銀山温泉ぎんざんおんせん

JR奥羽本線大石田駅から東へ約17km、尾花沢盆地の平野部の農村地帯を抜け銀山川を登りつめ少し緩やかに下ると、大正末期から昭和初期に建てられた3層・4層の木造旅館をまじえ14軒の湯宿が川を挟んで建ち並ぶ、こじんまりとした温泉街にたどり着く。
 銀山温泉の名は1456(康正2)年儀賀市郎左衛門がこの地で延沢銀山を発見し江戸初期には銀山として最盛期を迎え、その頃に温泉も発見されたことに由来する。しかし、1689(元禄2)年には銀山は廃山となり、周辺の集落も衰退したが、寛保年間(1741~1744年)に入ると、湯治場としての名声が高まり、湯宿の数も増えたという。江戸後期の「諸国温泉功能鑑」*や明治末期に発行された「大日本温泉一覧」では前頭に位置づけられるようになった。しかし、1913(大正2)年の銀山川の氾濫により温泉宿の壊滅的損害を受けた。それを契機に大正時代から昭和初期にかけ、一斉に各旅館が当時の流行であった洋風木造建築に建て替え、それが現在の温泉街の佇まいにつながっている。さらに1926(大正15・昭和元)年には高温多量の源泉が湧き出したこともあり、温泉地としての地位を高めた。1983(昭和58)年から1年間放送された国民的ドラマNHK連続テレビ小説「おしん」の舞台にもなった。
 共同浴場は、温泉街の入口付近にある「しろがね湯」*、「和楽足湯」と温泉街奥の貸切利用の「おもかげ湯」がある。温泉の奥、銀山川上流には延沢銀山跡まで散策路がつづき、夏でも涼気にあふれる銀鉱洞跡にも入洞することができる。
 泉温は44~65度、泉質はナトリウム―塩化物・硫酸塩温泉(低張性中性高温泉)。
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みどころ

温泉街に一歩入ると、大正時代の街並みに迷い込んだような感じになる。狭い谷あいに、銀山川を挟み情緒ある佇まいの木造の宿が建ち並ぶが、一方では、センス良くリニューアルされた木造建築の宿も違和感なく取り込まれているのもそぞろ歩きを楽しくしてくれる。また、宿の建物に施されている鏝絵や装飾を見て歩くのも興味深い。
 夜の温泉街は、各旅館がライトアップもして、銀山川にも映え、浴衣で、下駄ばきのそぞろ歩きに格好だ。
 温泉街の奥、銀山川の上流の散策路は緑あふれる気持ちの良い散策路が白銀公園まで延びている。ところどころに銅山跡や史跡が点在し、銀鉱洞跡にも照明と歩道が整備されていて、入洞することができ、かつての採掘の現場をみることができる。(志賀 典人)
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補足情報

*しろがね湯:隈研吾建築都市設計事務所の設計監修。外壁は日本の伝統的な無双格子を取り入れてデザインされ、周辺環境にマッチしているとともに外光の取り入れ方が工夫されており、繊細さが感じられる。