島根県は本州の西端部、中国地方の北西部に位置し、日本海を隔てて朝鮮半島と対する。東に鳥取県、南に広島県、西は山口県に接する。最北端は日本海の孤島竹島(隠岐郡隠岐の島町)
古代における五畿七道の山陰道を幹線とし、中国山地を越えて陰陽を結ぶルートが主要な路線で、現在の道路、鉄道はほぼこれを踏襲している。国道9号は山陰道よりも海岸側を走る。山陽との連絡には国道54号、186号、187号、191号などがある。高速道路は、中国自動車道が県南西端部を通るほか、浜田自動車道、山陰自動車道、松江自動車道などが通じる。鉄道はJR山陰本線、木次線、山口線が通り、その他の私鉄に一畑電車がある。海上交通は七類港(松江市美保関町)と隠岐諸島を結ぶ航路があり、フェリーと高速艇が就航する。空港は出雲空港(出雲市)、隠岐世界ジオパーク空港(隠岐の島町)、萩・石見空港(益田市)があり、出雲は東京、大阪、札幌、福岡、隠岐、名古屋、静岡と連絡し、隠岐は大阪、出雲とを結び、萩・石見は大阪、東京と結んでいる。
中国地方は中国山地が東西に走り、分水界により山陰と山陽に分かれ、島根県は日本海沿岸北斜面の山陰地方西部を占める。中国地方第一の大河である江の川が流れ、江津市で日本海に注ぐ。脊梁部は標高1000m内外だが、階段状に日本海に向かうにつれて低くなり、海岸近くには丘陵が発達する。各所に盆地状の低地や谷底平野があり、中心集落を形成している。島根県は出雲、石見、隠岐の3国からなり、県東部の出雲は神戸川や斐伊川などの河川が流れている。この斐伊川は船通山を源として天井川を形成しており、下流に出雲平野や松江平野をつくる。県西部の石見は山地がちの狭長な地で、河川流域に沖積平野は発達していない。隠岐は島前・島後とよばれる比較的大きい四つの島と、約180の小島からなる。トロイデ型火山の三瓶山や青野山、玄武岩質の中海の大根島や宍道湖の嫁ヶ島がある。自然公園は、海岸景観に優れた隠岐諸島、島根半島、大山火山群の大山・蒜山、トロイデ火山の三瓶山からなる大山隠岐国立公園、県東部の鳥取・広島県境の中国山地の一部を占める比婆道後帝釈定公園、県西部の広島・山口県境の中国山地に広がる西中国山地国定公園のほか、県立自然公園が11公園ある。
出雲国を中心に古くから開けた地で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)や大国主命(おおくにぬしのみこと)らを中心に多くの神話や伝説を生んだ。縄文、弥生遺跡や古墳が数多く発見されている。大陸との交流の盛んな地域で、中国山地の砂鉄を利用したたたら製鉄も古くからあり、中世の石見国で重要な地点だった石見銀山は70年間に9回も支配者が変転するほどに銀山争奪が激しかった。日本海沿岸一帯や近畿・中部地方内陸にまで勢力範囲を広げていたが、しだいに大和朝廷の支配下に入り、国譲りをしたとされている。近世は関ヶ原の戦いで敗れた毛利氏にかわって堀尾吉晴が出雲・隠岐の太守として入国し、1611年(慶長16)に松江城を築いた。1638年(寛永15)信州松本から松平直政が入国し、以後230年間、明治維新まで松平氏が松江藩政をつかさどった。1868年(慶応4)武装蜂起による隠岐騒動を経て、1871年(明治4)廃藩置県により出雲、隠岐は島根県に、石見は浜田県となり、隠岐はその後鳥取県に編入。1876年(明治9)島根県は浜田・鳥取県を包含。1881年(明治14)鳥取県を分離し、隠岐は島根県の管轄に入った。明治以後、太平洋沿岸を中心に鉄道が敷設され、近代産業も東京、大阪を中核として振興し、地理的に辺地となった島根県は近代化の波に取り残され、農業県や水産県として後進地となっていった。地域経済の近代化は1895年(明治28)の殖産10年計画から進展し、明治30年代以降の鉄道敷設により県東部の経済や文化に影響を与えた。
