大菩薩嶺だいぼさつれい

JR中央本線塩山駅から北東10kmほど先に、なだらかなカヤトの原の尾根が目立つ山がある。これが大菩薩嶺*(標高2057m)であり、連なる峰々と合わせ大菩薩連嶺とも呼ばれている。山頂からカヤトの原の尾根を南に下ると、介山荘がある大菩薩峠(標高1897m)となる。大菩薩峠から南に突き出た山陵は南大菩薩嶺と呼ばれ、小金沢山・牛奥雁ケ腹摺山・黒岳など2000m前後の峰が続く。大菩薩嶺から北に向かうと丸川峠(1677m)を経て、国道411号線(青梅街道)が通る柳沢峠(標高1472m)まで尾根が続く。
 大菩薩嶺の山頂は展望には恵まれないが、南面する大菩薩峠からのカヤトの原の尾根(とくに大菩薩峠~雷岩)は、日川渓谷、大菩薩湖を前景とした富士山をはじめ、西には甲府盆地越しに南アルプス、乗鞍岳、八ヶ岳、奥秩父の山々などの展望が開かれる。途中にある妙見ノ頭(標高1980m)は妙見大菩薩の石柱があり、一説には、山の名の由来とも考えられている。
 登山コースは上日川峠までバスまたは車*で行き、大菩薩峠から大菩薩嶺に向かい、唐松尾根を下り、上日川峠に戻るコースがもっともポピュラーだが、上日川峠に至る途中の丸川峠分岐から丸川峠に向かうコース、柳沢峠や南大菩薩連嶺から入る登山道も整備されている。
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みどころ

標高2000mを超える山だが、上日川峠から入る初心者向きのコースのほか、南大菩薩連嶺や柳沢峠からもアプローチでき、多彩な山歩きが楽しめる。
 深田 久弥の「日本百名山」では「大菩薩峠から大菩薩岳(嶺)にかけて甲州側は広々とした明るいカヤトで、そこに寝ころんで富士や南アルプスを眺めているのは、全くいい気持である」と、その眺望の素晴らしさを書き記している。また、麓の甲州市塩山や甲府市などからも、山頂から大菩薩峠へのカヤトの原の尾根が見せる、なだらかで優しい独特な山容を眺めることができる。
 大菩薩嶺の新緑、紅葉は見事だが、船の錨のような形をした花びらをもつハナイカリや、赤みを帯びた黄色の花びらが車輪のように見えるコウリンカなどの、夏に咲く高山植物も楽しみの一つ。
 中里介山の小説「大菩薩峠」*の冒頭に「大菩薩峠は江戸を西に距る三十里、甲州裏街道が甲斐の国は東山梨郡萩原村に入って、その最も高く最も険しきところ、上下八里にまたがる難所がそれです。標高六千四百尺、昔、貴き聖が、この嶺の頂に立って、東に落つる水も清かれ、西に落つる水も清かれと祈って、菩薩の像を埋めて置いた、それから東に落つる水は多摩川となり、西に流るるは笛吹川となり」と描いているとおり、この山は信仰の山であるとともに、甲州と武州、江戸をつなぐ交通の要衝でもあった。このような歴史を顧みるのも楽しい。
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補足情報

*大菩薩嶺:大菩薩の名前への由来は、「甲斐国志」によると、「新羅三郎奥州ヲ征スル時、此路ニ登リシニ、山中ノ草木繁茂シテ道ヲ弁ジ難シ。時ニ樵者ノ馬ヲ牽キ来ルアリ、為メニ嚮導シテ嶺上ニ達シ、忽然トシテソノ所在ヲ失フ。義光遥カニ西眺シテ笛吹川辺ヲ臨眺スレバ、八旒ノ白旗風ニ飄ヘルヲ見ル。即チ神軍擁護ノ験ナリトテ、遥拝シテ、オヽ八幡大菩薩ト高声ニ讃嘆ス。是ニ由リテ遂ニ嶺名トナレリト伝」とされている。また、深田久弥の「日本百名山」では、「以前は大菩薩嶺とは大菩薩峠を指す名称であったらしいが、今はその名は最高峰に移されて、ハイカーの間では略して『れい』と呼ばれている」と、山名の変遷を説明している。
*上日川峠までバスまたは車:塩山駅南口から大菩薩峠登山口、柳沢峠方面と甲斐大和駅から大菩薩湖経由上日川峠までのバス路線はあるが、本数が少なく、路線によっては運転日が限定されているので要注意。また、道路事情によっては通行止めの場合もあるので、事前の確認が必要だ。
*小説「大菩薩峠」:作者の中里介山は1885(明治18)年、神奈川県西多摩郡羽村(現・東京都羽村市)生まれ。1944(昭和19)年没。1913(大正2)年から「都新聞」に「大菩薩峠」を連載。その後、掲載紙を変えつつ、断続的に1941(昭和16)年まで執筆が続いた。しかし、あまりにも長編であっため未完のままで終わっている。時代は幕末、剣士「机龍之助」を主人公とし、物語は大菩薩峠から始まり、様々なところに旅をしつつ歴史的な場面に遭遇する。主人公の生き様は極めて虚無的で、周囲の登場人物たちはそれに巻き込まれていく。中里介山自身が「大乗小説」と呼び、仏教思想に基づく人間の業を描いたとされている。
関連リンク 大菩薩観光協会(WEBサイト)
参考文献 大菩薩観光協会(WEBサイト)
深田久弥「日本百名山」新潮社
中里介山「大菩薩峠」筑摩書房
甲州市観光協会「大菩薩嶺の草花」(WEBサイト)
「甲斐国志」萩原山 国立国会図書館デジタルコンテンツ

2024年07月現在

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