新潟県は、本州の中央部よりやや北側に位置し、日本海に面し、山形県、福島県、群馬県、長野県、富山県に接している。面積は約12,600km2、20市6町4村から構成され、県庁所在地は新潟市である。新潟県の「新潟」は、信濃川と阿賀野川の河口の中洲の新しい潟(沼地)が形成されたことに因むと言われている。
 県土は、越後平野や頚城平野などの穀倉地帯を朝日山地、飯豊山地、越後山地、三国山脈、妙高山塊、飛騨山脈といった2,000m級の山々が取り囲み、それぞれ県境をなしている。これらの山々を水源として、阿賀野川や信濃川などの主要河川が広大な越後平野を流れ、日本海に注いでいる。日本海上には佐渡島と粟島の2つの離島があり、佐渡島の中心部は国仲平野を形成し、北西部は1,000m級の山々が連なる大佐渡山地、南東部は500m前後の小佐渡丘陵とに2分されている。
 本土側は日本海側気候で豪雪地帯であり、特に山間部は世界有数の積雪を誇る。一方、日本海に浮かぶ佐渡島は、冬季シベリア寒気団による季節風をまともに受けるものの、周辺を対馬暖流が流れているために気候は比較的温暖である。
 新潟県は、飯豊山、谷川連峰、妙高山、苗場山頂周辺の湿原などの自然資源に恵まれ、春夏秋冬、四季折々の表情を見せる。日本有数の積雪地帯であり、中越地方と上越地方の山間部にはスキー場も多く立地している。また佐渡金山遺跡や弥彦神社どの名所旧跡のほか、長岡花火や新潟まつりなど著名な行祭事・イベントも多い。食も魅力の一つで、肥沃な土地と雪解け水で育った新潟米、日本海の荒波にもまれた海の幸、日本一の酒蔵数を誇る新潟の日本酒など豊富である。

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新潟県内の資源一覧

飯豊山(飯豊連峰)の写真

飯豊山(飯豊連峰) ( 山形県 小国町 / 福島県 / 新潟県 阿賀町 )

山形、福島、新潟の3県にまたがる飯豊連峰の総称。標高2,128mの大日岳を最高峰に、飯豊本山とも呼ばれる飯豊山(標高2,105m)など、2,000m級の山々*が約20kmにわたって連なる。花崗岩と中古生層から成る褶曲山地で、氷河地形、周氷河地形及び雪食地形*が見られ、稜線の東西で地形が大きく異なる非対称山稜を形成している。植生も雪田群落な...

尾瀬ヶ原の写真

尾瀬ヶ原 ( 群馬県 片品村 / 新潟県 魚沼市 / 福島県 檜枝岐村 )

尾瀬沼の西約4km、至仏山・燧ケ岳・景鶴山・アヤメ平など2,000m級の山々に囲まれた盆地状をなす標高1,400m内外の高地に、東西約6km、南北約2kmにわたって広がる本州最大の湿原で、尾瀬を象徴する存在である。牛首と沼尻川を境に、下田代・中田代・上田代に分かれている。尾瀬ヶ原ははじめ燧岳溶岩流が只見川をせき止めてつくった古尾瀬湖とい...

谷川岳の写真

谷川岳 ( 群馬県 みなかみ町 / 新潟県 湯沢町 )

群馬・新潟の県境にある谷川岳は標高1,977m、オキノ耳とトマノ耳*の2つのピークを持つ。  太平洋側と日本海側を分ける脊梁山脈にあたり、北西の季節風が吹きつける豪雪地域である。そのため、新潟県側は穏やかだが、群馬県側は雪崩による浸食作用のため荒々しい山相をなし、東側斜面にはマチガ沢・一ノ倉沢・幽ノ沢などの急峻な谷が湯桧曽...

将軍杉の写真

将軍杉 ( 新潟県 阿賀町 )

2000~2001(平成12~13)年度の環境省「全国巨樹巨木フォローアップ調査」スギの部で、屋久島の縄文杉(16.1m)を抜いて、日本一の太さとなった。樹齢約1400年、高さ約38m、幹回り19.31mで、国の天然記念物に指定されている。将軍杉の名称は、晩年をこの地ですごしたという平維茂に因んだもので、根元に余吾(よご)将軍維茂墓碑がある。 ...

つがわ狐の嫁入り行列の写真

つがわ狐の嫁入り行列 ( 新潟県 阿賀町 )

1990(平成2)年に始まった祭りである。狐火で有名な津川に伝わる、江戸時代の嫁入りを再現した結婚の儀式。その年結婚予定のカップルが、白無垢姿の花嫁で狐の真似をしながら、住吉神社から夜の街道を練り歩き、108匹(人)のお供を連れて、披露宴会場となる麒麟山公園まで行列*する。まちでは灯りを消し松明や提灯で幻想的な雰囲気を演出...

瓢湖の白鳥の写真

瓢湖の白鳥 ( 新潟県 阿賀野市 )

JR水原駅の東1.5kmにある瓢湖*は、1639(寛永16)年に新発田藩が13年かけて造ったため池で、周囲約1kmの方形をしている。毎年10月下旬~4月上旬、約5,000羽の白鳥が訪れることで知られている。  1950(昭和25)年2月から付近の故吉川重三郎が餌付けを試み、1954(昭和29)年に成功、警戒心の強い白鳥が人に馴れる例は極めて珍しいことから...

