[Vol.8]国立西洋美術館「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」を訪ねて

 8月下旬、東京・上野にある国立西洋美術館で開催中の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」(会期:6月18日~10月18日、東京展終了後は大阪・国立国際美術館で開催)を訪ねた。

 イギリス・ロンドンのトラファルガー広場に面して建つナショナル・ギャラリーは、イギリス国内に限らず、ヨーロッパ絵画を網羅的に収集していることが特徴で、その幅広く質の高いコレクションは「西洋絵画の教科書」とも称される。ヨーロッパの多くの美術館とは異なり、王室コレクションを母体にするのではなく、市民コレクターが収集したコレクションを核に設立されたことも大きな特徴となっている。また、所蔵品の貸し出しに非常に慎重であることでも知られ、これまでイギリス国外で所蔵作品展が開催されたことはなく、今回展示される全61作品はいずれも初来日となる。

 新型コロナウイルスの流行は、美術館や博物館の活動にも大きな影響を及ぼしている。美術品の海外輸送が困難などの理由で、やむなく特別展の開催を断念したところも多い。本展も、当初は3月3日~6月14日までの会期が予定されていたが、大幅な変更を余儀なくされた。


 本展を訪れる前、ナショナル・ギャラリーをテーマとしたオンラインツアーに参加した。オンラインツアーとは、コロナ禍においてにわかに注目が高まっているもので、インターネットを介して、現地のガイドと参加者をリアルタイムにつなぎ、様々な体験を提供するものだ。

 オプショナルツアーを扱う会社からの案内メールには、まち歩き、モノ作り体験、グルメツアーなど、様々なプログラムが掲載されていた。その中から私は、2つの美術史講座を選んだ。学生時代、所属していた学科に美術史専攻コースがあり、時々講義を聴講していたのだが、久しぶりに学び直してみようと思ったのだ。10年前に初の海外旅行で訪れ、絵画の持つ迫力に圧倒されたプラド美術館、そして“西洋美術史の流れを学びたい方や、「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」の予習にオススメ”という誘い文句に引かれ、ナショナル・ギャラリーのツアーに申し込んだ。

 オンラインツアーに参加したのには、もう一つ理由がある。本当なら、今年のゴールデンウィークは台湾に行ってマンゴーかき氷を堪能するはずだったのが、海外はおろか、週に2~3回、近所のスーパーに買い出しに行くだけの日々が続いていた。緊急事態宣言解除後も、なかなか普段通りの外出がままならない状況が続く中、日常の中にささやかな楽しみをつくりたいと思ったのだ。


 ツアーの開始は日本時間ちょうど21:00。早めに仕事を切り上げ、急いで身支度を済ませてPCの前にスタンバイ。ツアーは、WEBミーティングやオンライン飲みですっかりおなじみとなったZoomを使用。ガイドの自己紹介の後、画面共有機能で作品画像を見ながら解説していく。ナショナル・ギャラリーの展示は時代順に構成されていて、全4回の講義でその全てを一巡することになる。美術史に関する知識の深さはもちろん、参加者を惹きつける語り口の解説は分かりやすく、私はすぐに西洋絵画の世界に引き込まれた。

 美術館では、特に人気のある作品の場合、ひとつの作品の前に長時間たたずむことは難しい。また、作品保護のため展示室内の照明が暗くなっていることも多く、絵の細部をじっくりと見ることも難しい。その点オンラインでは作品を独り占めできるし、ズームイン/ズームアウトも自由なので、展示室では見えない細かな描写までくっきり確認できる。オンラインだからこそ、じっくりと絵画に没頭することができた。

 また、人との会話がこんなにも嬉しいものなのかと改めて感じた。ツアー中、ガイドは今日の現地の状況を紹介してくれたり、本題からは少し脱線してお互いの国や住んでいる地域の様子を紹介する場面もあった。「新しい生活様式」の実践が求められる中、人間が持つ社会性が否定されたような気もして、どうにもならない寂しさを抱えていたのだが、オンラインのあたたかな交流を通して、私たちは今も変わらずつながっていることを実感できた。


 「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」を訪れたのは、初日のツアーに参加した数日後のこと。日時指定制のもと開館されているため、館内はゆったりとしていた。

 ガイドの解説を思い出しながら作品を鑑賞することで、ただ漫然と眺めるのではなく、鑑賞のポイントを踏まえて、より能動的に絵の世界に入り込むことができたように思う。

 本展は本家のナショナル・ギャラリーと同様に時代順に構成され、「イギリスとヨーロッパ大陸の交流」という視点から西洋絵画の歴史がたどれるようになっている。展示後半には、モネの「睡蓮の池」やゴッホの「ひまわり」など、これからのツアーで取り上げられる時代の作品たちがずらりと並んでいた。これからどんな解説が聞けるのか、とても楽しみにしている。


 オンラインツアーに参加し、そして実際に絵を見ると、北方ルネサンス絵画やダ・ヴィンチといった、今回来日していない作品を早く見たいと思ってしまう。近い将来、心置きなく安心して海外に行ける日が必ずやって来ると信じて、今は、オンラインツアーと「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」で、西洋美術を楽しむ目をたっぷり育てておこうと思う。

MEMO:

*国立西洋美術館は、株式会社川崎造船所(現:川崎重工業株式会社)の初代社長である松方幸次郎氏が収集した「松方コレクション」を基礎に持つ、広く西洋美術全般を対象とする日本唯一の国立美術館。常設展「中世末期から20世紀初頭にかけての西洋絵画とフランス近代彫刻」では、ナショナル・ギャラリーと同様、幅広い時代・地域の西洋美術を展示している。「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」で展示している画家の作品も展示されており、あわせて鑑賞したい。

*新宿にあるSOMPO美術館は、ゴッホの「ひまわり」を所蔵している日本唯一の美術館。「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」の開催中は、日本にいながらにして2つの「ひまわり」を楽しむことができる。ゴッホは、花瓶に生けられたひまわりの絵を7点描いており、ナショナル・ギャラリー所蔵の「ひまわり」は4番目、SOMPO美術館所蔵の「ひまわり」は5番目に描かれた作品である。

筆者

門脇 茉海

公益財団法人日本交通公社 研究員。横浜生まれ横浜育ち。

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