識名園しきなえん

首里城の南、約3kmの那覇市真地(まあじ)の高台にあった琉球王家の別邸。王族の保養や、中国からの使者(冊封使)をもてなすために、1799(寛政11)年、尚温王の時代に造営された。総面積約42,000m2。「心」という形につくられた園池を中心に、御殿(母屋)・築山・果樹園・樹林と、それらを結ぶ園路からなる。池の周囲を歩きながら景色の変化を楽しむ廻遊式庭園。池の中には2つの中島が築かれ、中国式の橋や東屋、切石風の橋が架かっている。この池に船を浮かべて冊封使を接待することもあったという。御殿は赤瓦をのせた琉球の民家様式で、ここから庭園が観賞できる。
 識名園は沖縄戦で破壊されたが、1975~96(昭和50~平成8)年にかけて復元整備された。また、園内の湧泉(育徳泉)には、淡水の紅藻類であるシマチズジノリが自生している(国の天然記念物)。
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みどころ

江戸時代の大名庭園に近い造りだが、中国的な要素や赤瓦をのせた御殿、亜熱帯の植物類などとあいまって、琉球独特の風格を生み出している。
 ここでは冊封使を何度ももてなしており、園内には尚育王の冊封使である林鴻年が書いた「勧耕台」の碑もある。これは林鴻年が園の南西部にある高台(勧耕台)から、よく手入れされた田畑が広がるさまを見て、「王が心から人々を励ましている」と称えたもの。現在では周辺は都市化され、田畑は見えないが、往時を偲んで景観を思い浮かべるのも一興。
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補足情報

*世界遺産:世界遺産条約(1972(昭和47)年)に基づき、人類共通の宝物として未来の世代に引き継いでいくべき文化財や遺跡、自然環境として、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会により登録された有形の資産。文化遺産・自然遺産・複合遺産の3種がある。
関連リンク 那覇市(WEBサイト)
参考文献 那覇市(WEBサイト)
高良倉吉監修『沖縄の世界遺産 琉球王国への誘い(楽学ブックス)』JTBパブリッシング、2013年
『沖縄大百科事典』沖縄タイムス社、1983年

2020年04月現在

※交通アクセスや料金等に関する情報は、関連リンクをご覧ください。

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