五頭温泉郷(出湯温泉、今板温泉、村杉温泉)の写真

写真提供:五頭温泉郷旅館協同組合

五頭温泉郷(出湯温泉、今板温泉、村杉温泉) ( 新潟県 阿賀野市 )

五頭・菱ヶ岳西麓にあり、旧笹神村の出湯・今板・村杉の三温泉を称して五頭温泉郷という。ゆっくりと保養する人のほかに、周辺の瓢湖、五頭山、ゴルフ場などの基地として利用されている。  北にある出湯温泉*は、弘法大師が錫杖で地面を突いたところ湧出したと伝えられる。五頭山華報寺の門前町と発達した温泉で、華報寺が名実ともにこの...

信濃川(大河津分水)の写真

写真提供:国土交通省北陸地方整備局

信濃川(大河津分水) ( 新潟県 燕市 )

3年に1度の頻度で水害が発生していた越後平野。潟や沼が点在する低湿地帯であるため、水はけが悪く浸水が長期化したほか、腰まで水に浸かりながら稲刈りをする泥沼の深田が各地に広がっていた。その惨状は良寛も嘆くほどであった。  1896(明治29)年7月22日に発生した「横田切れ」では越後平野のほぼ全域が約1か月にわたって浸水し、食料...

渡邉邸の写真

渡邉邸 ( 新潟県 関川村 )

JR米坂線越後下関駅の東、旧米沢街道沿いにある。渡邉家初代は村上藩士で郡奉行を務めたが、1667(寛文7)年に隠居して現在地に転居した。二代目は廻船業や酒造業で財を成し、新田開発をするなど大地主に発展していった。三代目は、1726(享保11)年以降、財政難に苦しんでいた米沢藩への融資を幕末まで続け、その額は10万両を超えた。その功...

村松公園のサクラの写真

写真提供:一般社団法人五泉市観光協会

村松公園のサクラ ( 新潟県 五泉市 )

村松公園は、1906(明治39)年10月に日露戦役記念として造られた。春に咲く約3,000本の桜は「日本さくらの名所100選」にも選ばれ、満開になる4月中旬には花見客で賑わう。9割近くがソメイヨシノで、ピンクの濃いヨウコウザクラや希少品種の穂咲彼岸八重桜などがある。

加茂湖の写真

加茂湖 ( 新潟県 佐渡市 )

両津湾が、北から南から発達してきた砂嘴によって仕切られ、加茂湖が誕生し、両津市街地で海と隔てられた海跡湖である。むかしは越ノ湖と風雅な名で呼ばれた淡水湖であったが、1904(明治37)年に水害予防と船溜まりのため湖口を開削、そのため、海水が流れこんで、鹹湖(かんこ)*となった。  面積4.85km2は県内最大であり、...

大野亀の写真

大野亀 ( 新潟県 佐渡市 )

願集落の西端から海に突き出した、大亀が寝ているような姿の巨岩。標高167mの一枚岩の岩壁は雄大そのもので、岩肌を草が覆っている。  半島の付け根一帯は草原になっており、5月下旬~6月上旬にかけて、50万株100万本のトビシマカンゾウの群落が一面に花咲くと、青い海を背景に黄色のカーペットを敷いたようでみごとである。

佐渡金銀山の写真

写真提供:新潟県観光文化スポーツ部文化課世界遺産登録推進室

佐渡金銀山 ( 新潟県 佐渡市 )

国史跡の佐渡金銀山遺跡は、「佐渡島(さど)の金山」の名称で、2022(令和4)年2月に世界遺産候補としてユネスコに推薦された。  佐渡島の金生産の最古の記録は、平安時代後期(12世紀)に編纂された『今昔物語集』で、佐渡島で金を採取したという説話が収録されている。15世紀半ばには佐渡へ流された世阿弥が『金島書』の中で、佐渡島を...

トキの森公園の写真

写真提供:新潟県佐渡市

トキの森公園 ( 新潟県 佐渡市 )

トキ*の森公園には、「トキふれあいプラザ」と「トキ資料展示館」とがある。前者では、飼育ケージ内を生息環境に近い状態にして、トキの採餌、飛翔のほか、抱卵や子育てなどトキの生態を間近で観察できる。後者では、展示テーマを「保護から共生そして未来へ」と題し、近年リニューアルした展示物や従来展示していた「キン」のはく製などを...

宿根木集落の写真

宿根木集落 ( 新潟県 佐渡市 )

宿根木は、海岸段丘下の入り江に形成された集落である。集落は鎌倉時代から南北朝時代にかけて成立したと考えられる。江戸時代以降、宿根木は西廻り航路の寄港池として繁栄し、北前船の船主や船大工が集住し、一般の港町とは様相が異なっていた。  宿根木の住居は、舟板を用いた独特な家が多く、かつては石置板葺で、全体に外観は質素であ...

