関西学院大学(西宮上ケ原)かんせいがくいんだいがく(にしのみやうえがはら)

関西学院大学は1889(明治22)年、アメリカ人宣教師ウォルター・ラッセル・ランバスが牧師養成と青年への全人教育を目的とした男子校の創立を計画し、原田の森(現在の神戸市灘区)に木造校舎を建造したのが始まりである。キリスト教主義に基づく「学びと探究の共同体として・・・創造的かつ有能な世界市民」を育むことを教育の基本にしている。1929(昭和4)年にはキャンパスを上ケ原(現・西宮市)に移転している。現在は、この西宮上ケ原キャンパスをはじめ、兵庫県内に4つのキャンパスを設け14学部と大学院を有するほか、大阪梅田、東京丸の内にもキャンパスを設けている。アメリカンフットボールなどスポーツも盛んなことで知られている。
 1929(昭和4)年、上ケ原にキャンパスを移転する際、アメリカン人建築家ヴォーリズ*が提案した、クリーム色の外壁と赤瓦を特色とするスパニッシュ・ミッション・スタイルの校舎を統一基本デザインとして採用した。
 ヴォーリズは上ケ原キャンパスの配置、構成については、海抜50~70mの台地であることを利用し、ビューポイントとなる甲山(かぶとやま)に向かって一本の主軸線を引き、正門から甲山への上り緩斜面に芝生広場を展開して、主軸線上の先に時計台(当時・図書館、現・大学博物館*)を置いた。その主軸に対して、左右対称に校舎を配し統一感ある景観を創り出している。
 1970年代以降、キャンパスの整備拡充が行われてきたが、この統一基本デザインの設計思想を生かしてキャンパスの景観を維持しつつ、機能性を高めてきた。これは西宮上ケ原キャンパスのみならず、神戸三田キャンパスの校舎デザインやキャンパス構成もほぼこれにならって建造されている。
 関西学院大学西宮上ケ原キャンパスは阪急今津線甲東園駅から西へ約1kmのところにある。なお、南東方向にある岡田山の神戸女学院にもヴォーリズが設計した建築物群がある。
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みどころ

背後に甲山を控えた上ケ原台地に広大なキャンパスが広がり、そこに芝生広場を中心に、左右対称にクリーム色の外壁と赤瓦の建物が並び、芝生や周囲の緑に映えて美しい。みどころのひとつは、芝生正面にある時計台(大学博物館)であろう。塔上部はモザイクタイルの小ドームが設けられ、頂きには新月を冠したクロスが据えられており、まさに同学院のシンボル的な存在である。建物の1階ロビーには模様タイルが敷き詰められ、正面の階段を上った吹き抜け空間があらわれる。2階展示室(旧図書館閲覧室)の高天井は白塗りで、清潔感があふれ、細部には装飾も施されている。キャンパス全体のキリスト教精神にもとづく統一感ある設計思想と個々の建物の細部までに拘ったデザイン性に着目しながら、見学をしたい。
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補足情報

*ヴォーリズ:1880~1964年。アメリカ・カンザス州生まれ。1905(明治38)年に来日し、近江八幡商業高校で教鞭を取った後、キリスト教宣教活動の自給宣教師となった。宣教活動の基盤として近江ミッション(後の近江兄弟社)を設立、メンソレータムなどの医薬品の製造販売を行い、近江兄弟社学園を設立するなど多方面に事業を展開した。1908(明治41)年には建築設計監督事務所を開き、その後、本格的に設計業務を行うためアメリカ人建築技師を招きヴォーリズ合名会社(後のW.M.ヴォーリズ建築事務所)を設立した。
 本拠地だった近江八幡市内に数多くの建築物群を設計しており、大丸百貨店心斎橋店、旧大同生命ビルなど数多くの商業ビル、住宅も手がけている。大学の建物としては、神戸女学院、同志社大学、活水学院などがある。1941(昭和16)年に日本に帰化し一柳米来留と改名。
*大学博物館:関西学院の歴史に関する展示及び企画展を開催するとともに研究や教育の成果などの情報も発信している。入館無料。