奈良ホテルならほてる

近鉄奈良線奈良駅から南東へ約1.2km、JR関西本線(大和路線)奈良駅から東へ約2km。興福寺の南にあたり、旧大乗院庭園を南側に、東側は荒池に臨む奈良公園の高台に建つ。奈良ホテルは、日露戦争後、訪日外国人の増加に伴い、奈良にも洋式のホテル建設の気運が高まるなかで、鉄道会社やホテル事業者が中心になり、1909(明治42)年に開業した。その後、鉄道院、鉄道省の直営ホテルとなり、奈良における迎賓館の役割を果たし、内外の著名人*1、王族、皇族が来館した。第二次世界大戦後は米軍に接収されたが、1952(昭和27)年に接収解除になり、翌年からホテルとして営業再開した。昭和40年代(1965~1975年)には大阪万博を機に、リゾートホテルからシティホテルへと改築され、高度成長経済のなか貴賓客をはじめ、多くの宿泊客を迎え、1984(昭和59)年には新館を増築し、現在に至っている。
 本館は、1909(明治42)年の開業時に、建築家辰野金吾*2の設計による桃山御殿風ヒノキ造りの木造2階建てで建設されたもので、一部改築された部分もあるが、現在も随所に建設当時の姿を遺し、当時のマントルピースをはじめ内装、調度品などにそのまま使用されているものも多い。玄関・大広間・大階段のあるエントランス棟を中央に、西側に開業以来のメインダイニングルームを有する棟が、東側に宿泊棟が雁行する形で建ち並ぶ。 新館は、鉄筋コンクリート造り5階建てで、本館南側の斜面にいわゆる「吉野建て」*3により建設され、本館の1階と新館の屋上が同一の平面になるように建てられている。
 現在は、本館は客室62室、新館は客室65室の127室で営業しており、メインダイニングルーム、宴会場、バー、ティーラウンジなどの施設が設けられている。
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みどころ

司馬遼太郎は「街道をゆく」のなかで「明治四十二年にできたこのホテルは、奈良の風景に調和するように、桃山風の建築様式を基本主題として設計され、その後、多少修復されたが、いまもそのたたずまいのまま、大乗院庭園趾の丘陵上に立っている。ロビィは池畔の庭園に面し、そのむこうに荒池とよばれる池がさざなみだっている。まことに気分がいい」と記している。ここでのみどころは、本館だ。外観としては、外壁は白漆喰の腰板張りで、1階と2階の境に腰屋根があり、屋根には鴟尾が取り付けられていることから、和風の大建築に見える。内部も天井部分は格天井であるなど和風の内装ではあるが、一方ではシャンデリアや赤いじゅうたんが敷き詰められ洋風ホテルの雰囲気も有し、見事に和洋折衷の意匠が調和している。明治の建築、内装、調度品の雰囲気を味わいながら本館に宿泊し、メインダイニングルームで食事を楽しみ、バーで一献傾けるのをお勧めしたい。
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補足情報

*1 著名人:文人・墨客の来館も多く、高浜虚子、和辻哲郎、林芙美子、山口誓子、志賀直哉、堀辰雄、谷崎潤一郎などが利用している。林芙美子は「奈良ホテルにも泊つたことがあります。終日池に面した部屋から、笹藪のゆさゆさするのを眺めてゐた事があります。奈良ホテルに泊るやうな、心おごつた豐かな気持も捨てがたく有難いのに、私はホテルを出ると、友人と二人で町のうどん屋に這いつて狐うどんをたべたりもしました」と記し、高級ホテルに対する気後れが少しばかり表れている。堀辰雄は「くれがた奈良に著いた。僕のためにとっておいてくれたのは、かなり奥まった部屋で、なかなか落ちつけそうな部屋で好い。すこうし仕事をするのには僕には大きすぎるかなと、もうここで仕事に没頭しているもなかのような気もちになって部屋の中を歩きまわってみたが、なかなか歩きでがある…中略…あけがた静かで、寝心地はまことにいい。やっと窓をあけてみると、僕の部屋がすぐ荒池に面していることだけは分かったが、向う側はまだぼおっと濃い靄につつまれているっきりで、もうちょっと僕にはお預けという形」と居心地の良さを書いている。
*2 辰野金吾:1854~1919年。明治大正期の近代建築家。日本銀行本店(1896年)、両国国技館(1909年)、東京中央停車場(現・東京駅、1914年)など。
*3 吉野建て:奈良の吉野では、平地が少ないため、斜面に谷を背にして家屋を建てることが多くあり、表からは平屋か二階建てだが、裏は急崖に沿って下方に向かい二階、三階が造られている。このような建築様式が吉野の山村の独特な景観を生み出しているといえよう。
関連リンク 奈良ホテル(WEBサイト)
参考文献 奈良ホテル(WEBサイト)
司馬遼太郎「街道をゆく24近江散歩、奈良散歩」朝日新聞出版 Kindle版
林芙美子「私の紀行『私の好きな奈良』」新潮社 93/153 国立国会図書館デジタルコレクション
堀辰雄「大和路信濃路『10月』」 Kindle版
文化庁 日本遺産 吉野建(WEBサイト)

2024年12月現在

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