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湯畑の写真

写真提供:一般社団法人 草津温泉観光協会

湯畑 ( 群馬県 草津町 )

旅館街の中央にある。草津温泉を代表する源泉で、石棚に囲まれた源泉から毎分約4,000リットルの熱湯がもうもうと湯けむりを上げて湧き出る様は、草津の象徴的な風物である。湯は7本の温泉木樋に流され、泉温を下げ、沈殿した湯の花*は採取されて土産品などに利用される。  湯畑には「草津に歩みし百人」*が石柵に刻名されている。湯畑の...

万座温泉の写真

万座温泉 ( 群馬県 嬬恋村 )

草津白根山と万座山との谷間にある標高1,800mの温泉。ツガ・ダケカンバの原生林に囲まれ、静かな高原保養地といった趣で、温泉街の雰囲気はない。志賀・草津・長野・軽井沢とは国道・有料道路で結ばれている。  土器をはじめとする出土品から、弥生時代にはこの地に人の住居があったと推測されている。温泉としての記録は古く*、1560年代...

谷川岳の写真

谷川岳 ( 群馬県 みなかみ町 / 新潟県 湯沢町 )

群馬・新潟の県境にある谷川岳は標高1,977m、オキノ耳とトマノ耳*の2つのピークを持つ。  太平洋側と日本海側を分ける脊梁山脈にあたり、北西の季節風が吹きつける豪雪地域である。そのため、新潟県側は穏やかだが、群馬県側は雪崩による浸食作用のため荒々しい山相をなし、東側斜面にはマチガ沢・一ノ倉沢・幽ノ沢などの急峻な谷が湯桧曽...

伊香保温泉の写真

写真提供:渋川伊香保温泉観光協会

伊香保温泉 ( 群馬県 渋川市 )

榛名山の北東中腹、標高約700mの高所にあり、古くから上州の名湯として知られる。温泉街は山間の急斜面に造られ、階段式の道路やヒナ段状に立ち並ぶ旅館や店舗、たちこめる湯の香りなどが独特の湯の町情緒をかもしだしている。春の新緑・ツツジ、夏の避暑、秋の紅葉など、どの季節も楽しめ、近くの榛名山・榛名湖、榛名神社、水沢観音など様...

赤城山の写真

赤城山 ( 群馬県 前橋市 / 群馬県 渋川市 / 群馬県 沼田市 / 群馬県 桐生市 )

関東平野の北西端にそびえ、榛名山・妙義山とともに上毛三山の一つとして知られる二重式火山。赤城山という単独の山はなく、最高峰1,828mの黒檜山をはじめとする外輪山と中央火口丘の地蔵岳を合わせた総称。赤城山は成属火山*で、1251(建長3)年の第4次爆発を後に火山活動を中止した。外輪山と地蔵岳の間には、大沼と小沼が静かに水をたた...

富岡製糸場の写真

写真提供:富岡市

富岡製糸場 ( 群馬県 富岡市 )

富岡市の中心、上信電鉄上州富岡駅の南西部約1kmに位置する、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」*の中心的な構成資産。  明治維新後、日本の近代化を目指した政府は、外貨獲得のため、生糸の品質改善・生産向上を目指し洋式の繰糸器械を備えた官営の模範工場をつくることを決める。工場建設の基本的な考え方は、「洋式の製糸技術の導入...

氷川神社の写真

写真提供:氷川神社

氷川神社 ( 埼玉県 さいたま市 )

大宮駅の北東約1.5kmにあり、武蔵国一宮として知られる延喜式内の古社である。関東に多い氷川神社約280の総本社でもある。新都心駅近くの一の鳥居から2kmも延びる参道は、車も通行できるが、一部は歩行者専用になっている。参道の両サイドは杉、ケヤキ、スダジイ、エノキなど30種以上、約650本の樹木が二の鳥居、三の鳥居へと導く。長い参道...

鉄道博物館の写真

写真提供:鉄道博物館

鉄道博物館 ( 埼玉県 さいたま市 )

JR東日本の設立20周年記念事業のメインプロジェクトのひとつとして2007(平成19)年に大宮に鉄道博物館がオープンした。2018(平成30)年には全館のリニューアルを完了、新たに南館が加わった。  鉄道博物館最大の展示室「車両ステーション」には36両の実物の鉄道車両が展示されている他、「仕事」・「未来」・「歴史」・「科学」の各ステ...

川越蔵造りの町並みの写真

川越蔵造りの町並み ( 埼玉県 川越市 )

藩主松平信綱により、川越城下は慶安年間(1648~1652年)に十ヵ町・四門前・郷分の町割りが行われた。十ヵ町は、札ノ辻(高札場)を中心に上五ヵ町の商人町が囲み、下五ヵ町は職人町で構成された。しだいに商人が職人町にもでてきて、職人は裏店に引っ込んだ。  1893(明治26)年、川越の大火により全町の4割にあたる1,302戸が焼失。類焼...