妙宣寺(阿仏房妙宣寺)の写真

妙宣寺(阿仏房妙宣寺) ( 新潟県 佐渡市 )

佐渡に配流された順徳上皇*の供をしてきた北面の武士遠藤為盛(えんどうためもり)は、上皇崩御ののち、出家して阿仏房日得(にっとく)となった。その後、流されて塚原に謫居中の日蓮に、妻千日尼と共に帰依し、いろいろと尽した。その子盛綱が父母の志を継いで、その住居を寺としたのが始まり。  寺地はアカマツの林の中にあり、江戸末...

佐渡の人形芝居の写真

写真提供:佐渡市教育委員会

佐渡の人形芝居 ( 新潟県 佐渡市 )

「佐渡の人形芝居」とは佐渡島に所在する「文弥人形」*「説経人形」*「のろま人形」*の三つの人形芝居の総称であり、国の重要無形民俗文化財に指定されている。   佐渡の人形芝居は、およそ300年前、佐渡の住民が京から人形一組を持ち帰って一座を起こしたのが始まりとされている。明治末年には「文弥」「説経」をあわせて島内に30近い...

佐渡の能・狂言の写真

佐渡の能・狂言 ( 新潟県 佐渡市 )

佐渡では、宝生流の能楽が盛んである。かつて観世三郎元清(世阿弥)*が流されて来た影響もあるが、慶長年間(1596~1615年)に金山奉行となった大久保長安が、猿楽師の出身で、能を奨励したことによるといわれる。今でも、島内の古い宮には能舞台が見られ、1924(大正13)年に訪れた大町桂月も「鴬や十戸の村に能舞台」と詠んだほどである...

佐渡国分寺跡の写真

佐渡国分寺跡 ( 新潟県 佐渡市 )

奈良時代、諸国に建てられた国分寺の一つ、佐渡国分寺の跡。真野宮から県道約3km北上した松林に、国分寺史跡公園として整備されている。面積約2,000m2、金堂・中門・回廊・七重塔跡の礎石が芝生の中に並び、往時の伽藍配置がよくわかる。特に金堂と中門をつなぐ回廊があったのは珍しいといわれる。また、金堂の東に残る礎石は平安...

親不知・子不知の写真

写真提供:一般社団法人糸魚川市観光協会

親不知・子不知 ( 新潟県 糸魚川市 )

市振から落水(おちりみず)までの15kmの海岸を親不知・子不知*と呼び、親不知駅の西10kmを親不知という。北アルプスの北端が日本海に落ち込み、400~500mの断崖絶壁を見せている景勝地。1883(明治16)年に国道が開通されるまでは、旧北陸街道の最大難所で、むかし旅人はこの崖下の狭い砂浜を大波が来ないうちに命がけで通過した。  北陸...

小滝川ヒスイ峡の写真

写真提供:一般社団法人糸魚川市観光協会

小滝川ヒスイ峡 ( 新潟県 糸魚川市 )

大糸線小滝駅の西方、姫川の支流・小滝川の、明星山*の大岩壁が落ち込んだ河原が国の天然記念物「小滝川硬玉産地」である。硬玉とはヒスイのことで、一帯は小滝川ヒスイ峡とよばれる。日本随一のヒスイ産地と知られ、150mほどの河床には白色・緑色・紫色の硬玉が散在する。  1938(昭和13)年、日本で初めてヒスイの原石がここで発見され...

雪倉岳の写真

写真提供:一般社団法人糸魚川市観光協会

雪倉岳 ( 新潟県 糸魚川市 / 富山県 朝日町 )

新潟県と富山県との境界にある飛騨山脈後立山連峰にある標高2,611mの山。大きく根を張り、おおらかな山体を横たえる。山名は、積雪期に雪の間にところどころ岩が見え、その岩を地元猟師らは「倉」と呼んでいたことから、雪*と倉の山という意味で「雪倉岳」と呼ばれるようになったという。

焼山の写真

写真提供:一般社団法人糸魚川市観光協会

焼山 ( 新潟県 糸魚川市 / 新潟県 妙高市 )

糸魚川市と旧妙高村にまたがる、釣鐘状のトロイデ型、標高2,400m。約3000年前に活動が始まった若い火山で、新潟県唯一で活火山で、長い間、登山禁止であったが、2018(平成30)年11月15日付けで、立入り規制は解除された。山の大部分は火山体でなくフォッサマグナ由来の第三紀層である。山頂部は森林限界の高山帯で、日本におけるライチョウ...

十日町雪まつりの写真

写真提供:十日町雪まつり実行委員会

十日町雪まつり ( 新潟県 十日町市 )

十日町雪まつりは、1950(昭和25)年2月4日・5日に初めて開催された。  「雪を友とし、雪を楽しむ」という住民の自発的な思いから生まれたこの雪まつりは、冬の厳しさも美しさも知り尽くし、雪に打ち克つ気概が生んだ発想。 こうした発想の背景には、終戦以降、製造が禁止されていた絹織物製品の生産が再開され、地元産地を元気にさせるよ...

へぎそばの写真

写真提供:小千谷観光協会

へぎそば ( 新潟県 小千谷市 / 新潟県 十日町市 )

小千谷市と魚沼市を中心とした魚沼地方が発祥とされる小千谷ソバ。織物の糊付けに用いる海藻の「布海苔(ふのり)」をつなぎに使用しており、なめらかで独特のコシの強さが特徴。「へぎ」と呼ばれる四角い板状の器に一口程度に小分けして丸める「手振り」で盛りつけられるので、へぎソバと呼ぶが、独特な盛り付けから、「手振りソバ」ともい...

