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タイプ「郷土景観」

札幌市中央卸売市場の写真

札幌市中央卸売市場 ( 北海道 札幌市 )

札幌駅の西、地下鉄東西線の二十四軒駅から北東徒歩7分に位置した道内最大の市場。1959(昭和34)年に全国で17番目の中央卸売市場として札幌市が開設。12月に青果部、 翌年4月に水産物部が営業を始めた。  敷地面積は約13万m2で札幌ドームの建築面積の約2.5倍。 荷の流れを考えて売り場を配置している。卸売専門の市営施設。水...

札幌二条市場の写真

札幌二条市場 ( 北海道 札幌市 )

狸小路の東、創成川沿いに魚店・乾物店・青果店など約50店が軒を並べる。狸小路や大通公園など、札幌の繁華街から徒歩でアクセスできるので立ち寄りやすい。  1901(明治34)年に創成川の西側路上で石狩浜の漁師が新鮮な魚を売り始めたのが始まりといい、小屋掛けの魚市場となったのは1909(明治42)年頃、魚町(さかなまち)と呼ばれてい...

函館山からの夜景の写真

函館山からの夜景 ( 北海道 函館市 )

函館山は函館市街地の最南端にあり、津軽海峡に突出している。海中から噴火した火山であり、標高334m、周囲約9km、別名臥牛(がぎゅう)山とも呼ばれている。函館山は海の中から生まれた山であり、周辺の陸地とトンボロ*という現象で函館山直下の陸地が作り出され陸繋島*となった。山頂からは市街と港を一望でき、両側がくびれた市街地と両...

函館の朝市の写真

函館の朝市 ( 北海道 函館市 )

函館駅南側、約3万m2の一角に立ち並ぶ一般消費者、観光客向けの市場。1945(昭和20)年に近隣町村の農家が野菜や果物を持ち込み、函館駅前で立ち売りしたのが発祥といわれている。店舗数は周辺店舗を合わせて約250店舗。  カニやサケなど海産物や新鮮な海の幸の土産品を中心に、北海道ならではの鮮度の高い食品が一堂に集まる活...

北竜町ひまわりの里の写真

写真提供:北竜町

北竜町ひまわりの里 ( 北海道 北竜町 )

北竜町は旭川市の西側、国道12号と道道57号で約46kmの距離にあり、暑寒別岳を主峰とする増毛山脈と、その支脈が町内を走り、全面積の70%が山林となっている。北竜町ひまわり里は町の中心部から北側に1.6kmにあり、面積23万2、約200万本のひまわりが8月上旬に咲く。毎年7月下旬から8月下旬に「ひまわりまつり」が開催され、ひまわ...

美瑛の丘の農村風景の写真

美瑛の丘の農村風景 ( 北海道 美瑛町 )

大雪山十勝岳連峰のすそ野に位置する、南方の富良野盆地と北側の上川盆地を分ける丘陵地帯の風景。十勝岳の噴火に伴い押し寄せた溶岩や、降り積もった火山灰により形成された傾斜地が小さな河川によって浸食されてできた地形で、美瑛川などの河川がつくる幅の広い谷床には水田が開けているのに対し、大きくうねる幾重にも連なった丘は馬鈴薯...

富良野エリアのラベンダーの写真

写真提供:中富良野町

富良野エリアのラベンダー ( 北海道 中富良野町 )

ラベンダーは地中海沿岸地方原産のシソ科の高さ約60cmになる小低木。蒸留して得る油を香料などに利用する。かつては特用農作物として道内では広い面積で栽培されていたが、今は観光や観賞用・ラベンダー製品原材料として、主に富良野地方で栽培されている。富良野エリアには多くのラベンダー園があり、観賞用のラベンダー栽培とともに、観光...

日高の競走馬牧場群の写真

写真提供:日高町

日高の競走馬牧場群 ( 北海道 日高町 )

日高地方はサラブレッド(競走馬)の生産地として名高く「優駿*のふるさと」とも呼ばれている。この地方には競走馬の牧場が約1,100戸、約20,000頭の馬がおり、日本の競走馬の8割を占めるというデータもある。北海道のなかでは気候が温暖であり、雪も少ないため昔から馬が育てられてきたということが大きな理由の一つである。  歴史を振り...

日高のコンブ干しの写真

日高のコンブ干し ( 北海道 新ひだか町 )

浦河町からえりも町にかけた海岸沿いでは、白い砂利を敷き詰めた「干場」が点在し、漁獲されたコンブが天日干しのために並べられる。天然コンブの好漁場として知られるこのエリアでは、7月上旬から一斉にコンブ漁がスタートし、9月下旬、遅いときで10月中旬まで続く。この季節には前浜から数十メートル先の岩礁地帯が漁場となり、漁師たちは「...

野付湾の打瀬舟による北海シマエビ漁の写真

写真提供:別海町観光協会

野付湾の打瀬舟による北海シマエビ漁 ( 北海道 別海町 )

野付湾は野付半島によって根室湾と隔てられた内湾のことを指し、三角帆の打瀬舟*1によるに北海シマエビの漁で知られる。漁期は資源保護のために6月中旬から7月末までと、10月中旬から11月までに限られている。  水深が1~5mほどの野付湾の浅瀬はアマモ(海草)に覆われ、北海シマエビの絶好の生息地となっている。この地で打瀬舟による漁法...

八食センターの写真

八食センター ( 青森県 八戸市 )

八食センター(はっしょくセンター)は、 八戸市中心部から北西部の郊外にある食品市場である。 当時の 日本国有鉄道、 陸奥湊駅前で 鮮魚 などの小売を行っていた業者が集まり、現在の場所でオープン。  魚介類、乾物をはじめ青果、精肉、野菜、お菓子、地酒など、全長170mに約60店の専門店が軒を連ねる八戸市民の台所。館内には「厨スタ...

