川越まつりかわごえまつり

川越まつりは、川越の総鎮守氷川神社の祭礼行事に由来する。1648(慶安元)年当時の藩主松平信綱が神輿と獅子頭、太鼓など祭礼用具を奉納したのをきっかけに祭りが始められたという。1698(元禄11)年、現在の元町2丁目からはじめて踊屋台が出て以来、年々盛大になり、天保年間(1830~1844年)には当時の十カ町すべての山車に上に人形をのせるようになった。
 江戸との密接なつながりの中から、江戸の天下祭り様式が取り入れられ、伸縮構造を持った二重鉾と最上部の人形からなる江戸型山車。しかし、唐破風つき回り舞台構造が川越の特徴である。明治になって旧十カ町以外でも山車をだすようになり、2018(平成30)年現在29台の山車が存在している。
 川越の囃子は江戸の神田囃子の流れをくむと言われるが、一つのものでなく、王蔵流、堤崎流、芝金杉流の大きく3つの系統がある。
 氷川神社の例大祭は、新暦が採用された1872(明治5)年以来10月14日におこなわれてきた。
 「川越氷川祭の山車行事」を含む全国18府県33の「山・鉾・屋台行事」は、2016(平成28)年にユネスコ無形文化遺産に登録された。
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みどころ

蔵造りの建物を背景にした山車、夜の暗闇に輝く山車の姿が美しい。山車の高さは8~9mに及び、その数の多さには圧倒される。祭りの最高潮は、辻ごとに行われる「曳っかわせ」。2台、3台の山車がゆきあうと、山車の囃子台がくるりと廻り、お互いが向き合い、囃子の競演が行われる。いっせいに山車を引く若い衆の雄叫びがあり、壮観である。
 祭りの魅力は山車そのものにあるが、その山車を取り囲む熱狂帯びた観衆の数も、祭りをさらに盛り上げている。川越まつりは、北は氷川神社、南は川越駅まで山車が動く。近年、その間の出店を裏手や横の路地に移動させたが、それでも身動き出来ないほどの人が集まる。
 出店がたくさん出るので、子供たちにとっても楽しみの祭礼になる。(溝尾 良隆)
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補足情報

*川越まつり会館:約370年の伝統を誇る川越まつりを体感できる施設。館内には本物の山車2台を展示。大型スクリーン(6m×4m)によるまつり当日の映像(6分間)を20分毎に上映している。
関連リンク 川越まつり(WEBサイト)
参考文献 川越まつり(WEBサイト)
『埼玉県の歴史散歩』山川出版社、2005年

2020年04月現在

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