片貝まつり(浅原神社秋季例大祭奉納大煙火)の写真

写真提供:小千谷観光協会

片貝まつり(浅原神社秋季例大祭奉納大煙火) ( 新潟県 小千谷市 )

毎年9月9日と10日に開催される「浅原神社秋季例大祭」で打ち上げられる花火は神社への奉納である。日本一、世界最大級の正四尺玉があがる。正四尺玉が夜空に開く大きさは、直径800mに達する。  1802 (享和2)年、観音堂の完成にあわせて、花火が打ち上げられ、「十里の遠方から」花火見物に来たという記録が残る。三尺玉は1891(明治24)...

信濃川(河口付近)の写真

信濃川(河口付近) ( 新潟県 小千谷市 / 新潟県 十日町市 / 新潟県 燕市 / 新潟県 新潟市 / 新潟県 他 )

山梨・埼玉・長野の三県にまたがる甲武信ガ岳(2,475m)に源流を発し、千曲川として善光寺平に入ると最大の支流である犀川をあわせ、飯山盆地を経て、信越国境を越えて初めて、信濃川に名を改める。信越国境から小千谷までの「中流域」は、幾段もの河岸段丘を形成し、小千谷からは自らの土砂で生成した越後平野を貫流、新潟市で日本海に注ぐ...

米山の写真

写真提供:柿崎観光協会

米山 ( 新潟県 上越市 )

標高993mの海岸線にある独立峰で、遠くからも目立つ山容は実に堂々としている。山頂には避難小屋や一等三角点があり、円錐型秀麗な山容を見せる。  712(和銅5)年泰澄大師によって開山と伝えられ、山頂には日本三薬師に数えられる米山薬師が祀られており、柿崎側の麓には別当寺密蔵院護摩堂がある。山毛欅に囲まれた登山道の随所にお地蔵...

高田城址公園の桜の写真

写真提供:上越市役所

高田城址公園の桜 ( 新潟県 上越市 )

高田城址公園の桜は、旧陸軍第十三師団の入城を祝い、1909(明治42)年に在郷軍人会によって、2,200本の桜が植えられたのが始まり。現在は、園内とその周辺に約4,000本の桜がある。三重櫓と桜が約3,000個のぼんぼりの明かりに映え、お堀の水面にうつる様は、「日本三大夜桜」の一つに数えられている。桜の開花にあわせ開催される観桜会は、市...

林泉寺の写真

林泉寺 ( 新潟県 上越市 )

春日山城跡の北麓にある。1497(明応6)年に越後の守護代長尾能景*が、父重景の17回忌にあたり同家の菩提所として建立した名刹。現在の寺は春日山城主となった堀秀治が再興したもので、江戸時代になってからは、歴代高田藩主の保護を受けた。上杉謙信は能景の孫にあたり、幼少からこの寺で6代天室光育に学び、さらに7代益翁宗謙について禅の...

旧笹川家住宅の写真

旧笹川家住宅 ( 新潟県 新潟市 )

笹川家は、安土桃山時代の信濃国水内郡笹川村から、この味方の地に移住し、1970(昭和45)年にこの地を離れるまで、14代300年以上にわたって続いた名家である。1649(慶安2)年から明治維新までは、9代にわたり味方組8か村、約8千石を束ねる大庄屋をつづけた。年貢の取りまとめ、藩から与えられた警察権・裁判権を行使していた。その一方で、...

福島潟の写真

写真提供:水の駅「ビュー福島潟」

福島潟 ( 新潟県 新潟市 )

福島潟は越後平野の北部、阿賀野川右岸に位置する262haの潟湖。浅い水域にはヨシ帯が島状に広がり、日本の原風景「豊葦原の国」を思わせる。  福島潟へは五頭連峰を主な水源とする13本の河川が流入、水面の標高マイナス0.7m、平均水深0.5mという越後平野の低湿地環境を象徴する存在で多様な生きものが生育、生息する自然豊かな湿地である。...

新潟まつりの写真

写真提供:新潟市役所 観光政策課

新潟まつり ( 新潟県 新潟市 )

新潟まつりは、住吉まつり、開港記念祭、川開き、商工祭の4つの行事*を総合して1955(昭和30)年から実施されている新潟の代表的な祭りである。2020(令和2)年は8月21日~23日の3日間開催。  約1万5,000人の踊り手が市街地の通りを埋め尽くす「大民謡流し」や古式ゆかしい住吉行列。港の安全と発展を願う水上おこし渡御、市民みこし、そ...

白根大凧合戦の写真

写真提供:白根大凧合戦実行委員会 事務局

白根大凧合戦 ( 新潟県 新潟市 )

越後平野を流れる大河「信濃川」の支流「中ノ口川」(川幅約80m)の両岸から、24畳分の大凧を揚げ、空中で絡ませ川に落とし、相手の凧綱が切れるまで引き合う勇壮な世界最大スケールの大凧合戦。  江戸時代の中頃、白根側の人が中ノ口川の堤防改修工事の完成を祝って藩主から送られた凧を揚げたところ、対岸の西白根側に落ち、家や農作物を...

