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タイプ「郷土景観」

嬬恋村のキャベツ畑の写真

嬬恋村のキャベツ畑 ( 群馬県 嬬恋村 )

嬬恋村の広域農道「つまごいパノラマライン」の沿道に展開する約3,000haのキャベツ畑。標高700~1,400mの高冷地で栽培されており、夏の昼夜間の温度差が大きいため美味しいキャベツができる。キャベツの作付面積を夏の嬬恋村のキャベツ農家戸数で割ると、農家1軒でおよそ5haとなる。これは東京ドーム1個分の面積にあたる。  7~10月が出荷...

榛名梅林の写真

榛名梅林 ( 群馬県 高崎市 )

生産量、栽培面積は東日本一。明治の中期頃から栽培が始まり、桑園や水田からの転作作物として昭和50年代に入ってから急速に増え、東日本一の梅の産地となった。400haの広大な土地に、約12万本の梅が植えられている。中でも上里見にある榛名梅林には7万本の梅がある。3月の第3日曜日、榛名梅林に囲まれた町総合文化会館エコールでは、「はる...

大宮盆栽村・大宮盆栽美術館の写真

大宮盆栽村・大宮盆栽美術館 ( 埼玉県 さいたま市 )

大宮公園の北側にある。関東大震災直後の1925(大正14)年、東京の巣鴨、駒込、千駄木などの植木職人、盆栽師らが、盆栽培養に必要な広い土地、新鮮な水や空気といった盆栽づくりの理想郷を求め、現在の盆栽村に集団移住してきた。1928(昭和3)年に盆栽村組合が結成され、それに伴い当時の盆栽村への移住規約へ条件として、「盆栽を10鉢以上...

三富新田の写真

写真提供:三芳町役場

三富新田 ( 埼玉県 所沢市 / 埼玉県 三芳町 )

三富とは、上富、中富、下富をいい、現在の行政では三芳町と所沢市の区域にまたがる。1694~96(元禄7~9)年に川越藩主柳沢吉保の命により開拓が行われた約1,400haに及ぶ畑作新田村である。  吉保は、川越城から三里南の「地蔵林」を拠点とし、東西33町、南北20町の地に、1軒分約5町歩(約5ha)の耕地を短冊形に均等に配分することを決定...

銚子漁港の写真

銚子漁港 ( 千葉県 銚子市 )

銚子漁港は銚子市街の北側、利根川河口及び太平洋に面した場所に位置する。本港の第1魚市場が1932(昭和7)年に完成して以来、地元漁船はもちろん、北は北海道から南は沖縄にいたる沖合漁船の一大基地として発展を遂げてきた。現在の魚市場用地の総面積は約4万m2で、第1~第3の卸売市場で構成される。  漁港の沖合では、暖流「...

水郷佐原あやめパークの写真

写真提供:水郷佐原あやめパーク

水郷佐原あやめパーク ( 千葉県 香取市 )

水郷佐原あやめパークは、利根川の北、与田浦(よだうら)に接する約8haの広さを有する公園である。1969(昭和44)年に「佐原市立水生植物園」として開園し、2017(平成29)年6月のリニューアルオープンに伴い、現在の名称となった。  園内には、水郷のイメージをもとに、島や橋、水面などを配置している。また、展望台、森の遊び場、ドッ...

南房総の花畑の写真

写真提供:南房総市

南房総の花畑 ( 千葉県 南房総市 )

冬でも比較的温暖である南房総エリアでは、12~4月にかけて、水仙、ポピー、金魚草、ストック、キンセンカ、菜の花、桜などの花を楽しむことができる。また、花を購入したり摘んだりすることができる施設も整備されている。

銚子の醤油づくり関連施設群の写真

銚子の醤油づくり関連施設群 ( 千葉県 銚子市 )

銚子の醤油づくりは、江戸時代に本格的に始まった。1616(元和2)年に、三代目田中玄蕃(たなかげんば)が醤油造りを開始した。一方、紀州(和歌山県)出身の初代濱口儀兵衛(はまぐちぎへえ)は、1645(正保2)年に湯浅で行われていた醤油造りの技法を銚子に持ち込み、醤油造りを始めた。  黒潮(暖流)と親潮(寒流)が沖合でぶつかる銚...

大山千枚田の写真

写真提供:大山千枚田保存会

大山千枚田 ( 千葉県 鴨川市 )

大山千枚田は、鴨川市の西部、面積約3.2haの急傾斜地に階段のように連なる、大小375枚の田んぼの総称である。東京から一番近い棚田として知られており、耕地整理が遅れたことで美しい姿が残されている。  大山千枚田は日本で唯一、雨水のみで耕作を行っている天水田である。そのため、動植物も貴重なものが多く生息しており、生物多様性の...

