姫路城西御屋敷跡庭園好古園
JR山陽本線・山陽新幹線・山陽電鉄姫路駅から北へ約1.5km、姫路城の大手門からは内堀沿いに西へ250mほどのところに庭園の入口がある。好古園*は姫路城の西南に隣し、内堀と中堀の間の三角形状の約3.5万m2の広大な敷地に、1992(平成4)年に姫路市制100周年記念事業として、造営、開園した池泉回遊式の日本庭園である。この敷地は江戸時代には西御屋敷*、武家屋敷、通路だったといわれるところで、そこにかつての地割りを生かし、趣きの異なる9つの庭園群とレストラン「活水軒」、渡り廊下、「潮音斎」、茶室「双樹庵」*、四阿などの施設が配されている。
9つの庭園それぞれの特徴は
・御屋敷の庭=藩主の西御屋敷があったとされる場所で、姫路城天守閣周辺の姫山樹林を借景とした池泉回遊式庭園。手前に瀬戸内海をイメージした大きな池が配されている。レストラン活水軒及び渡り廊下、潮音斎からの眺めが良い。
・苗の庭=江戸時代の園芸植物を栽培。
・茶の庭=茶室双樹庵を中心とした茶庭。
・流れの平庭=曲水を中心としたゆったりとした広がりのある庭。
・夏木の庭=新緑、紅葉などが楽しめる落葉樹を集めた庭。
・松の庭=瀬戸内海沿岸に多く見られるアカマツ林を基調にした庭。
・花の庭=江戸時代に広く好まれた山野草を配した庭。
・築山池泉の庭=南に鶴、北に亀を模した島を設けた池を中心に典型的な日本庭園として仕上げた庭。
・竹の庭=十五種の竹類を配した庭。
庭と庭の間には築地塀や屋敷門、長屋門が設けられている。入園有料。
9つの庭園それぞれの特徴は
・御屋敷の庭=藩主の西御屋敷があったとされる場所で、姫路城天守閣周辺の姫山樹林を借景とした池泉回遊式庭園。手前に瀬戸内海をイメージした大きな池が配されている。レストラン活水軒及び渡り廊下、潮音斎からの眺めが良い。
・苗の庭=江戸時代の園芸植物を栽培。
・茶の庭=茶室双樹庵を中心とした茶庭。
・流れの平庭=曲水を中心としたゆったりとした広がりのある庭。
・夏木の庭=新緑、紅葉などが楽しめる落葉樹を集めた庭。
・松の庭=瀬戸内海沿岸に多く見られるアカマツ林を基調にした庭。
・花の庭=江戸時代に広く好まれた山野草を配した庭。
・築山池泉の庭=南に鶴、北に亀を模した島を設けた池を中心に典型的な日本庭園として仕上げた庭。
・竹の庭=十五種の竹類を配した庭。
庭と庭の間には築地塀や屋敷門、長屋門が設けられている。入園有料。

みどころ
ともかく広く、趣きが異なる日本庭園が楽しめる。まず、西御屋敷跡付近に作庭された「御屋敷の庭」では、大きな池とそこに泳ぐ沢山の大きな錦鯉たちが目に入る。大天守全体は見通せないが、それを囲む樹林帯の緑とそれを映す池、そこに錦鯉の色合いが透かして見え、絶景の庭だ。「茶の庭」では茶室の双樹庵において手軽な料金で喫することができる抹茶、和菓子の提供があり、茶庭定番の蹲踞、飛び石、燈籠などが芝生の庭に配されている。春は「シダレザクラ」、初夏は「カキツバタ」「ハナショウブ」など、曲水の宴でも張れそうな「流れの平庭」はゆったりとした岸辺の散歩の味わいだ。新緑、紅葉が良い「夏木の庭」の四阿からは大天守を望むことができ、四季の色合いが映える庭となっている。あとは、同じ竹類でも、局面局面で雰囲気が変化する「竹の庭」など、それなりの距離の散策にはなるが、多彩に変化する景観の中、四阿などで休みながら、草木や花をゆっくり愛でることができる庭園群である。

補足情報
*好古園:姫路藩主酒井氏が設立した藩校「好古堂」の名に因んで名付けられた。「好古堂」は1692(元禄5)年、酒井氏の任地であった上州厩橋(現・群馬県前橋市)において開校され、1749(寛延2)年姫路転封とともに姫路城下に移り、天保年間(1831~1845年)には大手門西、現在の好古園入口付近にあったとされる。
*西御屋敷:江戸期に入り姫路城を大改築した池田輝政の次の城主となった本多忠政が1618(元和4)年に下屋敷として西御屋敷を造営した。その後、松平、本多、榊原各氏と城主が代わったが、1732(享保17)年に城主となった榊原政岑は幕閣との政争もあり、同屋敷に吉原の遊女高尾を身請けし住まわせたことなどを理由に奢侈禁止令に反したとして隠居させられたという逸話もある。屋敷が幕末まで存在したことは、江戸後期の「姫路侍屋敷図」にも描かれている。なお、周辺にあった武家屋敷の敷地には明治に入り陸軍の連隊が置かれた。
*双樹庵:裏千家第15代家元千玄室の設計・監修で建てられた。「茶の庭」を愛でながら抹茶を楽しむことができる(有料)。イベント時を除き、12:00~16:00(最終受付15:40)、休業日12月21日~1月5日。
*西御屋敷:江戸期に入り姫路城を大改築した池田輝政の次の城主となった本多忠政が1618(元和4)年に下屋敷として西御屋敷を造営した。その後、松平、本多、榊原各氏と城主が代わったが、1732(享保17)年に城主となった榊原政岑は幕閣との政争もあり、同屋敷に吉原の遊女高尾を身請けし住まわせたことなどを理由に奢侈禁止令に反したとして隠居させられたという逸話もある。屋敷が幕末まで存在したことは、江戸後期の「姫路侍屋敷図」にも描かれている。なお、周辺にあった武家屋敷の敷地には明治に入り陸軍の連隊が置かれた。
*双樹庵:裏千家第15代家元千玄室の設計・監修で建てられた。「茶の庭」を愛でながら抹茶を楽しむことができる(有料)。イベント時を除き、12:00~16:00(最終受付15:40)、休業日12月21日~1月5日。
関連リンク | 姫路城西御屋敷跡庭園 好古園 (一般財団法人姫路市まちづくり振興機構)(WEBサイト) |
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参考文献 |
姫路城西御屋敷跡庭園 好古園 (一般財団法人姫路市まちづくり振興機構)(WEBサイト) 「開園25周年記念誌 姫路城西御屋敷跡庭園 好古園 二十五年の歩み」(姫路城西御屋敷跡庭園 好古園) |
2025年03月現在
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