大垣市は、県南西部にある。日本列島のほぼ中央に位置している。墨俣地区は東方に、上石津地区は南西方に離れた飛び地となっている。
 JR東海道本線が通じ、枝線(大垣―美濃赤坂間)を分岐。樽見鉄道、養老鉄道も通じる。バスは西濃各地に通じている。国道は21号、417号や、名神高速道路大垣インターチェンジと結ばれる258号が通る。この他、東海環状自動車道の養老ジャンクション―大垣西インターチェンジ間が開通。上石津地区には国道365号が縦断する。
 西濃地方の中心をなす商工業都市。大垣及び墨俣地域は岐阜県内の三大河川である揖斐川と長良川に隣接し、多くの河川が網目状に流れる水郷地帯で比較的平坦な平野部を形成し、古くから「水の都」と呼ばれている。海抜3~6メートルの平坦な低地。上石津地域は標高800m前後の山に囲まれ、中央を牧田川が南北に流れる里山地域。
 1918年(大正7)市制施行。その後、数回の変遷を経て、2006年(平成18)上石津町、墨俣町を編入し二重飛び地になった。戦国時代の大垣城の創築に始まり、美濃路の宿駅(慶長年間以降)、1635年(寛永12)以来の大垣藩戸田氏10万石の城下町を中心に発展。なお、城下町などの景観は、第二次世界大戦中の6回の空襲でほとんど失われた。市街南部の船町は松尾芭蕉の『おくのほそ道』の結びの地として知られ、水門川沿いの灯台は水運時代の名残である。
 輸送用機械器具、電子部品・デバイス、窯業・土石製品製造などの製造業が盛ん。
 1959年(昭和24)に再建された大垣城天守閣には本丸を中心に大垣公園がある。北西部の青墓地区は昼飯大塚古墳(国指定史跡)などの古墳がある他、美濃国分寺の所在地であり、中世の東山道筋にあたり、源義朝父子ゆかりの地でもある。国分寺跡は史跡公園として整備され、市の歴史民俗資料館もつくられている。青墓の東方の赤坂は旧中山道の宿場町で、南部の勝山とよばれる小丘は関ヶ原の戦いのとき徳川家康の本陣となった。毎年5月中旬は大垣祭(国指定重要無形民俗文化財、ユネスコの無形文化遺産)で、山車や大神輿が出てにぎわう。柿羊羹は名産。

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大垣祭の軕行事の写真

写真提供:大垣市

大垣祭の軕行事 (岐阜県 大垣市 )

JR東海道本線、樽見鉄道樽見線、養老鉄道養老線の大垣駅から徒歩10分にある大垣八幡神社の例祭で、5月15日直前の土曜日と日曜日に行われる山車(だし)行事である。  江戸時代1648(慶安元)年、八幡神社が大垣藩主戸田氏鉄(とだうじかね)により再建整備された折、大垣10か町が10両の軕(出しもの)を造り、曳き出したのが始まりとされる...