佐潟の写真

佐潟 ( 新潟県 新潟市 )

佐潟は、新潟砂丘列間の低地に位置し、上流側の小さな上潟(うわかた)と、下流側の下潟(したかた)の、大小2つの潟から成り立つ淡水湖。潟の面積は43万6千m2、水深は平均1mと浅く、湖底は船底形をしている。外部からの流入河川はなく、周辺地域からの湧水と雨水で涵養されている。  この地域は、国定公園第3種特別地域として...

北方文化博物館の写真

北方文化博物館 ( 新潟県 新潟市 )

阿賀野川西岸の小さな集落沢海に、江戸中期、農より身を起こし、代を重ね越後随一の大地主になったのが伊藤家である。明治に入り、農地の集約を計り、全盛期には、所有の田畑1,372町歩(約14ha)、山林1,000町歩(約10ha)を超え、差配人78名、米蔵58か所、小作人2,800名を数え、作徳米約3万俵といわれ、昭和期には県下一の地主となった。 ...

月岡温泉の写真

写真提供:月岡温泉観光協会

月岡温泉 ( 新潟県 新発田市 )

月岡駅の東約4km。1915(大正4)年、石油をボーリング中噴出した温泉*。およそ大小20軒の旅館や、みやげ物店が軒を連ね、華やいだ温泉街を形成、「歩きたくなる温泉街」を目指している。岩室温泉とともに新潟市の奥座敷として知られている。現在なお、芸妓文化を大切にし、23名の芸妓が活躍する(2020(令和2)年1月現在)。

市島邸の写真

市島邸 ( 新潟県 新発田市 )

月岡駅の北西にある。阿賀野市水原の市島家*旧邸が戊辰戦争の兵火により焼失したあと、1876(明治9)年に建てられたもの。  現在、2万6,000m2の敷地に、茶室の水月庵、約150mの渡り廊下、93畳の広さがある南山亭など明治初期の建築作風を残した2,000m2の建物と、広い回遊式庭園の静月園、背後に竹林・梅林がある。...

新発田城跡の写真

新発田城跡 ( 新潟県 新発田市 )

鎌倉時代初期、新発田氏*による築城といわれ、代々、新発田氏居城となっていたが、上杉景勝に反乱を起こし敗れ、落城。新発田氏は滅亡した。そのあと、1598 (慶長3)年、6万石の所領を得て入封した溝口秀勝*が、新発田氏の居城を一部取り入れて造られた平城で、新発田川の形成した広い自然堤防上に位置した。舟形城・菖蒲城・狐尾曳ノ城*...

清水園の写真

清水園 ( 新潟県 新発田市 )

1658(明暦4・万治元)年に造られた新発田藩主溝口氏の下屋敷。敷地は4,600坪と広く、庭園は草書体の別記「水」の字を描いた大池泉を中心に樹木や5つの茶室が配され近江八景をとり入れた純京風の回遊式である。  屋敷は1666(寛文6)年に建てられた寄棟造の数寄屋建築で、幕府への配慮からほとんど装飾を施していない。一角に移築された米...

阿賀野川の写真

阿賀野川 ( 新潟県 阿賀町 / 福島県 西会津町 / 新潟県 他 )

阿賀野川は、福島・栃木両県の県境にある荒海山(標高1,581m)に源があり、新潟市北区松浜地先において980mの川幅で日本海へ流れ出る。長さ210kmは日本で10番目であるが、年間の総流出量は142億tで信濃川に次いで多い。阿賀野川という名は新潟県内に限られ、福島県では阿賀川(大川)と呼ばれる。豊富な水を利用して多くの水力発電所が建設...

笹川流れの写真

写真提供:村上市山北支所

笹川流れ ( 新潟県 村上市 )

県北部、浜新保から寒川(かんがわ)まで11kmにわたり独特の奇岩景観を見せている海岸線をいう。笹川流れの名称は、岩の間を盛り上がるように流れる潮流を、中心地笹川集落の名にちなんで付けられた。  隆起花崗岩が日本海の荒波で浸食されたもので、青々と松が茂る奇岩礁と、白砂の浜が交互に続き、前方に粟島が横たわる。頼三樹三郎*は...

村上の鮭料理の写真

村上の鮭料理 ( 新潟県 村上市 )

川煮、がじ煮(雅味煮)、しょう油ハラコ(腹子)、子皮煮、酒びたし、氷頭(ひず)なます、飯(いい)ずし、すっぽん煮、ナワタ汁、塩引き……。いずれも、新潟県の村上ではぐくまれ、今も口にすることのできるサケ料理である。サケの本場の北海道にも見られないこれだけのサケ文化が生まれたのには次のような背景がある。  村上市を流れる...

村上大祭の写真

写真提供:一般社団法人村上市観光協会

村上大祭 ( 新潟県 村上市 )

江戸時代初期、1633(寛永10)年に藩主堀直竒(なおのり)が西奈弥(せなみ)羽黒神社社殿を城から見下ろすのは畏れ多いとして、臥牛山中腹から現地に遷座した際、その祝いとして町民が大八車に太鼓を積んで乗り回したのが始まりと言われる。祭りは3基の神輿に御神霊を奉って、荒馬14騎、稚児行列を先頭に町内を巡行する「お旅神事」だが、圧...