古くからの農業県であり、現在は第2種兼業農家が増加。米作と和牛飼育が進められ、和牛は仁多牛として有名。米は仁多米が高質な米として知られる。この他、野菜、イチゴ、チューリップ球根の栽培なども行われる。中国山地の高冷地ではキャベツなどの高冷地野菜が栽培され、海岸砂丘地域では島根ブドウやタバコ栽培が盛ん。丘陵地ではナシ、タケノコ、アマナツミカンの他に、メロン、セリ、カブ等も栽培される。また、雲南(出雲南部)はシイタケ、石見地方はクリ、県西部山間地区はワサビの産地として知られる。隠岐諸島近海は暖流と寒流が合流する好漁場で、煎海鼠(いりこ)、干しあわびなどの乾製品等の水産加工が盛んにおこなわれている。古くから砂鉄の産地で、たたら製鉄や銀採掘、木炭生産が活発だったが、現在は地場産業が細々と残存する程度。在来工業には経済産業大臣指定伝統工芸品の「雲州そろばん」、「石州和紙」、「石見焼」、「出雲石灯籠」の他にも江津・浜田両市の石州瓦、益田市の家具と仏具、松江市玉湯町の布志名焼やめのう細工、出雲市の出西焼、松江市宍道町の石灯籠、松江市の和菓子や八雲塗、安来市広瀬町の絣織物や線香、浜田市長浜の神楽面づくり、浜田や揖屋のかまぼこなどがある。
出雲地方は古代出雲文化を発展させた地域で、『出雲国風土記』が完本で残存しているなど古代からの伝統が守られている。石見地方は古代に柿本人麻呂、中世に雪舟の活躍する舞台で、石見文化はこれらの人の影響するところが大きい。隠岐は流人の島だが、後醍醐天皇の行在所である黒木御所が置かれ、都の文化が残る。城下町である松江は宍道湖のほとりにあり、松江城、武家屋敷、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)旧宅などを残している。出雲、石見、隠岐それぞれに歩んできた歴史が異なることから地域性が顕著で景観にもそれぞれ特色があり、冬の曇天を写したような出雲の黒瓦の集落、石見は赤瓦、隠岐は石置き屋根がみられる。旧暦10月は神無月(かんなづき)と称するが、出雲では神在月(かみありづき)といい、全国の神々が出雲大社に参集するとして神在祭が行われる。出雲大社ではこのほか70回もの神事が執り行われている。他にも県内各所の神社で神事、神楽が奉納され、佐陀神能、石見に伝わる大元舞、隠岐の島町の国分寺蓮華会舞(国の重要無形民俗文化財)、隠岐島後の久見神楽、出雲の槻屋神楽、美田八幡宮の田楽、益田の糸あやつり人形(選択無形民俗文化財)などがある。10年に一度の松江ホーランエンヤは大橋川を渡御する神事。民謡も多く、全国的に有名な「安来節」、「関の五本松」、隠岐には「しげさ節」や「どっさり節」が残る。文化財として、出雲市の加茂岩倉遺跡(国史跡)から出土した銅鐸39口、雲南市の国史跡荒神谷遺跡の出土品はともに国宝。古墳が多く残る他、出雲大社、神魂神社、熊野神社、佐太神社など古い歴史や伝説をしのばせる神社が多い。出雲大社本殿は大社造で国宝であり、神殿木造建築物では最大規模。出雲大社には多くの宝物があり、国宝の本殿以外の楼門などの出雲大社建造物群も重要文化財に指定されている。他にも、松江市の木幡家住宅(八雲本陣)、雲南市の堀江家住宅、吉賀町の旧道面家住宅(国の重要文化財)、雪舟が作庭したとされる益田市の医光寺庭園、万福寺庭園(ともに国の史跡・名勝)、たたら製鉄用具や東比田の山村生産用具、隠岐島後の生産用具など(国指定有形民俗文化財)などが保存されている。