秩父夜祭の写真

写真提供:秩父観光協会

秩父夜祭 ( 埼玉県 秩父市 )

京都祇園祭、飛騨祇園祭(岐阜県)と並ぶ日本三大曳山祭の一つで、毎年12月3日を中心に行われている。国の重要有形民俗文化財に指定される高さ平均約6.5m2、重さ15tもある重厚な6台の山車(屋台4基、笠鉾2基)が秩父神社中心に曳き廻され、とりわけ本番の3日は秩父盆地の街並みをこだまする屋台ばやしの太鼓の音が祭りを一層盛り...

国立歴史民俗博物館の写真

写真提供:国立歴史民俗博物館

国立歴史民俗博物館 ( 千葉県 佐倉市 )

1983(昭和58)年に開館した国立歴史民俗博物館は、緑豊かな佐倉城址の一郭に位置する。アイボリーとグレーのモダンな鉄筋コンクリート造の建物で、敷地面積は約13万m2、延床面積は約3.8万m2を誇る。日本の歴史と文化について総合的に研究・展示する博物館で、先史・古代から現代に至るまでの歴史と日本人の民俗世界を...

成田山新勝寺の写真

写真提供:成田山新勝寺

成田山新勝寺 ( 千葉県 成田市 )

成田山新勝寺は、全国に8ケ所の別院のほか、60以上の分院・末寺・末教会・成田山教会を有する真言宗智山派の大本山である。境内、公園をあわせた面積は22万m2に及び、国指定重要文化財である仁王門、三重塔、光明堂、釈迦堂、額堂をはじめ、多くの堂宇や美術館、図書館などを有する。  大本堂の裏の丘陵地には、16万5,000m...

横浜中華街の中華料理の写真

写真提供:横浜中華街発展会協同組合

横浜中華街の中華料理 ( 神奈川県 横浜市 )

約500m四方の区画の中に600以上の店がひしめきあう日本最大のチャイナタウン。  横浜港が開港した当時、貿易を目的に多くの西洋人が日本を訪れたが、彼らは日本語が分らず、また日本人も西洋の言葉や商売に対する知識がなかった。そこで両者の仲介役として活躍したのが中国人たちだった。中国の西洋商館で働いていた中国人は、西洋の言葉を...

円覚寺の写真

円覚寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

北鎌倉駅のすぐ東に接する臨済宗円覚寺派の大本山。鎌倉五山の第二位に列せられている。1282(弘安5)年8代執権北条時宗が元寇の戦いの双方の戦死者を弔うために宋の高僧無学祖元*を招いて開山とし、この地に禅院を開いたのが始まりで、寺名は寺の起工の際、地中から円覚経を収めた石櫃(せきひつ)が出現したことによるという。その後、数...

円覚寺舎利殿の写真

円覚寺舎利殿 ( 神奈川県 鎌倉市 )

円覚寺塔頭の正続院*の内にある。方3間、単層、入母屋造、裳階付き、柿葺。わが国に現存する唐様(禅宗様)建築*の最古のものといわれ、扇垂木・粽柱・花頭窓など、いたるところによくその特徴を伝えている。以前は創建当初の建築とみられていたが、現在では室町時代に太平寺*の仏殿を移したものと考えられている。内陣に源実朝が中国宋か...

建長寺の写真

写真提供:建長寺

建長寺 ( 神奈川県 鎌倉市 )

臨済宗建長寺派の大本山で、鎌倉五山*の第一位に列する名刹。  1253(建長5)年5代執権北条時頼が宋の蘭渓道隆*を開山として創建した寺で、わが国最初の臨済禅専門道場となった。かつては七堂伽藍、塔頭49院を備えていたが、たびたびの火災で堂宇のことごとくを焼失、江戸時代になって将軍家の寄進を受けて、ようやく寺運は復興した。  ...

鶴岡八幡宮の写真

鶴岡八幡宮 ( 神奈川県 鎌倉市 )

鎌倉駅の北東、若宮大路の突きあたりにある。1063(康平6)年源頼義が奥州の前九年の役平定の後、京都の石清水八幡宮を由比郷鶴岡に現在の由比若宮を勧請し、その後1180(治承4)年鎌倉に本拠を置いた源頼朝は、大臣山のふもとに由比若宮を遷し、1191(建久2)年には大臣山の中腹に新たに御社殿を造営して源氏の守護神とした。これが現在の鶴...

鎌倉国宝館の写真

鎌倉国宝館 ( 神奈川県 鎌倉市 )

鶴岡八幡宮の境内、白旗神社の前にある。関東大震災後、鎌倉と神奈川県下の社寺・個人所有の文化財を受託し、保管・公開するために、1928(昭和3)年に建てられ、鎌倉市が管理している。  建物は奈良の正倉院を模した校倉式の鉄筋コンクリート造で、本館は国の登録有形文化財に登録されている。収蔵品は彫刻・絵画・工芸品・古文書などで、...

高徳院(鎌倉大仏殿)の写真

高徳院(鎌倉大仏殿) ( 神奈川県 鎌倉市 )

「美男におはす」(与謝野晶子の歌の一部)鎌倉の大仏として、あまりにも有名。  正式には大異山高徳院という寺の本尊である。寺の創建については明らかではなく、江戸中期の1712(正徳2)年、増上寺の祐天上人が中興して浄土宗とし、もと材木座光明寺の奥院であった。広々とした境内の奥、三方に回廊をめぐらした中央に露坐の大仏が鎮座し、...