弘前のりんご畑の写真

弘前のりんご畑 ( 青森県 弘前市 )

弘前市はリンゴの生産が盛んで年間18.2万トンと日本一、全国73.7万トン(2022(令和4)年)の約1/4を占めている。春夏秋冬の区分がはっきりし、昼夜の温度差が非常に大きい気象がりんごの栽培に適し、津軽地方の「じょっぱり」と呼ばれる真面目で負けず嫌いの頑固な気質がりんご生産に生かされていると言われている。  1877(明治10)年に...

ストーブ列車の写真

ストーブ列車 ( 青森県 五所川原市 )

津軽鉄道は、津軽五所川原駅から津軽中里駅間20.7kmを45分で結ぶローカル線であり、1930(昭和5)年に開業。ストーブ列車もこの年の冬から運転を開始している。1944(昭和19)年から3年間物資欠乏のため中止したが、1947(昭和22)年から再びストーブ列車を運転し、現在に至っている。現在運行されているストーブ列車は4代目の客車、オハ46 ...

横浜町の菜の花畑の写真

写真提供:青森県及び公益社団法人青森県観光国際交流機構

横浜町の菜の花畑 ( 青森県 横浜町 )

下北半島の付け根の西側にある横浜町。この町を南北に貫くはまなす街道(国道279号線)や町内の農道周辺が日本最大級である約100万m2の菜の花作付け面積*を誇る菜の花の名所となっている。菜の花の品種はセイヨウアブラナの一種キザキノナタネといい、美しい景観をもたらすだけでなく、菜種油*として利用されている。  昭和の...

霊場恐山の写真

霊場恐山 ( 青森県 むつ市 )

下北半島の中央部、JR大湊駅の北西むつ大畑公園線で約17kmの先、宇曽利山湖畔の北側に位置する。恐山菩提寺の入り口総門を入ると左側に本堂が見え、さらに山門をくぐると40余基の常夜燈が立ち並び、参道の奥には地蔵殿が立つ。参道の右手に宿坊、左手には古滝ノ湯・花染ノ湯など恐山温泉と呼ばれる質素な造りの浴舎も点在し現在も入浴できる...

館鼻岸壁朝市の写真

写真提供:青森県及び公益社団法人青森県観光国際交流機構

館鼻岸壁朝市 ( 青森県 八戸市 )

JR八戸線陸奥湊駅から徒歩10分にある八戸港の館鼻岸壁に日曜の朝*だけに出現する朝市。普段は何もない岸壁に、全長800mにわたり300以上の店が立ち並び人で賑わう。イカやサバなど八戸自慢の鮮魚や干物の海産物、採りたての野菜や果物、手づくりの惣菜から雑貨まで、ありとあらゆるものが並ぶ巨大な朝市である。 2004(平成16)年から始まっ...

小岩井農場の写真

写真提供:小岩井農牧

小岩井農場 ( 岩手県 雫石町 )

JR東北本線・東北新幹線盛岡駅から北西約12kmに位置し、岩手山を望む岩手山南麓に約30km2の敷地面積を有する民営の農場。日本最初の鉄道敷設を始めとした数々の鉄道工事で陣頭指揮し、「日本の鉄道の父」よばれた井上勝*が、鉄道事業により美しい田園風景を損なってきたことへの埋め合わせとして、国家公共のためになすべき事業...

三陸鉄道の写真

写真提供:一般社団法人東北観光推進機構

三陸鉄道 ( 岩手県 宮古市 / 岩手県 久慈市 / 岩手県 大船渡市 )

岩手県の三陸海岸を縦貫する鉄道路線(リアス線)。第三セクター方式の鉄道会社。通称は三鉄(さんてつ)。  1896(明治29)年の三陸地震の際に急峻な地形が支援物資の輸送を阻んだことを踏まえ三陸沿岸を結ぶ鉄道が構想され、復興策として建設された。1928(昭和3)年11月22日に仙台 - 石巻間(宮城電気鉄道、現在の仙石線)が開通し、197...

日本こけし館の写真

写真提供:日本こけし館

日本こけし館 ( 宮城県 大崎市 )

JR陸羽東線鳴子温泉駅の西2km、鳴子峡入口近くの高台、鳴子公園内にある。故深沢要氏のコレクションを中心に毎年の全国こけしまつりに奉納されたこけしを加え、収蔵、展示を合わせると約1万本のこけしがある。  1975(昭和50)年の日本こけし館の誕生には、二つのきっかけがあった。一つは、早くからこけしに心惹かれ、こけしを愛した深澤...

気仙沼港の写真

気仙沼港 ( 宮城県 気仙沼市 )

リアス式海岸の湾奥に位置する気仙沼港は、1930(昭和5)年に開港。特定第3種漁港で、1,685mの岸壁に、1000t岸壁3バースと、5000t岸壁3バースをもつ。三陸沖を操業域とする漁船の主要な水揚げ港の一つであると同時に、日本の遠洋漁業(主にマグロ)の基地の一つになっている。カツオ、サメ類、サンマ、カジキ類、マグロなど水揚げがあり、2...

浦戸諸島のノリひび・カキ棚の風景の写真

写真提供:塩竈市

浦戸諸島のノリひび・カキ棚の風景 ( 宮城県 塩竈市 )

浦戸諸島は、松島湾の南に桂島、野々島、寒風沢(さぶさわ)島、朴(ほう)島の4島*の有人島と多数の無人島で構成される。これらの島々が湾の入り口に横たわるので、松島湾はいつも波が静かである。  浦戸諸島周辺は、時期になるとノリとカキ養殖の風景になる。ノリ養殖は9月~1月ころまでで、宮城県のノリは松島湾、石巻湾、仙台湾で養殖...

