m級の山々*が約20kmにわたって連なる。花崗岩と中古生層から成る褶曲山地で、氷河地形、周氷河地形及び雪食地形*が見られ、稜線の東西で地形が大きく異なる非対称山稜を形成している。植生も雪田群落な...

山形花笠まつりの写真

写真提供:山形県花笠協議会

山形花笠まつり ( 山形県 山形市 )

毎年8月5日~7日の三日間にわたり、山形市内で繰り広げられる祭り。祭りの見どころは夕方からはじまる花笠パレードである。市の中心街である十日町角から市役所前までの約1.2kmを「花笠音頭」に合わせて、3日間延べ約1万数千人の踊り手が集団ごとに、山車に先導されて踊る。踊り手は、特産の紅花をあしらった花笠を手に、団体ごとに揃いの浴...

袋田の滝の写真

写真提供:大子町観光協会

袋田の滝 ( 茨城県 大子町 )

福島県から茨城県へと流れる久慈川*の支流滝川にかかる滝。滝は4段から成り、高さ120m、幅73m。成因は、1,500万年前に形成された火山角礫岩層の硬い岩石に対し、滝の上下が浸食されやすい凝灰質の砂岩や頁岩だったため、硬質の火山岩が残り、節理と断層面が浸食され段差が生まれたと、考えられている。滝の途中に四本の大きな節理があり、4...

鹿島神宮の写真

写真提供:鹿島神宮

鹿島神宮 ( 茨城県 鹿嶋市 )

JR鹿島線鹿島神宮駅の南東に、約70万m2の広大な樹叢*を有し、その中に社殿が建つ。創建については不明な点も多いが、すでに4~5世紀、大和政権が東国に進出をしていく過程における、いわゆる「東征」の重要拠点であり、祭祀も行われたのではないかといわれている。そのため、創建神話として、神武天皇が「東征」の折、武甕槌大神...

偕楽園の写真

写真提供:茨城県土木部都市整備課

偕楽園 ( 茨城県 水戸市 )

水戸駅の西方に広がる都市公園で、梅の公園としても知られ、金沢の兼六園、岡山の後楽園とともに日本三名園の一つに数えられる。本園と拡張部と合わせ、面積58万m2におよぶ広大な公園*である。本園は1842(天保13)年、徳川斉昭*が造園し、藩主1人が楽しむものではなく、領民と偕(とも)に楽しむという意味から「偕楽園」と名付...

那須湯本温泉 鹿の湯の写真

那須湯本温泉 鹿の湯 ( 栃木県 那須町 )

県道17号線が貫通する那須湯本温泉と湯川で分かつ向かいが元湯で、なだらかな斜面を登り詰めたところに鹿の湯がある。  元湯はむかしながらのひなびた雰囲気の湯治場で、小規模の旅館や民宿が石畳の元湯通りに建ち並ぶ。民宿では自炊もできる。  鹿の湯の発見は古く、1390年前といわれている。738(天平10)年、正倉院の文書のなかに那須...

日光二荒山神社の写真

日光二荒山神社 ( 栃木県 日光市 )

恒例山の西麓にあり、東照宮造営以前は二荒山(日光山)信仰によって山内の中心を成していた。主神大己貴命(おおなむちのみこと)は秀峰二荒山(男体山)の神、妃神の田心姫命(たごりひめのみこと)は女峰山の神、御子神の味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)は太郎山の神である。別宮の滝尾神社・本宮神社とともに、もとは日光三...

大猷院霊廟の写真

大猷院霊廟 ( 栃木県 日光市 )

東照宮の西方約500m、大黒山にある徳川3代将軍家光公の霊廟である。家光公は1651(慶安4)年4月、48歳で没し、その遺命によって同年5月、遺骸をここに葬った。霊廟建築は1652(承応元)年2月に工を起こし、翌年4月に完成。建築総指揮は幕府の作事方大棟梁であった平内大隅守応勝。  境内は東照宮に準じた伽藍配置であるが、東照宮の絢爛豪...

日光山輪王寺の写真

日光山輪王寺 ( 栃木県 日光市 )

長坂を登りつめると、日光開山勝道上人像の前へ出る。太い眉、大きな鼻、右手に錫杖を持つ上人像の後ろに、山内最大の建物である三仏堂がどっしりと静まっている。このあたりが輪王寺の中心部で、三仏堂を本堂に、勝道上人像をとり囲むように一山15院の甍が連なる。神仏習合の地であるため、このほか四本竜寺・開山堂・大猷院廟・慈眼堂など...

華厳ノ滝の写真

写真提供:(一社)日光市観光協会

華厳ノ滝 ( 栃木県 日光市 )

高さ97m。中禅寺湖から流れ出る大尻川が大岩壁から一気に落下し、「日本三名瀑」の一つに数えられる豪壮な瀑布を形成している。  華厳ノ滝は日光山開山の祖 勝道上人の発見と伝えられており、鏡のような中禅寺湖を仏の大円鏡智にたとえ、仏の教えが滝のように響きわたるように、経典の名から名付けられたという。下流の阿含滝・般若滝・方...

中禅寺湖の写真

写真提供:(一社)日光市観光協会

中禅寺湖 ( 栃木県 日光市 )

男体山の南麓にあり、日光国立公園の湖沼の中で最も大きく、日本の代表的な高山湖に数えられている。  面積11.9km2、水色は深緑色から藍色まで季節によって変化する。新緑・紅葉のころはひときわ神秘的である。  湖水は東西に細長く、北岸の汀線はほぼ直線に近いが、南岸は出入りに富む沈降型汀線となり、八丁出島をはじめ岬...

男体山の写真

写真提供:(一社)日光市観光協会

男体山 ( 栃木県 日光市 )

中禅寺湖の北岸に円錐形の雄大な山容を見せてそびえ立つ、日光火山群中の雄峰。高さ2,486m。中禅寺湖の水面上からの高さは約1,200mほどで、裾野は長く、大きく、日光市街近くにまで達する。頂上北側に直径約800mの爆裂火口跡があり、山頂からは放射状に薙(なぎ)と呼ばれる涸れ谷が発達しているほか、北側には固まった溶岩が尾根状になり戦...

戦場ヶ原・小田代原の写真

写真提供:(一社)日光市観光協会

戦場ヶ原・小田代原 ( 栃木県 日光市 )

戦場ヶ原は中禅寺湖の北、男体山の西に広がる平均標高1,400mの湿原状の東京ドーム85個分、4km2の規模を誇る高原で、日光国立公園に位置する。また、湯ノ湖、湯川、戦場ヶ原、小田代原のうちの約2.6km2が「奥日光の湿原」としてラムサール条約の登録湿地に登録されている。  大昔の男体山噴火の折り、その噴出物が竜...

奥日光湯元温泉の写真

奥日光湯元温泉 ( 栃木県 日光市 )

戦場ヶ原の北西、湯ノ湖北岸にある奥日光のうちでも最奥の温泉で、西に白根山、北西に温泉ガ岳、東に三岳の山々を巡らしている。  温泉の発見は1200年もむかし勝道上人によると伝え、湯治温泉として長い間親しまれてきた。今でも一角に残る石畳や、しっとり落ち着いた雰囲気の中に歴史が感じられる。  旅館は近代化しながらも風格を備え...

雲竜渓谷の氷瀑の写真

写真提供:栃木県

雲竜渓谷の氷瀑 ( 栃木県 日光市 )

稲荷川の上流、女峰・赤薙山の谷間にあり、渓谷をはさんで多くの滝がかかる。  厳冬期には谷一面巨大な氷柱が出現する。高さは100mにもおよび、横にもさまざまな形に変化して、氷の殿堂などと呼ばれている。年により気温が変化し氷瀑の大きさも変化するが、2月第一週がふだんでも最大に成長する。  上級登山者には氷壁登攀地として有名で...

湯畑の写真

写真提供:一般社団法人 草津温泉観光協会

湯畑 ( 群馬県 草津町 )

旅館街の中央にある。草津温泉を代表する源泉で、石棚に囲まれた源泉から毎分約4,000リットルの熱湯がもうもうと湯けむりを上げて湧き出る様は、草津の象徴的な風物である。湯は7本の温泉木樋に流され、泉温を下げ、沈殿した湯の花*は採取されて土産品などに利用される。  湯畑には「草津に歩みし百人」*が石柵に刻名されている。湯畑の...