芦ノ湖の写真

芦ノ湖 ( 神奈川県 箱根町 )

芦ノ湖は、箱根外輪山内に北東から南西に横たわるカルデラ湖で、湖面の標高724m、周囲約19km、最大深度43.5mほどのひょうたん形となっている。中央部のやや北のところで東西の幅がもっとも狭くなり、わずか300mとなる。水温は年間4度以上で冬期も結氷することがない。湖水の水は北岸から流れ出る早川によって相模湾へ注ぎ、同時に北西岸に掘...

英彦山神宮の写真

英彦山神宮 ( 福岡県 添田町 )

英彦山の山内至る所に社殿が散在している。主な社殿は上宮、中宮、下宮と、奉幣殿および摂社の高住神社や玉屋神社などがあるが、鬱蒼とした杉の長い参道や坊跡に修験道の往時を伝える。参道は銅鳥居(かねのとりい)からはじまり、民家や坊の並ぶ桜並木の石段を500m登ると神宮下。さらに300段の石段を登ると奉幣殿で、そこから上宮までは約2k...

太宰府天満宮の写真

太宰府天満宮 ( 福岡県 太宰府市 )

天満天神といわれ、学問の神菅原道真公*を祀る天満宮の総本宮である。901(延喜元)年、藤原時平に謀られ大宰権帥として大宰府に左遷され、失意のまま2年後にこの地で生涯を終えた道真公の霊を慰めるために建立された。梅の名所としても知られ、西鉄太宰府駅前から続く参道には梅ヶ枝餅を売る茶店が並び、春の初めには境内中の梅が咲きこぼ...

九州国立博物館の写真

九州国立博物館 ( 福岡県 太宰府市 )

「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」というコンセプトのもと、全国4番目の国立博物館として2005(平成17)年に開館。太宰府天満宮奥手の丘陵地に立ち、太宰府天満宮から長いエスカレーターでアプローチすると、周囲の山並みに溶け込む穏やかな曲線を描いた全面ガラス張りの近代的な建物が突如現れ、圧倒される。自然光が差し込むエ...

宗像大社の写真

宗像大社 ( 福岡県 宗像市 )

天孫降臨のとき、天照大神の神勅により奉斎されたと伝える神社で、天照大神の御子神である3柱の女神を3つの神社に祀る。玄界灘の孤島・沖ノ島には田心姫神を祀る沖津宮が、神湊海岸沖の大島には湍津姫神を祀る中津宮が、そして宗像市田島には市杵島姫神を祀る辺津宮があり、総称して宗像大社という。  全国に散らばる宗像三神を祀る神社の...

高良大社の写真

高良大社 ( 福岡県 久留米市 )

市の東郊高良山にある。4世紀の創祀と伝え、筑後國一之宮であり古くは九州の宗廟とあがめられた。全国六社のうち九州では一社だけしかない国幣大社*である。  現在の社殿は1660(万治3)年に筑後久留米藩3代藩主・有馬頼利公が造営したもので、天竺様、唐様*、和様を用いた杮(こけら)葺の権現造*。また、山内には孟宗金明竹と呼ばれる...

関門海峡の写真

関門海峡 ( 福岡県 北九州市 / 山口県 下関市 )

本州山口県下関市と九州福岡県北九州市の間に位置する。日本海側の響灘と、瀬戸内海や周防灘を結ぶ海峡で、古くから海上交通の要衝であり、重要な航路であった。  歴史的にも、壇ノ浦の戦いで安徳天皇が入水した地、また巌流島での宮本武蔵・佐々木小次郎の決闘の場でもある。  両側にある海域で生じる潮位差により、急潮流や複雑な潮汐...

みあれ祭の写真

みあれ祭 ( 福岡県 宗像市 )

毎年10月1日から3日にかけて執り行われる、宗像大社の秋季大祭。その初日に行われるのが海上神幸である、みあれ祭である。玄界灘の孤島である沖ノ島の沖津宮に祭られる田心姫神、大島の中津宮に祭られる湍津姫神、そして宗像市田島の辺津宮に祭られる市杵島姫神の三女神が、年に一度、このみあれ祭によって一堂に会する。  沖津宮と中津宮...

有田焼窯元群の写真

写真提供:有田観光協会

有田焼窯元群 ( 佐賀県 有田町 )

有田は日本有数の磁器の産地。17世紀の初めに、朝鮮人陶工・李参平が泉山で陶石を発見したことに始まり、2016(平成28)年に有田焼創業400年を迎えた。町内に約100の窯があるが、県道281号沿いに展示即売する店が軒を連ねる。代表的な窯元としては柿右衛門窯・今右衛門窯・源右衛門窯のほか、香蘭社・深川製磁などがある。

唐津くんちの写真

写真提供:唐津市役所

唐津くんち ( 佐賀県 唐津市 )

唐津神社の秋季例祭で11月2日の宵曳山に始まり、3日の御旅所神幸、4日の翌日祭に終わる。唐津の地主神、唐津大明神の市中巡行に供奉して曳山が従うもので、むかしは傘鉾であったという。  現在の曳山が巡行するようになったのは1819(文政2)年からである。くんち当日は法被姿の若者達が笛・鐘・太鼓にのって、鯛・鳳凰丸・飛龍などの勇壮...

