下関のふく料理しものせきのふくりょうり

日本人はフグを古くから食していたといわれ、約2万年前の旧石器時代、あるいは縄文時代の遺跡からもフグ科の骨が見つかっているという。その後、農耕の開始により、魚介類への依存が下がったところから、広汎に広がることはなかったとみられている。ただ、庶民の間では食べ続けられていたとみられ、豊臣秀吉が朝鮮出兵した際の本陣は、肥前名護屋(現在の佐賀県唐津市)に置かれたが、集結した将兵がフグを食して中毒死する事例があったため、秀吉は「河豚食禁止令」を出したといわれている。「河豚食」の禁止は江戸時代も続いたといわれ、とくに尾張藩*1、萩(長州)藩は厳しかったといわれる。
 ただ、江戸初期の「料理物語」*2にも調理法が掲載されており、江戸後期の天保年間成立の地誌「防長風土注進案」にはフグの漁獲の実績が記載されている。さらに、漢学者の頼山陽*3が1818(文政元)年に下関を訪れた際に、下関では一般的にフグが食されていることを記しているものの、危険視されていたことも書き綴っている。
 明治に入り、公に「河豚食」を解禁したのは、地元出身で初代総理大臣伊藤博文が、下関「春帆楼」*4に宿泊した際に、これを食し、その味わいから山口県において解禁したというエピソードが語リ継がれている。全国でフグの調理の免許制度が始まったのは、第2次世界大戦後である。
 下関が特段にフグの産地として有名になったのは、周防灘付近での漁獲された天然トラフグが最高級品とされたこともあり、大正~昭和初期にかけて下関のふぐ食文化は隆盛を誇ったが、戦後も地元関係者がいちはやくブランド化に取り組んだ結果でもある。ただ、漁獲量は全国一位だった時期もあったものの、現在は漁獲量が減少しその地位は低下しつつある。このため、ふぐ取引市場開設・ふぐ加工施設新設・養殖フグの取り扱いの開始など新しい取り組みに挑戦している。
 なお、下関ではフグは不遇に通じることから、「福」にかけ「ふく」と呼ばれている。10~4月がシーズン。食べ方としては、刺身(薄造り・てっさ)・ちり鍋・ぞうすい・唐揚げ・焼ふぐ(白子など)・煮凝り・寿司・ひれ酒などが数多くあるが、とくに薄く切った身を花や鳥をかたどって1枚ずつ並べ絵皿の色を透かし出させた、薄造りのフグさし(てっさ)が下関名物となっている。市内の飲食店、唐戸市場などで食べることができる。
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みどころ

フグの身の味わいは脂肪が少ないため淡白であるが、タンパク質は豊富であり、いろいろな料理に合わせることができるのが特徴。皮にはコラーゲンがたくさん含まれているので、一緒に煮炊きすると、その旨味が出汁として最高。てっちりをはじめとした鍋、茶碗蒸し、雑炊もその特性が効いて、味わい深いものになる。
 また、繊維質も豊かなので、弾力ある食感も嬉しい。フグの刺身は薄造りが基本なのは、この弾力と旨味を十分に味わうためであり、1枚ずつではなく、箸で数枚をとり、ネギやモミジおろしなどの薬味とともに、ポン酢に軽く付けて口に運べは、一層、その旨味が際立つ。フグの種類によって味わいも価格も違い、なかでもトラフグが味の王様といわれ、価格も高い。他の種類のフグも調理法、料理により手ごろな価格で十分に味わいを楽しむこともできる。
 なお、関門海峡に面してある魚市場「唐戸市場」はフグの小売販売も行われ、毎週金・土・日祝に開催される寿司バトルと称したイベントでも、寿司の他にフグの唐揚げや汁物などを気軽に楽しむことができる。
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補足情報

*1 尾張藩:「盗賊之外御仕置御定」のなかに「河豚魚致売買候者等咎品之事」と、フグの取り扱いを禁止するという定めがあったとされる。萩(長州)藩ではふぐを食べて中毒死した際は家禄没収・家名断絶の処分があったといわれる。
*2 「料理物語」:1643(寛永20)年刊行。「ふくとう(河豚魚)汁はかわ(皮)をは(剥)ぎ、わた(腸)をすて かえしぎも(隠し肝=肝臓)をとり 血けのなきまでよくあら(洗)いきりて まづどぶ(濁酒)につけてを(お)く也 すみ(清)酒もかけ候也。扨(さて)したぢ(下地)は、ちうみそ(中味噌)より すこしうす(薄)くしてに(煮)えたち候て うを(魚)を入 どぶ(濁酒)をさしよくに(煮)て しほかげん(塩加減)よくすい合出し候、すいくち(吸口)はにんにく なすび(茄子)也」としている。
*3 頼山陽:「西遊詩巻」のなかに「和得豚羹味不窮」(河豚料理に絞って無限の味わいを作り出す)とあり、「赤関の人、河豚を食らう。婦人小児と雖も皆な然り。旅客の敢えて食らわざる者を視れば、嗤(あざけり笑)って以って怯(いくじなし)と為す。余甘んじて嗤笑(=嘲笑)を受け、而して食らわざる也」としている。(谷口匡「頼山陽『西遊詩巻』訳注(二)」よる)
*4 春帆楼:赤間神社の隣に、現在も料亭・旅館として営業している。東京、大阪にも支店がある。伊藤博文が宿泊した際、時化で良い魚が取れず、女将がおそるおそるフグの刺身を出したところ、伊藤博文がその味に感動して、調理法を間違えなければ提供して良いとして、解禁に踏み切ったという。

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