鳥海山ちょうかいざん(さん)

秋田と山形との県境にそびえる鳥海山は標高2,236mで、東北地方では福島県の燧ヶ岳(標高2,356m)についで2番目に高い山。鳥海山の山域は、地形的には、東部の出羽丘陵山地、中部から西部の独立峰をなす鳥海火山で形成されており、西は日本海に直接落ち込み、南西部は庄内平野が広がる。鳥海火山は成層火山で日本有数の規模を誇り、おおまかに西鳥海と東鳥海の2つに分けることができる。
 西鳥海は南西方向に開いた馬蹄形カルデラから日本海に向け、なだらかな山容が溶岩流によって造られ海岸線は溶岩の断崖となっている。カルデラ縁は笙ガ岳・月山森・扇子森などと呼ばれ、カルデラ内には中央火口丘の鍋森と火口湖の鳥海湖(標高1,700m)がある。東鳥海は北に開いた馬蹄形カルデラを中心として、山体全体の表層部を新しい溶岩流で覆われ、山頂近くには厳しい傾斜もあるが、全体としてはなめらかな円錐形となっている。カルデラ縁には七高山・伏拝岳などの外輪山があり、中央火口丘は、1801(享和元)年に噴出し、新山(鳥海山山頂)と呼ばれている。この新山のもっとも新しい火山活動*は、1974(昭和49)年に噴煙を上げている。
 海岸線に近い独立峰だけに、山頂付近からの展望*は、北に岩木山、南に吾妻・朝日連峰、東に栗駒岳、そして西は日本海に浮く飛島や佐渡が望める。また、多雪地帯で厳しい気象環境によって、豊富な水が貯えられ多くの流れや伏流を生じさせ、湿原*を形成し谷を穿ち多くの滝*を作り、さらには湧水*となり田畑を潤している。
 こうした自然の恵みと優美な山容、そして古くからの度重なる火山活動などの厳しさから、麓の住民たちは鳥海山の山体を天変地異の畏敬と五穀豊穣の神として古代から崇敬してきた。こうした自然信仰が、大和政権の支配の北辺となったことや密教的な山岳信仰が確立されていく過程で羽黒修験道との関係を深め、鳥海修験の山として信者、行者を集めることになった。延喜式神名帳(10世紀初め)にもすでに月山神社とともに大物忌神社*として記されている。
 現在、主な登山口は秋田県側から百宅口、猿倉口、矢島口、象潟口の4ルート、山形県側から吹浦口、長坂口、万助口、二ノ滝口、湯の台口の5ルートとなっている。そのうち、象潟口のある鉾立や吹浦口のある大平までは鳥海ブルーライン*が、湯ノ台口の滝の小屋付近までは鳥海高原ラインなどの道路が整備され、標高1,000~1,250mほどのところまで車で行くことができる。
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みどころ

深田久弥は「日本百名山」のなかで「ヴォリュームのある深い山という感には乏しいが、年経た火山だけあって、地形の複雑な点に興味があり、すぐれた風景が至るところに展開されている。 頂上火口の険しい岩壁、太古の静寂を保った旧噴火口の湖水、すぐ 眼下に日本海を見おろす広々とした高原状の草地 ─ ─ これだけの規模の山で、これほど変化に富でいる山も稀であろう」と、鳥海山の魅力を語っている。
 森敦は「初真桑」の冒頭で「遠くこれを望めば、鳥海山は雲に消えかつ現れながら、激しい気流の中にあって、出羽を羽前と羽後に分かつ、富士に似た雄大な山裾を日本海へと曳いている。ために、また名を出羽富士とも呼ばれ、ときに無数の雲影がまだらになって山肌を這うに任せ、泰然として動かざるもののように見えれば、寄せ来る雲に拮抗して、徐々に海へと動いて行くように思われることがある」と、山容の雄大さと、一方では気象の変化の激しさによる、景観の多面的な変貌について描写しており、鳥海山がもつ不可思議な存在感を表現している。
 鳥海山は、登って眺望や景観を楽しむことの魅力はもちろん大きいが、山麓の町々に与えている様々影響を見て歩くのも見どころとなる。それは、渓谷や湿原、滝、湧水のような自然景観はもちろんのこと、山岳信仰に関する神社仏閣や祭り、風習をはじめとした文化遺産など奥深い魅力がある。(志賀 典人)
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補足情報