大潟村の「桜と菜の花ロード」と農業景観の写真

写真提供:大潟村役場

大潟村の「桜と菜の花ロード」と農業景観 ( 秋田県 大潟村 )

わが国第2の大きさの湖であった八郎潟*1の約5分の4が干拓されて172km2にも及ぶ大水田地帯に変貌した。残り5分の1は船越水道の防潮水門により日本海と遮断された淡水の調整池となっており、干拓地に用水を提供している。  「桜と菜の花ロード」は干拓地の中央部を東西に走る県道で、総延長11kmにわたり、菜の花が帯のように植えられ、さら...

前沢の町並みの写真

前沢の町並み ( 福島県 南会津町 )

会津鉄道会津高原尾瀬口駅から国道352号線を西に向かって約22kmのところにある。前沢集落は、現在の金山町横田(JR只見線会津横田駅付近)に本拠地があった山内氏勝が1590(天正18)年に伊達政宗勢との戦い敗れ越後に去ったのに伴い、その家臣であった小勝入道沢西が文禄年間(1592~1595年)にこの地に移り住んだのが始まりという。このため...

南会津のそば畑の写真

写真提供:南会津町

南会津のそば畑 ( 福島県 南会津町 / 福島県 下郷町 )

南会津地方は、昼夜の寒暖の差が大きく水はけの良い土壌など、ソバ栽培の適地が多く、福島県のなかでも、猪苗代、喜多方に並んでソバの栽培が盛んである。なかでも下郷町の猿楽台地と南会津町の会津高原たかつえのソバ畑は、会津の山々に四方を囲まれながら大規模な栽培地が広がる。  下郷町南西部、会津鉄道養鱒公園駅から南東へ約3kmにあ...

笠間焼の写真

笠間焼 ( 茨城県 笠間市 )

手作りの素朴な味わいが身上の笠間焼は安永年間(1772~1781年)、近江信楽から陶工を招いたのが起こりで、笠間藩から保護され、主に日用雑器が作られた。幕末から明治時代にかけては江戸・東京の近郊である立地を生かし、大量生産により、とくに厨房用粗陶品の産地として全国に知られるようになった。しかし、第2次世界大戦後、プラスチック...

嬬恋村のキャベツ畑の写真

嬬恋村のキャベツ畑 ( 群馬県 嬬恋村 )

嬬恋村の広域農道「つまごいパノラマライン」の沿道に展開する約3,000haのキャベツ畑。標高700~1,400mの高冷地で栽培されており、夏の昼夜間の温度差が大きいため美味しいキャベツができる。キャベツの作付面積を夏の嬬恋村のキャベツ農家戸数で割ると、農家1軒でおよそ5haとなる。これは東京ドーム1個分の面積にあたる。  7~10月が出荷...

榛名梅林の写真

榛名梅林 ( 群馬県 高崎市 )

生産量、栽培面積は東日本一。明治の中期頃から栽培が始まり、桑園や水田からの転作作物として昭和50年代に入ってから急速に増え、東日本一の梅の産地となった。400haの広大な土地に、約12万本の梅が植えられている。中でも上里見にある榛名梅林には7万本の梅がある。3月の第3日曜日、榛名梅林に囲まれた町総合文化会館エコールでは、「はる...

大宮盆栽村・大宮盆栽美術館の写真

大宮盆栽村・大宮盆栽美術館 ( 埼玉県 さいたま市 )

大宮公園の北側にある。関東大震災直後の1925(大正14)年、東京の巣鴨、駒込、千駄木などの植木職人、盆栽師らが、盆栽培養に必要な広い土地、新鮮な水や空気といった盆栽づくりの理想郷を求め、現在の盆栽村に集団移住してきた。1928(昭和3)年に盆栽村組合が結成され、それに伴い当時の盆栽村への移住規約へ条件として、「盆栽を10鉢以上...

三富新田の写真

写真提供:三芳町役場

三富新田 ( 埼玉県 所沢市 / 埼玉県 三芳町 )

東武東上線鶴瀬駅からバス15分、あるいは西武池袋線・新宿線所沢駅からバス18分。三富とは、上富、中富、下富をいい、現在の行政では三芳町と所沢市の区域にまたがる。1694~96(元禄7~9)年に川越藩主柳沢吉保の命により開拓が行われた約1,400haに及ぶ畑作新田村である。  吉保は、川越城から三里南の「地蔵林」を拠点とし、東西33町、南...

銚子漁港の写真

銚子漁港 ( 千葉県 銚子市 )

銚子漁港は銚子市街の北側、利根川河口及び太平洋に面した場所に位置する。本港の第1魚市場が1932(昭和7)年に完成して以来、地元漁船はもちろん、北は北海道から南は沖縄にいたる沖合漁船の一大基地として発展を遂げてきた。現在の魚市場用地の総面積は約4万m2で、第1~第3の卸売市場で構成される。  漁港の沖合では、暖流「...

水郷佐原あやめパークの写真

写真提供:水郷佐原あやめパーク

水郷佐原あやめパーク ( 千葉県 香取市 )

水郷佐原あやめパークは、利根川の北、与田浦(よだうら)に接する約8haの広さを有する公園である。1969(昭和44)年に「佐原市立水生植物園」として開園し、2017(平成29)年6月のリニューアルオープンに伴い、現在の名称となった。  園内には、水郷のイメージをもとに、島や橋、水面などを配置している。また、展望台、森の遊び場、ドッ...

