戸隠神社とがくしじんじゃ

戸隠神社は霊山・戸隠山のふもとにある奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社の総称で、創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社といわれている。天の岩戸伝説*の神話に縁深い神々、天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)・天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)などを祀る。
 神社の創建は諸説あって明らかでないが、平安時代山岳仏教の影響を受けて開かれ、神仏習合として発展していったと思われる。849(喜祥2)年に奥社と九頭龍社の社殿が造営され戸隠寺となったといわれている。1058(天喜6・康平元)年宝光院を分祀し、1094(寛治8・嘉保元)年さらに中院を分祀した。鎌倉時代に顕光寺(けんこうじ)と改称して戸隠三千坊といわれるほどに隆盛を極めた。しかし室町時代になると天台・真言両派の対立が起き、1468(応仁2)年宣澄(せんちよう)暗殺事件*をきっかけに真言宗は衰微していった。江戸時代に寺の気運は更に益したが、明治の廃仏毀釈で顕光寺の歴史を閉じ、戸隠神社と改称した。衆徒は神官となり、宿坊を経営した。
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みどころ

戸隠五社は戸隠高原北部に点在し、特に奥社周辺の深い木立に囲まれて社が鎮まる様子は、今なお神話や修験道の昔を偲ぶに充分である。参道は約2km、中程には萱葺きの赤い随神門があり、その先は天然記念物にも指定されている樹齢約400年を超える杉並木が500mに亘り続いていて荘厳さを感じる。
 戸隠中社は杉の木立に囲まれており、特に樹齢800年を超える見事な三本杉がある。また社殿天井には、狩野派の天才絵師 河鍋暁斎によって描かれ、2003(平成15)年に復元された「龍の天井絵」がある。
 宝光社は最も長野市寄りにあり、杉の木立の中、270余段の石段を登ると1861(万延2・文久元)年建立で神仏習合時代の面影を残す荘厳な社殿があり、精徴な彫刻が目を引く。五社の中で最古の社殿で、今なお多くの信者を集めている。
 宝光社と中社の参道には多くの宿坊が門前町を形成しており、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された。「戸隠そば」の名店も並び雰囲気が良い。
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補足情報

*天の岩戸伝説:神話に登場する太陽神的性格の女神の天照大神は、弟の素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱行にたまりかね、天の岩屋にかくれてしまった。神々は集まって評議して対策を練った結果、天鈿女命(あめのうずめのみこと)に踊らせ、大いに盛り上がった。不思議に思った天照大神は岩屋の戸をすこし開けた。そのとき、陰に隠れていた神力無双の神の天之手力雄命神(あめのたぢからおのみこと)が岩戸を投げ飛ばし、天照大神を岩屋から連れ出した。この時投げた岩戸が信濃国に落ちて、戸隠山になったという伝説である。
*宣澄暗殺事件:天台宗の僧宣澄が大先達になると、宣澄は天台派の僧たちをよく治め、次第に天台派が隆盛になった。これをねたんだ真言派の僧たちにより、顕光寺門前で暗殺された。
関連リンク 信州戸隠山戸隠神社(WEBサイト)
参考文献 信州戸隠山戸隠神社(WEBサイト)
「長野市ここから旅の始まり」 長野市ガイドブック
「戸隠」パンフレット」 戸隠観光協会
「長野県の歴史散歩」出川出版社
ながの観光net(公益財団法人ながの観光コンベンションビューロー)(WEBサイト)

2022年09月現在

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