江ノ島電鉄の写真

写真提供:江ノ島電鉄

江ノ島電鉄 ( 神奈川県 鎌倉市 / 神奈川県 藤沢市 )

鎌倉駅~藤沢間を結ぶ私鉄。鎌倉の歴史と文化、湘南の海と江の島*を見渡す開放的なロケーションを有する鉄道は1902(明治35)年に日本で6番目の鉄道として藤沢~片瀬(現江ノ島)間で開業し、110年以上の歴史を持つ。

油壺の写真

油壺 ( 神奈川県 三浦市 )

三崎の北西にある景勝地。浸食谷の沈降によって生じた油壺湾・諸磯湾・小網代湾と、その間に突出する小半島部を指す。海はせまい湾入のため、油を流したように穏やかで、木々の緑を映して碧色を帯びている。その美しい入江に色とりどりのヨットがマストを林立させ、油壺独特の景観を見せている。半島の先端には大規模なレジャー施設京急油壺...

川崎臨海工業地域の工場群の写真

写真提供:川崎市観光協会

川崎臨海工業地域の工場群 ( 神奈川県 川崎市 )

川崎臨海工業地域は、京浜工業地帯の中核として重工業を中心に発展してきた。市内には、鉄鋼や化学、電機、精密機械、エレクトロニクス、情報通信、食品、科学技術等の多種多様な工場・事業所が集積している。工場や事業所の中には、世界でも有数の高度な生産・技術を持ち、世界に誇る製品を生み出しているところも少なくない。  2005(平...

箱根登山電車の写真

箱根登山電車 ( 神奈川県 箱根町 )

箱根登山電車は日本の普通鉄道での最急勾配80‰(1,000mの区間で80m上下する勾配)、箱根の山を箱根湯本(標高96m)から強羅(541m)までの8.9kmを登る山岳鉄道で箱根登山鉄道株式会社が運行している。  箱根登山鉄道株式会社は、小田原市にある小田急グループの鉄道会社。東海道本線の経路から外れる小田原と箱根を結ぶことを目的として建...

柳川の掘割の写真

柳川の掘割 ( 福岡県 柳川市 )

柳川は、市内のいたるところに掘割が巡る。この地は有明海に注ぐ筑後川河口にあたり、かつては湿地帯であった。掘割は、掘って土地の水はけをよくすること、また、農業用水・生活用水を確保することを目的として造られたもので、生活環境を整えるために不可欠だった。  歴史的には、戦国時代に蒲池氏が築いた柳川城を、1587(天正15)年に...

旦過市場の写真

旦過市場 ( 福岡県 北九州市 )

大正時代初期、現在の市場の脇を流れる神嶽川を上る船が当地で荷揚げし、商売を始めたことから自然発生的に市場となっていったという。昭和30年代ころに、現在の長屋のような店舗形態に建て変わり、現在に受け継がれる。  市場は全長およそ180m。通りを中心に、横道には路地もある。鮮魚店や青果店、精肉店などを中心に、およそ120店の店舗...

有田焼窯元群の写真

写真提供:有田観光協会

有田焼窯元群 ( 佐賀県 有田町 )

有田は日本有数の磁器の産地。17世紀の初めに、朝鮮人陶工・李参平が泉山で陶石を発見したことに始まり、2016(平成28)年に有田焼創業400年を迎えた。町内に約100の窯があるが、県道281号沿いに展示即売する店が軒を連ねる。代表的な窯元としては柿右衛門窯・今右衛門窯・源右衛門窯のほか、香蘭社・深川製磁などがある。

呼子朝市の写真

呼子朝市 ( 佐賀県 唐津市 )

玄界灘に面し、東松浦半島の北部に位置する唐津市呼子町。呼子港を中心として漁業が盛んで、港の近くには名物の朝市が立つ。江戸時代、漁師と農家が鯨肉や鮮魚、農産物を物々交換していたことが始まりとされる呼子の朝市。約200mある呼子朝市通りに、毎日30~50軒の露店や店舗が並ぶ。地元の民宿や食事処では活きのよい玄界の活魚料理が賞味...

大浦の棚田の写真

大浦の棚田 ( 佐賀県 唐津市 )

1999(平成11)年7月に「日本の棚田百選」に選ばれた大浦の棚田は、大浦岡、大浦浜、満越の3集落にわたって広がる。棚田は石積み式。棚田枚数は、1960(昭和35)年頃は1,200枚をこえていたが、後継者不足や高齢化などによりその数は年々減少し、現在は約1,000枚ほどとなっている。棚田は、鎌倉時代から江戸時代にかけて築かれたもので、かつ...