越後山古志 牛の角突きの写真

越後山古志 牛の角突き ( 新潟県 長岡市 )

奉納神事であり、山古志の人たちの娯楽であった「牛の角突き」の歴史は古く千年まえからと言われ、江戸時代から明治大正と盛んになる。昭和戦後一時途絶えていたが復活。1976(昭和51)年、越後闘牛会、山古志観光開発公社が発足し、闘牛場が整備された。5月から11月の毎月1~2回(日曜日)山古志闘牛場で行われる。

長岡まつり大花火大会の写真

写真提供:一般財団法人長岡花火財団

長岡まつり大花火大会 ( 新潟県 長岡市 )

長岡の花火大会の歴史は、1879(明治12)年、千手町八幡様の祭で350発の花火の打ち上げに始まると言われる。1926(大正15)年に正三尺玉が打ち上げられ、昭和初期には全国に知られるようになる。しかし、太平洋戦争を鑑みて花火大会は中止された。1945(昭和20)年8月1日、B29大型戦略爆撃機が長岡の旧市街地をほとんど焼き尽くし、1,480余名...

見附今町・長岡中之島大凧合戦の写真

写真提供:長岡市

見附今町・長岡中之島大凧合戦 ( 新潟県 長岡市 / 新潟県 見附市 )

見附市と長岡市中之島(旧中之島町)との間で行われる大凧合戦。刈谷田川右岸の今町側に6つの凧組、左岸の中之島側に5つの凧組、計11組の凧組の若者らによって午後1時から5時ころまで、川をはさみ両岸で、糸が切れるまで凧を引き合う。高さ4.3m× 幅3.3m、畳8枚分もの大きさで、さまざまな絵柄や色彩を用いた六角大凧が大空を駆け巡る。毎年6...

護摩堂山あじさい園の写真

写真提供:田上町役場 産業振興課 商工観光係

護摩堂山あじさい園 ( 新潟県 田上町 )

護摩堂山の山頂付近に広がる「あじさい園」には、約3万株のアジサイが植えられていて、初夏になると西洋アジサイやガクアジサイなどの品種もあり多彩で、青、赤、紫、白の色とりどりの花が、訪れる人々を楽しませる。見ごろは、例年6月下旬から7月上旬で、開花期に合わせて「あじさいまつり」が行われる。

苗場山頂周辺の湿原の写真

苗場山頂周辺の湿原 ( 新潟県 湯沢町 / 新潟県 津南町 / 長野県 栄村 )

標高2,145m。新潟・長野の県境に、南にゆるやかに傾く広大な山頂をもつ火山で、なだらかな山頂には高層湿原が発達し、オオシラビソノの樹林の間には、径数mから20mほどの池塘が何百も点在している。まさに天上の楽園の言葉にふさわしい。山名が表わすように、むかし池塘は苗田と考えられ、神が稲を植えた所と伝えられている。北面の中腹には...

巻機山の写真

写真提供:南魚沼市産業振興部商工観光課

巻機山 ( 新潟県 南魚沼市 )

標高1,967m。割引岳・巻機本山・牛ヶ岳を含め巻機山と総称され、新潟と群馬の県境に優雅な山容を見せる。山名は当地方の産物である機織りと関係があり、頂上一帯は御機屋と呼ばれ、機織りの伝説がある。山麓には機織りの女神の巻機権現が祀られている。五合目までは「井戸の壁」といわれる樹林帯の急登であるが、五合からのブナ林、六合目の...

八海山の写真

写真提供:南魚沼市産業振興部商工観光課

八海山 ( 新潟県 南魚沼市 )

標高1,778m。JR上越線の六日町駅と浦佐駅の途中の車窓から、岩塊を積み上げたように鋸の目状のゴツゴツした山容を見せる。八海山は薬師岳・大日岳・入道岳(最高峰)の総称。岩場が多く、山頂付近は八ツ峰とも呼ばれる。古くから信仰を集めてきた山で、山麓三地区にはそれぞれ八海山神社里宮がある。六合目女人堂は、女人禁制の時代、女性は...

奥只見湖の写真

奥只見湖 ( 新潟県 魚沼市 / 福島県 桧枝岐村 )

奥只見ダム*によって只見川本流をせき止め、銀の採掘で知られる銀山平*のほとんどを沈めてできた人造湖。新潟県と福島県の県境にあたり、越後の荒沢連峰や会津駒ガ岳をはじめとする会津の山並みにはさまれて、紺碧の湖水が南北、東西に細長くのびる。静かな湖面に残雪や新緑、紅葉を映し、秘境の趣を感じさせる。ことに紅葉時はみごと。 ...

貞観園の写真

写真提供:貞観園保存会

貞観園 ( 新潟県 柏崎市 )

当地方の大庄屋村山家の五代当主が貞観堂を建てた頃より庭園*を本格的に造り始める。代々手を加え、九代・十代の江戸末期から明治の始めに基礎が出来上がった。八代・九代当主は京都まで出掛けて学び、幕府の庭師の指導も受け、庭園を造った。越後の豪雪地帯に都の文化を取り込んだ苔の庭園である。1937(昭和12)年に名勝としての指定を受...

