大垣祭の軕行事おおがきまつりのやまぎょうじ

JR東海道本線、樽見鉄道樽見線、養老鉄道養老線の大垣駅から徒歩10分にある大垣八幡神社の例祭で、5月15日直前の土曜日と日曜日に行われる山車(だし)行事である。
 江戸時代1648(慶安元)年、八幡神社が大垣藩主戸田氏鉄(とだうじかね)により再建整備された折、大垣10か町が10両の軕(出しもの)を造り、曳き出したのが始まりとされる。その後1679(延宝7)年には、三代藩主戸田氏西(うじあき)から、「神楽(かぐら)軕」「大黒(だいこく)軕」「恵比須(えびす)軕」の三両軕が下賜(かし)され、あわせて13両となった。
 祭では、午前に八幡神社前で、各軕が操り人形によるからくり芸、子供による舞踊などを披露する「奉芸(ほうげい)」が行われる。その後、旧市内を練り歩き、華麗な祭絵巻を繰り広げる。(土曜日は各軕ごと自由に巡行、日曜日は軕が一同に揃って巡行、道順は東回りと西回りで年次交代。)夜は、全軕が八幡神社前に集まり、提灯を一斉に灯したのち、奉芸や軕廻しをする「夜宮(よみや)」が行われる。その後、八幡大橋と龍の口橋の間を周回し、曳き別れて各町内へ帰っていく。土曜日の試楽(しがく)では、からくり芸などの披露は、「掛芸(かけげい)」として市役所前でも行われる。日曜日の本楽(ほんがく)では、新大橋から八幡神社前の間、御輿を先頭に進む「大垣まつり行列」がある。
 大垣祭の軕行事を含む「山・鉾・屋台行事」は、2016(平成28)年12月1日にユネスコ無形文化遺産に登録された。
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みどころ

祭の軕は、1891(明治24)年の濃尾地震や太平洋戦争(1941~1945年)などにより焼失・破損したが、修理・再建が続けられ、焼失していた2両の軕が2012(平成24)年に復元され、全13両軕が勢揃いした。
 大垣藩主から下賜された「殿様の軕」と町衆の軕が併存するのは、全国的にも希である。また、中京圏のからくり山車と、近畿圏の芸屋台があり、東西の祭礼文化の特徴を併せ持っている。後軕や屋形袖を付けた大垣独自の発展もあり、多様な形式の軕が見られるのも珍しい。「殿様の軕」の三両軕は、3町または4町で年番を交代して軕を曳く。
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補足情報

*軕(やま):岐阜県西濃地方で主に用いられている言葉で、まつりの時に飾り物などを施して、お囃子を奏でながら曳きまわす車を意味する。常用漢字ではなく、軕という言葉が使われるようになった由来や起源は未詳である。軕と呼ばれている祭りは、岐阜県内に、大垣まつりの他、綾野まつり(大垣市)、久瀬川まつり(大垣市)、室原祭(養老町)、垂井曳軕まつり(垂井町)、揖斐祭り(揖斐川町)などがある。現在の本軕(10か町各町が所有の軕)は、相生(あいおい)軕・布袋(ほてい)軕・菅原(すがわら)軕・鯰(なまず)軕・榊(さかき)軕・浦嶋(うらしま)軕・玉の井(たまのい)軕・松竹(しょうちく)軕・愛宕(あたご)軕・猩々(しょうじょう)軕
関連リンク 大垣市(WEBサイト)
参考文献 大垣市(WEBサイト)
水都旅(大垣観光協会)(WEBサイト)
大垣八幡神社(WEBサイト)
岐阜の旅ガイド(一般社団法人岐阜県観光連盟)(WEBサイト)
『東海の山車とからくり』長屋良行、水崎薫、田中千奈代 ゆいぽおと

2024年02月現在

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