万座温泉の写真

万座温泉 ( 群馬県 嬬恋村 )

草津白根山と万座山との谷間にある標高1,800mの温泉。ツガ・ダケカンバの原生林に囲まれ、静かな高原保養地といった趣で、温泉街の雰囲気はない。志賀・草津・長野・軽井沢とは国道・有料道路で結ばれている。  土器をはじめとする出土品から、弥生時代にはこの地に人の住居があったと推測されている。温泉としての記録は古く*、1560年代...

谷川岳の写真

谷川岳 ( 群馬県 みなかみ町 / 新潟県 湯沢町 )

群馬・新潟の県境にある谷川岳は標高1,977m、オキノ耳とトマノ耳*の2つのピークを持つ。  太平洋側と日本海側を分ける脊梁山脈にあたり、北西の季節風が吹きつける豪雪地域である。そのため、新潟県側は穏やかだが、群馬県側は雪崩による浸食作用のため荒々しい山相をなし、東側斜面にはマチガ沢・一ノ倉沢・幽ノ沢などの急峻な谷が湯桧曽...

伊香保温泉の写真

写真提供:渋川伊香保温泉観光協会

伊香保温泉 ( 群馬県 渋川市 )

榛名山の北東中腹、標高約700mの高所にあり、古くから上州の名湯として知られる。温泉街は山間の急斜面に造られ、階段式の道路やヒナ段状に立ち並ぶ旅館や店舗、たちこめる湯の香りなどが独特の湯の町情緒をかもしだしている。春の新緑・ツツジ、夏の避暑、秋の紅葉など、どの季節も楽しめ、近くの榛名山・榛名湖、榛名神社、水沢観音など様...

赤城山の写真

赤城山 ( 群馬県 前橋市 / 群馬県 渋川市 / 群馬県 沼田市 / 群馬県 桐生市 )

関東平野の北西端にそびえ、榛名山・妙義山とともに上毛三山の一つとして知られる二重式火山。赤城山という単独の山はなく、最高峰1,828mの黒檜山をはじめとする外輪山と中央火口丘の地蔵岳を合わせた総称。赤城山は成属火山*で、1251(建長3)年の第4次爆発を後に火山活動を中止した。外輪山と地蔵岳の間には、大沼と小沼が静かに水をたた...

富岡製糸場の写真

写真提供:富岡市

富岡製糸場 ( 群馬県 富岡市 )

富岡市の中心、上信電鉄上州富岡駅の南西部約1kmに位置する、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」*の中心的な構成資産。  明治維新後、日本の近代化を目指した政府は、外貨獲得のため、生糸の品質改善・生産向上を目指し洋式の繰糸器械を備えた官営の模範工場をつくることを決める。工場建設の基本的な考え方は、「洋式の製糸技術の導入...

氷川神社の写真

写真提供:氷川神社

氷川神社 ( 埼玉県 さいたま市 )

大宮駅の北東約1.5kmにあり、武蔵国一宮として知られる延喜式内の古社である。関東に多い氷川神社約280の総本社でもある。新都心駅近くの一の鳥居から2kmも延びる参道は、車も通行できるが、一部は歩行者専用になっている。参道の両サイドは杉、ケヤキ、スダジイ、エノキなど30種以上、約650本の樹木が二の鳥居、三の鳥居へと導く。長い参道...

鉄道博物館の写真

写真提供:鉄道博物館

鉄道博物館 ( 埼玉県 さいたま市 )

JR東日本の設立20周年記念事業のメインプロジェクトのひとつとして2007(平成19)年に大宮に鉄道博物館がオープンした。2018(平成30)年には全館のリニューアルを完了、新たに南館が加わった。  鉄道博物館最大の展示室「車両ステーション」には36両の実物の鉄道車両が展示されている他、「仕事」・「未来」・「歴史」・「科学」の各ステ...

川越蔵造りの町並みの写真

川越蔵造りの町並み ( 埼玉県 川越市 )

藩主松平信綱により、川越城下は慶安年間(1648~1652年)に十ヵ町・四門前・郷分の町割りが行われた。十ヵ町は、札ノ辻(高札場)を中心に上五ヵ町の商人町が囲み、下五ヵ町は職人町で構成された。しだいに商人が職人町にもでてきて、職人は裏店に引っ込んだ。  1893(明治26)年、川越の大火により全町の4割にあたる1,302戸が焼失。類焼...

秩父夜祭の写真

写真提供:秩父観光協会

秩父夜祭 ( 埼玉県 秩父市 )

京都祇園祭、飛騨祇園祭(岐阜県)と並ぶ日本三大曳山祭の一つで、毎年12月3日を中心に行われている。国の重要有形民俗文化財に指定される高さ平均約6.5m2、重さ15tもある重厚な6台の山車(屋台4基、笠鉾2基)が秩父神社中心に曳き廻され、とりわけ本番の3日は秩父盆地の街並みをこだまする屋台ばやしの太鼓の音が祭りを一層盛り...

国立歴史民俗博物館の写真

写真提供:国立歴史民俗博物館

国立歴史民俗博物館 ( 千葉県 佐倉市 )

1983(昭和58)年に開館した国立歴史民俗博物館は、緑豊かな佐倉城址の一郭に位置する。アイボリーとグレーのモダンな鉄筋コンクリート造の建物で、敷地面積は約13万m2、延床面積は約3.8万m2を誇る。日本の歴史と文化について総合的に研究・展示する博物館で、先史・古代から現代に至るまでの歴史と日本人の民俗世界を...

成田山新勝寺の写真

写真提供:成田山新勝寺

成田山新勝寺 ( 千葉県 成田市 )

成田山新勝寺は、全国に8ケ所の別院のほか、60以上の分院・末寺・末教会・成田山教会を有する真言宗智山派の大本山である。境内、公園をあわせた面積は22万m2に及び、国指定重要文化財である仁王門、三重塔、光明堂、釈迦堂、額堂をはじめ、多くの堂宇や美術館、図書館などを有する。  大本堂の裏の丘陵地には、16万5,000m...

横浜中華街の中華料理の写真

写真提供:横浜中華街発展会協同組合

横浜中華街の中華料理 ( 神奈川県 横浜市 )

約500m四方の区画の中に600以上の店がひしめきあう日本最大のチャイナタウン。  横浜港が開港した当時、貿易を目的に多くの西洋人が日本を訪れたが、彼らは日本語が分らず、また日本人も西洋の言葉や商売に対する知識がなかった。そこで両者の仲介役として活躍したのが中国人たちだった。中国の西洋商館で働いていた中国人は、西洋の言葉を...

円覚寺の写真

円覚寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

北鎌倉駅のすぐ東に接する臨済宗円覚寺派の大本山。鎌倉五山の第二位に列せられている。1282(弘安5)年8代執権北条時宗が元寇の戦いの双方の戦死者を弔うために宋の高僧無学祖元*を招いて開山とし、この地に禅院を開いたのが始まりで、寺名は寺の起工の際、地中から円覚経を収めた石櫃(せきひつ)が出現したことによるという。その後、数...

円覚寺舎利殿の写真

円覚寺舎利殿 ( 神奈川県 鎌倉市 )

円覚寺塔頭の正続院*の内にある。方3間、単層、入母屋造、裳階付き、柿葺。わが国に現存する唐様(禅宗様)建築*の最古のものといわれ、扇垂木・粽柱・花頭窓など、いたるところによくその特徴を伝えている。以前は創建当初の建築とみられていたが、現在では室町時代に太平寺*の仏殿を移したものと考えられている。内陣に源実朝が中国宋か...

建長寺の写真

写真提供:建長寺

建長寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

臨済宗建長寺派の大本山で、鎌倉五山*の第一位に列する名刹。  1253(建長5)年5代執権北条時頼が宋の蘭渓道隆*を開山として創建した寺で、わが国最初の臨済禅専門道場となった。かつては七堂伽藍、塔頭49院を備えていたが、たびたびの火災で堂宇のことごとくを焼失、江戸時代になって将軍家の寄進を受けて、ようやく寺運は復興した。  ...