綾子舞の写真

写真提供:柏崎市教育委員会博物館

綾子舞 ( 新潟県 柏崎市 )

綾子舞は柏崎市の中心から南へ16km離れた黒姫山の麓、旧鵜川村(現柏崎市)女谷の下野と高原田(たかんだ)で伝承されている古雅な民俗芸能である。  綾子舞は女性による小歌踊(こうたおどり)と男性による囃子舞(はやしまい)・狂言の3種類から成り立っている。  綾子舞の由来にはいくつかの説があり、小歌踊は今から約500年前、越後...

火打山の写真

写真提供:一般社団法人糸魚川市観光協会

火打山 ( 新潟県 糸魚川市 / 新潟県 妙高市 )

妙高山の北西に連なり、標高2,462mは妙高火山群では最高峰で、長い稜線を引く不整三角形のやさしい感じの山容を見せる。しかし、高田平野以外、山容を山麓から望むところがないので、あまり知られていない山である。  一般的な笹ヶ峰から山頂へのルートは変化があり、楽しい。ブナ林、岩塊が露出する十二曲がり、オオシラビソの樹林帯を過...

彌彦神社の写真

写真提供:彌彦神社

彌彦神社 ( 新潟県 弥彦村 )

弥彦山の東麓に鎮座している越後一ノ宮である。神武天皇の命を受けて野積浜に上陸し、人々に製塩や漁労・農業技術を教えたと言われる、「産業の神様」である天照大神の曽孫天香山命が祭神である。  弥彦山頂には、天香山命と妃神熟穂屋姫命(ひめがみうましほやひめのみこと)を祀った御神廟(奥宮)がある。彌彦神社は古くから「おやひこ...

西福寺の写真

西福寺 ( 新潟県 魚沼市 )

室町時代後期1534(天文3)年に開山芳室祖春大和尚によって開かれた。  本堂は唐様で、江戸時代の建立。江戸末期1857(安政4)年に当山の23世によって建てられた開山堂は本堂の左手にあり、雪を防ぐため覆い屋根がかけられているが、ケヤキづくり・茅葺きの堂々とした大屋根である。内部の三間四方の天井と欄間には、道元禅師が宗で猛虎に...

小山田ヒガンザクラ樹林の写真

写真提供:五泉市教育委員会

小山田ヒガンザクラ樹林 ( 新潟県 五泉市 )

江戸時代から知られている桜の名所で、その美しさに良寛の弟橘由之をはじめ、多くの文人が花見に来訪した記録が残る。サクラ並木は、寛永年間(1850年)ころ、旧川東村(現、五泉市)の斎藤源左衛門が衰えの見えた桜を補植、整備したと伝えられ、当時、サクラ並木は1,000本を数えたと言われる。このころ訪れた頼三樹三郎*は「花の吉野にまさ...

アース・セレブレーションの写真

写真提供:アース・セレブレーション実行委員会

アース・セレブレーション ( 新潟県 佐渡市 )

佐渡市小木を拠点に活動する太鼓芸能集団「鼓童」は1981(昭和56)年に設立。1988(昭和63)年から国際芸術祭「アース・セレブレーション(地球の祝祭)」を佐渡で開始する。毎年、8月下旬の金曜日から日曜日の3日間開催。期間中、国内外のアーティストが佐渡に集い、佐渡島内外から大勢の人が訪れ楽しむ。  鼓童は佐渡南西部に位置する...

佐渡おけさの写真

写真提供:一般社団法人佐渡観光交流機構

佐渡おけさ ( 新潟県 佐渡市 )

佐渡おけさの由来については諸説あるが、その前身は九州のハンヤ節といわれ、それが江戸時代、北前船の西廻り航路によって、関西から北陸・越後を経て佐渡に入り、今日の哀調を帯びたおけさになった。  「おけさ」は、新潟県内では、佐渡のほかにも、出雲崎、寺泊、小千谷、蒲原、魚沼地方にも伝わる。鉱山の作業歌であったおけさが、佐渡...

根本寺の写真

根本寺 ( 新潟県 佐渡市 )

国仲平野の中部、緑の森の中にある。1271(文永8)年佐渡に流された日蓮が配所した塚原*の三昧堂(さんまいどう)跡に建てられた寺で、日蓮宗十大聖跡の一つ。  参道は一周できるようになっていて、左手が行きで、戒壇塚、再建された三昧堂、二王門、二天門をくぐり鐘堂・経蔵・宝蔵・千仏堂がつづき、正面に祖師堂。右手に本堂がある。こ...

蓮華峰寺の写真

蓮華峰寺 ( 新潟県 佐渡市 )

蓮華峰寺の中心は金堂*であり、その西方に守り神である小比叡神社*があるという、寺院と神社が一体の区域の中に建てられており、神仏習合の面影を残している。  806(延暦25・大同元)年頃、空海が開いたと伝えられ、嵯峨天皇の勅願寺となったという由緒ある古寺。ここが京都の鬼門にあたるところから、比叡山にならって皇城鎮護のために...