南房総の花畑の写真

写真提供:南房総市

南房総の花畑 ( 千葉県 南房総市 )

冬でも比較的温暖である南房総エリアでは、12~4月にかけて、水仙、ポピー、金魚草、ストック、キンセンカ、菜の花、桜などの花を楽しむことができる。また、花を購入したり摘んだりすることができる施設も整備されている。

銚子の醤油づくり関連施設群の写真

銚子の醤油づくり関連施設群 ( 千葉県 銚子市 )

銚子の醤油づくりは、江戸時代に本格的に始まった。1616(元和2)年に、三代目田中玄蕃(たなかげんば)*が醤油造りを開始した。一方、紀州(和歌山県)出身の初代濱口儀兵衛(はまぐちぎへえ)は、1645(正保2)年に湯浅で行われていた醤油造りの技法を銚子に持ち込み、醤油造りを始めた。  黒潮(暖流)と親潮(寒流)が沖合でぶつかる...

大山千枚田の写真

写真提供:大山千枚田保存会

大山千枚田 ( 千葉県 鴨川市 )

大山千枚田は、鴨川市の西部、面積約3.2haの急傾斜地に階段のように連なる、大小375枚の田んぼの総称である。東京から一番近い棚田として知られており、耕地整理が遅れたことで美しい姿が残されている。  大山千枚田は日本で唯一、雨水のみで耕作を行っている天水田である。そのため、動植物も貴重なものが多く生息しており、生物多様性の...

江ノ島電鉄の写真

写真提供:江ノ島電鉄

江ノ島電鉄 ( 神奈川県 鎌倉市 / 神奈川県 藤沢市 )

鎌倉駅~藤沢間を結ぶ私鉄。鎌倉の歴史と文化、湘南の海と江の島*を見渡す開放的なロケーションを有する鉄道は1902(明治35)年に日本で6番目の鉄道として藤沢~片瀬(現江ノ島)間で開業し、110年以上の歴史を持つ。

油壺の写真

油壺 ( 神奈川県 三浦市 )

三崎の北西にある景勝地。浸食谷の沈降によって生じた油壺湾・諸磯湾・小網代湾と、その間に突出する小半島部を指す。海はせまい湾入のため、油を流したように穏やかで、木々の緑を映して碧色を帯びている。その美しい入江に色とりどりのヨットがマストを林立させ、油壺独特の景観を見せている。半島の先端には大規模なレジャー施設京急油壺...

川崎臨海工業地域の工場群の写真

写真提供:川崎市観光協会

川崎臨海工業地域の工場群 ( 神奈川県 川崎市 )

川崎臨海工業地域は、京浜工業地帯の中核として重工業を中心に発展してきた。市内には、鉄鋼や化学、電機、精密機械、エレクトロニクス、情報通信、食品、科学技術等の多種多様な工場・事業所が集積している。工場や事業所の中には、世界でも有数の高度な生産・技術を持ち、世界に誇る製品を生み出しているところも少なくない。  2005(平...

箱根登山電車の写真

箱根登山電車 ( 神奈川県 箱根町 )

箱根登山電車は日本の普通鉄道での最急勾配80‰(1,000mの区間で80m上下する勾配)、箱根の山を箱根湯本(標高96m)から強羅(541m)までの8.9kmを登る山岳鉄道で箱根登山鉄道株式会社が運行している。  箱根登山鉄道株式会社は、小田原市にある小田急グループの鉄道会社。東海道本線の経路から外れる小田原と箱根を結ぶことを目的として建...

片野鴨池の坂網猟の写真

片野鴨池の坂網猟 ( 石川県 加賀市 )

加賀市街の北西部にある「片野鴨池」は、日本海に面した約10万m2の自然の池で、周囲は水田と山林が混在する丘陵に囲まれている。シベリアから飛来する渡り鳥の越冬地として知られる。とくにカモ類は、マガモを始め、全国的に個体数の少ないトモエガモは全国で越冬する中の約半数が鴨池に飛来する。この池の鴨を捕える古式猟法が「...

白米千枚田の写真

白米千枚田 ( 石川県 輪島市 )

輪島の東、曽々木への国道沿いにある。山裾が落ちこむ海に面した斜面3.8haに1,004枚の小さな小さな田が段々に並び、あぜが美しい模様をつくっている。平野の少ない輪島は急傾斜地が多く、昔から地滑りに悩まされてきた。それでも、この土地は用水源が確保されれば、地味が良く適当な日当たりがあり、良質のコメが採れたため、田んぼを作るた...

輪島の朝市の写真

輪島の朝市 ( 石川県 輪島市 )

輪島の市の起源については明確ではないが、平安時代もしくは室町時代期には輪島で市が開催されていたのではないかといわれ、1000年以上の歴史があるとされる。現在のように毎日、市が立つようになったのは明治時代からで、午前8時を過ぎると、通称「朝市通り」と呼ばれる河井町本町通り商店街の道路両側に、約350mにわたって約160の露店が並ぶ...

越前和紙の里の写真

越前和紙の里 ( 福井県 越前市 )

越前和紙の歴史は古く、およそ1500年前の継体(けいたい)天皇の時代に、岡太(おかもと)川のほとりで女神から製造技術を教えられたという伝説*が残っている。  奈良時代に宮中御用の教書紙となり、中世以後、「越前奉書紙」と呼ばれて広く世に知られるようになった。戦国時代は「紙座」により、江戸時代には福井藩によって保護された。...

越前陶芸村の写真

越前陶芸村 ( 福井県 越前町 )

越前焼*の歴史は、約850年前の平安時代にさかのぼる。室町時代後期に、日本海沿岸を流通圏に収め、生産は最盛期を迎えた。しかし、明治末から大正時代にかけて窯元の廃業が相次ぎ、絶滅に瀕した。  再び注目されるようになったのは戦後で、越前焼は「日本六古窯*」の一つになり、越前焼産地の拠点として、1971(昭和46)年に越前陶芸村が...

