道頓堀界隈(道頓堀、千日前、法善寺横丁)
【道頓堀】
大阪・ミナミの中心、道頓堀川南側の道頓堀通沿いに展開する繁華街。大阪メトロ御堂筋線・四つ橋線・千日前線なんば駅、大阪メトロ堺筋線・千日前線日本橋駅、阪神なんば線・近鉄奈良線大阪難波駅、南海電鉄なんば駅など、多くの駅からアクセスできる。
道頓堀川は、成安道頓*が1612(慶長17)年に開削工事を始め、3年後に完成。この功績を称えて、命名された。その後、大坂が江戸幕府の直轄領となり道頓堀の開発も本格化し、歌舞伎、義太夫、見世物などの芝居小屋が立地するようになると、周辺に芝居の切符や飲食サービスを手配する芝居茶屋も集まるようになり、街の基礎がつくられた。江戸時代には、当時を代表する「弁天座」「朝日座」「角座」「中座」「竹本座(浪花座)」の「浪花五座」が建ち、演劇・演芸界のメッカとして長らく栄えた。かつては、道頓堀川の南側に芝居小屋、北側に飲食店街が広がっており、北側にあたる現在の宗右衛門町にはお茶屋や高級料亭が集まっていた。
2004(平成16)年には、両岸に遊歩道「とんぼりリバーウォーク」が設けられ、現在は四つ橋筋近くの浮庭橋~日本橋間の全長約2kmが親水空間として整備されている。途中3か所に船着き場があり、遊覧船「とんぼりリバークルーズ」が運航しており、水上からの眺望も楽しめる。
【千日前】
江戸時代、付近には刑場や火葬場、墓地などが置かれ、死者を供養するために寺が創建された。そこでは、1度お参りすると1,000日お参りしたのと同じ功徳があるとされる千日回向が行われたという。このことが地名の「千日前」の由来となっている。明治以降は、劇場や映画館、飲食店が立ち並ぶ賑わい所として発展した。
現在、千日前通以北の千日前商店街は多種多様な店が集まるショッピング&グルメの街であり、法善寺横丁への出入り口でもある。千日前通以南には、なんばグランド花月などの劇場や、厨房用品や台所用品を扱う千日前道具屋筋商店街がある。
【法善寺横丁】
道頓堀南側に、全身が苔に包まれた水掛不動尊で知られる法善寺が建つ。この法善寺には南側に参道、北側に法善寺横丁の2本の路地があり、落ち着きある飲食店が並ぶ。法善寺横丁は全長80m、幅2.7mの石畳の路地。参道と横丁には、歴史ある割烹料理店や寿司店、雰囲気のあるバー、さらには串カツ店、お好み焼き店などの大阪の味を楽しめる飲食店が約60店舗集まる。もともと、法善寺境内で営業していた露店が、明治時代以降、路地に定着して形成された。昭和初期の作家・織田作之助*の小説『夫婦善哉』*の舞台になり、その後も文学や歌のテーマになったことから全国に知られるようになった。
法善寺横丁は2002(平成14)年、翌2003(平成15)年と、連続して火災に見舞われ、再建が危ぶまれたものの、2004(平成16)年にもとの街並みの姿に復興した。建築基準法では店舗を再建するために道幅を拡幅する必要があったが、横丁関係者や多くの支援者の署名活動、訴えを受け、商業区域では全国で初めて建築基準法の特例「連担建築物設計制度」が適用され、従前の道幅が維持された。
大阪・ミナミの中心、道頓堀川南側の道頓堀通沿いに展開する繁華街。大阪メトロ御堂筋線・四つ橋線・千日前線なんば駅、大阪メトロ堺筋線・千日前線日本橋駅、阪神なんば線・近鉄奈良線大阪難波駅、南海電鉄なんば駅など、多くの駅からアクセスできる。
道頓堀川は、成安道頓*が1612(慶長17)年に開削工事を始め、3年後に完成。この功績を称えて、命名された。その後、大坂が江戸幕府の直轄領となり道頓堀の開発も本格化し、歌舞伎、義太夫、見世物などの芝居小屋が立地するようになると、周辺に芝居の切符や飲食サービスを手配する芝居茶屋も集まるようになり、街の基礎がつくられた。江戸時代には、当時を代表する「弁天座」「朝日座」「角座」「中座」「竹本座(浪花座)」の「浪花五座」が建ち、演劇・演芸界のメッカとして長らく栄えた。かつては、道頓堀川の南側に芝居小屋、北側に飲食店街が広がっており、北側にあたる現在の宗右衛門町にはお茶屋や高級料亭が集まっていた。
2004(平成16)年には、両岸に遊歩道「とんぼりリバーウォーク」が設けられ、現在は四つ橋筋近くの浮庭橋~日本橋間の全長約2kmが親水空間として整備されている。途中3か所に船着き場があり、遊覧船「とんぼりリバークルーズ」が運航しており、水上からの眺望も楽しめる。
