花巻まつりはなまきまつり

花巻市で毎年9月第2土曜日を中日とした金・土・日に開催される、430年を超える歴史を持つ祭り。
 炎ゆらめく美しい風流山車*、100基を超える勇壮な神輿*、古来より踊り継がれてきた鹿踊(ししおどり)・神楽権現舞、そして優雅な花巻ばやし踊りなど、花巻の伝統文化がそこかしこで披露される。
 花巻開町の祖といわれる花巻城主の北松斎(きたしょうさい)*が出陣に際して観音さまを祀り戦勝を祈願した観音祭りを起源とするといわれ、北松斎が死去した1613(慶長18)年以降はその追慕の意味で命日に開催されるようになり、松斎祭としての色が強くなった。明治の廃仏毀釈によって一時中止されたが、鳥谷崎神社(とやがさきじんじゃ)*の祭礼として復活し今日に至る。
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みどころ

この祭は、東北の多くの人が祭の原風景を感じるのではないだろうか。絢爛豪華な山車や「一つの会場で披露される神輿の数」でギネスブックにも登載された神輿、鹿踊や神楽など、花巻の中に東北の伝統芸能を集約したような祭で、祭に参加している人たちが楽しんでいる様子に観賞するこちらも気分が上がる。また、花巻ばやしのゆるやかな踊りのパレードの光景が穏やかで癒される。
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補足情報

*風流山車:明治時代には、背の高い「屋形山車(やかただし)」が主流だったが、大正時代に電線が増えてからは現在のような低く優雅な山車へと移行した。花巻城代の北松斎が四日町に町場を開いた1593(文禄2)年から数えて400年にあたる1992(平成4)年に、花巻開町400年記念事業として、明治時代につくられていた祇園祭の鋒(ほこ)に似た屋形山車(高さ13m)が復元され、時折公開されている。
*100基を超える勇壮な神輿:花巻まつりに神輿が登場したのは1927(昭和2)年。当時の花巻には造り酒屋が多く、酒樽を使って神輿を作り、意気盛んな若者たちがこれを担ぎ、祭りを盛り立てたという。現在は豪華な「宮神輿」が主流となってはいるが、昔ながらの樽神輿も登場する。市民総参加のまつりになってから、各職場や各町内の子供会の積極的な参加により、毎年100基を超える神輿のパレードが行われるようになり、2015(平成27)年に、「一つの会場で披露される神輿の数」で114基の​世界記録を達成し、ギネスブックに登載された。
*北松斎(きたしょうさい):1523(大永3)年~1613(慶長18)年。青森県三戸郡南部町剣吉に生まれる。盛岡藩の花巻城代 次男 秀愛の死後を引継ぎ76歳で花巻城代となる。農業・商業・軍事面に力を注ぎ、花巻を城下町とする礎を築いた。
*鳥谷崎神社(とやがさきじんじゃ):創建の年代は詳かではない。1313(正和2)年、時の領主稗貫氏が現在の吹張町より八幡社「康平年間(1058~1065年)源義家が勧請したと伝えられる」を鳥谷崎城(花巻城の旧称)内に奉遷し、1536(天文5)年には城内にそれぞれ鎮座せる三社を合祀し、社号を鳥谷崎座三柱神社と改称し領内鎮護の神と仰ぎ尊崇し祭祀を行なってきた。慶長年間(1600年頃)花巻城代北松斎が開戦にあたり本神社に祈願した結果戦勝し、よって社殿を新たに造営し例祭には郡の人々に業を休ませて参拝させ、盛大なる祭典を挙行した。