漆工町 木曽平沢の写真

漆工町 木曽平沢 ( 長野県 塩尻市 )

漆工町「木曾平沢」は、木曽谷の入口に位置する贄川と奈良井の中間にある集落で、輪島や会津若松とともに日本有数な漆器産地の一つ。  木曽の豊かな大森林で育った、木曽ヒノキ、サワラなどの良材や、海抜およそ900mに位置し、夏は涼しく冬は寒く、年間湿度が高いという気候が漆を塗る環境に適し、中山道の街道文化とともに産業として発展...

軽井沢保養地の写真

軽井沢保養地 ( 長野県 軽井沢町 )

碓氷峠(うすいとうげ)を越えると、冷気が一瞬のうちに身を包む。夏でも平均最高気温*が26℃程度という軽井沢は浅間山南東斜面のゆるやかな裾野、標高900~1,000mの部分を占め、国際的に名高い高原避暑地である。  英国聖公会の宣教師として派遣されたアレキサンダー・クロフト・ショーが、その高原や気候風土などが避暑地として好適であ...

姨捨の棚田の写真

姨捨の棚田 ( 長野県 千曲市 )

姨捨の棚田は千曲市、戸倉上山田温泉街の西にあり、篠ノ井線姨捨駅の東斜面に広がる棚田である。40ha、約1,500枚の棚田がある。国の「重要文化的景観」や「日本棚田百選」にも選定されている。また、田植えの頃にしか見られない姨捨(田毎の月)は国の名勝に指定されている。

あんず・科野の里の写真

写真提供:(C)信州千曲観光局

あんず・科野の里 ( 長野県 千曲市 )

千曲市の東部の「森」と「倉科(くらしな)」の両地区にある観光名所「あんずの里」。4月上旬から中旬にかけて、標高 380~450mの緩やかな山間の斜面に一面に咲くアンズの花は、満開になると更に美しさを増す。  「アンズ」の生産量は長野県が全国トップクラスで、県内の生産量の中でも千曲市が一番多いことから「日本一のあんずの里」とも...

飯田りんご並木の写真

写真提供:株式会社南信州観光公社

飯田りんご並木 ( 長野県 飯田市 )

飯田市は長野県南部の天竜川右岸の河岸段丘の上にある城下町として発展してきた。  1947(昭和22)年に飯田大火が発生、乾燥状態と風速4 ~15mの風によって約10時間にわたり延焼しつづけた。市の中心部を含め3742棟が焼失し、焼損面積48万1985m2、罹災戸数4,010戸、罹災人員17,771人に及び、飯田中心街の約7割が焼失した。  ...

遠山郷・上村下栗の里の写真

遠山郷・上村下栗の里 ( 長野県 飯田市 )

遠山郷上村は飯田市の中心部から東に車で約1時間のところにある、秋葉街道*と共に栄えた土地。「下栗の里」はさらに7kmの曲がりくねった道を上がったところにある、標高800~1,100mの斜面に張り付いたような集落である。最大斜度30度以上の急傾斜地で、今も雑穀を作り続けている集落で、別名『日本のチロル』とも呼ばれている。  下栗の歴...

大王わさび農場の写真

大王わさび農場 ( 長野県 安曇野市 )

安曇野市には名水百選に選定されている「安曇野わさび田湧水群」があり、北アルプスからの雪解け水が伏流水となって豊富に湧き出しており、日量70万tもの湧水量で、真夏でも水温が15度を超えることはない。  こうした清らかで豊富な水は、ワサビ*栽培に用いられ、さらにワサビ田からの流出水を利用してニジマス養殖が行われている。  ...

高山の朝市の写真

写真提供:(一社)岐阜県観光連盟

高山の朝市 ( 岐阜県 高山市 )

米市や塩市は、金森氏による統治(1586~1692年)の頃や、天領になった江戸時代1692(元禄5)年以降も開かれていた。 養蚕(ようさん)用に桑の葉を売る桑市が、1820(文政3)年頃には高山別院前で行われ、その後も弥生橋詰、中橋と場所を変えながら開かれた。1894(明治27)年頃からは、養蚕業の不振もあり「桑市」から、農家の奥さん達に...

郡上八幡の食品サンプル工房の写真

写真提供:(一社)岐阜県観光連盟

郡上八幡の食品サンプル工房 ( 岐阜県 郡上市 )

街の飲食店の店頭ウインドウを飾る料理見本である「食品サンプル」作りは、郡上市出身で昭和時代の実業家である岩崎瀧三(いわさきたきぞう)*を先駆者として事業化され、大いに発展してきた。今や郡上市の重要な地場産業になった食品サンプル業は、全国生産量シェアの約60%を占めている。  初期の食品サンプルは、実物を寒天で型取りを...

ぎふ長良川の鵜飼の写真

写真提供:(一社)岐阜県観光連盟

ぎふ長良川の鵜飼 ( 岐阜県 岐阜市 )

長良川が夕闇に閉ざされるころ、かがり火を赤々と水面に映して、鵜舟が川を下ってくる。鵜舟は長さ約16mの大型のもので、鵜匠一人、中乗りと艫(とも)乗りの船頭二人が乗り込む。鵜匠は舳先で手縄を付けた10~12羽の鵜を巧みに操り、鵜を引き上げて呑んだ魚を吐かせる。中乗りは捕獲した魚や器具を扱い、艫乗りは船尾で棹をとる。舳先ではか...

