[Vol.1]春節の横浜中華街を訪ねて

 「春節:中国、台湾などで旧暦の正月のこと。新暦の正月よりも盛大に祝う。(デジタル大辞泉)」。仕事柄、春節という言葉はよく耳にするが、その具体的な内容は知らずにいた。あるとき、地元横浜の中華街でも、春節ならではの催しをやっていることを知った。初めての春節を体験しに、真冬の横浜中華街を訪ねた。

春節の横浜中華街

 横浜中華街の起こりは、1859(安政6)年の横浜開港にさかのぼる。開港当初、西洋商人と外国語や商習慣に不慣れな日本人との仲介役として、西洋商館での勤務経験のある中国人が大活躍した。その後、産業の中心が飲食業へと移行し、現在では日本最大の中華街、一大グルメタウンとして、日々多くの人が訪れている。

 

 中華街に着いたらまずは腹ごしらえ。中華街のメイン通りは中華街大通りと関帝廟通りだが、このほかにもたくさんの路地が延びていて、高級店からテイクアウト専門店まで、多くの飲食店がひしめきあっている。 この日は、台南小路にあるこじんまりとした食堂に入った。ランチメニューの中から、エビチリ定食をオーダー。中華街には、広東、北京、上海、四川をはじめ、中国各地の料理が揃っている。きっとこのエビチリの味付けだって、店によっていろいろなのだろう。エビチリだけ食べ比べてみる、というのも面白そうだ。

関羽を祀る関帝廟

 腹ごしらえを済ませ、通りを歩く。通りには春節の鮮やかな提灯が飾られ、華やかなお正月ムード満点。中華街大通りと関帝廟通りには、黄色い提灯が龍の形に吊るされている。 三国志で有名な関羽を祀る関帝廟で、中国式の参拝にチャレンジしてみる。5箇所の香炉に1本ずつお線香をお供えしてから本殿の中へ。黄・緑・赤・青の極彩色で彩られた、見る者を威圧するほどの豪華絢爛な建物だ。横浜の関帝廟は、開港直後の1862年に祠が開かれ、媽祖様を祀る媽祖廟と共に、華僑の人びとの心の拠りどころとなっている。案内の人に聞くと、観光客だけでなく、地元の人びともお参りに訪れるという。華僑の人びとの素顔に触れられた気がした。

ホテルニューグランド
山下公園

 お楽しみの娯楽表演まではまだ時間があるので、少し足を伸ばして山下公園へ。ここは、横浜港に面した臨海公園で、1930年から1960年まで、北米航路の定期船として「太平洋の女王」の愛称で活躍してきた氷川丸が係留されている。振り向けば各国の著名人たちが泊まったホテルニューグランド。左手には、大型クルーズ船も着岸する大さん橋が見える。 この海はたしかに世界とつながっていて、その交流のおかげで、私のふるさとは現在の姿になったのだ。

 

 17時30分、辺りが薄暗くなりかけた頃、爆竹のはぜる音とともに娯楽表演がスタート。可愛らしく時にアクロバティックな動きの獅子舞、あでやかな音色が咲きこぼれる古筝、人間離れした技を次々繰り出す中国雑技と、普段あまり目にする機会のない中国芸能のパフォーマンスが続く。 会場には、中国人も日本人も、地元の人も観光客の人もいて、妙技が決まるたびにそろって歓声をあげ、演者の素晴らしいパフォーマンスに対して、誰もが惜しみない拍手を送っていた。

明かりのともった龍

 横浜中華街は、幕末の開港以来、日本人と遠い海の向こうからやって来た華僑の人びとが、ともに支えあって育ててきた街。その道は決して平坦ではなく、関東大震災、太平洋戦争と、多くの困難があった。それを乗り越えてきたからこそ、今年の春節をともにお祝いすることができたのだ。

 すっかり夜の帳が下りた空には、明かりのともった龍が優雅に舞っていた。

(注)本稿は2018年に取材したものである。2020年は、横浜中華街も新型コロナウイルスの影響を大きく受けた。一日も早く、いつもの賑わいが戻ることを祈っている。

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筆者

門脇 茉海

公益財団法人日本交通公社 研究員。横浜生まれ横浜育ち。

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