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タイプ「食」

山形板そばの写真

写真提供:村山市

山形板そば ( 山形県 村山市 )

そば自体は、日本においても他の雑穀として混ぜ粥状にしたり、餅状にしたそばがきにしたりして、古代から食されてきた。現在の細長い麺の形になったのは、江戸初期の頃に「そば切り」が考案されたからだといわれている。その後、各地でその風土や文化に合わせ、そばの打ち方、つなぎ、出汁、付け合わせ、食べ方、そして、それに応じた器など...

芋煮会の写真

芋煮会 ( 山形県 全県 )

芋煮会は、河原で天高く晴れわたった秋の空のもと、サトイモ*、牛肉、コンニャク、ネギなどをしょうゆベースの出汁で煮て食べる行事。日本海岸側の庄内地方では牛肉のかわりに豚肉を使用し、うまみを出すために酒粕をいれ味噌仕立てで煮るなど、山形県内においても材料や出汁の違いは見られる。  起源は諸説あるが、 もっとも代表的なもの...

あんこう鍋の写真

あんこう鍋 ( 茨城県 北茨城市 / 茨城県 日立市 / 茨城県 ひたちなか市 / 茨城県 大洗町 / 茨城県 水戸市/他 )

深海魚でグロテスクな姿をしたアンコウ*は日本の近海の各地で獲れ、現在、水揚げが圧倒的に多いのは山口県の下関港で、茨城県の平潟、大津、久慈、那珂湊などの各港を合わせても及ばない。しかし、栄養たっぷりの黒潮で育ち、冬に南下する冷たい親潮で脂がのった肝が肥大化する常磐沖のアンコウは、絶品だとされる。  日本においてはアン...

宇都宮餃子の写真

写真提供:(C)宇都宮餃子会

宇都宮餃子 ( 栃木県 宇都宮市 )

戦前、宇都宮から大陸に渡った兵士たちが帰国し、餃子で商売を始めると、宇都宮にあった第十四師団の兵士たちがこぞって食べ、一般の人たちに広まったという説がある。昭和20年代後半に餃子をメニューに載せた店が現われ、30年代に餃子を提供する店が次々と出てきた。年々その数はふえ、市民が餃子を食べる習慣が他市町と比べ、抜きんでてい...

下仁田のこんにゃく・下仁田ネギの写真

写真提供:下仁田町役場

下仁田のこんにゃく・下仁田ネギ ( 群馬県 下仁田町 )

こんにゃくは東南アジア原産のサトイモ科の植物で、球茎を食用として利用する。こんにゃくの生産は群馬県が9割を占めており、その中でも下仁田ではこんにゃく芋の栽培に適した土地であったこと、製粉技術があったことから下仁田名産になったといわれる。  下仁田ネギは白根が特に太く、生では辛いが加熱すると柔らかくなりとろみが増し甘く...

峠の釜めしの写真

写真提供:©2019 Oginoya Inc.

峠の釜めし ( 群馬県 安中市 )

1885(明治18)年、信越線横川駅の開業時に「おにぎり2個とたくあん」を販売した荻野屋。その後、急勾配の碓氷峠を越えるため横川駅でED42形電気機関車の連結が必要で、その停車待ち時間に「あたたかくて家庭的で楽しい弁当が食べたい」という旅行者の要望から1958(昭和33)年に販売を開始したのが峠の釜めし。  1962(昭和37)年には自動...

なめろう(アジのたたき)の写真

写真提供:南房総市

なめろう(アジのたたき) ( 千葉県 いすみ市 / 千葉県 御宿町 / 千葉県 勝浦市 / 千葉県 鴨川市 / 千葉県 南房総市 )

九十九里浜や外房の沿岸漁業では、イワシやアジの水揚げが盛んに行われている。そのアジの鮮度を身上とする房総半島沿岸部の郷土料理の代表が、なめろう(アジのたたきなます)である。  調理方法は、まず取りたてのアジの皮をむき、少々味噌を加えながら包丁でたたく。たたくのは、とても忙しい漁師たちが船の上で魚を食べやすくするため...