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島根県内の資源一覧

千丈渓の写真

写真提供:桜江町商工会

千丈渓 ( 島根県 江津市 / 島根県 邑南町 )

島根県中央部、江の川の支流八戸(やと)川に合流する日和(ひわ)川上流、約5kmにわたる渓谷。  3,500~4,000万年前の古第三紀と呼ばれる時代に起こった激しい火山活動によって噴出し堆積した流紋岩やデイサイト等の火砕岩で構成されており、岩質は硬く、亀裂が多く発達している。この亀裂に沿って河川の洗堀作用が進み、陸地の隆起に伴う...

断魚渓の写真

写真提供:西村愛

断魚渓 ( 島根県 邑南町 )

大田市の南約40km、中国山地にある於保知(おほち)盆地*、その北東部の山間に刻む渓谷。江の川支流の濁川(にごりかわ)に浸食されてむき出しになった流紋岩の高低差100mほどの崖が、国道261号に沿って展開する。  石英粗面岩の岩盤が渓谷いっぱいに露出し、流れは滝となり淵となって、嫁ガ淵(よめがふち)・一夜橋(いちやばし)・箕ノ...

石見畳ヶ浦の写真

写真提供:一般社団法人 浜田市観光協会

石見畳ヶ浦 ( 島根県 浜田市 )

JR山陰本線下府(しもこう)駅の北へ約2km、国分町唐鐘(とうがね)海岸にある。1872(明治5)年の浜田地震で隆起したといわれるもので、高さ20mの海食崖、約5万m2の千畳敷と呼ばれる隆起海床*が広がる。これは第三紀層の礫岩・砂岩・頁岩の互層で、中に貝の化石や鯨の骨を含んでいる。まるで畳を敷いたように見える小さな亀裂が...

津和野城跡の写真

写真提供:津和野町観光協会

津和野城跡 ( 島根県 津和野町 )

蕗城(ろじょう)、橐吾城(たくごじょう)、三本松城(さんぼんまつじょう)ともいい、町の西に迫る標高367mの城山の山頂一帯に築かれた典型的な山城である。1295(永仁3)年、初代領主吉見頼行が築城にかかり、約30年を費やして息子・頼直の代に完成した。その後、坂崎出羽守が近世城郭の大改修を行い、本丸北方に出丸(織部丸(おりべまる...

津和野の町並みの写真

写真提供:津和野町観光協会

津和野の町並み ( 島根県 津和野町 )

島根県の西端、山陰の小京都と呼ばれる小さな城下町。津和野川に沿って細長く町なみが連なり、東に青野山・西に城山がそびえている。町の中心殿町付近には武家屋敷や白壁の旧家が昔日の姿そのままに立ち、道ばたの掘割には色とりどりの鯉が群れ遊んでいる。  かつてはツワブキの茂る野であったという津和野の歴史は、吉見頼行・頼直親子が...

津和野弥栄神社の鷺舞の写真

写真提供:津和野町観光協会

津和野弥栄神社の鷺舞 ( 島根県 津和野町 )

大橋のすぐ西にある弥栄(やさか)神社の例祭の祇園祭に奉納される古典芸能神事。京都八坂神社の祇園祭の鷺舞が1542(天文11)年に吉見正頼によって、山口を経てこの地に移されたものである。一時、坂崎出羽守の時代に中断したが、1644(正保元)年に復活し、それ以来、古式そのままを今日に伝えている。一方、京都では途絶してしまい、近年...