鶴岡八幡宮の写真

鶴岡八幡宮 ( 神奈川県 鎌倉市 )

鎌倉駅の北東、若宮大路の突きあたりにある。1063(康平6)年源頼義が奥州の前九年の役平定の後、京都の石清水八幡宮を由比郷鶴岡に現在の由比若宮を勧請し、その後1180(治承4)年鎌倉に本拠を置いた源頼朝は、大臣山のふもとに由比若宮を遷し、1191(建久2)年には大臣山の中腹に新たに御社殿を造営して源氏の守護神とした。これが現在の鶴...

鎌倉国宝館の写真

鎌倉国宝館 ( 神奈川県 鎌倉市 )

鶴岡八幡宮の境内、白旗神社の前にある。関東大震災後、鎌倉と神奈川県下の社寺・個人所有の文化財を受託し、保管・公開するために、1928(昭和3)年に建てられ、鎌倉市が管理している。  建物は奈良の正倉院を模した校倉式の鉄筋コンクリート造で、本館は国の登録有形文化財に登録されている。収蔵品は彫刻・絵画・工芸品・古文書などで、...

高徳院(鎌倉大仏殿)の写真

高徳院(鎌倉大仏殿) ( 神奈川県 鎌倉市 )

「美男におはす」(与謝野晶子の歌の一部)鎌倉の大仏として、あまりにも有名。  正式には大異山高徳院という寺の本尊である。寺の創建については明らかではなく、江戸中期の1712(正徳2)年、増上寺の祐天上人が中興して浄土宗とし、もと材木座光明寺の奥院であった。広々とした境内の奥、三方に回廊をめぐらした中央に露坐の大仏が鎮座し、...

芦ノ湖の写真

芦ノ湖 ( 神奈川県 箱根町 )

芦ノ湖は、箱根外輪山内に北東から南西に横たわるカルデラ湖で、湖面の標高724m、周囲約19km、最大深度43.5mほどのひょうたん形となっている。中央部のやや北のところで東西の幅がもっとも狭くなり、わずか300mとなる。水温は年間4度以上で冬期も結氷することがない。湖水の水は北岸から流れ出る早川によって相模湾へ注ぎ、同時に北西岸に掘...

佐渡金銀山の写真

写真提供:新潟県観光文化スポーツ部文化課世界遺産登録推進室

佐渡金銀山 ( 新潟県 佐渡市 )

国史跡の佐渡金銀山遺跡は、「佐渡島(さど)の金山」の名称で、2022(令和4)年2月に世界遺産候補としてユネスコに推薦された。  佐渡島の金生産の最古の記録は、平安時代後期(12世紀)に編纂された『今昔物語集』で、佐渡島で金を採取したという説話が収録されている。15世紀半ばには佐渡へ流された世阿弥が『金島書』の中で、佐渡島を...

トキの森公園の写真

写真提供:新潟県佐渡市

トキの森公園 ( 新潟県 佐渡市 )

トキ*の森公園には、「トキふれあいプラザ」と「トキ資料展示館」とがある。前者では、飼育ケージ内を生息環境に近い状態にして、トキの採餌、飛翔のほか、抱卵や子育てなどトキの生態を間近で観察できる。後者では、展示テーマを「保護から共生そして未来へ」と題し、近年リニューアルした展示物や従来展示していた「キン」のはく製などを...

阿賀野川の写真

阿賀野川 ( 新潟県 阿賀町 / 福島県 西会津町 / 新潟県 他 )

阿賀野川は、福島・栃木両県の県境にある荒海山(標高1,581m)に源があり、新潟市北区松浜地先において980mの川幅で日本海へ流れ出る。長さ210kmは日本で10番目であるが、年間の総流出量は142億tで信濃川に次いで多い。阿賀野川という名は新潟県内に限られ、福島県では阿賀川(大川)と呼ばれる。豊富な水を利用して多くの水力発電所が建設...

苗場山頂周辺の湿原の写真

苗場山頂周辺の湿原 ( 新潟県 湯沢町 / 新潟県 津南町 / 長野県 栄村 )

標高2,145m。新潟・長野の県境に、南にゆるやかに傾く広大な山頂をもつ火山で、なだらかな山頂には高層湿原が発達し、オオシラビソノの樹林の間には、径数mから20mほどの池塘が何百も点在している。まさに天上の楽園の言葉にふさわしい。山名が表わすように、むかし池塘は苗田と考えられ、神が稲を植えた所と伝えられている。北面の中腹には...

彌彦神社の写真

写真提供:彌彦神社

彌彦神社 ( 新潟県 弥彦村 )

弥彦山の東麓に鎮座している越後一ノ宮である。神武天皇の命を受けて野積浜に上陸し、人々に製塩や漁労・農業技術を教えたと言われる、「産業の神様」である天照大神の曽孫天香山命が祭神である。  弥彦山頂には、天香山命と妃神熟穂屋姫命(ひめがみうましほやひめのみこと)を祀った御神廟(奥宮)がある。彌彦神社は古くから「おやひこ...

永平寺の写真

永平寺 ( 福井県 永平寺町 )

全国に1万5,000の末寺、檀信徒800万人をもつ曹洞宗の大本山で、開祖道元(どうげん)*が坐禅修行の場として志比谷最奥部のこの地を選んで以来、約770年にわたって法燈を伝えてきた古刹である。  1244(寛元2)年、京都深草に開庵していた道元が、志比庄地頭波多野義重の請に応じて越前に下り、開山したと伝える。当初は傘松峰大仏寺(さん...

甲斐駒ヶ岳の写真

甲斐駒ヶ岳 ( 長野県 伊那市 / 山梨県 北杜市 / 山梨県 南アルプス市 )

南アルプスの北端に位置し長野県と山梨県の県境にある。一般的には日本の数ある駒ヶ岳*の中で甲斐駒と呼ばれ、JR中央本線から巨大なピラミッド型の雄姿が見られる。標高2,967mと駒ヶ岳の中では最高峰である。  岩登りで知られる鋸岳や坊主山・摩利支天・駒津峰などを四方に従えたこの山は堂々たる姿をしている。特に摩利支天は山梨県側か...

仙丈ヶ岳の写真

仙丈ヶ岳 ( 長野県 伊那市 / 山梨県 南アルプス市 )

長野県と山梨県の県境にあり、北沢峠の南西に甲斐駒ヶ岳と対峙し3,033mとそびえ立つ。隣の花崗岩のピラミッドの甲斐駒ヶ岳とは対照的に女性的な山で、南アルプスでも特にスケ-ルが大きく南アルプスの女王といわれている。仙丈の名前は高さが千丈もあるからではないかと言われている。  山頂近くには薮沢(やぶさわ)・大仙丈沢カール・小...

高遠のサクラの写真

写真提供:(一社)伊那市観光協会

高遠のサクラ ( 長野県 伊那市 )

高遠は伊那市の東部。四方を山に囲まれたわずかな平地に民家が密集している。高遠城は明治維新までは内藤氏3万3,000石の城下町で、南信地方の中心であった。  高遠城は築城技術に武田流兵法を取り入れた堅固な城であったが、明治維新時に藩校進徳館を残して本丸御殿や門、橋など城内の建物はすべて取り壊され、民間に払い下げとなり、1875...

塩見岳の写真

塩見岳 ( 長野県 伊那市 / 静岡県 静岡市 )

南アルプスのほぼ中央、長野県伊那市と静岡県静岡市の県境にあり標高は3,052m、漆黒の山体にずんぐりした頂をのせている。東側には大井川源流の谷が深く切れ込み、北は絶壁、西には天狗岩と呼ぶジャンダルムがあり、近づくとかなりきびしい表情である。  塩見の名前は、山頂から太平洋が見えるからという説もある。しかし塩見岳の山麓に塩...

奈良井宿の写真

奈良井宿 ( 長野県 塩尻市 )

中山道六十九次のうち、江戸から数えて34番目の宿場で、江戸時代には奈良井千軒といわれたほど賑やかな宿場町であった。現在もJR奈良井駅の南西、旧街道沿いに庇(ひさし)の深い2階建、猿頭*、黒い千本格子の民家がつづいている。創業230年という旅籠越後屋など、町並みは往時の街道・宿場情緒を偲ばせる。西に難所といわれた鳥居峠をひか...