祐徳稲荷神社の写真

写真提供:祐徳稲荷神社

祐徳稲荷神社 ( 佐賀県 鹿島市 )

日本三大稲荷の一つに数えられる九州屈指の神社。石壁山を背後にして本殿が立ち、広い境内に楼門・神楽殿・岩本社・石壁社・奥ノ院などが点在する。本殿は18mの舞台上に三方唐破風の屋根をつけた朱塗の絢燗たるもの。また楼門の随神像や装飾に有田焼が用いられている。本殿へのアプローチは、以前は階段のみだったが、近年、エレベーターも設...

佐賀インターナショナルバルーンフェスタの写真

佐賀インターナショナルバルーンフェスタ ( 佐賀県 佐賀市 )

毎年、10月下旬から11月上旬の5日間、世界各国から100機を超えるバルーンが参加する、アジア最大級の国際熱気球大会。佐賀市嘉瀬川河川敷が会場。動物などのキャラクターが巨大バルーンになって勢揃いする「バルーンファンタジア」や、夜の闇の中、バーナーで照らし出される「ラ・モンゴルフィエ・ノクチューン」など、見どころも多数。  1...

吉野ヶ里遺跡の写真

吉野ヶ里遺跡 ( 佐賀県 吉野ヶ里町 / 佐賀県 神埼市 )

旧神埼町・旧三田川町、旧東脊振村の3つのエリアにまたがる国内最大規模を誇る弥生時代の環濠集落跡。1986(昭和61)年から発掘調査が行われ、「魏志倭人伝」に記された邪馬台国を彷彿とさせるということで全国の注目を集めた。周囲を外壕に囲まれた遺跡の面積は、約40万m2。450を超える竪穴住居跡や甕棺墓列、集落のリーダーたち...

由布院温泉の写真

由布院温泉 ( 大分県 由布市 )

すぐそばに聳える由布岳の麓、金鱗湖周辺に広がる温泉地。温泉湧出量は、別府温泉に次いで全国第2位の規模である。  別府観光の礎を築いた油屋熊八が由布院開発の祖。田園風景を生かした保養地的な開発は、そのころより続いている。宿泊施設や立ち寄り湯などは、川沿いや林間など、広いエリアの中に点在している。宿はモダンな高級旅館をは...

鉄輪温泉の写真

鉄輪温泉 ( 大分県 別府市 )

市街の北西部、扇山の北東裾野にある温泉。もといわゆる地獄地帯であったのを一遍上人が埋めて開いたといわれ、湯治場として発展した。今もいたるところから蒸気が噴出して壮観であり、別府観光のハイライトである地獄もここに集中している。外湯と呼ばれる立ち寄り共同浴場も多い。  九州横断道路の入口になって以来、宿泊施設は近代化し...

耶馬渓の写真

写真提供:一般社団法人 中津耶馬渓観光協会

耶馬渓 ( 大分県 中津市 )

英彦山に源を発する山国川を中心に、東西36km、南北32kmに及ぶ地域を占め、本・羅漢寺・深・裏・奥・東・羽高・津民・南・椎屋の耶馬十渓に大別される。耶馬渓溶岩台地が浸食されたもので、頼山陽*が絶賛して以来、無数の岩峰が造形する南画的風景で名高い。5月の新緑や10・11月の紅葉期の景観は格別である。  みどころとして有名なのは、...

臼杵石仏の写真

写真提供:臼杵石仏事務所

臼杵石仏 ( 大分県 臼杵市 )

凝灰岩の岩壁に刻まれた磨崖石仏。平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと言われる。その規模と数、また彫刻の質の高さにおいて、わが国を代表する石仏群であり、1995(平成7)年6月15日には磨崖仏では全国初、彫刻としても九州初の国宝に指定。61体ある中、59体が国宝となった。石仏群は4群に分かれ、地名によって、ホキ石仏第1群(...

宇佐神宮の写真

写真提供:宇佐神宮

宇佐神宮 ( 大分県 宇佐市 )

宇佐駅の西約3.5km、国道10号の南側に社叢が広がる。豊前国一の宮であり、全国4万社余りある八幡社の総本社。伊勢神宮に次ぐ宗廟として朝廷から崇敬を受けた屈指の名社である。  寄藻川にかかる神橋を渡ると樹木の多い整然とした境内が菱形池を中心に広がる。広さ約50万m2、イチイガシなどの大樹がうっそうと茂る最奥の亀山に鎮...

明礬温泉の写真

写真提供:(一社)別府市観光協会

明礬温泉 ( 大分県 別府市 )

鉄輪温泉の西に湧く山の湯。別府八湯のうちいちばん高所にある。温泉名が示すように藩政時代は全国一の明礬*の採取地であったが、明治以後、湯の花*の採取地に変わり、温泉旅館が開業された。湯の花の採取は今も盛んで、藁葺小屋の採取所が立ち並び、噴気と硫黄臭が一面に漂っている。温泉は硫黄泉、酸性泉で38~98度。皮ふ病に効く。宿泊...

