八甲田山はっこうださん

青森県の中央、青森市と十和田湖の中間に構える火山で、那須火山帯*に属し、奥羽山脈北端の堂々とした群峰である。1,585mの大岳を最高峰とし、高田大岳、赤倉岳、さらにその南側に連座する櫛ヶ峰、駒ヶ峰、乗鞍岳、横岳などの火山群の総称である。山体を覆うブナやアオモリトドマツの自然林、山稜部の高山植物や湿原など、すぐれた植物相を見ることができる。
大別して北・南の2つの山塊に分けられ、北は標高1,585mの主峰大岳を筆頭に1,500m級の火山群10座*からなり、大部分は成層火山である。これらの火山は、いったん陥没してカルデラ*となり、その上に現在の火山群が噴出したものと考えられている。その時期は十和田湖の出現以前で、青森県北部には当時の噴出物が厚いローム層*となって堆積している。
 南八甲田は標高1,517mの櫛ヶ峰が中心でいくつかの火山群が盛り上がっている。山頂部を除いては、緩やかな裾野を引き、標高1,200~1,400mの高原状の山体は随所に湖沼*湿原*や温泉をちりばめ、十和田湖とともにその自然景観を誇っている。地獄沼、地獄湯の沢その他の噴気孔跡があり、山麓には酸ヶ湯(すかゆ)、谷地、蔦、猿倉などの温泉もある。
八甲田の名前は、峰々の多さと、山中の湿地、すなわち田が多いことから名付けられたと言われている。
 高度は低いが全山が原生林に覆われ登山コースは多くない。一般的には酸ヶ湯から主峰大岳を目指すコースと、田茂萢岳からの縦走コースがある。また積雪が多く、山々の斜面もおだやかなためほぼ全山が広大なスキー場になる。春スキー・夏スキーでも知られ、5・6月には東斜面で楽しめ、7月に入っても硫黄岳・大岳頂上付近で夏スキーができる。
 青森~十和田湖間の道路が、南・北八甲田山群の間を縫って走り、北八甲田の田茂萢岳(たもやちだけ)へはロープウェイ*が架けられている。青森駅から八甲田ロープウェーまでは約27km、車で50分程度である。
#

みどころ

明治時代の青森県第五連隊の雪中行軍の悲話*は新田次郎*の「八甲田山死の彷徨」で小説になり、また映画化され有名である。厳冬期の厳しい冬の姿と、短い夏の美しい花畑の八甲田山は対照的で印象的で心に強く残る。八甲田山雪中行軍遭難資料館*ではその遭難当時の様子がうかがえる。
 八甲田の山々は、どれも四方にきれいに裾を開くようになっておりその裾野の美しさとともに、多くの川の上流では美しい渓谷や滝がよく見られる。植生は中部山岳地帯の2,500m級に相当する相を呈している。標高1,000mまでは秋の美観の主役となるブナ・ミズナラなどの落葉喬木の樹林帯であり、1,400m付近まではオオシラビソ*・ダケカンバなど亜高山帯の植物相、頂上付近はハイマツ・シャクナゲなどの高山植物と美しい景観となる。睡蓮沼・毛無岱などの湿原も多く、水芭蕉などの湿原植物も分布する。深田久弥は日本百名山の中で毛無岱を誉め「これほど美しい高原はめったにない。………まことに神の工(たくみ)を尽くした名園のおもむきがある」と記している。
八甲田山を眺めるポイントとしては、八甲田ロープウェーからの景観とその山頂から、水連沼周辺からの高田大岳から硫黄岳のパノラマ、登山の縦走路からの景観などがお勧めである。この地域は豪雪地域だけに山中にはアオモリトドマツの樹氷(別掲参照)が迫力ある姿を見せる。冬季間閉鎖されていた酸ヶ湯から谷地温泉までの区間は、毎年除雪後の4月には雪の壁となり、高さ10mのそそり立つ姿は圧巻である。
#

補足情報

*那須火山帯:南は浅間山付近から北は北海道の樽前山あたりまで、ほぼ東北の中央部を貫く火山帯である。八甲田山・八幡平など東北の多くの火山がこれに属しているが、日本海側は鳥海火山帯が通っている。
*10座:大岳(1,585m)、高田大岳(1,551m)が代表的なもの。八甲田の名の起源は8つの峰があるからとも、萢(湿地)高田山(やちこうださん)が訛ったものともいわれる。
*カルデラ:火山が溶岩などを噴出し、内部に生じた空洞が陥没してほぼ同形の盆地となったもの。
*ローム層:おもに火山灰が堆積した地層で黄褐色が普通。関東ローム層が有名。
*湖沼:北八甲田の蔦沼・赤沼、南八甲田横岳の横沼などが代表的なもの。
*湿原:田代平や大岳西麓の毛無岱(けなしたい)・仙人岱、睡蓮沼付近の湿原などがある。
*ロープウェイ:酸ヶ湯の北、寒水沢にかかっている。延長2,459mで、101人乗りのゴンドラが、標高差約650mを、約10分で上る。頂上からは陸奥湾・岩木山から北海道まで一望できる。また、ロープウェー山頂駅から高山植物や湿原の中を縫って八甲田ゴードラインと呼ばれる遊歩道がつけられている。所要約30分~1時間。
*青森県第五連隊の雪中行軍の悲話:雪の中を歩いて競い合った結果遭難がおきた。このような雪中行軍の訓練よりもスキーを使ったほうが良いと考え、新潟県高田(現在の上越市)にオーストリア出身のレルヒ少佐を招き、スキーの指導を受けた。このことが日本におけるスキーの発祥となった。
*新田次郎:(にったじろう)1912~1980年。昭和時代後期の小説家。気象台勤務の経験を生かした山岳小説で人気を集め、昭和を代表する作家となる。「強力伝(ごうりきでん)」で直木賞受賞。他に「孤高の人」「八甲田山死の彷徨」「武田信玄」など。
*八甲田山雪中行軍遭難資料館:1902(明治35)年1月に起きた陸軍歩兵第五聯隊の「雪中行軍遭難事件」に関する資料館。当時の時代背景や行軍計画、遭難・捜索の様子を史実に基づいた資料の展示と映像で紹介している。青森市幸畑にあり青森駅からバスで約30分、近くに八甲田神社がある。
*オオシラビソ:アオモリトドマツの名で知られる寒地性針葉樹。八甲田山のものは強風のため奇形を呈しているものが多い。

あわせて行きたい