旧吉田茂邸きゅうよしだしげるてい

1884(明治17)年に、吉田茂*の養父吉田健三がこの地に土地を購入し、別荘を建てた。その後増改築を重ね、吉田茂は1945(昭和20)年頃から生涯を閉じる1967(昭和42)年までここで過ごした。政界引退後も多くの政治家が吉田のもとを訪れ、「大磯詣で」と呼ばれ、近代政治の舞台となった。
 数寄屋造りの本邸は、大部分が建築家吉田五十八の設計のもと、京都の宮大工により建築された。オリジナルは2009(平成21)年に焼失しており、現在の建物は復元され、2017(平成29)年に一般公開したもの。兜門、七賢堂等の歴史的資源や日本庭園は焼失を免れ、当時のまま現在に伝わっている。約3,000m2ある庭園は世界的な作庭家である中島健と久垣秀治によるもの。
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みどころ

復元された本邸には、吉田が暮らしていた当時の様子が再現されており、戦後日本の代表的な政治家の暮らしぶりや、近代政治の舞台としての面影が感じられる。
 数奇屋建築の本邸と美しく調和する広い庭園は、ツツジ、ウメなどの四季の花々が色彩豊かに咲き誇り、吉田茂の美的感覚をうかがわせる。(溝尾 良隆)
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補足情報

*吉田茂:1878~1967年。戦後日本を代表する政治家。戦前には外務官僚として諸外国での領事、書記官、大使などを歴任、戦後は通算5期(6年2ヶ月)にわたって内閣総理大臣を務めた。
関連リンク 大磯町郷土資料館(WEBサイト)
参考文献 大磯町郷土資料館(WEBサイト)
大磯城山公園(WEBサイト)

2020年04月現在

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