軽井沢保養地の写真

軽井沢保養地 ( 長野県 軽井沢町 )

碓氷峠(うすいとうげ)を越えると、冷気が一瞬のうちに身を包む。夏でも平均最高気温*が26℃程度という軽井沢は浅間山南東斜面のゆるやかな裾野、標高900~1,000mの部分を占め、国際的に名高い高原避暑地である。  英国聖公会の宣教師として派遣されたアレキサンダー・クロフト・ショーが、その高原や気候風土などが避暑地として好適であ...

八ヶ岳の写真

八ヶ岳 ( 長野県 原村 / 長野県 富士見町 / 長野県 茅野市 / 長野県 南牧村 / 山梨県 北杜市 )

八ケ岳連峰*の中で、夏沢峠を境に北八ケ岳と南八ケ岳に分かれる。南八ケ岳は標高2,899mの主峰赤岳をはじめ横岳、硫黄岳、権現岳、編笠山と荒々しい男性的な岩山が連なる。北八ケ岳は白樺、カラマツの森林や草原が広がり、女性的なやさしさと豊かさを秘めている。  成因は約300万年前、本州を南北に縦断する大地溝帯(フォッサマグナ)のほ...

乗鞍岳の写真

乗鞍岳 ( 長野県 松本市 / 岐阜県 高山市 )

長野県松本市と岐阜県高山市の県境、北アルプスの南端にあるコニーデ型の山。馬の鞍に似て複数の峰とその峰間のなだらかな尾根の姿から、その名がついたといわれている。  乗鞍スカイライン(岐阜側)や乗鞍エコーライン(長野側)*で2,702mの畳平までバスが入り、容易に頂上をきわめられる。剣ケ峰を盟主として3,000m級の恵比須岳・大黒...

渋温泉の写真

渋温泉 ( 長野県 山ノ内町 )

湯田中温泉、安代温泉などの湯田中渋温泉郷のひとつ。その中の渋温泉は温泉寺の開山虎関師錬(こかんしれん)が浴場としたという。2層、3層の凝った木造の旅館が棟を接するように立ち並び、老舗も多い。  温泉は弱食塩泉や単純温泉など。51~98度と温度が高い源泉をそのまま利用した源泉かけ流し。共同浴場の外湯が9ケ所あり、宿泊客は湯巡...

常念岳の写真

常念岳 ( 長野県 松本市 / 長野県 安曇野市 )

梓川の渓流を間にして穂高連峰・槍ケ岳と相対する常念山脈の主峰。標高は2,857m。花崗岩よりなる山頂は、ピラミッド型をしており、南北に長くバランスのとれた稜線をのばしている。山頂に立てば、穂高連峰・槍ケ岳の山並みをはじめJR大糸線沿いの町々まで360度の展望が開ける。  蝶が岳から大天井岳への縦走コースのほか東側安曇野の一の沢...

松本城の写真

松本城 ( 長野県 松本市 )

別の名を深志城と呼ばれる名城で、松本市街地の中心部にある。本丸・二の丸・三の丸からなり、堀は、内堀の大部分のほか外堀と総堀の一部が残る。本丸・二の丸の大部分は史跡公園になっているが、三の丸北東部は官庁街となっている。  松本城は、戦国時代の深志の城がはじまりである。当時この地方を制していた小笠原氏*の一族の武将島立...

霧ヶ峰のニッコウキスゲの写真

霧ヶ峰のニッコウキスゲ ( 長野県 諏訪市 / 長野県 茅野市 / 長野県 下諏訪町 / 長野県 長門町 )

諏訪市の北東部、大門峠から鷲ヶ峰(わしがみね)の間に、ゆるやかな起伏をもつ高原が3,000haにわたってつづいている。最高峰の車山は標高1925mの火山でいくつかの断層が発達し、車山湿原、踊場湿原(池のくるみ)、八島ヶ原湿原と3つの湿原を生んだ。  この草原に7月になるとニッコウキスゲが咲き誇る。ニッコウキスゲ(日光黄菅)は草丈40...

諏訪大社の写真

諏訪大社 ( 長野県 諏訪市 / 長野県 茅野市 / 長野県 下諏訪町 )

全国各地の諏訪神社の総本社であり、信濃国一之宮として崇敬される諏訪大社は、諏訪湖を隔てて南北に上社、下社が鎮座する。上社は諏訪市の本宮と茅野市の前宮、下社は下諏訪町の春宮と秋宮とに分かれ、この4社を合わせて諏訪大社となる独特の形式をもつ。  祭神は出雲系の神、建御名方神(たけみなかたのかみ)*と妻の八坂刀売神(やさか...

御柱祭の写真

御柱祭 ( 長野県 諏訪市 / 長野県 茅野市 / 長野県 下諏訪町 / 長野県 富士見町 / 長野県 原村 )

6年に1度(数え年で7年に1度)、寅と申の年に諏訪大社4社の社殿の四隅に立つ御柱の建て替えを行う祭事で、規模の大きさ、勇壮さで日本の大祭の一つに数えられている。祭りのいわれは清浄な神地の境界を示すものとも、式年造営の省略した形とも様々な説がある。  御柱祭の幕明けは4月初旬上社の山出しに始まる。山から伐採された長さ五丈五...

赤石岳の写真

赤石岳 ( 長野県 大鹿村 / 静岡県 静岡市 )

赤石山脈すなわち南アルプスの南部にあり、赤石山脈の盟主で巨体をすえる。浸食が著しく、険しい尾根を四方に張り重量感があり、その存在感から赤石山脈の名にふさわしい。山名はこの地域の岩石に含まれるラジオラリヤ板岩*が赤紫色からである。山頂は広く、カール状の地形が散見される。  昔の信仰登山のなごりをとどめる石や鉄製の剣が...

荒川三山の写真

荒川三山 ( 長野県 大鹿村 / 静岡県 静岡市 )

塩見岳と赤石岳の間、前岳・中岳・東岳を荒川岳、荒川三山と総称している。南アルプス南部の主要山岳の縦走路の大半は南北方向であるが、この荒川三山は東西方向にならんでいる。前岳(3,068m)・中岳(3,084m)は巨大な一つの山塊だが、標高3,141mの東岳は南アルプスの中でも北岳、間の岳につぐ3番目の高峰。  最高峰の東岳は独立して重厚...

鹿島槍ヶ岳の写真

鹿島槍ヶ岳 ( 長野県 大町市 / 富山県 富山市 / 富山県 黒部市 )

長野県大町市と富山県立山町・黒部市の県境にあり、標高2,889m、後立山連峰*の中央に位置している。北峰と南峰のピークが吊尾根で結ばれた双耳峰の優美な山容で、後立山連峰の盟主ともいわれている。かつてはこの山周辺一帯の山域を後立山と呼んだというが、山麓の鹿島集落から取って鹿島槍ヶ岳の名になったといわれる。  鹿島槍ヶ岳への...

槍ヶ岳の写真

槍ヶ岳 ( 長野県 松本市 / 長野県 大町市 / 岐阜県 高山市 / 長野県 安曇野市 )

北アルプスの中央部、穂高連峰の北方にそびえ標高3,180m。高さでは奥穂高岳に及ばないが、天に向かって尖峰を突き上げ、キリリとひきしまった山容は、日本アルプスの王者と仰がれている。尾根も雄大で、北は険しい北鎌尾根がつづき、東は大天井岳、南は穂高連峰、西は三俣蓮華岳へと延びている。  山体の標高2,500m以上の部分は、洪積世氷...

善光寺の写真

写真提供:(C)善光寺

善光寺 ( 長野県 長野市 )

長野市中心部、”善光寺”信号または二天門跡から約460mの石畳の参道が、仁王門*・山門*を経て本堂*へとつづく。境内は5万9,000m2と広く、参道に大勧進・大本願をはじめ39の宿坊が並ぶ大寺院である。「牛にひかれて善光寺参り」*で知られるように、一生に一度お参りすれば極楽往生が約束されると、全国から多くの老若男女を集める...

