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タイプ「食」

下仁田のこんにゃく・下仁田ネギの写真

写真提供:下仁田町役場

下仁田のこんにゃく・下仁田ネギ ( 群馬県 下仁田町 )

こんにゃくは東南アジア原産のサトイモ科の植物で、球茎を食用として利用する。こんにゃくの生産は群馬県が9割を占めており、その中でも下仁田ではこんにゃく芋の栽培に適した土地であったこと、製粉技術があったことから下仁田名産になったといわれる。  下仁田ネギは白根が特に太く、生では辛いが加熱すると柔らかくなりとろみが増し甘く...

峠の釜めしの写真

写真提供:©2019 Oginoya Inc.

峠の釜めし ( 群馬県 安中市 )

1885(明治18)年、信越線横川駅の開業時に「おにぎり2個とたくあん」を販売した荻野屋。その後、急勾配の碓氷峠を越えるため横川駅でED42形電気機関車の連結が必要で、その停車待ち時間に「あたたかくて家庭的で楽しい弁当が食べたい」という旅行者の要望から1958(昭和33)年に販売を開始したのが峠の釜めし。  1962(昭和37)年には自動...

なめろう(アジのたたき)の写真

写真提供:南房総市

なめろう(アジのたたき) ( 千葉県 いすみ市 / 千葉県 御宿町 / 千葉県 勝浦市 / 千葉県 鴨川市 / 千葉県 南房総市 )

九十九里浜や外房の沿岸漁業では、イワシやアジの水揚げが盛んに行われている。そのアジの鮮度を身上とする房総半島沿岸部の郷土料理の代表が、なめろう(アジのたたきなます)である。  調理方法は、まず取りたてのアジの皮をむき、少々味噌を加えながら包丁でたたく。たたくのは、とても忙しい漁師たちが船の上で魚を食べやすくするため...

横浜中華街の中華料理の写真

写真提供:横浜中華街発展会協同組合

横浜中華街の中華料理 ( 神奈川県 横浜市 )

約500m四方の区画の中に600以上の店がひしめきあう日本最大のチャイナタウン。  横浜港が開港した当時、貿易を目的に多くの西洋人が日本を訪れたが、彼らは日本語が分らず、また日本人も西洋の言葉や商売に対する知識がなかった。そこで両者の仲介役として活躍したのが中国人たちだった。中国の西洋商館で働いていた中国人は、西洋の言葉を...

三崎のマグロ料理の写真

三崎のマグロ料理 ( 神奈川県 三浦市 )

三崎港に水揚げされたマグロを素材にした料理。三崎の漁港は地形の良い港に適していて、早くから沖合、沿岸漁業の拠点として発達してきた。漁船の近代化、大型化により昭和初期よりマグロ類の水揚げでは全国有数の遠洋漁業基地として知られるようになった。三崎港には世界各地でとれたマグロが集まり、種類は本マグロをはじめとして数多い。1...

呼子イカの活き造りの写真

呼子イカの活き造り ( 佐賀県 唐津市 )

呼子といえばイカ。玄界灘は対馬海流で育ったケンサキイカの好漁場で、多くの水揚げがある。透明度抜群の「イカの活き造り」を目当てに多くの人が訪れる。40年ほど前に、地元の料理店がイカの活き造りを出したのがきっかけとされる。それまでも刺身では出してはいたが、生きたままのイカをさばくことはしなかったという。呼子にある10数店舗...

有明海の魚料理の写真

写真提供:乾祐綺

有明海の魚料理 ( 佐賀県 佐賀市 / 佐賀県 白石町 / 佐賀県 鹿島市 / 佐賀県 太良町 )

有明海の干満の差は最大約6m。沖合5~7kmに渡って広大な干潟が出現する。熊本県、佐賀県、福岡県、長崎県にまたがる有明海には無数の河川が流れ込み、栄養豊富な海とされ、豊かな海の幸が育まれる。  珍しい魚介類が多いのも特徴で、ハゼ科のムツゴロウは、日本では有明海と八代海の一部にしか生息していない。食べ方としては蒲焼が一般的...