フォッサマグナパークの写真

写真提供:糸魚川市教育委員会文化振興課 フォッサマグナミュージアム

フォッサマグナパーク ( 新潟県 糸魚川市 )

フォッサマグナパークは、日本列島がアジア大陸から離れる時にできた「フォッサマグナ」*の西端にあたる「糸魚川―静岡構造線」を見ることができる公園。  屋外施設(無人)のため見学できる期間は、4月下旬から11月下旬までと限られる。

大地の芸術祭の写真

写真提供:Photo by Nakamura Osamu

大地の芸術祭 ( 新潟県 十日町市 / 新潟県 津南町 )

「大地の芸術祭」は、越後妻有地域の里山で開催される国際芸術祭である。2000(平成12)年に開始し、2018(平成30)年で第7回目を迎えた。基本理念は「人間は自然に内包される」。  越後妻有とは、十日町市と津南町にまたがる760km2、人口約5万人の地域である。十日町、川西、津南、中里、松代、松之山の各エリアに分かれ、それ...

鈴木牧之記念館の写真

写真提供:鈴木牧之記念館

鈴木牧之記念館 ( 新潟県 南魚沼市 )

越後の冬の風物や雪の中で暮らす様子をまとめた雪の本『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』を世に出した鈴木牧之*(1770~1842年)の記念館。  牧之は、縮の仲買と質屋をする家業に生まれ、19歳ではじめて江戸に行ったことがきっかけで雪国の暮らしを伝えようと出版に生涯をかける。  雪の本の執筆活動には紆余曲折あったが、40年という歳月...

雲洞庵の写真

雲洞庵 ( 新潟県 南魚沼市 )

717(霊亀3・養老元)年に藤原房前(ふささき)公により、母の菩薩を弔うため律宗に属する尼寺を建立、雲洞寺と称した。1429(正長2・永享元)年、関東菅領上杉憲実公により曹洞宗寺院、金城山雲洞護国禅庵として開創され、日本一の庵寺、越後一の寺といわれた。  金城山を背にし、境内はスギの巨木に囲まれた幽すいさの漂う中に、本堂*・...

八海神社の写真

写真提供:八海神社

八海神社 ( 新潟県 南魚沼市 )

当時の国司であった中臣鎌足が八海山に不思議な雲がかかっている様を見て、従者数十人を引き連れて登山し、御祭神を奉祭したと伝えられる。  水分神・農耕神を崇める思想から始まり、山麓にて自然石を祀り、御神木を神の依り処として御山そのものを遥拝する形から信仰が始まった。1794(寛政6)年、木曽御嶽山を開いた普寛行者が来越し、屏...

普光寺(浦佐毘沙門堂)の写真

普光寺(浦佐毘沙門堂) ( 新潟県 南魚沼市 )

JR浦佐駅を出て、浦佐のまちなかを通る旧三国街道から、堂々たる山門が目につく。山門は日光の陽明門をかたどり、江戸時代、1820(文政3)年から12年の歳月と10万余の信者の奉仕によって建立された。天井には、江戸時代に谷文晁が描いた双竜がある。2階天井には、天女の舞姿絵が見られる。  寺伝によると、807(大同2)年、坂上田村麻呂が...

白砂山の写真

白砂山 ( 長野県 栄村 / 群馬県 中之条町 / 新潟県 湯沢町 )

白砂山は、長野県・新潟県・群馬県の3県の境にそびえる奥深い山で、標高2,140m。かつては秘境の名峰として知られていたが、野反湖周辺が開発され、登山道*が整備されてからは登りやすくなった。距離が長く、アップダウンを繰り返すため体力に自信のある人向け。山頂までは片道4時間を要する。

雨飾山の写真

写真提供:一般社団法人 小谷村観光連盟

雨飾山 ( 長野県 小谷村 / 新潟県 糸魚川市 )

長野・新潟の県境にあり、妙高火山群につづく頚城(くびき)山塊に属している。雨飾山は「猫の耳」と呼ばれる双耳峰が特徴である。  2,000m弱の高くはない山だが、好天の日には日本海が望まれ、布団菱(ふとんびし)とよばれる大岩壁が美しい姿を見せる。また山頂には石仏があり、羅漢上人(らかんしょうにん)*が石を刻みそれをコツコツ...

白馬三山の写真

白馬三山 ( 長野県 白馬村 / 富山県 朝日町 / 富山県 黒部市 / 新潟県 糸魚川市 )

北アルプス北東部、主峰白馬岳(しろうまだけ)(2,932m)とその南に杓子岳(しゃくしだけ)(2,812m)、白馬鑓ケ岳(はくばやりがたけ)(2,903m)の3つのピークが並び、白馬三山と呼ばれている。白馬岳(しろうま岳)の名前の由来は、春になると雪解けで岩が露出し、黒い「代掻き馬」の雪形が現れることから「代掻き馬」→「代馬」→「しろう...

白馬連山高山植物帯の写真

白馬連山高山植物帯 ( 長野県 白馬村 / 富山県 朝日町 / 富山県 黒部市 / 新潟県 糸魚川市 )

北アルプス北東部、主峰白馬岳(しろうまだけ)(2932m)とその南に杓子岳(しゃくしだけ)(2812m)、白馬鑓ケ岳(はくばやりがたけ)(2903m)の3つのピークが並び、白馬三山と呼ばれている。白馬の名は山頂北部の三国境の南東面に黒く馬の雪形が現れ、これをめやすに苗代を作るところから、苗代馬(なわしろうま)、代馬(しろうま)といわ...