太皷谷稲成神社の写真

太皷谷稲成神社 ( 島根県 津和野町 )

城山の北中腹にある。1773(安永2)年、亀井7代藩主矩貞(のりさだ)が城の鎮護と藩民の安穏を祈願するため、京都の伏見稲荷を勧請したもので、日本五代稲荷の一つ。西日本では九州の祐徳稲荷と並んで信仰が厚い。  参道にトンネルのごとく立ち並ぶ朱の鳥居や荘厳華麗な朱塗の社殿にその繁盛ぶりを見ることができる。境内にはこのほか参集...

知夫赤壁の写真

写真提供:知夫里島観光協会

知夫赤壁 ( 島根県 知夫村 )

知夫里島の西海岸に続く約1kmの海食崖をいう。玄武岩質のマグマにより形成された、高さ50~200mの削り取られた雄大な断層崖。隆起による2段の波食海壇をなし、断層崖は凝灰岩の赤・黄、玄武岩の黒、粗面岩岩脈の白色がみごとなコントラストをみせ、特に鮮やかな赤色が紺碧の空と海に映える。  海上から眺めるのが普通だが、赤壁の北にある...

三瓶山の写真

写真提供:大田市観光協会

三瓶山 ( 島根県 大田市 )

大田市街の南東約14km、出雲・石見の国境にそびえる鐘状火山群。最高峰は男(お)(親(おや))三瓶で1,126m、ほかに女(め)(母(はは))三瓶(953m)・子三瓶(961m)・孫三瓶(903m)などの6峰が、室の内*と呼ばれる火口を環状に囲んでいる。『出雲国風土記』*では国引きの柱となり、佐比売山(さひめやま)と記されているが、史上に...

物部神社の写真

写真提供:物部神社

物部神社 ( 島根県 大田市 )

JR大田市駅から南へおよそ5km。平安時代の法令集「延喜式」に記載のある式内社で、古来より文武両道の神・鎮魂の神・勝運の神と知られ、石見国一の宮として崇敬されてきた。古代の大氏族物部(もののべ)氏*がこの地方を開拓の折、祖神を祭ったのが起こりと伝えられ、御祭神の宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)は、古くの大豪族で大和朝廷...

ヨズクハデの写真

写真提供:大田市観光協会

ヨズクハデ ( 島根県 大田市 )

ヨズクハデは、その名の通りヨズク(フクロウ)のようなハデ*(稲を乾燥させるために干す際に用いる土台)のことを指す。大田市温泉津町西田地区に受け継がれる伝統的な干し方であり、秋の収穫期になると四角錐型に組んだ丸太に稲束が架けられた様子を見ることができる。その姿がフクロウが羽を休める姿に似ていることからヨズクハデと呼ば...

国賀海岸の写真

写真提供:西村愛

国賀海岸 ( 島根県 西ノ島町 )

西ノ島の西面、13km余りの海岸一帯をいう。粗面玄武岩の溶岩台地が海食され、断崖・岩礁・洞窟が絶妙の造形美をみせ、隠岐の代表的な景勝地になっている。  その中心になる摩天崖(まてんがい)は、実に257mもの大断崖で、海に突きささるかのように垂直にそそり立っている。さらに、海にせり出た巨岩が海食されてできた大石門・通天橋(つ...

多古の七ッ穴の写真

写真提供:松江市

多古の七ッ穴 ( 島根県 松江市 )

島根半島の最北を占める多古鼻にある日本海の荒波によりつくられた海食洞。集塊岩と凝灰岩の互層からなる高さ50m、延長400mにわたる絶壁に、海食によってできた大小4つの洞窟がある。これらの洞窟の入口は高さ約10mほどで、計9個あり、洞内へ小舟を乗り入れることができる。海上から一度に見える穴が7つなので七ツ穴と呼ばれる。  多古鼻一...

加賀の潜戸の写真

写真提供:しまね観光ナビ

加賀の潜戸 ( 島根県 松江市 )

JR松江駅から北へ約13km、日本海に面する潜戸鼻にある海岸景勝地。集塊岩及び凝灰質集塊岩からなる潜戸鼻にあり、新潜戸と旧潜戸がある。『出雲国風土記』によると、佐太大神の母神きさ貝比売(きさがいひめ)が、「闇き岩屋なるかも」といって金弓で射抜いたので洞が明るくなったと伝わる。  地殻変動による断層などに海食作用が加わって生...

