久慈の平庭闘牛
久慈市と葛巻町との境にある平庭高原の闘牛場で毎年4回開催されている東北唯一の闘牛*。
久慈地域では古くから「南部牛」と呼ばれる短角種*が主に農耕用や荷物を運ぶ役牛として飼育されてきた。江戸時代には久慈市の南隣の野田村地域で焚かれた塩を盛岡方面へ運んでおり、その際に先頭にたつ牛(ワガサ)を決めるため、角突きをさせたことが闘牛の始まりといわれる。
「勢子(せこ)」と呼ばれる男衆が牛の状態を見極め、威勢をつけたり、ケガをさせないように時には体を張って牛を守りながら勝負させる。平庭闘牛は、2才位の若い牛が中心の取組みで、勝敗をつけないのが特徴。優勢になった時点で勢子が勝負をやめさせる。
平庭の闘牛文化が観光行事として現在のかたちになったのは1983(昭和58)年。
久慈地域では古くから「南部牛」と呼ばれる短角種*が主に農耕用や荷物を運ぶ役牛として飼育されてきた。江戸時代には久慈市の南隣の野田村地域で焚かれた塩を盛岡方面へ運んでおり、その際に先頭にたつ牛(ワガサ)を決めるため、角突きをさせたことが闘牛の始まりといわれる。
「勢子(せこ)」と呼ばれる男衆が牛の状態を見極め、威勢をつけたり、ケガをさせないように時には体を張って牛を守りながら勝負させる。平庭闘牛は、2才位の若い牛が中心の取組みで、勝敗をつけないのが特徴。優勢になった時点で勢子が勝負をやめさせる。
平庭の闘牛文化が観光行事として現在のかたちになったのは1983(昭和58)年。
みどころ
農耕や運搬などで一緒に暮らす南部牛とよばれる短角牛への思いやりのあるストーリーに感じる。とはいえ、1tを超える大きな牛がぶつかり合うので迫力は十分。さらに、もう一つの見どころは勢子とよばれる男衆の演出。時に熱く、時にユーモラスな勢子の立ち回りで会場が盛り上がるエンターテイメント性の高さも特徴。
南部牛が闘牛の素牛(もとうし)*として全国へ供給されていることにも驚く。新潟県をはじめ全国へ渡り南部牛として活躍しているそうで、各地の地域文化を下支えする役割をも担っている。
南部牛が闘牛の素牛(もとうし)*として全国へ供給されていることにも驚く。新潟県をはじめ全国へ渡り南部牛として活躍しているそうで、各地の地域文化を下支えする役割をも担っている。
補足情報
*闘牛大会:5月わかば場所(無料)。6月つつじ場所、9月しらかば場所、10月もみじ場を開催(有料)。
*短角種:日本短角種は、4種類ある和牛品種の一つ。日本で主に飼養されている黒毛和種がサシ(霜降り)が入っているのに対して、短角種は低脂肪で旨味の基となるアミノ酸を多く含む赤身の牛肉で、近年、健康志向や安全・安心を求める消費者のニーズもあり注目されている。日本短角種のルーツは、旧南部藩時代に物資輸送などのために飼養されていた日本在来種の南部牛にある。この南部牛に、アメリカから輸入したショートホーン種などを掛け合わせて改良し、1957(昭和32)年に日本短角種として登録された。
*素牛(もとうし):肥育牛や繁殖牛などとして飼養される前の、生後6~12か月の子牛。
*短角種:日本短角種は、4種類ある和牛品種の一つ。日本で主に飼養されている黒毛和種がサシ(霜降り)が入っているのに対して、短角種は低脂肪で旨味の基となるアミノ酸を多く含む赤身の牛肉で、近年、健康志向や安全・安心を求める消費者のニーズもあり注目されている。日本短角種のルーツは、旧南部藩時代に物資輸送などのために飼養されていた日本在来種の南部牛にある。この南部牛に、アメリカから輸入したショートホーン種などを掛け合わせて改良し、1957(昭和32)年に日本短角種として登録された。
*素牛(もとうし):肥育牛や繁殖牛などとして飼養される前の、生後6~12か月の子牛。
関連リンク | いわて平庭高原闘牛会(WEBサイト) |
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参考文献 |
いわて平庭高原闘牛会(WEBサイト) 久慈市(WEBサイト) いわての旅(公益財団法人 岩手県観光協会)(WEBサイト) |
2023年07月現在
※交通アクセスや料金等に関する情報は、関連リンクをご覧ください。