浅間山の写真

浅間山 ( 長野県 軽井沢町 / 長野県 御代田町 / 長野県 小諸市 / 群馬県 嬬恋村 / 群馬県 長野原町 )

長野・群馬県境にある日本を代表する活火山で、標高2,568m。白い噴煙を上げる浅間山の雄姿は古来から名高い。成層火山でいくつかの噴火跡の山塊が集中し、その総称を浅間山という。全体はなだらかな女性的な山相で、南・北に広大な裾野が延びて草木や樹木が茂り、標高2,300m以上は裸地となっている。また中腹から山麓にかけてはわが国でも有...

白馬三山の写真

白馬三山 ( 長野県 白馬村 / 富山県 朝日町 / 富山県 黒部市 / 新潟県 糸魚川市 )

北アルプス北東部、主峰白馬岳(しろうまだけ)(2,932m)とその南に杓子岳(しゃくしだけ)(2,812m)、白馬鑓ケ岳(はくばやりがたけ)(2,903m)の3つのピークが並び、白馬三山と呼ばれている。白馬岳(しろうま岳)の名前の由来は、春になると雪解けで岩が露出し、黒い「代掻き馬」の雪形が現れることから「代掻き馬」→「代馬」→「しろう...

聖岳の写真

聖岳 ( 長野県 飯田市 / 静岡県 静岡市 )

長野県と静岡県の県境にあり、日本アルプス中で最も南にある3,000m峰である。登山口は長野県側では飯田市の遠山郷奥の易老渡先、便ヶ島からと、静岡県大井川上流の椹島からとがあるが、いずれも山深く3泊は見ておきたい。  宗教的な山名だが、語源はヘズル、肘を曲げたようなうねうねした川のヒジリ沢からか、登山道がまがりくねって登るこ...

御嶽山の写真

御嶽山 ( 長野県 木曽町 / 長野県 王滝村 )

乗鞍火山帯の南端、長野・岐阜の県境にそびえる独立峰の活火山である。北アルプスに含まれてはいるが、独立峰として我が国最大級の山頂の広がり、裾野を持っている。最高峰の剣ヶ峰を中心に、継子(ままこ)岳・摩利支天(まりしてん)・継母(ままはは)岳が並び、一ノ池、二ノ池、火口原である賽の河原、さらに北へ三・四・五ノ池の噴火口...

野沢温泉の写真

野沢温泉 ( 長野県 野沢温泉村 )

奥信濃の名湯として知られる温泉。奈良時代、高僧の行基が発見したと伝えられており、江戸時代に飯山藩主が入湯して以来繁栄し、現在では湯治やスキーのできる温泉として親しまれている。毛無山(けなしやま)(1,650m)の山ふところに抱かれた標高600mの地にある。  あちこちから湯けむりを上げる共同浴場を中心に、民宿の看板をあげた民...

英彦山神宮の写真

英彦山神宮 ( 福岡県 添田町 )

英彦山の山内至る所に社殿が散在している。主な社殿は上宮、中宮、下宮と、奉幣殿および摂社の高住神社や玉屋神社などがあるが、鬱蒼とした杉の長い参道や坊跡に修験道の往時を伝える。参道は銅鳥居(かねのとりい)からはじまり、民家や坊の並ぶ桜並木の石段を500m登ると神宮下。さらに300段の石段を登ると奉幣殿で、そこから上宮までは約2k...

太宰府天満宮の写真

太宰府天満宮 ( 福岡県 太宰府市 )

天満天神といわれ、学問の神菅原道真公*を祀る天満宮の総本宮である。901(延喜元)年、藤原時平に謀られ大宰権帥として大宰府に左遷され、失意のまま2年後にこの地で生涯を終えた道真公の霊を慰めるために建立された。梅の名所としても知られ、西鉄太宰府駅前から続く参道には梅ヶ枝餅を売る茶店が並び、春の初めには境内中の梅が咲きこぼ...

九州国立博物館の写真

九州国立博物館 ( 福岡県 太宰府市 )

「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」というコンセプトのもと、全国4番目の国立博物館として2005(平成17)年に開館。太宰府天満宮奥手の丘陵地に立ち、太宰府天満宮から長いエスカレーターでアプローチすると、周囲の山並みに溶け込む穏やかな曲線を描いた全面ガラス張りの近代的な建物が突如現れ、圧倒される。自然光が差し込むエ...

宗像大社の写真

宗像大社 ( 福岡県 宗像市 )

天孫降臨のとき、天照大神の神勅により奉斎されたと伝える神社で、天照大神の御子神である3柱の女神を3つの神社に祀る。玄界灘の孤島・沖ノ島には田心姫神を祀る沖津宮が、神湊海岸沖の大島には湍津姫神を祀る中津宮が、そして宗像市田島には市杵島姫神を祀る辺津宮があり、総称して宗像大社という。  全国に散らばる宗像三神を祀る神社の...

高良大社の写真

高良大社 ( 福岡県 久留米市 )

市の東郊高良山にある。4世紀の創祀と伝え、筑後國一之宮であり古くは九州の宗廟とあがめられた。全国六社のうち九州では一社だけしかない国幣大社*である。  現在の社殿は1660(万治3)年に筑後久留米藩3代藩主・有馬頼利公が造営したもので、天竺様、唐様*、和様を用いた杮(こけら)葺の権現造*。また、山内には孟宗金明竹と呼ばれる...

関門海峡の写真

関門海峡 ( 福岡県 北九州市 / 山口県 下関市 )

本州山口県下関市と九州福岡県北九州市の間に位置する。日本海側の響灘と、瀬戸内海や周防灘を結ぶ海峡で、古くから海上交通の要衝であり、重要な航路であった。  歴史的にも、壇ノ浦の戦いで安徳天皇が入水した地、また巌流島での宮本武蔵・佐々木小次郎の決闘の場でもある。  両側にある海域で生じる潮位差により、急潮流や複雑な潮汐...

みあれ祭の写真

みあれ祭 ( 福岡県 宗像市 )

毎年10月1日から3日にかけて執り行われる、宗像大社の秋季大祭。その初日に行われるのが海上神幸である、みあれ祭である。玄界灘の孤島である沖ノ島の沖津宮に祭られる田心姫神、大島の中津宮に祭られる湍津姫神、そして宗像市田島の辺津宮に祭られる市杵島姫神の三女神が、年に一度、このみあれ祭によって一堂に会する。  沖津宮と中津宮...

有田焼窯元群の写真

写真提供:有田観光協会

有田焼窯元群 ( 佐賀県 有田町 )

有田は日本有数の磁器の産地。17世紀の初めに、朝鮮人陶工・李参平が泉山で陶石を発見したことに始まり、2016(平成28)年に有田焼創業400年を迎えた。町内に約100の窯があるが、県道281号沿いに展示即売する店が軒を連ねる。代表的な窯元としては柿右衛門窯・今右衛門窯・源右衛門窯のほか、香蘭社・深川製磁などがある。

唐津くんちの写真

写真提供:唐津市役所

唐津くんち ( 佐賀県 唐津市 )

唐津神社の秋季例祭で11月2日の宵曳山に始まり、3日の御旅所神幸、4日の翌日祭に終わる。唐津の地主神、唐津大明神の市中巡行に供奉して曳山が従うもので、むかしは傘鉾であったという。  現在の曳山が巡行するようになったのは1819(文政2)年からである。くんち当日は法被姿の若者達が笛・鐘・太鼓にのって、鯛・鳳凰丸・飛龍などの勇壮...

祐徳稲荷神社の写真

写真提供:祐徳稲荷神社

祐徳稲荷神社 ( 佐賀県 鹿島市 )

日本三大稲荷の一つに数えられる九州屈指の神社。石壁山を背後にして本殿が立ち、広い境内に楼門・神楽殿・岩本社・石壁社・奥ノ院などが点在する。本殿は18mの舞台上に三方唐破風の屋根をつけた朱塗の絢燗たるもの。また楼門の随神像や装飾に有田焼が用いられている。本殿へのアプローチは、以前は階段のみだったが、近年、エレベーターも設...