八重垣神社の写真

写真提供:西村愛

八重垣神社 ( 島根県 松江市 )

JR松江駅から南へ約4km。素盞嗚尊(すさのおのみこと)が八俣遠呂智(八岐大蛇)*を退治した後、須賀(現在の須我神社*)の地に至り、「私の心はすがすがしくなった」と述べ、その地に宮を建てた時にそこから雲が立ち上った。その時に歌った歌、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」(1番歌)を社号の由来とする...

月照寺の写真

写真提供:西村愛

月照寺 ( 島根県 松江市 )

松江城の西に位置し、松江松平家の初代藩主である松平直政が母月照院の冥福を祈って1664(寛文4)年に建立し、以後松平氏の菩提寺となった。境内には多数の燈篭を従えた歴代藩主の廟が並んでいる。特に、小林如泥(こばやしじょでい)作の松江藩7代藩主である不昧(ふまい)公の廟門をはじめ、すぐれた廟門建築が見られる。  不昧公は木工...

美保神社の写真

写真提供:西村愛

美保神社 ( 島根県 松江市 )

島根半島の東、美保関港を目の前にする山麓にある。創建は未詳だが、「出雲国風土記」(733(天平5)年)に記載のある古社。事代主神(ことしろぬしのかみ)の総本宮で、母神である三穂津姫命(みほつひめのみこと)をともに祀る。事代主神(ことしろぬしのかみ)は大国主命の第一子といい、えびす様の名で知られ、漁業及び海上安全の神とし...

松江城の写真

写真提供:西村愛

松江城 ( 島根県 松江市 )

宍道湖の北、標高28mの亀田山にあり、別名千鳥城の名をもつ。関ヶ原の戦いののち、出雲・隠岐に封ぜられて富田城(とだじょう)に入った堀尾吉晴(ほりおよしはる)が、1611(慶長16)年に築城*したものである。現在も天守閣*と石垣を残している。  城跡は城山(じようざん)公園と呼ばれ、桜の名所となっており、二の丸跡には松江神社、...

ホーランエンヤの写真

写真提供:松江市

ホーランエンヤ ( 島根県 松江市 )

松江市内を流れる大橋川などを舞台にして10年ごとに行われる、松江城山公園内にある「城山稲荷神社」の式年神幸祭。  ホーランエンヤは「松江城山稲荷神社式年神幸祭」の通称で、神事で使われる櫂伝馬船(かいでんません)が櫂を漕ぐ時の掛け声から名づけられたとも、また「豊来栄弥」から生じたことばとも言われている。  1648(慶安元...

玉造温泉の写真

写真提供:玉造温泉旅館協同組合

玉造温泉 ( 島根県 松江市 )

JR山陰本線玉造温泉駅から車で約5分、宍道湖畔から2km弱の距離にある温泉街。低い丘陵の間を北流する玉湯川に沿って、旅館、土産物屋、足湯などが1kmほど並ぶ。  温泉の歴史は古く、今から約1,300年前、奈良時代に記された『出雲国風土記』に、「ひとたび濯(すす)げば すなわち形容端正(かたちきらきら)しく、再び沐(ゆあみ)すれ...

大根島のボタンの写真

写真提供:日本庭園 由志園

大根島のボタン ( 島根県 松江市 )

大根島は多孔質の玄武岩を基盤とするアスピーテ型の火山島である。ゆるやかな斜面の大部分は畑であり、特産の雲州人参や牡丹の花が育てられている。牡丹は約300年前、全隆寺住職が遠州(静岡県)の秋葉山へ修行に訪れ、その際に持ち帰って境内に植えたのがはじまり。当時は薬用として使われていた。現在では改良が行われ、500種を超える品種...