大川内山(伊万里焼)の写真

大川内山(伊万里焼) ( 佐賀県 伊万里市 )

市南部の大川内山は1675(延宝3)年に有田南川原山から鍋島藩の御用窯が移されて以来、明治時代まで色鍋島・鍋島青磁などが焼かれていたところである。今日、個人窯がその技術を受け継いでいるが、御用窯時代の関所跡、登窯跡、陶工の墓なども残っている。大川内山のレンガ造の煙突や磁器の破片の落ちた小道には窯元の町の雰囲気がある。  ...

竹田の井路群の写真

竹田の井路群 ( 大分県 竹田市 )

竹田市周辺には、「井路」と呼ばれる農業水利施設が多く残っている。井路とは水路、灌漑用水路のこと。  「音無井路円形分水」は、竹田から高千穂へ向かう県道8号からさらに細道に入った場所にある。円形分水の名前の通り、水の争いを解決することを目的に造られた、公平に水を分配する仕組み。1934(昭和9)年に完成した。円形の真ん中に...

安心院の鏝絵の写真

安心院の鏝絵 ( 大分県 宇佐市 )

平らに塗られた漆喰の壁面に、鏝(こて)を使って漆喰を盛り上げ、彩色した漆喰を上塗りする鏝絵。宇佐市安心院町では明治初頭から盛んに制作され、50か所ほどの鏝絵が今でも残り、見学することができる。

桜島周辺地域の墓地の写真

桜島周辺地域の墓地 ( 鹿児島県 鹿児島市 )

桜島の「赤水湯之平口」バス停を降りると、道路の脇が墓所になっている。ここの墓はすべて屋根付き。四隅の柱で屋根を支え、その中に墓石と墓碑銘が立つ。一見すると壁のない小屋が密集したミニ集落のようで、墓と墓の間は細い路地になっている。これは桜島の降灰から墓を守るための知恵で、垂水市など桜島から近い地域には、同じような屋根...

知覧の茶畑の写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

知覧の茶畑 ( 鹿児島県 南九州市 )

薩摩の小京都といわれる知覧町は、薩摩半島中南部に南北に長い町域をもち、南は海に面している。  ここは日本有数の茶の産地として有名で、黒色火山灰土壌の台地で茶の栽培が始まったのは明治初期。低木の茶なら台風の影響が少ないと考え、紅茶品種の栽培から始まり、その後、緑茶品種に変えて生産量が増加した。茶葉を刈る大型機械の導入...

薩摩焼の里美山の写真

薩摩焼の里美山 ( 鹿児島県 日置市 )

日置市東市来町にある薩摩焼の里「美山」は、410年以上前に朝鮮半島より伝わった薩摩焼の里として歴史ある町。薩摩藩17代藩主の島津義弘が、朝鮮出兵のときに陶工を連れ帰り、島津藩の庇護のもとで開窯をしたのが薩摩焼の始まり。  薩摩焼には、白薩摩(白もん)と黒薩摩(黒もん)の2種がある。白もんは白い表面に貫入とよばれる細かなヒ...

壺屋やちむん通りの写真

壺屋やちむん通り ( 沖縄県 那覇市 )

那覇の「平和通り」の東側、桜坂の南裏手にある、焼き物の工房や販売店、雑貨店などが並ぶ通り。ゆいレール牧志駅から徒歩約15分。壺屋バス停からは徒歩約1分。平和通り、桜坂などからアクセスできる。通りは歩きやすく整備されていて、車は一方通行。  やちむんとは、沖縄の言葉で「焼き物」のこと。1682(天和2)年に首里王府が3つの窯場...

牧志公設市場の写真

牧志公設市場 ( 沖縄県 那覇市 )

正式名称は第一牧志公設市場という。1950(昭和25)年に開場し、現在の建物*は沖縄が本土復帰した1972(昭和47)年に建てられた。1階には鮮魚、精肉、漬物、島豆腐、調味料、珍味などの店が100店舗以上ひしめき合い、2階は食堂街で食堂やそば店、サーターアンダギーを販売する店などがある。1階で買った魚介類を2階の食堂に持ち込んで調理し...

由布島の水牛(由布島)の写真

由布島の水牛(由布島) ( 沖縄県 竹富町 )

西表島の約400m東にある由布島。この2つの島の間は、干潮時には歩いて渡れるほど海水が引く。そのため、周囲約2km、島全体が亜熱帯の植物園になっている由布島へ渡る手段として、水牛車が使われている。  台湾から移り住んだ人々によって沖縄に水牛が導入されたのは、1930年代。農耕に用いる種で、体が大きく、胴は短く、筋骨頑丈。強健で...