佐賀インターナショナルバルーンフェスタの写真

佐賀インターナショナルバルーンフェスタ ( 佐賀県 佐賀市 )

毎年、10月下旬から11月上旬の5日間、世界各国から100機を超えるバルーンが参加する、アジア最大級の国際熱気球大会。佐賀市嘉瀬川河川敷が会場。動物などのキャラクターが巨大バルーンになって勢揃いする「バルーンファンタジア」や、夜の闇の中、バーナーで照らし出される「ラ・モンゴルフィエ・ノクチューン」など、見どころも多数。  1...

吉野ヶ里遺跡の写真

吉野ヶ里遺跡 ( 佐賀県 吉野ヶ里町 / 佐賀県 神埼市 )

旧神埼町・旧三田川町、旧東脊振村の3つのエリアにまたがる国内最大規模を誇る弥生時代の環濠集落跡。1986(昭和61)年から発掘調査が行われ、「魏志倭人伝」に記された邪馬台国を彷彿とさせるということで全国の注目を集めた。周囲を外壕に囲まれた遺跡の面積は、約40万m2。450を超える竪穴住居跡や甕棺墓列、集落のリーダーたち...

由布院温泉の写真

由布院温泉 ( 大分県 由布市 )

すぐそばに聳える由布岳の麓、金鱗湖周辺に広がる温泉地。温泉湧出量は、別府温泉に次いで全国第2位の規模である。  別府観光の礎を築いた油屋熊八が由布院開発の祖。田園風景を生かした保養地的な開発は、そのころより続いている。宿泊施設や立ち寄り湯などは、川沿いや林間など、広いエリアの中に点在している。宿はモダンな高級旅館をは...

鉄輪温泉の写真

鉄輪温泉 ( 大分県 別府市 )

市街の北西部、扇山の北東裾野にある温泉。もといわゆる地獄地帯であったのを一遍上人が埋めて開いたといわれ、湯治場として発展した。今もいたるところから蒸気が噴出して壮観であり、別府観光のハイライトである地獄もここに集中している。外湯と呼ばれる立ち寄り共同浴場も多い。  九州横断道路の入口になって以来、宿泊施設は近代化し...

耶馬渓の写真

写真提供:一般社団法人 中津耶馬渓観光協会

耶馬渓 ( 大分県 中津市 )

英彦山に源を発する山国川を中心に、東西36km、南北32kmに及ぶ地域を占め、本・羅漢寺・深・裏・奥・東・羽高・津民・南・椎屋の耶馬十渓に大別される。耶馬渓溶岩台地が浸食されたもので、頼山陽*が絶賛して以来、無数の岩峰が造形する南画的風景で名高い。5月の新緑や10・11月の紅葉期の景観は格別である。  みどころとして有名なのは、...

臼杵石仏の写真

写真提供:臼杵石仏事務所

臼杵石仏 ( 大分県 臼杵市 )

凝灰岩の岩壁に刻まれた磨崖石仏。平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと言われる。その規模と数、また彫刻の質の高さにおいて、わが国を代表する石仏群であり、1995(平成7)年6月15日には磨崖仏では全国初、彫刻としても九州初の国宝に指定。61体ある中、59体が国宝となった。石仏群は4群に分かれ、地名によって、ホキ石仏第1群(...

宇佐神宮の写真

写真提供:宇佐神宮

宇佐神宮 ( 大分県 宇佐市 )

宇佐駅の西約3.5km、国道10号の南側に社叢が広がる。豊前国一の宮であり、全国4万社余りある八幡社の総本社。伊勢神宮に次ぐ宗廟として朝廷から崇敬を受けた屈指の名社である。  寄藻川にかかる神橋を渡ると樹木の多い整然とした境内が菱形池を中心に広がる。広さ約50万m2、イチイガシなどの大樹がうっそうと茂る最奥の亀山に鎮...

明礬温泉の写真

写真提供:(一社)別府市観光協会

明礬温泉 ( 大分県 別府市 )

鉄輪温泉の西に湧く山の湯。別府八湯のうちいちばん高所にある。温泉名が示すように藩政時代は全国一の明礬*の採取地であったが、明治以後、湯の花*の採取地に変わり、温泉旅館が開業された。湯の花の採取は今も盛んで、藁葺小屋の採取所が立ち並び、噴気と硫黄臭が一面に漂っている。温泉は硫黄泉、酸性泉で38~98度。皮ふ病に効く。宿泊...

別府地獄めぐりの写真

写真提供:別府地獄組合

別府地獄めぐり ( 大分県 別府市 )

地獄とは地中から熱湯・噴気・熱泥が噴出するところのことで、そのようすが灼熱地獄を思わせるのでこの名がある。市内に十数ケ所あり、鉄輪温泉街の北西端に密集するほか、柴石温泉のそばの地獄が知られる。  「地獄めぐり」は地獄組合所属の海地獄、血の池地獄、龍巻地獄、白池地獄、鬼石坊主地獄、かまど地獄、鬼山地獄の7箇所を巡るのが...

霧島山のミヤマキリシマの写真

写真提供:霧島市

霧島山のミヤマキリシマ ( 宮崎県 えびの市 / 鹿児島県 霧島市 / 宮崎県 他 )

樹高は1mほど。ツツジの一種で九州各地の高山に生息する。紫紅色、桃色、薄紅色の花をつける。命名は日本を代表する植物学者の牧野富太郎博士。1909(明治42)年に霧島へ新婚旅行に訪れた折に発見した。 開花時期は、高千穂河原(たかちほがわら)が5月下旬、韓国岳(からくにだけ)山頂が6月上旬。

高千穂峡の写真

高千穂峡 ( 宮崎県 高千穂町 )

五ヶ瀬川水系の本流である五ヶ瀬川が阿蘇火山活動で噴出した火砕流を浸食してできた深いV字形の峡谷。浸食された峡谷は、平均で約80mの高さがあり、東西約7kmに渡って続く。1934(昭和9)年には「五箇瀬川峡谷」として国の名勝・天然記念物に、 1965(昭和40)年には祖母傾国定公園(そぼかたむきこくていこうえん)の一部に指定された。峡谷...

高千穂の夜神楽の写真

高千穂の夜神楽 ( 宮崎県 高千穂町 )

神代のむかし、天照皇大神は弟、須佐之男命の荒ぶる行いに怒り、天岩戸に隠れ世は闇に閉ざされた。困った八百万神は集って相談し、岩戸の前で天鈿女命(あめのうずめのみこと)に声おもしろく歌い踊らせ、一座は笑い興じた。不思議に思った天照皇大神が岩戸を細目に開けたところを、手力男命(たぢからおのみこと)が岩戸を取り払い、天照皇...

西都原古墳群の写真

西都原古墳群 ( 宮崎県 西都市 )

西都原は西都市街の西方に北から南に延びる東西2.6km、南北4.2kmにおよぶ洪積台地。この標高60mほどの平坦な台地上に、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)や木花開耶姫(このはなさくやひめ)の墓とされる古墳をはじめ、4世紀初頭から7世紀に造られた300基以上の大小さまざまの古墳が続き、全国初の特別史跡公園として整備されている。  公園は花...

開聞岳の写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

開聞岳 ( 鹿児島県 指宿市 )

薩摩半島の最南端に位置する標高924mの独立峰。縄文時代からたびたび噴火を繰り返してきた活火山で、885(仁和元)年の噴火で今の姿になり、現在は活動を停止している。日本百名山*のひとつ。山全体が樹木におおわれていて、その美しい円錐形の山容から薩摩富士ともよばれる。崖となって落ちる海側とは対照的に、陸側はゆるやかな裾野が広が...

指宿温泉郷(指宿、山川伏目海岸)の砂むし温泉群の写真

指宿温泉郷(指宿、山川伏目海岸)の砂むし温泉群 ( 鹿児島県 指宿市 )

20余りの湧出地区がある、九州を代表する温泉郷のひとつ。なかでも特徴的なのが、世界でも珍しい海岸から自然湧出する温泉の熱を利用した天然の「砂むし」場があること。体を砂の中に埋めての砂むし湯治が300年以上前から行われている。現在、砂むしを行っているのは2か所。摺(すり)ガ浜と山川伏目(やまがわふしめ)海岸で、いずれも泉質...