関の刃物の写真

写真提供:(一社)岐阜県観光連盟

関の刃物 ( 岐阜県 関市 )

岐阜県の中央部(中濃地方)に位置し、岐阜市に隣接する関市では、13世紀前半の鎌倉時代に、現在の九州地方もしくは鳥取県から関に移り住んできて刀を打ち始めた鍛冶(かじ)の「元重(もとしげ)*」を元祖として、刀作りが始まったと伝わる。京都と鎌倉を結ぶ東西交通の要所として栄えていたこの地は、刀作りに必要な良質の土と松炭、長良...

美濃焼の写真

写真提供:(一社)岐阜県観光連盟

美濃焼 ( 岐阜県 多治見市 / 岐阜県 土岐市 / 岐阜県 瑞浪市 / 岐阜県 可児市 )

美濃の南東部(主に多治見市・土岐市・瑞浪市・可児市)で焼かれたやきものを「美濃焼」という。この地域は窯業に適した地形と、原料の陶土や燃料の薪に恵まれていた。日本六古窯(ろっこよう)*の愛知県瀬戸市とは隣接した地域で、地中の粘土層は同質である。  奈良時代には、「須恵器(すえき)」という釉薬(うわぐすり)を施さない灰...

牧之原の茶畑の写真

写真提供:島田市

牧之原の茶畑 ( 静岡県 島田市 / 静岡県 牧之原市 / 静岡県 菊川市 )

牧之原は静岡県の中南部、標高100~200mの広大な台地で、延々と茶畑がつづく日本一の茶どころである。島田市金谷地区を軸としてヤツデの葉のような地形が遠州灘に向かって広がり、最南の御前崎までは28kmほどある。年間平均気温14.3℃、雨量も比較的多いという気象条件は茶の栽培に適し、現在、台地全体での茶畑は5千万m2にも及び...

大井川鐵道のSL列車の写真

写真提供:大井川鐵道

大井川鐵道のSL列車 ( 静岡県 島田市 )

大井川鐵道*1は、JR東海道本線と接続する金谷駅から井川線への接続駅となる千頭駅までの本線39.5kmと、千頭駅から井川駅までの井川線*2(南アルプスあぷとライン)25.5kmの2路線を運行している。  SLは、始発の金谷駅から一つ先の新金谷駅と本線の終点千頭駅間で、年間を通して多くの日に運行されている。同社が運行しているSLは、C11形が2...

久留女木の棚田の写真

写真提供:写真集「井の国 棚田と伝承の里」鈴木一記著より

久留女木の棚田 ( 静岡県 浜松市 )

浜松市の中心街から北へ約30km、三遠南信自動車道浜松いなさ北インターチェンジから北東へ約6km、観音山の南西斜面(標高210~290m)に広がる。総面積約7.7万m2、800枚ほどの棚田は、石積みや土坡(どは)で固められた法面によって、小さく曲線的な田から大きく直線的な田まで様々な形状に区切られている。  久留女木*1の棚田の...

鬼みちの写真

鬼みち ( 愛知県 高浜市 )

鬼みちは、名鉄三河線高浜港駅から市街を通りながら、三河高浜駅までを結ぶ全長約4.5km、所要時間は2時間半程度。  三州瓦は、石州瓦、淡路瓦と並ぶ日本三大瓦の一つで、高浜市は日本最大の生産量を誇っている。瓦が作られるようになったのは、およそ300年前の江戸時代初期で、おもに武家屋敷の普請に使われ、享保年間(1716~1736年)から...

瀬戸やきもの風景の写真

写真提供:瀬戸市まるっとミュージアム・観光協会

瀬戸やきもの風景 ( 愛知県 瀬戸市 )

名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅下車。「せともの(瀬戸物)」というように、瀬戸の焼き物は昔からよく知られている。その歴史は1000年余に及ぶといわれ、日本六古窯のひとつとして日本遺産に認定された。  瀬戸物がほかの地域の焼き物と違いを見せるのは、古瀬戸と呼ばれる施釉(せゆう)陶器の出現による。中世(鎌倉・室町時代)を通して釉薬をほ...

ヨズクハデの写真

写真提供:大田市観光協会

ヨズクハデ ( 島根県 大田市 )

ヨズクハデは、その名の通りヨズク(フクロウ)のようなハデ*(稲を乾燥させるために干す際に用いる土台)のことを指す。大田市温泉津町西田地区に受け継がれる伝統的な干し方であり、秋の収穫期になると四角錐型に組んだ丸太に稲束が架けられた様子を見ることができる。その姿がフクロウが羽を休める姿に似ていることからヨズクハデと呼ば...

大根島のボタンの写真

写真提供:日本庭園 由志園

大根島のボタン ( 島根県 松江市 )

大根島は多孔質の玄武岩を基盤とするアスピーテ型の火山島である。ゆるやかな斜面の大部分は畑であり、特産の雲州人参や牡丹の花が育てられている。牡丹は約300年前、全隆寺住職が遠州(静岡県)の秋葉山へ修行に訪れ、その際に持ち帰って境内に植えたのがはじまり。当時は薬用として使われていた。現在では改良が行われ、500種を超える品種...

出雲平野の築地松の写真

写真提供:しまね観光ナビ

出雲平野の築地松 ( 島根県 出雲市 / 島根県 平田市 )

島根県出雲市の出雲平野に散在する築地松の起こりは定かではないが、郷村社会の成り立ちの頃、この地方の豪族が河川の洪水時に浸水を防ぐため、屋敷の土地の高さを数m高くしたうえ、屋敷周りに土居(築地)を築き、その土居を固めるため水に強い樹木や竹を植えたのが、築地松のはじまりと言われている。  当初は松以外の木が植えられていた...