横浜中華街の中華料理の写真

写真提供:横浜中華街発展会協同組合

横浜中華街の中華料理 ( 神奈川県 横浜市 )

約500m四方の区画の中に600以上の店がひしめきあう日本最大のチャイナタウン。  横浜港が開港した当時、貿易を目的に多くの西洋人が日本を訪れたが、彼らは日本語が分らず、また日本人も西洋の言葉や商売に対する知識がなかった。そこで両者の仲介役として活躍したのが中国人たちだった。中国の西洋商館で働いていた中国人は、西洋の言葉を...

三崎のマグロ料理の写真

三崎のマグロ料理 ( 神奈川県 三浦市 )

三崎港に水揚げされたマグロを素材にした料理。三崎の漁港は地形の良い港に適していて、早くから沖合、沿岸漁業の拠点として発達してきた。漁船の近代化、大型化により昭和初期よりマグロ類の水揚げでは全国有数の遠洋漁業基地として知られるようになった。三崎港には世界各地でとれたマグロが集まり、種類は本マグロをはじめとして数多い。1...

へぎそばの写真

写真提供:小千谷観光協会

へぎそば ( 新潟県 小千谷市 / 新潟県 十日町市 )

小千谷市と魚沼市を中心とした魚沼地方が発祥とされる小千谷ソバ。織物の糊付けに用いる海藻の「布海苔(ふのり)」をつなぎに使用しており、なめらかで独特のコシの強さが特徴。「へぎ」と呼ばれる四角い板状の器に一口程度に小分けして丸める「手振り」で盛りつけられるので、へぎソバと呼ぶが、独特な盛り付けから、「手振りソバ」ともい...

村上の鮭料理の写真

村上の鮭料理 ( 新潟県 村上市 )

川煮、がじ煮(雅味煮)、しょう油ハラコ(腹子)、子皮煮、酒びたし、氷頭(ひず)なます、飯(いい)ずし、すっぽん煮、ナワタ汁、塩引き……。いずれも、新潟県の村上ではぐくまれ、今も口にすることのできるサケ料理である。サケの本場の北海道にも見られないこれだけのサケ文化が生まれたのには次のような背景がある。  村上市を流れる...

越前がに料理の写真

写真提供:一般社団法人越前町観光連盟

越前がに料理 ( 福井県 越前町 / 福井県 坂井市 / 他 他 )

福井県では、越前町、三国町、敦賀市、小浜市の4つの港で、2019(平成31・令和元)年、404tが水揚げされた。そのうち73%が越前町で、同町では小型底引き網漁船を40隻以上保有する。小型船の場合、1時間ほどの航行のすぐ前の越前沖が漁場となる。漁場の地形が100m~、150m~、200m~、と段々畑のようになっていて、カニや魚にとって生息しや...

越前おろしそばの写真

写真提供:公益社団法人福井県観光連盟

越前おろしそば ( 福井県 福井市 / 福井県 大野市 / 福井県 勝山市 / 福井県 鯖江市 / 福井県 他 )

福井県嶺北地方で主に食されるソバ。福井県のソバの歴史は、戦国武将朝倉孝景が兵糧として栽培させたのが始まりと言われる。当時は醤油やだし汁がなかったので、蕎麦掻のようにして食べた。その後、1601(慶長6)年に福井藩家老本多富正が麺状のソバを伝え、大根おろしを添える食べ方が始まった。現在のソバに大根おろし、鰹の削り節、きざみ...

戸隠そば(信州そば)の写真

写真提供:一般社団法人 戸隠観光協会

戸隠そば(信州そば) ( 長野県 長野市 )

「信濃では月と仏とおらがそば」と一茶の句にもあるように、そばは信州の代表的な名産である。  そばは白い清楚な花を夏と秋に咲かせる。いわゆる夏そばと秋そばで一年に二回収穫される。白い花が咲いたのち黒い皮におおわれた種実ができる。この種実をひいて、胚乳部を出し、これを粉にしたのがそば粉で、つなぎに小麦粉を入れて作る。 ...

小布施の栗菓子の写真

写真提供:小布施堂

小布施の栗菓子 ( 長野県 小布施町 )

小布施町は長野県の北部に位置し、西部に千曲川、南部に松川、北部に篠井川と三方を川に囲まれ、半径2km以内にすべての集落が入る長野県で1番小さな町。北信五岳・北アルプスを望むことができ、果樹栽培が盛んで特にリンゴと栗が代表的産物。葛飾北斎ゆかりの地で、栗の木レンガが敷き詰められた路地や、整えられた町並みが美しい。  小布...