島根県立美術館の写真

写真提供:島根県立美術館

島根県立美術館 ( 島根県 松江市 )

1999(平成11)年に宍道湖畔に開館した美術館。県庁第三庁舎(旧県立博物館)や県立図書館など、島根県内に多くの建築を遺す菊竹清訓(きくたけきよのり)が設計した。  穏やかなカーブを描く大屋根に円形の開口部があり、展望テラスが作られている。建物から宍道湖が見えるようにガラス張りになっており、夕日が鑑賞しやすい設計となって...

出雲平野の築地松の写真

写真提供:しまね観光ナビ

出雲平野の築地松 ( 島根県 出雲市 / 島根県 平田市 )

島根県出雲市の出雲平野に散在する築地松の起こりは定かではないが、郷村社会の成り立ちの頃、この地方の豪族が河川の洪水時に浸水を防ぐため、屋敷の土地の高さを数m高くしたうえ、屋敷周りに土居(築地)を築き、その土居を固めるため水に強い樹木や竹を植えたのが、築地松のはじまりと言われている。  当初は松以外の木が植えられていた...

宍道湖のシジミ漁の写真

写真提供:しまね観光ナビ

宍道湖のシジミ漁 ( 島根県 出雲市 / 島根県 松江市 )

島根県北東部に位置し、出雲平野を流れる斐伊川(ひいかわ)を主な流入河川とする宍道湖は、東西約17km、南北約6km、周囲47km、全国第7位の面積をもつ汽水湖である。  宍道湖で獲れるシジミは「ヤマトシジミ」*で、全国1位の漁獲高を誇り、島根県全体で全国の4割ほどを占める。   シジミ漁は資源保護のため、1週間で4日しか行わず、漁...

荒神谷遺跡の写真

写真提供:荒神谷博物館

荒神谷遺跡 ( 島根県 出雲市 )

JR荘原駅の南西約4kmの谷あいで、1984(昭和59)年に弥生時代の青銅器が大量に発見された。  遺跡からは、銅剣358本*が出土し、翌年には、銅剣出土地点から約7m離れた場所から、今度は銅鐸6個と銅矛16本が同時に発掘され、考古学界の注目を集めた。

出雲大社の写真

写真提供:しまね観光ナビ

出雲大社 ( 島根県 出雲市 )

出雲平野の西北端、島根半島の脊稜山地を背にする地にある。  創建は、『古事記』や『日本書紀』によると、神代、天孫降臨に際し、大国主大神が国土を譲られたのを喜ばれた天照大神が、大国主大神のために広大な宮殿「天日隅宮(あめのひすみのみや)」を建てたのに始まるという。この折、祭祀を司ったのが天照大神の第2子天穂日命(あめのほ...

日御碕神社の写真

写真提供:西村愛

日御碕神社 ( 島根県 出雲市 )

島根半島の西部、小島・岩礁が散在し変化に富んだ海岸線が特徴的で、稲佐浜から日御碕へつづく日御碕海岸*にあり、傾斜地を利用して権現造の社殿が立つ。朱塗の楼門をくぐると、正面に下の宮と呼ばれる日沉宮(ひしずみのみや)、右手上に上の宮と呼ばれる神の宮が鎮座するが、古く下の宮は海岸の「清江の浜」の経島(ふみしま)に、上の宮...

旧大社駅の写真

写真提供:西村愛

旧大社駅 ( 島根県 出雲市 )

1912(明治45)年に国鉄により出雲市駅から大社町への延伸が行われ、それに伴い開業*した。現在残されている駅舎は1924(大正13)年に建築された木造平屋建で、2代目駅舎となる。設計は鉄道管理局の技官丹羽三雄。

出雲そばの写真

写真提供:西村愛

出雲そば ( 島根県 出雲市 )

出雲地方に本格的にそばが広まったのは、1638(寛永15)年、そば処の信州松本から松平直政が出雲松江藩主として着任した際に、そば職人を連れてきたことが始まりと言われている。  出雲そばは、そばの実と甘皮まで全て挽いた「挽きぐるみ」*と呼ばれるそば粉を使用しているため、色が濃く香りと風味が強いのが特徴。  そばの品種は、早...

