哲学の道てつがくのみち

左京区の東山山麓を流れる琵琶湖疏水分線に沿う散歩道。若王子神社前の疏水にかかる若王子橋を南の起点とし、北の浄土寺橋まで約2kmにわたって続いている。若王子橋は地下鉄東西線蹴上駅から徒歩20分。浄土寺橋は京都市バス銀閣寺道バス停からすぐ。
 琵琶湖疏水分線は本線(第1疏水)と同時に1890(明治23)年に竣工した。付近を流れる白川が標高に従って北から南へ向かって流れるのに対し、人工的に作られた疏水は南から北へ流れている。道沿いは桜の名所ともなっている。
 京都大学にも近いこのあたりは昔から多くの学者や文化人が住んでおり、「哲学の道」の名は、哲学者の西田幾多郎*が思索にふけりながらこの道をよく歩いていたことに由来する。かつては「文人の道」「散策の道」「思索の道」「哲学の小径」「哲学者道」などともいわれ、地元の人は単に「疏水端」が一般的だった。しかし、1969(昭和44)年、疏水分線の保存運動が進められる中で、地元の人々が「哲学の道」と決め、京都市などもそれに倣うようになったという。
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みどころ

疏水にはいくつかの小橋が架かっており、木々が茂る道は風情がある。桜のほか紅葉も美しく、ミツマタやレンギョウなどの花も楽しめる。道の東側には、熊野若王子神社、大豊神社、霊鑑寺(春と秋に特別公開)、安楽寺(同)、法然院、銀閣寺があり、寄り道しながら散策が楽しめる。また、道の途中、法然院第三号橋のたもとには西田幾多郎の歌碑*が立つ。
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補足情報

*西田幾多郎(にしだきたろう):1870~1945年。京都帝大教授。「善の研究」を刊行。場所の論理、行為的直観、絶対矛盾的自己同一などの概念によって西田哲学といわれる独自の体系をきずく。1928(昭和3)年の退官後も思索を深め、死を間近にして「場所的論理と宗教的世界観」を完成させた。1940(昭和15)年文化勲章受賞。
*歌碑:「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」が刻まれている。1934(昭和9)年、西田が64歳の元旦に詠んだ歌で、碑の書は1939(昭和14)年の自筆を写したもの。
関連リンク 哲学の道保勝会(WEBサイト)
参考文献 哲学の道保勝会(WEBサイト)
京都市観光協会 京都観光Navi(WEBサイト)
「京都府の歴史散歩 中」山川出版社

2025年05月現在

※交通アクセスや料金等に関する情報は、関連リンクをご覧ください。

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