宍道湖のシジミ漁の写真

写真提供:しまね観光ナビ

宍道湖のシジミ漁 ( 島根県 出雲市 / 島根県 松江市 )

島根県北東部に位置し、出雲平野を流れる斐伊川(ひいかわ)を主な流入河川とする宍道湖は、東西約17km、南北約6km、周囲47km、全国第7位の面積をもつ汽水湖である。  宍道湖で獲れるシジミは「ヤマトシジミ」*で、全国1位の漁獲高を誇り、島根県全体で全国の4割ほどを占める。   シジミ漁は資源保護のため、1週間で4日しか行わず、漁...

神門通りの写真

写真提供:しまね観光ナビ

神門通り ( 島根県 出雲市 )

出雲大社への参道の入口として1914(大正3)年に整備された宇迦橋(うがばし)の一の鳥居から、出雲大社の参道入口前にある広場の勢溜(せいだまり)まで続く、700mの表参道。2013(平成25)年、電線地中化が行われ、石畳に整備された*。出雲大社に向かって緩やかな上りの勾配のある坂の両脇に、出雲の名物「出雲そば」や出雲発祥の「ぜんざ...

四国八十八ヶ所・お接待の写真

四国八十八ヶ所・お接待 ( 徳島県 徳島市 / 香川県 高松市 / 愛媛県 松山市 / 高知県 高知市 )

四国八十八ケ所めぐりは弘法大師信仰の一つといわれる。  古代・中世の四国は、遍歴や巡礼を重ねる僧侶が修行を行う地であった。そのことは「今昔物語」(11世紀末から12世紀前半の成立)や歌謡集「梁塵秘抄」(12世紀後半に成立)に記されている。四国が修行の地であったのは、四国が仏教の後進地域であったため仏教を根付かせる必要性が...

塩飽本島町笠島の町並みの写真

塩飽本島町笠島の町並み ( 香川県 丸亀市 )

塩飽諸島*付近は、鳴門海峡と豊後水道からの潮流が交わる良好な漁場であり、瀬戸内の海上交通の要衝でもあった。島民は潮流を読むことにたけ、操船や造船を得意とし、中世ごろには塩飽水軍として活躍した。  笠島集落は、丸亀市本島*の北東端にある小さな港町で、北面に天然の良港が開け、三方は丘陵に囲まれている。笠島はまたの名を城...

小豆島のオリーブの写真

小豆島のオリーブ ( 香川県 小豆島町 )

三都半島の東、内海湾に面した小豆島町西村地区は日本で最初にオリーブ*が栽培された場所である。1908(明治41)年 、当時の農商務省の委託により三重・香川・鹿児島の3県で試験栽培を開始したところ、小豆島のオリーブだけが結実した。現在、栽培試験地一帯は「小豆島オリーブ公園」になっており、約2,000本のオリーブの木や約120種類のハ...

遊子水荷浦の段畑の写真

遊子水荷浦の段畑 ( 愛媛県 宇和島市 )

「耕して天に至る」という言葉がぴったりの段々畑の集積。住民が石を積み、造成した幅1m、高さ1.5m前後の狭くて細長い畑が、海岸の集落近くから山頂までに続いている壮大な景観。宇和海沿岸部には稲作に適した土地が少なかったことから、人々は山の斜面を開墾し江戸時代の終わりころにはサツマイモの栽培が行われていたが、明治末から大正に...

今治造船風景の写真

写真提供:今治造船株式会社

今治造船風景 ( 愛媛県 今治市 )

世界に名高い「造船長屋」と称され造船所が立ち並ぶ今治市波止浜湾には、来島海峡の急潮を航行する船が潮待ちで数多く立ち寄り、その間に修理を行ったことから、船舶修繕を中心に今治市の造船業が発展したといわれている。  造船業の中核となる今治造船(株)の創業は1901(明治34)年で、今治市周辺の造船所を統合して設立した。その後も...

ひろめ市場の写真

ひろめ市場 ( 高知県 高知市 )

高知城下、市内観光の中心地区にある敷地約4,000m2、1階がフードコート状の造りの店舗エリア、2、3階が駐車場の商業施設(民営テナント貸し型施設)。北側で追手筋*に面し、南側はイベントスペースの「よさこい広場」があり、帯屋町商店街の一角を構成している。その南は「高知の台所」といわれる大橋通り商店街である。  ひろ...

柳川の掘割の写真

柳川の掘割 ( 福岡県 柳川市 )

柳川は、市内のいたるところに掘割が巡る。この地は有明海に注ぐ筑後川河口にあたり、かつては湿地帯であった。掘割は、掘って土地の水はけをよくすること、また、農業用水・生活用水を確保することを目的として造られたもので、生活環境を整えるために不可欠だった。  歴史的には、戦国時代に蒲池氏が築いた柳川城を、1587(天正15)年に...

旦過市場の写真

旦過市場 ( 福岡県 北九州市 )

大正時代初期、現在の市場の脇を流れる神嶽川を上る船が当地で荷揚げし、商売を始めたことから自然発生的に市場となっていったという。昭和30年代ころに、現在の長屋のような店舗形態に建て変わり、現在に受け継がれる。  市場は全長およそ180m。通りを中心に、横道には路地もある。鮮魚店や青果店、精肉店などを中心に、およそ120店の店舗...