信州上田の松茸料理の写真

写真提供:上田市

信州上田の松茸料理 ( 長野県 上田市 )

長野県の松茸収穫量*は日本一、中でも上田市は県内でも有数の松茸の産地である。市内の山にはアカマツが多く、かつて燃料として積極的に松葉利用が行われた結果、松茸が生育しやすい環境が広がっていった。収穫時期ともなると直売所では松茸の販売が盛んで、多くの人々が旬の味覚を求めてやってくる。山間には、松茸小屋*がオープンし、松...

香川の讃岐うどんの写真

香川の讃岐うどん ( 香川県 (全県) )

香川県といえば何をさておき「讃岐うどん」と言われるほど有名。コシと言われる麺のシコシコ・モチモチした食感が最大の特徴で、この麺の食感という共通の価値観を除けば、メニューはバリエーションに富み、食べ方の自由度も高い。また、スープやたれのことを「つゆ」と呼ばず、分量や濃淡を問わず「だし」と呼び、ベースにイリコ(煮干し)...

宇和島鯛めしの写真

写真提供:宇和島鯛めし協同組合

宇和島鯛めし ( 愛媛県 宇和島市 )

「魚どころ」といわれる愛媛県にあっても、産卵期の鯛のおいしさは格別である。一般的に鯛めしといえば、鯛とお米を出汁で炊き込んだものを想像するが、宇和島鯛めしは、特製のたれに新鮮な鯛の刺身と生卵を混ぜ、海草などの薬味と共に熱々のご飯にかけて食べる料理である。宇和島の人々が誇る郷土料理の一つであり、鯛を使った豪華版卵かけ...

大洲のいもたきの写真

写真提供:愛媛県大洲市役所

大洲のいもたき ( 愛媛県 大洲市 )

「大洲のいもたき」とは、藩政時代から伝わる里芋などのブツ切りを、鉄鍋で煮込む郷土料理のことである。粘り気が強くホクホクとした食感の里芋、鶏肉を中心に、乾しいたけ、こんにゃく等を入れて煮込んだ、醤油ベースのほんのり甘い味が特徴となっている。  「大洲のいもたき」の歴史は、農民が集まる行事「お籠もり」から始まり、農民が...

高知の皿鉢料理の写真

写真提供:(公社)高知市観光協会

高知の皿鉢料理 ( 高知県 高知市 / 高知県 土佐市 )

海、山、里の物を少量ずつ盛った口取り肴=「組物(くみもの)」や刺身=「なま」、すしを「皿鉢」(口径一尺二寸(約36cm)以上の浅い皿でサワチ、サアチ、サラチ等と呼ぶ)に盛りつけたもので、1つの器の料理をわけあって食べる。県下では冠婚葬祭はじめ各種宴会の定番料理で、高知市内で専門家が手がけるほか、家々での祝宴時等に調理され...

カツオのたたきの写真

カツオのたたき ( 高知県 高知市 / 高知県 )

土佐の「たたき」はカツオ。節におろして塩をふって三面を燻す、あるいは燻した後で平作りにつくって塩をふり、タレをつけて。薬味はショウガ、ニンニク、オニオンスライスが定番。近年はタレでなく塩と薬味で食べさせる「わら焼き塩たたき」がより高知らしい食べ方として振る舞われていて、飲食店では「塩たたきか、そうでないほうか」を選...

呼子イカの活き造りの写真

呼子イカの活き造り ( 佐賀県 唐津市 )

呼子といえばイカ。玄界灘は対馬海流で育ったケンサキイカの好漁場で、多くの水揚げがある。透明度抜群の「イカの活き造り」を目当てに多くの人が訪れる。40年ほど前に、地元の料理店がイカの活き造りを出したのがきっかけとされる。それまでも刺身では出してはいたが、生きたままのイカをさばくことはしなかったという。呼子にある10数店舗...

有明海の魚料理の写真

写真提供:乾祐綺

有明海の魚料理 ( 佐賀県 佐賀市 / 佐賀県 白石町 / 佐賀県 鹿島市 / 佐賀県 太良町 )

有明海の干満の差は最大約6m。沖合5~7kmに渡って広大な干潟が出現する。熊本県、佐賀県、福岡県、長崎県にまたがる有明海には無数の河川が流れ込み、栄養豊富な海とされ、豊かな海の幸が育まれる。  珍しい魚介類が多いのも特徴で、ハゼ科のムツゴロウは、日本では有明海と八代海の一部にしか生息していない。食べ方としては蒲焼が一般的...