別府地獄めぐりの写真

写真提供:別府地獄組合

別府地獄めぐり ( 大分県 別府市 )

地獄とは地中から熱湯・噴気・熱泥が噴出するところのことで、そのようすが灼熱地獄を思わせるのでこの名がある。市内に十数ケ所あり、鉄輪温泉街の北西端に密集するほか、柴石温泉のそばの地獄が知られる。  「地獄めぐり」は地獄組合所属の海地獄、血の池地獄、龍巻地獄、白池地獄、鬼石坊主地獄、かまど地獄、鬼山地獄の7箇所を巡るのが...

霧島山のミヤマキリシマの写真

写真提供:霧島市

霧島山のミヤマキリシマ ( 宮崎県 えびの市 / 鹿児島県 霧島市 / 宮崎県 他 )

樹高は1mほど。ツツジの一種で九州各地の高山に生息する。紫紅色、桃色、薄紅色の花をつける。命名は日本を代表する植物学者の牧野富太郎博士。1909(明治42)年に霧島へ新婚旅行に訪れた折に発見した。 開花時期は、高千穂河原(たかちほがわら)が5月下旬、韓国岳(からくにだけ)山頂が6月上旬。

高千穂峡の写真

高千穂峡 ( 宮崎県 高千穂町 )

五ヶ瀬川水系の本流である五ヶ瀬川が阿蘇火山活動で噴出した火砕流を浸食してできた深いV字形の峡谷。浸食された峡谷は、平均で約80mの高さがあり、東西約7kmに渡って続く。1934(昭和9)年には「五箇瀬川峡谷」として国の名勝・天然記念物に、 1965(昭和40)年には祖母傾国定公園(そぼかたむきこくていこうえん)の一部に指定された。峡谷...

高千穂の夜神楽の写真

高千穂の夜神楽 ( 宮崎県 高千穂町 )

神代のむかし、天照皇大神は弟、須佐之男命の荒ぶる行いに怒り、天岩戸に隠れ世は闇に閉ざされた。困った八百万神は集って相談し、岩戸の前で天鈿女命(あめのうずめのみこと)に声おもしろく歌い踊らせ、一座は笑い興じた。不思議に思った天照皇大神が岩戸を細目に開けたところを、手力男命(たぢからおのみこと)が岩戸を取り払い、天照皇...

西都原古墳群の写真

西都原古墳群 ( 宮崎県 西都市 )

西都原は西都市街の西方に北から南に延びる東西2.6km、南北4.2kmにおよぶ洪積台地。この標高60mほどの平坦な台地上に、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)や木花開耶姫(このはなさくやひめ)の墓とされる古墳をはじめ、4世紀初頭から7世紀に造られた300基以上の大小さまざまの古墳が続き、全国初の特別史跡公園として整備されている。  公園は花...

開聞岳の写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

開聞岳 ( 鹿児島県 指宿市 )

薩摩半島の最南端に位置する標高924mの独立峰。縄文時代からたびたび噴火を繰り返してきた活火山で、885(仁和元)年の噴火で今の姿になり、現在は活動を停止している。日本百名山*のひとつ。山全体が樹木におおわれていて、その美しい円錐形の山容から薩摩富士ともよばれる。崖となって落ちる海側とは対照的に、陸側はゆるやかな裾野が広が...

指宿温泉郷(指宿、山川伏目海岸)の砂むし温泉群の写真

指宿温泉郷(指宿、山川伏目海岸)の砂むし温泉群 ( 鹿児島県 指宿市 )

20余りの湧出地区がある、九州を代表する温泉郷のひとつ。なかでも特徴的なのが、世界でも珍しい海岸から自然湧出する温泉の熱を利用した天然の「砂むし」場があること。体を砂の中に埋めての砂むし湯治が300年以上前から行われている。現在、砂むしを行っているのは2か所。摺(すり)ガ浜と山川伏目(やまがわふしめ)海岸で、いずれも泉質...

桜島の写真

桜島 ( 鹿児島県 鹿児島市 )

鹿児島湾(錦江湾)を隔てて鹿児島市街の対岸約4kmにある火山島。桜島一周は約36km、車で約1時間。島といっても1914(大正3)年の噴火で大隅半島と陸つづきになっている。一つの山に見えるが、中央に北岳(1,117m)・中岳(1,060m)・南岳(1,040m)が南北に並ぶ成層火山*で、南岳は現在も活動を続け、断続的に黒い噴煙をあげて灰を降らせて...

仙巌園の写真

写真提供:株式会社 島津興業

仙巌園 ( 鹿児島県 鹿児島市 )

1658(万治元)年に、島津家19代光久(みつひさ)によって築かれた島津家の別邸。目の前に広がる錦江湾(きんこうわん)を池、桜島を築山に見立てた壮大な大名庭園で、敷地面積は約1万5千坪。島津家歴代に愛され、篤姫や西郷隆盛も訪れている。  28代斉彬がガス灯の実験に用いたと伝わる鶴灯籠や、琉球国王から贈られた望嶽楼(ぼうがくろ...