有田焼窯元群の写真

写真提供:有田観光協会

有田焼窯元群 ( 佐賀県 有田町 )

有田は日本有数の磁器の産地。17世紀の初めに、朝鮮人陶工・李参平が泉山で陶石を発見したことに始まり、2016(平成28)年に有田焼創業400年を迎えた。町内に約100の窯があるが、県道281号沿いに展示即売する店が軒を連ねる。代表的な窯元としては柿右衛門窯・今右衛門窯・源右衛門窯のほか、香蘭社・深川製磁などがある。

呼子朝市の写真

呼子朝市 ( 佐賀県 唐津市 )

玄界灘に面し、東松浦半島の北部に位置する唐津市呼子町。呼子港を中心として漁業が盛んで、港の近くには名物の朝市が立つ。江戸時代、漁師と農家が鯨肉や鮮魚、農産物を物々交換していたことが始まりとされる呼子の朝市。約200mある呼子朝市通りに、毎日30~50軒の露店や店舗が並ぶ。地元の民宿や食事処では活きのよい玄界の活魚料理が賞味...

大浦の棚田の写真

大浦の棚田 ( 佐賀県 唐津市 )

1999(平成11)年7月に「日本の棚田百選」に選ばれた大浦の棚田は、大浦岡、大浦浜、満越の3集落にわたって広がる。棚田は石積み式。棚田枚数は、1960(昭和35)年頃は1,200枚をこえていたが、後継者不足や高齢化などによりその数は年々減少し、現在は約1,000枚ほどとなっている。棚田は、鎌倉時代から江戸時代にかけて築かれたもので、かつ...

大川内山(伊万里焼)の写真

大川内山(伊万里焼) ( 佐賀県 伊万里市 )

市南部の大川内山は1675(延宝3)年に有田南川原山から鍋島藩の御用窯が移されて以来、明治時代まで色鍋島・鍋島青磁などが焼かれていたところである。今日、個人窯がその技術を受け継いでいるが、御用窯時代の関所跡、登窯跡、陶工の墓なども残っている。大川内山のレンガ造の煙突や磁器の破片の落ちた小道には窯元の町の雰囲気がある。  ...

竹田の井路群の写真

竹田の井路群 ( 大分県 竹田市 )

竹田市周辺には、「井路」と呼ばれる農業水利施設が多く残っている。井路とは水路、灌漑用水路のこと。  「音無井路円形分水」は、竹田から高千穂へ向かう県道8号からさらに細道に入った場所にある。円形分水の名前の通り、水の争いを解決することを目的に造られた、公平に水を分配する仕組み。1934(昭和9)年に完成した。円形の真ん中に...

安心院の鏝絵の写真

安心院の鏝絵 ( 大分県 宇佐市 )

平らに塗られた漆喰の壁面に、鏝(こて)を使って漆喰を盛り上げ、彩色した漆喰を上塗りする鏝絵。宇佐市安心院町では明治初頭から盛んに制作され、50か所ほどの鏝絵が今でも残り、見学することができる。

桜島周辺地域の墓地の写真

桜島周辺地域の墓地 ( 鹿児島県 鹿児島市 )

桜島の「赤水湯之平口」バス停を降りると、道路の脇が墓所になっている。ここの墓はすべて屋根付き。四隅の柱で屋根を支え、その中に墓石と墓碑銘が立つ。一見すると壁のない小屋が密集したミニ集落のようで、墓と墓の間は細い路地になっている。これは桜島の降灰から墓を守るための知恵で、垂水市など桜島から近い地域には、同じような屋根...

知覧の茶畑の写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

知覧の茶畑 ( 鹿児島県 南九州市 )

薩摩の小京都といわれる知覧町は、薩摩半島中南部に南北に長い町域をもち、南は海に面している。  ここは日本有数の茶の産地として有名で、黒色火山灰土壌の台地で茶の栽培が始まったのは明治初期。低木の茶なら台風の影響が少ないと考え、紅茶品種の栽培から始まり、その後、緑茶品種に変えて生産量が増加した。茶葉を刈る大型機械の導入...

薩摩焼の里美山の写真

薩摩焼の里美山 ( 鹿児島県 日置市 )

日置市東市来町にある薩摩焼の里「美山」は、410年以上前に朝鮮半島より伝わった薩摩焼の里として歴史ある町。薩摩藩17代藩主の島津義弘が、朝鮮出兵のときに陶工を連れ帰り、島津藩の庇護のもとで開窯をしたのが薩摩焼の始まり。  薩摩焼には、白薩摩(白もん)と黒薩摩(黒もん)の2種がある。白もんは白い表面に貫入とよばれる細かなヒ...

壺屋やちむん通りの写真

壺屋やちむん通り ( 沖縄県 那覇市 )

那覇の「平和通り」の東側、桜坂の南裏手にある、焼き物の工房や販売店、雑貨店などが並ぶ通り。ゆいレール牧志駅から徒歩約15分。壺屋バス停からは徒歩約1分。平和通り、桜坂などからアクセスできる。通りは歩きやすく整備されていて、車は一方通行。  やちむんとは、沖縄の言葉で「焼き物」のこと。1682(天和2)年に首里王府が3つの窯場...

牧志公設市場の写真

牧志公設市場 ( 沖縄県 那覇市 )

正式名称は第一牧志公設市場という。1950(昭和25)年に開場し、現在の建物*は沖縄が本土復帰した1972(昭和47)年に建てられた。1階には鮮魚、精肉、漬物、島豆腐、調味料、珍味などの店が100店舗以上ひしめき合い、2階は食堂街で食堂やそば店、サーターアンダギーを販売する店などがある。1階で買った魚介類を2階の食堂に持ち込んで調理し...

由布島の水牛(由布島)の写真

由布島の水牛(由布島) ( 沖縄県 竹富町 )

西表島の約400m東にある由布島。この2つの島の間は、干潮時には歩いて渡れるほど海水が引く。そのため、周囲約2km、島全体が亜熱帯の植物園になっている由布島へ渡る手段として、水牛車が使われている。  台湾から移り住んだ人々によって沖縄に水牛が導入されたのは、1930年代。農耕に用いる種で、体が大きく、胴は短く、筋骨頑丈。強健で...