城下かれいの写真

写真提供:日出町観光協会

城下かれい ( 大分県 日出町 )

日出城址下の海中に淡水が湧き、城下かれいはそこで育つマコガレイ。泥臭み少なく、丸々として頭部が小さいなど、他地域のものとは異なる特徴を持つ。  江戸時代は一般の人々が口にすることができなかった殿様魚で、参勤交代の際には将軍家へ干物を献上。閏年には端午の節句に間に合うよう、江戸まで生きたまま運んだといわれる。  調理...

関あじ・関さば料理の写真

写真提供:一般社団法人 大分市観光協会

関あじ・関さば料理 ( 大分県 大分市 )

瀬戸内海と太平洋の水塊がぶつかりあう豊後水道は、潮流が速い上に、餌となる生物が豊富に発生。とりわけ大分市佐賀関付近は海底地形が非常に起伏に富んでいるため、好漁場となっている。当地で一本釣りによりとれたマアジ・マサバを「関あじ」「関さば」と呼び、そのうまさ、歯ごたえのよさから、高級魚として重宝されている。関あじの旬は3...

冷や汁の写真

冷や汁 ( 宮崎県 宮崎市 / 宮崎県 他 )

起源は鎌倉時代とされ、『鎌倉管領家記録』には「武家にては飯に汁かけ参らせ候、僧侶にては冷や汁をかけ参らせ候」とあるのが初見といわれる。僧侶が全国に流布したとされ、それが廃れたのちに、宮崎をはじめ地域によって残ったものが現在に続くと考えられる。焼いたアジなど近海魚の身をほぐし、炒りゴマや焼き味噌をよくすり合わせ、そこ...

宮崎の地鶏炭火焼の写真

宮崎の地鶏炭火焼 ( 宮崎県 宮崎市 / 宮崎県 他 )

適度な大きさに切った宮崎の地鶏を、塩やコショウで味付けして炭火で一気に焼き上げる調理法。強火で、炭のすすで真っ黒になるよう仕上げるのが特徴。定かではないが、宮崎では古くからある調理法とか。もともと、非常に美味であった県の在来種「地頭鶏」が繁殖や飼育の難しさから1943(昭和18)年に天然記念物になったことを受け、あらたに...

きびなご料理の写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

きびなご料理 ( 鹿児島県 薩摩川内市 / 鹿児島県 阿久根市 / 鹿児島県 出水市 / 鹿児島県 南さつま市 / 鹿児島県 枕崎市 )

キビナゴは鹿児島県の沿岸に広く分布しており、昔から人々の食卓にのぼってきた。鹿児島県は現在、キビナゴを市場に流通させている数少ない地域の一つだ。身がやわらかいので手開きにして、刺身を酢味噌で食べたり、南蛮漬けがポピュラー。

鹿児島の黒豚料理の写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

鹿児島の黒豚料理 ( 鹿児島県 鹿児島市 / 鹿児島県 他 )

およそ400年前に、島津家久により琉球から移入されたのがかごしまの黒豚の起源とされる。明治初期にはイギリスから、肉質の良いバークシャーが導入され、以来、品種改良が進められてきた。昭和30年代半ばに経済効率のよい白豚が導入されて、一時期、黒豚頭数が激減したが、生産者をはじめとする関係者の努力で徐々に回復。今では全国的にもっ...

沖縄の豚肉料理の写真

写真提供:垂見健吾

沖縄の豚肉料理 ( 沖縄県 那覇市 / 沖縄県 名護市 / 沖縄県 石垣市 / 沖縄県 宮古島市 / 沖縄県 他 )

沖縄では豚肉料理の種類がたいへん豊富だ。顔や耳の皮、足、内臓など使う部位も多様で、鳴き声以外はすべて食べるといわれるほど。昭和の初めごろまでは、多くの屋敷で豚を飼っており、豚は大変身近な家畜だった。年の瀬に豚を屠って、正月にはさまざまな料理を食べ、塩漬けにして長く保存したという。豚肉料理のバリエーションの豊かさは、...