桜島の写真

桜島 ( 鹿児島県 鹿児島市 )

鹿児島湾(錦江湾)を隔てて鹿児島市街の対岸約4kmにある火山島。桜島一周は約36km、車で約1時間。島といっても1914(大正3)年の噴火で大隅半島と陸つづきになっている。一つの山に見えるが、中央に北岳(1,117m)・中岳(1,060m)・南岳(1,040m)が南北に並ぶ成層火山*で、南岳は現在も活動を続け、断続的に黒い噴煙をあげて灰を降らせて...

仙巌園の写真

写真提供:株式会社 島津興業

仙巌園 ( 鹿児島県 鹿児島市 )

1658(万治元)年に、島津家19代光久(みつひさ)によって築かれた島津家の別邸。目の前に広がる錦江湾(きんこうわん)を池、桜島を築山に見立てた壮大な大名庭園で、敷地面積は約1万5千坪。島津家歴代に愛され、篤姫や西郷隆盛も訪れている。  28代斉彬がガス灯の実験に用いたと伝わる鶴灯籠や、琉球国王から贈られた望嶽楼(ぼうがくろ...

出水のツルの写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

出水のツル ( 鹿児島県 出水市 )

出水は日本最大のツルの渡来地。出水市の北西部、八代海に臨む出水平野の荒崎地区一帯に、毎年10月中旬になるとシベリア方面から多種類のツル*が渡来してくる。12月下旬から1月上旬の間が最も数を増し、ナベヅルを中心に、マナヅル、クロヅル、カナダツルなど、多い年は7種類、1万羽以上がやってくる。翌年2~3月の北帰行までの間、ツル保...

知覧武家屋敷庭園の写真

写真提供:知覧武家屋敷庭園 有限責任事業組合

知覧武家屋敷庭園 ( 鹿児島県 南九州市 )

江戸時代、武士の数が多かった薩摩藩は、領地を外城(とじょう)とよばれる地区に分け、地頭や領主の屋敷を中心に「麓」とよばれる武家集落をつくって統治していた。これは鹿児島城下に武士団を結集させず、分散して軍事拠点を複数つくるためでもある。外城は鹿児島県内に102カ所もあったが、なかでも知覧には武家集落、「麓」の典型的な姿が...

霧島温泉郷の写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

霧島温泉郷 ( 鹿児島県 霧島市 )

霧島連山の南麓に広がる温泉郷。新湯(しんゆ)・湯之谷・関平(せきひら)・栗川(くりかわ)・野々湯・丸尾・林田・硫黄谷・殿湯(とのゆ)の9つの温泉を総称したもので、硫黄泉を中心に、個性豊かな湯が楽しめる。硫黄谷温泉は単純硫黄温泉、新湯温泉は乳白色で古くから皮ふ病に効くといわれている。また、関平温泉は飲泉としても人気があ...

縄文杉の写真

写真提供:ネイチャーガイドオフィス まなつ

縄文杉 ( 鹿児島県 屋久島町 )

胸高周囲16.4m、樹高25.3m、確認されている屋久杉の中でも最大級の老大木。1966(昭和41)年に島の役場職員により発見された。荒川登山口から約8kmのトロッコ道を歩き、約3kmの登山道を登りたどり着く、標高1,300mの地点にある。途中、登山道に入り約600mで、ウィルソン株がある。縄文杉の推定樹齢は2200年から7200年まで諸説ある。根の踏み...

宮之浦岳の写真

写真提供:ネイチャーガイドオフィス まなつ

宮之浦岳 ( 鹿児島県 屋久島町 )

標高1,936m。1,800mを越える山々が連なり「洋上のアルプス」とよばれる屋久島の最高峰であることはもとより、九州最高峰でもある。最南の日本百名山。  女性的な山容で、淀川登山口から登山道が整備されており、屋久杉の森、花之江河(はなのえごう)を抜け、標高1,700m前後で樹林帯を抜けると、その後はヤクザサとシャクナゲと花崗岩の巨...

永田いなか浜のウミガメの写真

写真提供:ネイチャーガイドオフィス まなつ

永田いなか浜のウミガメ ( 鹿児島県 屋久島町 )

ウミガメが産卵する浜が屋久島には何カ所かあるが、産卵数が多いのが永田浜だ。  屋久島の北西、永田川の河口に広がる3つの浜「前浜」「いなか浜」「四ツ瀬浜」を総称して永田浜とよぶ。島の奥岳から永田川の流れに乗って運ばれてくる風化花崗岩の砂によってできた2kmに及ぶ海岸で、2005(平成17年)年にラムサール条約*の登録湿地に指定...

大金久海岸・百合ケ浜の写真

写真提供:ヨロン島観光協会

大金久海岸・百合ケ浜 ( 鹿児島県 与論町 )

大金久海岸は与論島最大級のビーチ。浅瀬でエメラルドグリーンの美しい海が目の前に広がる。百合ケ浜は、大金久海岸の沖合1.5kmに、中潮から大潮の干潮時に現れる砂浜。天候や潮の具合で現れる面積も形も異なる。絶好のシュノーケルポイントとして人気が高い。

沖縄美ら海水族館の写真

写真提供:国営沖縄記念公園(海洋博公園):沖縄美ら海水族館

沖縄美ら海水族館 ( 沖縄県 本部町 )

「沖縄美ら海水族館」は、本部半島の先端、伊江島を望む広大な敷地に広がる国営沖縄記念公園・海洋博公園内に立つ。1975(昭和50)年に開催された沖縄国際海洋博覧会の会場跡地にあたり、老朽化のために建て替えられた二代目の水族館として2002(平成14)年に開館した。  テーマは「沖縄の海との出会い」。目玉は、世界で初めて複数飼育に...

玉泉洞の写真

写真提供:おきなわワールド

玉泉洞 ( 沖縄県 南城市 )

沖縄本島南部、南城市にある鍾乳洞。洞窟から流れ出ていた水によって早くからその存在は知られていたが、1967(昭和42)年、愛媛大学学術探検部の調査隊によって初めてその全容が明らかになった。主洞、支洞を含め全長は5km。  約30万年かけて創られた玉泉洞には鍾乳石が100万本以上あるといわれ、数多くの石筍や石柱も林立する。一般観光...

斎場御嶽の写真

斎場御嶽 ( 沖縄県 南城市 )

琉球の創世神「アマミキヨ」がつくったといわれる7つの御嶽(沖縄独特の祈りの場)のひとつで、琉球王国最高の聖地。南城市の海に近い琉球石灰岩の岩山にあり、6つのイビ(神域)で構成されている。御門口(うじょーぐち)から石畳の道を上がると、最初にあるのが大庫理(うふぐーい)、その先に寄満(ゆいんち)、そして巨大な三角形の岩が...

首里城の写真

首里城 ( 沖縄県 那覇市 )

1429(正長2・永享元)年から約450年にわたって存在した琉球王国。そのシンボルであった首里城は王国時代、王とその家族が住むエリア、王国の政治や外交をつかさどる行政空間、王国が組織した神女たちによる祈りの空間の、大きく3つのエリアからなっていた。  城は沖縄戦で大破したが、1992(平成4)年に復元整備されて公開が始まった。そ...

識名園の写真

写真提供:那覇市文化財課

識名園 ( 沖縄県 那覇市 )

首里城の南、約3kmの那覇市真地(まあじ)の高台にあった琉球王家の別邸。王族の保養や、中国からの使者(冊封使)をもてなすために、1799(寛政11)年、尚温王の時代に造営された。総面積約42,000m2。「心」という形につくられた園池を中心に、御殿(母屋)・築山・果樹園・樹林と、それらを結ぶ園路からなる。池の周囲を歩きな...

牧志公設市場の写真

牧志公設市場 ( 沖縄県 那覇市 )

正式名称は第一牧志公設市場という。1950(昭和25)年に開場し、現在の建物*は沖縄が本土復帰した1972(昭和47)年に建てられた。1階には鮮魚、精肉、漬物、島豆腐、調味料、珍味などの店が100店舗以上ひしめき合い、2階は食堂街で食堂やそば店、サーターアンダギーを販売する店などがある。1階で買った魚介類を2階の食堂に持ち込んで調理し...