稲佐の浜の写真

写真提供:西村愛

稲佐の浜 ( 島根県 出雲市 )

出雲大社西方800mほどにある海岸で、かつては弁天島の前まで波が打ち寄せていたが、近年砂浜が広がり、弁天島と浜がつながった。岩上には鳥居と祠があり、豊玉毘古命(とよたまひこのみこと)が祀られている。国譲り神話、国引き神話の舞台である。  国譲り神話では、高天原から降った建御雷神(たけみかずちのかみ)が、この浜辺に剣を立...

出雲大社大祭礼の写真

写真提供:しまね観光ナビ

出雲大社大祭礼 ( 島根県 出雲市 )

「山陰無双之節会、國中第一之神事ナリ」と称えられるほど盛大な祭事であった「三月会(旧暦3月1日~3日間)」を引き継ぎ、出雲大社が官幣大社に定められたのを記念して、1886(明治19)年から開催されるようになったもので、5月13日を前夜祭とし、14日から16日の3日間に渡る儀式は大祭礼と呼ばれている。  14日は「勅祭日」と呼ばれ、天皇...

神門通りの写真

写真提供:しまね観光ナビ

神門通り ( 島根県 出雲市 )

出雲大社への参道の入口として1914(大正3)年に整備された宇迦橋(うがばし)の一の鳥居から、出雲大社の参道入口前にある広場の勢溜(せいだまり)まで続く、700mの表参道。2013(平成25)年、電線地中化が行われ、石畳に整備された*。出雲大社に向かって緩やかな上りの勾配のある坂の両脇に、出雲の名物「出雲そば」や出雲発祥の「ぜんざ...

裏匹見峡の写真

写真提供:益田市観光協会

裏匹見峡 ( 島根県 益田市 )

裏匹見峡は、JR山陰本線・山口線の益田駅から南東へ約25km、広島県廿日市市との境界近くにある峡谷。  この一帯では約9000万年前の中生代白亜紀に非常に大規模な火山活動が起き、流紋岩~デイサイト質の火砕流が噴出し、主に凝灰岩や溶結凝灰岩からなる匹見層群を形成。匹見川および支流の広見川の浸食によって形成された匹見峡は、西中国...

萬福寺の写真

写真提供:西村愛

萬福寺 ( 島根県 益田市 )

JR益田駅の東約2km、益田川の北畔にある。もとは現在の中須町(なかずちょう)にあって平安時代に建立され、安福寺と号した七堂伽藍をかねそなえた天台宗の大寺であった。1026(万寿3)年5月に石見地方を襲った大津波で、堂塔がことごとく流失した。その後、1319(元応1)年、遊行4代呑海上人(どんかいしょうにん)が下向のおり、時宗の道場...

清水寺の写真

写真提供:安来清水寺

清水寺 ( 島根県 安来市 )

JR山陰本線安来駅の南東、山腹に広大な境内をもつ。寺伝では、587(用明天皇2)年、尊隆上人が、瑞光を発する十一面観音をこの地に得たのに始まり、597(推古天皇5)年、堂宇が建立されたと伝わる。山上に瑞光が現れ、その光にちなみ山号を「瑞光山」とした。また水清く、聖なる湧水を湛えていたことから「清水寺」と名づけられた。出雲地方...

安来節とどじょうすくいの写真

写真提供:西村愛

安来節とどじょうすくい ( 島根県 安来市 )

安来節は、元禄のころ生まれたといわれる。安来の地は鉄や米の集積地として北前船の積出港として栄え、その中で各地の民謡や田植え歌、船歌などが流入した。それらに独創性を加えた「さんこ節」が安来節の原型と言われている。江戸末期には、様々な音楽や民謡と結びつきながら、さらに変化、成長、人々に浸透していった。  そんな中、明治に...