新境川堤のサクラしんさかいがわつつみのさくら

名古屋鉄道各務原(かかみがはら)線「市民公園前駅」の西側を流れる新境川の両岸には、サクラ並木が約1,000本以上、約4kmにわたり続いている。地元出身の歌舞伎役者市川百十郎*が、1931(昭和6)年の境川放水路(現・新境川)完成を記念してソメイヨシノの苗木を寄贈したことから、「百十郎(ひゃくじゅうろう)桜」という粋な名で呼ばれている。
 サクラの見頃は例年3月下旬~4月上旬頃で、開花にあわせ桜まつりが催される。川沿いの散策路もある。
 隣の市民公園は旧岐阜大学跡地を整備して作られた公園で、6.5万m2の敷地内には広々した広場、遊具、健康器具などが充実していて、各務原市立中央図書館もある。
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みどころ

1931~1932(昭和6〜7)年に、歌舞伎役者・市川百十郎が寄付したサクラの苗木は境川の堤防に植えられ、その後は花見の名所として賑わった。しかし、太平洋戦争(1941~1945(昭和16~昭和20)年)中や、終戦1945(昭和20)年直後には多くのサクラの木は薪として伐採されてしまった。
 1963(昭和38)年、稲葉郡那加町、稲羽町、鵜沼町、蘇原町が合併して各務原(かかみがはら)市が誕生した折りに、サクラが再び植えられてサクラ並木が復活した。市川百十郎が、サクラの名所にと願った思いがふたたび花開いた。
 各務原市で、市内一円をいくつかのサクラの名所を含めて大きなサクラの輪でつなぐ「桜回廊都市計画」が進められ、市民ボランティアの協力により、新境川沿いも2003~2008(平成15~平成20)年に新たなサクラの植栽がされ、サクラ並木は広がっている。住民の活動の賜もあって、新境川の両岸に咲き誇るサクラは、水面にも映えて美しい。
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補足情報

*市川 百十郎:1882~1969(明治15~昭和44)年。明治時代から昭和時代に活躍した歌舞伎役者、旅芸人。岐阜県各務郡大宮村(現・各務原市蘇原大島町)出身。本名は加藤劔。