那覇大綱挽の写真

写真提供:一般社団法人 那覇大綱挽保存会

那覇大綱挽 ( 沖縄県 那覇市 )

琉球王国時代の1450年(宝徳2)頃から続く伝統行事で、沖縄の三大綱引きのひとつ。市民安寧、子孫繁栄を祈り、女綱(みーんな)と男綱(をぅーんな)をかぬち棒で結合させ、東西に分かれて綱を挽きあう。1935(昭和10)年を最後に途絶えていたが、本土復帰の前年である1971(昭和46)年、市制50周年記念事業として「10・10那覇空襲」の日に復...

ニシ浜(波照間島)の写真

写真提供:垂見健吾

ニシ浜(波照間島) ( 沖縄県 竹富町 )

波照間島は西表島の南に位置し、有人の島では日本最南端の島。島名は「はてのうるましま」からきたものと伝えられる。島の南側は切り立った断崖が続くが、北西側には美しい「ニシ浜」がある。「ニシ」とは沖縄の言葉で北のこと。沖に西表島や仲ノ神島の島影が望めるニシ浜の海は、淡い水色からコバルトブルー、沖の藍色まで、ハテルマブルー...

竹富島の赤瓦屋根の民家群(竹富島)の写真

竹富島の赤瓦屋根の民家群(竹富島) ( 沖縄県 竹富町 )

竹富島は石垣島の南西約6kmに浮かぶ、周囲約9kmの楕円形をした隆起サンゴ礁の小島。石垣島から船で約10分、気軽に行ける離島として人気が高い。遠浅の美しい浜コンドイ浜、星砂が見られるカイジ浜、水牛車での島内観光など、小さな島ながら楽しみは多い。  島のほぼ中央にある東、西、仲筋の3つの集落は、昔ながらの赤瓦屋根の家々が残り、...

新城島の海岸(新城島)の写真

新城島の海岸(新城島) ( 沖縄県 竹富町 )

石垣島の西24km、黒島と西表島の間にあり、上地(かみじ)島と下地(しもじ)島の2つの島からなる新城島。2つに離れていることから、沖縄の言葉で「離れる」を意味する「パナリ島」とも呼ばれている。それぞれ周囲4km。  石西礁湖の中でも、ことのほか美しい海に囲まれている。上地島の桟橋近くに広がるクイヌパナは、石灰岩が波に削られて...

浦内川(西表島)の写真

浦内川(西表島) ( 沖縄県 竹富町 )

沖縄県では本島に次ぐ面積を誇る西表島は、およそ90%が亜熱帯の自然林で覆われている。降水量が豊富なこの島には、大小あわせて40本以上の川がある。なかでも水量豊かなのが、西表島の北西部を流れる浦内川。古見岳(469m)に源を発し、テドウ山と波照間森の間を流れて東海岸に注いでいる。支流も含めて全長39kmあり、沖縄県内で最長の河川...

仲間川のマングローブ(西表島)の写真

仲間川のマングローブ(西表島) ( 沖縄県 竹富町 )

仲間川は、島の中南部、御座(ござ)岳から密林を蛇行して東海岸まで流れる、西表島で第二の川。河口付近には大富集落がある。日本最大規模のマングローブが広がる下流域から、ヒカゲヘゴやイタジイなどの亜熱帯性植物が繁茂する上流まで、流域一帯が緑濃い自然の姿をとどめている。森の巨人たち100選に選ばれた迫力ある板根をもつ「仲間川の...

川平湾(石垣島)の写真

川平湾(石垣島) ( 沖縄県 石垣市 )

石垣島の北西部に位置し、国の名勝に指定されている。青と緑のグラデーションが美しい静かな入江と、真っ白な砂浜のコントラストが見もの。こんもりと緑が茂る小さな島が湾内に点在して、景色に趣を添えている。ちなみに海面の色が青や緑などさまざまなのは、海の深さや海底の様子などによる。  周辺は公園として整備されており、駐車場、...

今帰仁城の写真

写真提供:今帰仁村教育委員会

今帰仁城 ( 沖縄県 今帰仁村 )

今帰仁城は、南は谷を隔てて背後のクバの御嶽に連なり、東と北は40~100mの断崖下に志慶真川が流れる要害の地にある山城。琉球が尚氏によって統一される以前、北山・中山・南山の3つの勢力に分かれていた三山時代に、本島北部一帯から与論島、沖永良部島あたりまでを勢力下におさめた北山王の居城で、築城は13世紀末といわれている。  約7....

やんばるの森の写真

写真提供:やんばる学びの森

やんばるの森 ( 沖縄県 国頭村 / 沖縄県 大宜味村 / 沖縄県 東村 )

沖縄島北部の国頭村、大宜味村、東村を含む通称「やんばる」地域。「山々が連なり森の広がる地域」を意味するこのエリアは、世界的にも貴重な自然の宝庫である。森林率が80%以上で、南北約23km、東西約12kmの日本の総面積のわずか0.1%の範囲の中に、多くの固有動植物、稀少動植物が生息している。2016(平成28)年には、やんばるの陸地と海...

東平安名崎(宮古島)の写真

東平安名崎(宮古島) ( 沖縄県 宮古島市 )

宮古島を代表する景勝地である。島の東端、海原に突き出た長さ2km、幅約150m、隆起サンゴ石灰岩からなる細長い岬。岬の先端および両端は高さ30~40mほどの断崖となっており、波の浸食によってできた奇岩の数々と、透き通る海を眺めることができる。北に東シナ海、南に太平洋を望む大海原は雄大。遊歩道が整備され、宮古島トライアスロンの自...

与那覇前浜(宮古島)の写真

与那覇前浜(宮古島) ( 沖縄県 宮古島市 )

宮古島の南西部、太平洋に面して、真っ白い砂浜が弧を描きながら約7kmも続く美しい浜。きめ細かな砂はサラサラのパウダーサンドで、「東洋一の美しさ」とも称される。正面に来間島を望む。

八重干瀬の写真

八重干瀬 ( 沖縄県 宮古島市 )

宮古島の北方、池間島の北の沖5~22kmに、南北約12km、東西約7kmの範囲にわたって大小100ものサンゴ礁が分布しているエリア。干瀬が幾重にも重なっていることから(諸説あるが)、「八重干瀬」と書いて「やびじ」や「やえびし」などと呼ばれている。満潮時は海中に没しているが、1年で最も干満の差が大きい4月の大潮の数日間、サンゴ礁が海上...

ハテの浜(久米島)の写真

写真提供:一般社団法人 久米島町観光協会

ハテの浜(久米島) ( 沖縄県 久米島町 )

那覇の西方約100kmに浮かぶ久米島は、緑豊かな山が連なり、水が豊富な島。琉球王国時代から、球美(くみ)島とも呼ばれてきた風光明媚な島で、なかでもハテの浜は島を代表する景勝地。島の東側にある奥武(おう)島、オーハ島のさらに沖合に連なる3つの砂洲(前の浜、中の浜、ハテの浜)を総称してハテの浜と呼ぶ。サンゴ礁の土台にサンゴや...

エイサーの写真

写真提供:©OCVB

エイサー ( 沖縄県 沖縄市 / 沖縄県 豊見城市 / 沖縄県 読谷村 / 沖縄県 うるま市 / 沖縄県 他 )

エイサーとは、旧盆の夜に行われる沖縄の伝統行事のひとつである。  年中行事を旧暦で行うことの多い沖縄では、お盆も旧暦の7月13~15日に行うため、毎年時期が異なる。  初日はウンケー、中日はナカヌヒー、三日目をウークイといい、先祖の霊をあの世に送り出すために青年たちが隊列を組み、勇壮に大太鼓や締太鼓を打ち鳴らしながら道路...

オクマビーチの写真

写真提供:オクマビーチ

オクマビーチ ( 沖縄県 国頭村 )

沖縄本島北端の国頭村の西海岸、赤丸岬の南側にほぼ一直線に約1km続く浜。砂は天然の白砂で、きめ細かい。道路をはさんで、オクマ プライベートビーチ & リゾートが広がっている。この一帯はかつて米軍の保養施設だったが、その一部が1977(昭和52)年に返還され、翌年リゾートホテルが開業。約10万m2の敷地にさまざまなタイプの...