城下かれいの写真

写真提供:日出町観光協会

城下かれい ( 大分県 日出町 )

日出城址下の海中に淡水が湧き、城下かれいはそこで育つマコガレイ。泥臭み少なく、丸々として頭部が小さいなど、他地域のものとは異なる特徴を持つ。  江戸時代は一般の人々が口にすることができなかった殿様魚で、参勤交代の際には将軍家へ干物を献上。閏年には端午の節句に間に合うよう、江戸まで生きたまま運んだといわれる。  調理...

関あじ・関さば料理の写真

写真提供:一般社団法人 大分市観光協会

関あじ・関さば料理 ( 大分県 大分市 )

瀬戸内海と太平洋の水塊がぶつかりあう豊後水道は、潮流が速い上に、餌となる生物が豊富に発生。とりわけ大分市佐賀関付近は海底地形が非常に起伏に富んでいるため、好漁場となっている。当地で一本釣りによりとれたマアジ・マサバを「関あじ」「関さば」と呼び、そのうまさ、歯ごたえのよさから、高級魚として重宝されている。関あじの旬は3...

冷や汁の写真

冷や汁 ( 宮崎県 宮崎市 / 宮崎県 他 )

起源は鎌倉時代とされ、『鎌倉管領家記録』には「武家にては飯に汁かけ参らせ候、僧侶にては冷や汁をかけ参らせ候」とあるのが初見といわれる。僧侶が全国に流布したとされ、それが廃れたのちに、宮崎をはじめ地域によって残ったものが現在に続くと考えられる。焼いたアジなど近海魚の身をほぐし、炒りゴマや焼き味噌をよくすり合わせ、そこ...

宮崎の地鶏炭火焼の写真

宮崎の地鶏炭火焼 ( 宮崎県 宮崎市 / 宮崎県 他 )

適度な大きさに切った宮崎の地鶏を、塩やコショウで味付けして炭火で一気に焼き上げる調理法。強火で、炭のすすで真っ黒になるよう仕上げるのが特徴。定かではないが、宮崎では古くからある調理法とか。もともと、非常に美味であった県の在来種「地頭鶏」が繁殖や飼育の難しさから1943(昭和18)年に天然記念物になったことを受け、あらたに...

きびなご料理の写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

きびなご料理 ( 鹿児島県 薩摩川内市 / 鹿児島県 阿久根市 / 鹿児島県 出水市 / 鹿児島県 南さつま市 / 鹿児島県 枕崎市 )

キビナゴは鹿児島県の沿岸に広く分布しており、昔から人々の食卓にのぼってきた。鹿児島県は現在、キビナゴを市場に流通させている数少ない地域の一つだ。身がやわらかいので手開きにして、刺身を酢味噌で食べたり、南蛮漬けがポピュラー。

鹿児島の黒豚料理の写真

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

鹿児島の黒豚料理 ( 鹿児島県 鹿児島市 / 鹿児島県 他 )

およそ400年前に、島津家久により琉球から移入されたのがかごしまの黒豚の起源とされる。明治初期にはイギリスから、肉質の良いバークシャーが導入され、以来、品種改良が進められてきた。昭和30年代半ばに経済効率のよい白豚が導入されて、一時期、黒豚頭数が激減したが、生産者をはじめとする関係者の努力で徐々に回復。今では全国的にもっ...

沖縄の豚肉料理の写真

写真提供:垂見健吾

沖縄の豚肉料理 ( 沖縄県 那覇市 / 沖縄県 名護市 / 沖縄県 石垣市 / 沖縄県 宮古島市 / 沖縄県 他 )

沖縄では豚肉料理の種類がたいへん豊富だ。顔や耳の皮、足、内臓など使う部位も多様で、鳴き声以外はすべて食べるといわれるほど。昭和の初めごろまでは、多くの屋敷で豚を飼っており、豚は大変身近な家畜だった。年の瀬に豚を屠って、正月にはさまざまな料理を食べ、塩漬けにして長く保存したという。豚肉料理のバリエーションの豊かさは、...