出水のツルの写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

出水のツル ( 鹿児島県 出水市 )

出水は日本最大のツルの渡来地。出水市の北西部、八代海に臨む出水平野の荒崎地区一帯に、毎年10月中旬になるとシベリア方面から多種類のツル*が渡来してくる。12月下旬から1月上旬の間が最も数を増し、ナベヅルを中心に、マナヅル、クロヅル、カナダツルなど、多い年は7種類、1万羽以上がやってくる。翌年2~3月の北帰行までの間、ツル保...

知覧武家屋敷庭園の写真

写真提供:知覧武家屋敷庭園 有限責任事業組合

知覧武家屋敷庭園 ( 鹿児島県 南九州市 )

江戸時代、武士の数が多かった薩摩藩は、領地を外城(とじょう)とよばれる地区に分け、地頭や領主の屋敷を中心に「麓」とよばれる武家集落をつくって統治していた。これは鹿児島城下に武士団を結集させず、分散して軍事拠点を複数つくるためでもある。外城は鹿児島県内に102カ所もあったが、なかでも知覧には武家集落、「麓」の典型的な姿が...

霧島温泉郷の写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

霧島温泉郷 ( 鹿児島県 霧島市 )

霧島連山の南麓に広がる温泉郷。新湯(しんゆ)・湯之谷・関平(せきひら)・栗川(くりかわ)・野々湯・丸尾・林田・硫黄谷・殿湯(とのゆ)の9つの温泉を総称したもので、硫黄泉を中心に、個性豊かな湯が楽しめる。硫黄谷温泉は単純硫黄温泉、新湯温泉は乳白色で古くから皮ふ病に効くといわれている。また、関平温泉は飲泉としても人気があ...

縄文杉の写真

写真提供:ネイチャーガイドオフィス まなつ

縄文杉 ( 鹿児島県 屋久島町 )

胸高周囲16.4m、樹高25.3m、確認されている屋久杉の中でも最大級の老大木。1966(昭和41)年に島の役場職員により発見された。荒川登山口から約8kmのトロッコ道を歩き、約3kmの登山道を登りたどり着く、標高1,300mの地点にある。途中、登山道に入り約600mで、ウィルソン株がある。縄文杉の推定樹齢は2200年から7200年まで諸説ある。根の踏み...

宮之浦岳の写真

写真提供:ネイチャーガイドオフィス まなつ

宮之浦岳 ( 鹿児島県 屋久島町 )

標高1,936m。1,800mを越える山々が連なり「洋上のアルプス」とよばれる屋久島の最高峰であることはもとより、九州最高峰でもある。最南の日本百名山。  女性的な山容で、淀川登山口から登山道が整備されており、屋久杉の森、花之江河(はなのえごう)を抜け、標高1,700m前後で樹林帯を抜けると、その後はヤクザサとシャクナゲと花崗岩の巨...

永田いなか浜のウミガメの写真

写真提供:ネイチャーガイドオフィス まなつ

永田いなか浜のウミガメ ( 鹿児島県 屋久島町 )

ウミガメが産卵する浜が屋久島には何カ所かあるが、産卵数が多いのが永田浜だ。  屋久島の北西、永田川の河口に広がる3つの浜「前浜」「いなか浜」「四ツ瀬浜」を総称して永田浜とよぶ。島の奥岳から永田川の流れに乗って運ばれてくる風化花崗岩の砂によってできた2kmに及ぶ海岸で、2005(平成17年)年にラムサール条約*の登録湿地に指定...

大金久海岸・百合ケ浜の写真

写真提供:ヨロン島観光協会

大金久海岸・百合ケ浜 ( 鹿児島県 与論町 )

大金久海岸は与論島最大級のビーチ。浅瀬でエメラルドグリーンの美しい海が目の前に広がる。百合ケ浜は、大金久海岸の沖合1.5kmに、中潮から大潮の干潮時に現れる砂浜。天候や潮の具合で現れる面積も形も異なる。絶好のシュノーケルポイントとして人気が高い。

沖縄美ら海水族館の写真

写真提供:国営沖縄記念公園(海洋博公園):沖縄美ら海水族館

沖縄美ら海水族館 ( 沖縄県 本部町 )

「沖縄美ら海水族館」は、本部半島の先端、伊江島を望む広大な敷地に広がる国営沖縄記念公園・海洋博公園内に立つ。1975(昭和50)年に開催された沖縄国際海洋博覧会の会場跡地にあたり、老朽化のために建て替えられた二代目の水族館として2002(平成14)年に開館した。  テーマは「沖縄の海との出会い」。目玉は、世界で初めて複数飼育に...

玉泉洞の写真

写真提供:おきなわワールド

玉泉洞 ( 沖縄県 南城市 )

沖縄本島南部、南城市にある鍾乳洞。洞窟から流れ出ていた水によって早くからその存在は知られていたが、1967(昭和42)年、愛媛大学学術探検部の調査隊によって初めてその全容が明らかになった。主洞、支洞を含め全長は5km。  約30万年かけて創られた玉泉洞には鍾乳石が100万本以上あるといわれ、数多くの石筍や石柱も林立する。一般観光...