【千日前】
江戸時代、付近には刑場や火葬場、墓地などが置かれ、死者を供養するために寺が創建された。そこでは、1度お参りすると1,000日お参りしたのと同じ功徳があるとされる千日回向が行われたという。このことが地名の「千日前」の由来となっている。明治以降は、劇場や映画館、飲食店が立ち並ぶ賑わい所として発展した。
現在、千日前通以北の千日前商店街は多種多様な店が集まるショッピング&グルメの街であり、法善寺横丁への出入り口でもある。千日前通以南には、なんばグランド花月などの劇場や、厨房用品や台所用品を扱う千日前道具屋筋商店街がある。
【法善寺横丁】
道頓堀南側に、全身が苔に包まれた水掛不動尊で知られる法善寺が建つ。この法善寺には南側に参道、北側に法善寺横丁の2本の路地があり、落ち着きある飲食店が並ぶ。法善寺横丁は全長80m、幅2.7mの石畳の路地。参道と横丁には、歴史ある割烹料理店や寿司店、雰囲気のあるバー、さらには串カツ店、お好み焼き店などの大阪の味を楽しめる飲食店が約60店舗集まる。もともと、法善寺境内で営業していた露店が、明治時代以降、路地に定着して形成された。昭和初期の作家・織田作之助*の小説『夫婦善哉』*の舞台になり、その後も文学や歌のテーマになったことから全国に知られるようになった。
法善寺横丁は2002(平成14)年、翌2003(平成15)年と、連続して火災に見舞われ、再建が危ぶまれたものの、2004(平成16)年にもとの街並みの姿に復興した。建築基準法では店舗を再建するために道幅を拡幅する必要があったが、横丁関係者や多くの支援者の署名活動、訴えを受け、商業区域では全国で初めて建築基準法の特例「連担建築物設計制度」が適用され、従前の道幅が維持された。

みどころ
道頓堀川に架かる橋でみると、西端の大黒橋から順に新戎橋、道頓堀橋(御堂筋)、戎橋、太左衛門橋、相合橋、日本橋までの区間に広がる繁華街が道頓堀にあたる。最も賑やかな戎橋のたもとには有名な「グリコ」のネオンサインが存在感を放ち、付近には「かに道楽本店」「中座くいだおれビル」など、カニ、フグなどの巨大な装飾と派手な色彩の看板が目を引く飲食店がびっしりと並び、こうした看板や街並みを背景に記念撮影に興じる観光客も多くみられる。

補足情報
*成安道頓:1533~1615年。安井道頓とも称される。豊臣秀吉に仕え、大阪城築城の功により得た大阪城南の給地開発のため、1612(慶長17)年に開削を開始。しかし、大阪夏の陣に豊臣方に属して戦死したため、一族の安井道トが完成させた。大坂城が落ちた後、江戸幕府から復興を任じられた松平忠明が開削者を称えて道頓堀と命名した。
*織田作之助:1913~1947年。戦後、『夫婦善哉』・『土曜夫人』など大阪庶民の風俗文学で颯爽と登場し、若くして逝った彼は、西鶴の後継者をもって自ら任じ、大阪、とりわけ千日前付近を愛した。命日1月10日を「がたろ忌」と呼ぶ。墓は天王寺区の楞厳寺にある。
*夫婦善哉:1940(昭和15)年に発表された、織田作之助の短編小説。法善寺前には同名の甘味処「夫婦善哉」があり、名前にふさわしく、1人前のぜんざいを2つの椀に入れて提供する。
*織田作之助:1913~1947年。戦後、『夫婦善哉』・『土曜夫人』など大阪庶民の風俗文学で颯爽と登場し、若くして逝った彼は、西鶴の後継者をもって自ら任じ、大阪、とりわけ千日前付近を愛した。命日1月10日を「がたろ忌」と呼ぶ。墓は天王寺区の楞厳寺にある。
*夫婦善哉:1940(昭和15)年に発表された、織田作之助の短編小説。法善寺前には同名の甘味処「夫婦善哉」があり、名前にふさわしく、1人前のぜんざいを2つの椀に入れて提供する。
関連リンク | 道頓堀商店会(WEBサイト) |
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参考文献 |
道頓堀商店会(WEBサイト) 千日前商店街振興組合(WEBサイト) 「大阪府の歴史散歩 上」山川出版社 「とんぼりリバーウォーク」南海電気鉄道株式会社(WEBサイト) |
2025年03月現在
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