白川郷合掌造り集落しらかわごうがっしょうづくりしゅうらく

白川郷の中心である荻町(おぎまち)地区は、山あいを縫うように流れる庄川によって形成された三日月形の河岸段丘の平地にある。急勾配の茅葺き屋根の家屋や小屋が約1kmにわたり点在し、家屋周辺には水田や畑、水路が広がっている。
 江戸時代末期(1830~1867年)の建築と伝わる「和田家(わだけ)」や、5階建ての庫裡(くり)がある「明善寺(みょうぜんじ)郷土館」はじめ100棟以上の合掌造り家屋がある。家屋は、妻側を南北に統一して向けていて障子窓があり、切妻屋根の急傾斜とあいまって周囲の田畑・あぜ道・用水等と調和し、特色ある山里の農村風景となっている。
 少し離れた小高い丘にある城山天守閣展望台からは、荻町集落を一望できる。
 また、荻町の庄川対岸に「野外博物館 合掌造り民家園」がある。白川村各地の合掌造り家屋を移築・保存したもので、20棟を超える民家や水車小屋等がある。そば打ち、わら細工などの体験(事前予約が必須)もできる。
 勾配の急な茅葺きの切妻(きりつま)屋根が、両手の掌(てのひら)を合わせた形に似ていたので、合掌造りと呼ばれるようになった。柱や梁を組む際は、釘、かすがいを使わず、くさびの他は「ネソ」(マンサクの若木)、荒縄などで縛る。その内部は3階~4階あって、1階は大人数家族の住まい、2階以上は蚕(かいこ)の飼育場か物置等に利用された。
 江戸時代の中頃から昭和初期まで養蚕業が盛んで、作業場には採光と通風用の窓がある広い屋根裏が適した。養蚕の生糸作りに加え、火薬の原料である硝煙も江戸時代は生産された。労働力が確保できる大家族が一同に暮らし、自然環境と家内産業・生活に合った合掌造り家屋は工夫がされてきた。
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みどころ

ドイツの高名な建築家ブルーノ・タウト氏は、1935(昭和10年)年に白川郷を訪れ、著書「日本美の再発見」で、スイスに似た自然環境を語り、「白川郷の合掌造りは建築学上合理的であり、かつ論理的である。この景色は日本的ではない。少なくとも私がこれまで一度も見たことがない景色。ここはむしろスイスか、さもなければスイスの幻想だ」と白川郷の家屋と景観の美しさを称賛した。
 白川郷の合掌集落は、「伝統的な生活様式が、とりかこまれている環境と社会機能に適合した非常に優れた例」として、1995年に富山県五箇山(相倉地区、菅沼地区)と共に、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
 茅葺きの耐久性を維持していく為に約30年に一度行う屋根の茅葺き替えを、村民参加の相互扶助組織「結(ゆい)」により続けている。火に弱い合掌造り家屋を守る為、放水銃・報知器など防火施設整備や消火訓練を徹底している。冬は積雪が多く、集落一帯が雪に包まれる。ライトアップされた雪化粧の合掌造りが、闇に浮かび、幻想的景色が美しい。昼は、屋根の雪下ろしにいそしみ、豪雪に対処している。今もこの地で生活しながら、合掌造り家屋とその風景も守っていく活動が続けられている。
関連リンク 白川村(WEBサイト)
参考文献 白川村(WEBサイト)
文化遺産オンライン(文化庁)(WEBサイト)
ウエブ・ジャパン(WEBサイト)
文化庁(WEBサイト)
『ひだ白川郷アクセスイラストマップ』

2024年03月現在

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