*火山活動:鳥海山は想定火口域内で火山灰、噴気、火山ガス等が突発的に噴出する可能性がある活火山であるので、山に立ち入る場合は火山情報などに注意を払う必要がある。
*山頂付近からの展望:気象条件にもよるが、日の出によって三角錐型の鳥海山の影が日本海に投影される「影鳥海」という現象を山頂付近からは眺めることができる。
*湿原:北麓には獅子ヶ鼻湿原、竜ヶ原湿原、桑ノ木台湿原、冬師湿原などがある。獅子ヶ鼻湿原はJR羽越本線象潟駅から東へ14kmほど。中島台レクレーションの森から入る、約26万m2の広大な湿原(標高約550m)。植物群落は豊富な湧水により生まれた湿地帯とその周囲のブナ林から構成されている。流水路・ミズゴケ湿原周辺には多量の蘚苔類が密生し、そのなかには高山にのみ分布する希産種も大量に生育している。その蘚苔類が流水の中でボール状に成型された「鳥海マリモ」も見ることができる。ブナ林の中では、炭焼きのために雪上伐採が繰り返され、2~3mの高さで枝分かれしてこぶ状に盛り上がった「あがりこ」と呼ばれる異形ブナの巨木群を観察することができる。竜ヶ原湿原は由利高原鉄道矢島駅から南へ約19km、鳥海山への登山口「矢島口」の車道終点の祓川にある高層湿原(標高約1,200m)。春から夏にかけてハクサンシャクナゲ、ツマトリソウ、ヒオウギアヤメが咲き、秋にはエゾオヤマリンドウ、コガネギクなどの高山植物を楽しめる。桑ノ木台湿原(由利高原鉄道矢島駅から南へ約14km)は、標高約700mの泥流堆積地に発達した湿原で、ミズバショウ、ミツガシワ、ワタスゲ、ノハナショウブ、サワギキョウ、カキラン等の観察の場として格好。トレッキングコースも設定されている。標高約500mの仁賀保高原にある冬師湿原(JR羽越本線仁賀保駅から南東へ約20km)は、紀元前466年に発生した鳥海山の山体崩壊によって、流れ山と流れ山の間の窪地が滞水域となり形成された。ミズバショウやハンノキの群生が見られる。
*滝:山形県側には玉簾の滝、胴腹滝、一ノ滝、二ノ滝、秋田県側には奈曽の白滝、法体の滝などがある。
*湧水:鳥海山麓の平地には、多くの湧水、遊水地が見られる。山形県側の遊佐町の元町地区では自噴井戸が多くみられ、釜磯海岸の砂浜からは湧き水が噴き出す現象を観察できる。また、丸池様では、湧水が生み出したエメラルドグリーンの美しい水面を観賞できる。秋田県側では、由利本荘市の地ビールにも利用されているボツメキ湧水やにかほ市の元滝伏流水などもある。
*大物忌神社:大物忌神社の祭神は近世以降は農業神とされるが、古代には祭神は大物忌神とし、鳥海山を神体山としていたといわれている。鳥海山の登拝口としては、山形県遊佐町吹浦、蕨岡をはじめとして秋田県側にも4か所ほどあり、山形県庄内地方と秋田県由利地方を中心に信仰を集めていた。江戸時代には登拝口の間で祭祀権をめぐる争いがあり、1880(明治13)年、鳥海山山頂の社殿を「本殿」、吹浦・蕨岡に鎮座するふたつの大物忌神社をその「口ノ宮」(里宮)とし三社をもって「国幣中社大物忌神社」とする裁定がなされた。
*鳥海ブルーライン:日本海に沿って走る国道7号線にある山形県遊佐町と秋田県にかほ市を鳥海山の西側の中腹を経て結ぶ山岳観光道路(総延長 34.9km)。海岸から標高約1,150mの鉾立まで上る山岳道路で、鉾立と太平(標高約1,000m)には日本海を望む展望台がある。鳥海山の広大な裾野を見渡しながら、眼下に日本海、遠くには飛島、佐渡、そしてはるかに男鹿半島を眺め、庄内平野を望むことができるドライブコース。10月下旬~4月中旬は冬季閉鎖。
関連リンク Mt.Chokai鳥海山登山ガイド(鳥海国定公園観光開発協議会)(WEBサイト)
関連図書 森敦著『月山・鳥海山』文藝春秋、1979年、深田久弥著『日本百名山』新潮社、デジタルコレクション『延喜式』国立国会図書館、『地域地質研究報告 鳥海山及び吹浦地域の地質』地質調査所、1992年
参考文献 Mt.Chokai鳥海山登山ガイド(鳥海国定公園観光開発協議会)(WEBサイト)
NPO法人遊佐鳥海観光協会(WEBサイト)
由利本荘市(WEBサイト)
にかほ市観光案内(一般社団法人にかほ市観光協会)(WEBサイト)
林野庁東北森林管理局(WEBサイト)

2020年12月現在

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