那智の瀧(飛瀧神社)なちのたき(ひろうじんじゃ)

那智山中には4本の渓流があり、その渓流に多くの滝がかかっている。一ノ滝・二ノ滝・三ノ滝・曽以ノ滝(文覚の滝)・陰陽ノ滝・松尾ノ滝など合計48本あり、一般的に那智滝と呼ばれるのはその中でも最も高さのある一ノ滝である。一ノ滝の滝口は3本に分かれているが、石英粗面岩の一枚岩壁の上を1本になって落下している。瀑下には飛瀧神社があり、御滝拝所に立つと、岩壁に砕けた水が飛散し、霧状になって降りかかる。滝幅は落口で通常13m、水量の少ないときでも8mあり、高さは133mで、日光の華厳の滝を上まわる。滝壷の深さは10m以上あり、落下した水はやがて那智川となって熊野灘に注ぐ。
 この一ノ滝は、古代より自然信仰、平安時代以降は観音信仰の中心的な聖地として崇拝され、「飛瀧権現」あるいは「飛瀧神」と呼ばれ信仰の対象となってきた。現在の飛瀧神社は熊野那智大社の別宮であり、滝宮*1とも称される。一ノ滝は飛瀧神の御神体とされ、地主神の大己貴命が祭られている。本殿はなく、滝の前方約200mのところに神籬を立てて拝所としている。神仏習合が行わるようになって、役行者がこの滝を山岳修行の道場中第一の霊場に定めた。この頃から修験者・参詣者が多くなり、滝籠する人も現れた。
 滝の東側は南方熊楠が粘菌の採取をしたことで知られる那智山原始林(国天然記念物)となっていて、熊野那智大社神域として保護されている。
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みどころ

参道は深い緑に囲まれ、日中もほの暗く、いかにも霊気に満ちた神域といった雰囲気に満ちている。境内から感じられる那智御瀧の迫力も相当なものだが、御瀧を一番近く、真正面から仰ぐように拝観できる御滝拝所舞台まで歩みを進めたい。那智滝と熊野那智大社のちょうど中間に建つ、青岸渡寺の三重塔の3層には展望所があり、ここから見る那智滝は那智原始林や周囲の緑と調和して見事。また、三重塔から本堂の方向へ坂道を上り切ったあたりからは、那智滝と三重塔が絵画のように一枚の写真に収まる。
 熊野那智大社は神日本磐余彦命(神武天皇)の御東征を起源としている。西暦紀元前662年、神日本磐余彦命の一行は丹敷浦*2に上陸し、光り輝く山を見つけ、その山を目指し進んだところ、那智御瀧を探りあてたとされる。神話には脚色が加えられるのが常であるが、那智滝はいまも遠く熊野灘からその姿を望むことができる。那智の海岸を訪れた際には、山側にも目を凝らしてみてほしい。
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補足情報

*1 滝宮:『中右記』の記載をたどると12世紀初頭段階では那智社内には滝宮が配祠されていなかったようである。滝宮が加わったのは鎌倉から南北朝期にかけてとみられ、十二所権現から十三所権現へと発展させていったものと考えられる。
*2 丹敷浦:丹敷浦の場所については、三重県熊野市や那智勝浦町など諸説ある。