斎場御嶽の写真

斎場御嶽 ( 沖縄県 南城市 )

琉球の創世神「アマミキヨ」がつくったといわれる7つの御嶽(沖縄独特の祈りの場)のひとつで、琉球王国最高の聖地。南城市の海に近い琉球石灰岩の岩山にあり、6つのイビ(神域)で構成されている。御門口(うじょーぐち)から石畳の道を上がると、最初にあるのが大庫理(うふぐーい)、その先に寄満(ゆいんち)、そして巨大な三角形の岩が...

首里城の写真

首里城 ( 沖縄県 那覇市 )

1429(正長2・永享元)年から約450年にわたって存在した琉球王国。そのシンボルであった首里城は王国時代、王とその家族が住むエリア、王国の政治や外交をつかさどる行政空間、王国が組織した神女たちによる祈りの空間の、大きく3つのエリアからなっていた。  城は沖縄戦で大破したが、1992(平成4)年に復元整備されて公開が始まった。そ...

識名園の写真

写真提供:那覇市文化財課

識名園 ( 沖縄県 那覇市 )

首里城の南、約3kmの那覇市真地(まあじ)の高台にあった琉球王家の別邸。王族の保養や、中国からの使者(冊封使)をもてなすために、1799(寛政11)年、尚温王の時代に造営された。総面積約42,000m2。「心」という形につくられた園池を中心に、御殿(母屋)・築山・果樹園・樹林と、それらを結ぶ園路からなる。池の周囲を歩きな...

牧志公設市場の写真

牧志公設市場 ( 沖縄県 那覇市 )

正式名称は第一牧志公設市場という。1950(昭和25)年に開場し、現在の建物*は沖縄が本土復帰した1972(昭和47)年に建てられた。1階には鮮魚、精肉、漬物、島豆腐、調味料、珍味などの店が100店舗以上ひしめき合い、2階は食堂街で食堂やそば店、サーターアンダギーを販売する店などがある。1階で買った魚介類を2階の食堂に持ち込んで調理し...

那覇大綱挽の写真

写真提供:一般社団法人 那覇大綱挽保存会

那覇大綱挽 ( 沖縄県 那覇市 )

琉球王国時代の1450年(宝徳2)頃から続く伝統行事で、沖縄の三大綱引きのひとつ。市民安寧、子孫繁栄を祈り、女綱(みーんな)と男綱(をぅーんな)をかぬち棒で結合させ、東西に分かれて綱を挽きあう。1935(昭和10)年を最後に途絶えていたが、本土復帰の前年である1971(昭和46)年、市制50周年記念事業として「10・10那覇空襲」の日に復...

ニシ浜(波照間島)の写真

写真提供:垂見健吾

ニシ浜(波照間島) ( 沖縄県 竹富町 )

波照間島は西表島の南に位置し、有人の島では日本最南端の島。島名は「はてのうるましま」からきたものと伝えられる。島の南側は切り立った断崖が続くが、北西側には美しい「ニシ浜」がある。「ニシ」とは沖縄の言葉で北のこと。沖に西表島や仲ノ神島の島影が望めるニシ浜の海は、淡い水色からコバルトブルー、沖の藍色まで、ハテルマブルー...

竹富島の赤瓦屋根の民家群(竹富島)の写真

竹富島の赤瓦屋根の民家群(竹富島) ( 沖縄県 竹富町 )

竹富島は石垣島の南西約6kmに浮かぶ、周囲約9kmの楕円形をした隆起サンゴ礁の小島。石垣島から船で約10分、気軽に行ける離島として人気が高い。遠浅の美しい浜コンドイ浜、星砂が見られるカイジ浜、水牛車での島内観光など、小さな島ながら楽しみは多い。  島のほぼ中央にある東、西、仲筋の3つの集落は、昔ながらの赤瓦屋根の家々が残り、...

新城島の海岸(新城島)の写真

新城島の海岸(新城島) ( 沖縄県 竹富町 )

石垣島の西24km、黒島と西表島の間にあり、上地(かみじ)島と下地(しもじ)島の2つの島からなる新城島。2つに離れていることから、沖縄の言葉で「離れる」を意味する「パナリ島」とも呼ばれている。それぞれ周囲4km。  石西礁湖の中でも、ことのほか美しい海に囲まれている。上地島の桟橋近くに広がるクイヌパナは、石灰岩が波に削られて...

浦内川(西表島)の写真

浦内川(西表島) ( 沖縄県 竹富町 )

沖縄県では本島に次ぐ面積を誇る西表島は、およそ90%が亜熱帯の自然林で覆われている。降水量が豊富なこの島には、大小あわせて40本以上の川がある。なかでも水量豊かなのが、西表島の北西部を流れる浦内川。古見岳(469m)に源を発し、テドウ山と波照間森の間を流れて東海岸に注いでいる。支流も含めて全長39kmあり、沖縄県内で最長の河川...

仲間川のマングローブ(西表島)の写真

仲間川のマングローブ(西表島) ( 沖縄県 竹富町 )

仲間川は、島の中南部、御座(ござ)岳から密林を蛇行して東海岸まで流れる、西表島で第二の川。河口付近には大富集落がある。日本最大規模のマングローブが広がる下流域から、ヒカゲヘゴやイタジイなどの亜熱帯性植物が繁茂する上流まで、流域一帯が緑濃い自然の姿をとどめている。森の巨人たち100選に選ばれた迫力ある板根をもつ「仲間川の...

