致道博物館ちどうはくぶつかん

JR羽越本線鶴岡駅から南西に約2km、鶴岡公園の西にある。致道博物館は1950(昭和25)年、旧庄内藩*主酒井家が土地建物および伝来の文化財などを寄付し、開設された。現在は、庄内藩第11代藩主酒井忠発の隠居所であった御隠殿(ごいんでん)を中心に、明治前期に建設された旧西田川郡役所、旧鶴岡警察署庁舎、田麦俣の多層民家旧渋谷家住宅が移築保存。このほか国の重要有形民俗文化財を公開する収蔵庫や民具の蔵、美術展覧会場があり、あわせて7つの建物と国指定名勝・酒井氏庭園から構成され、庄内地方の歴史や文化を紹介する博物館となっている。博物館の名称は庄内藩校「致道館」に由来する。
 御隠殿は、1864(元治元)年に庄内藩の江戸中屋敷の一部を移築して建てられたもの。館内は主に江戸時代の庄内の歴史に関する資料や歴代藩主の書画などが展示され、奥座敷からは庭園を眺めることができる。
 旧西田川郡役所は1881(明治14)年に建築され、1972(昭和47)年に現在地に移築された。地元の棟梁が建てた擬洋風建築*。1階は庄内地方で出土した考古学資料や戊辰戦争関連の資料、2階は明治期の資料などが展示されている。
 旧渋谷家住宅は旧朝日村(現在は鶴岡市)の山間部にあった茅葺きの多層民家。1822(文政5)年に建築されたもので、1965(昭和40)年に移築された。豪雪地帯に適応した造りで、明治期以降は養蚕業を行っていたため、それに対応した構造に改築されている。
 旧鶴岡警察署庁舎は初代県令であった三島通庸*が明治政府の威信を示すために建設させたといわれ、旧西田川郡役所と同様に擬洋風建築である。1884(明治17)年の建設、1957(昭和32)年に移築した。2018(平成30)年には修復工事を行い、現在は創建当初の外壁、内部のレイアウトなども復元されている。
 重要有形民俗文化財収蔵庫には庄内地方独特のばんどり(荷物を背負うときの背中当て)・木製酒器・仕事着・くりもの・大宝寺焼・庄内浜や最上川の漁具のコレクション計3,550点など様々な民具が展示されている。また、民具の蔵では日本海の海運の資料や伝統工芸品などを展示し、美術展覧会場では、美術展や歴史資料を展示する企画展を随時開催している。
 酒井氏庭園は作庭の時期は分かっていないが、典型的な書院庭園であり、峡谷の風景と出島や入江などの海景を巧みに模している。
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みどころ

庄内地方の歴史と文化、庄内藩及び酒井家の治世に関する豊富な資料が展示、収蔵されている。
 藩主の隠居所、民家、蔵、役所など近世・近代の多様な建築物が移築され、各時代の庄内地方における生活ぶりを知ることができる。(志賀 典人)
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補足情報

*庄内藩:出羽国庄内地方の大部分を領有し、鶴岡藩ともいう。1622(元和8)年、山形藩最上氏の改易により、信州松代から酒井忠勝が13万8,000石(のち14万石)で入部。譜代大名として奥羽の外様各藩への重石として配置された。鶴岡を城下に12代にわたり、明治維新まで同地を治めた。
*擬洋風:幕末から明治10年代にかけて、日本各地の大工がその技術を生かしながら、欧米の建築物を見様見真似で建てた建造物。形式的には洋風建築には見えるものの、細部には、洋風、和風、中国風の要素が入り交じり、独特の様式と雰囲気を有する建物になっていることが多い。その後は、西洋建築に関する技術も正確に取得されたため、擬洋風の建物は姿を消すことになった。
*三島通庸:1835~1888年。鹿児島県出身。尊王攘夷運動で活躍、鳥羽・伏見の戦後東北を転戦。酒田・鶴岡県令を経て山形県令。その後、内務省土木局長、警視総監を歴任。積極的に地域開発を進める一方、自由民権運動へは強権的に対応したため、福島事件や加波山事件を引き起こすことになったともいわれている。
関連リンク 致道博物館(WEBサイト)
参考文献 致道博物館(WEBサイト)
パンフレット「致道博物館」
鶴岡市(WEBサイト)
近代日本人の肖像(国立国会図書館)(WEBサイト)
『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館(WEB版)

2020年12月現在

※交通アクセスや料金等に関する情報は、関連リンクをご覧ください。

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