川平湾(石垣島)の写真

川平湾(石垣島) ( 沖縄県 石垣市 )

石垣島の北西部に位置し、国の名勝に指定されている。青と緑のグラデーションが美しい静かな入江と、真っ白な砂浜のコントラストが見もの。こんもりと緑が茂る小さな島が湾内に点在して、景色に趣を添えている。ちなみに海面の色が青や緑などさまざまなのは、海の深さや海底の様子などによる。  周辺は公園として整備されており、駐車場、...

今帰仁城の写真

写真提供:今帰仁村教育委員会

今帰仁城 ( 沖縄県 今帰仁村 )

今帰仁城は、南は谷を隔てて背後のクバの御嶽に連なり、東と北は40~100mの断崖下に志慶真川が流れる要害の地にある山城。琉球が尚氏によって統一される以前、北山・中山・南山の3つの勢力に分かれていた三山時代に、本島北部一帯から与論島、沖永良部島あたりまでを勢力下におさめた北山王の居城で、築城は13世紀末といわれている。  約7....

やんばるの森の写真

写真提供:やんばる学びの森

やんばるの森 ( 沖縄県 国頭村 / 沖縄県 大宜味村 / 沖縄県 東村 )

沖縄島北部の国頭村、大宜味村、東村を含む通称「やんばる」地域。「山々が連なり森の広がる地域」を意味するこのエリアは、世界的にも貴重な自然の宝庫である。森林率が80%以上で、南北約23km、東西約12kmの日本の総面積のわずか0.1%の範囲の中に、多くの固有動植物、稀少動植物が生息している。2016(平成28)年には、やんばるの陸地と海...

東平安名崎(宮古島)の写真

東平安名崎(宮古島) ( 沖縄県 宮古島市 )

宮古島を代表する景勝地である。島の東端、海原に突き出た長さ2km、幅約150m、隆起サンゴ石灰岩からなる細長い岬。岬の先端および両端は高さ30~40mほどの断崖となっており、波の浸食によってできた奇岩の数々と、透き通る海を眺めることができる。北に東シナ海、南に太平洋を望む大海原は雄大。遊歩道が整備され、宮古島トライアスロンの自...

与那覇前浜(宮古島)の写真

与那覇前浜(宮古島) ( 沖縄県 宮古島市 )

宮古島の南西部、太平洋に面して、真っ白い砂浜が弧を描きながら約7kmも続く美しい浜。きめ細かな砂はサラサラのパウダーサンドで、「東洋一の美しさ」とも称される。正面に来間島を望む。

八重干瀬の写真

八重干瀬 ( 沖縄県 宮古島市 )

宮古島の北方、池間島の北の沖5~22kmに、南北約12km、東西約7kmの範囲にわたって大小100ものサンゴ礁が分布しているエリア。干瀬が幾重にも重なっていることから(諸説あるが)、「八重干瀬」と書いて「やびじ」や「やえびし」などと呼ばれている。満潮時は海中に没しているが、1年で最も干満の差が大きい4月の大潮の数日間、サンゴ礁が海上...

ハテの浜(久米島)の写真

写真提供:一般社団法人 久米島町観光協会

ハテの浜(久米島) ( 沖縄県 久米島町 )

那覇の西方約100kmに浮かぶ久米島は、緑豊かな山が連なり、水が豊富な島。琉球王国時代から、球美(くみ)島とも呼ばれてきた風光明媚な島で、なかでもハテの浜は島を代表する景勝地。島の東側にある奥武(おう)島、オーハ島のさらに沖合に連なる3つの砂洲(前の浜、中の浜、ハテの浜)を総称してハテの浜と呼ぶ。サンゴ礁の土台にサンゴや...

エイサーの写真

写真提供:©OCVB

エイサー ( 沖縄県 沖縄市 / 沖縄県 豊見城市 / 沖縄県 読谷村 / 沖縄県 うるま市 / 沖縄県 他 )

エイサーとは、旧盆の夜に行われる沖縄の伝統行事のひとつである。  年中行事を旧暦で行うことの多い沖縄では、お盆も旧暦の7月13~15日に行うため、毎年時期が異なる。  初日はウンケー、中日はナカヌヒー、三日目をウークイといい、先祖の霊をあの世に送り出すために青年たちが隊列を組み、勇壮に大太鼓や締太鼓を打ち鳴らしながら道路...

オクマビーチの写真

写真提供:オクマビーチ

オクマビーチ ( 沖縄県 国頭村 )

沖縄本島北端の国頭村の西海岸、赤丸岬の南側にほぼ一直線に約1km続く浜。砂は天然の白砂で、きめ細かい。道路をはさんで、オクマ プライベートビーチ & リゾートが広がっている。この一帯はかつて米軍の保養施設だったが、その一部が1977(昭和52)年に返還され、翌年リゾートホテルが開業。約10万m2の敷地にさまざまなタイプの...