天満天神繁昌亭
大阪メトロ谷町線・堺筋線南森町駅、 JR東西線大阪天満宮駅から、それぞれ徒歩3分 。2003(平成15)年に上方落語協会会長に就任した桂三枝(後の六代桂文枝)が、落語会を行える空き店舗の提供を商店街側に依頼したことから、この依頼を大阪天満宮に持ち込み、上方落語協会も交えて話し合いを重ねた結果、天満宮用地に落語専門の定席を新設することで合意した。用地は大阪天満宮の寺井種伯宮司の厚意により、無料で提供された。2006(平成18)年9月15日開席。1957(昭和32)年に戎橋松竹が閉場して以来、半世紀ぶりに大阪に定席が復活することになった。以来、大阪の新名所として、昼席では落語を中心に、漫才、俗曲などの色物芸の興行で連日にぎわっている。1階と2階で、216席を擁する。
もともと大阪天満宮の境内は、演芸や飲食の小屋が約50軒も立ち並び、人形浄瑠璃・新内節・浮かれ節・軽口(落語)・神道講釈などの諸芸が人気の遊興地であった。1868(明治初)年、「上知令」」によって、大工門から外側が境外地となると、同地は「天神天満裏」と呼ばれ、それまで以上に、歌舞伎や女義太夫・落語・軍談・楊弓場などの小屋や飲食店で賑わった。なかでも、同地の寄席小屋は「天満八軒」と総称された。2006(平成18)年、その伝統を継承すべく、この地に「天満天神繁昌亭」が誕生した。
もともと大阪天満宮の境内は、演芸や飲食の小屋が約50軒も立ち並び、人形浄瑠璃・新内節・浮かれ節・軽口(落語)・神道講釈などの諸芸が人気の遊興地であった。1868(明治初)年、「上知令」」によって、大工門から外側が境外地となると、同地は「天神天満裏」と呼ばれ、それまで以上に、歌舞伎や女義太夫・落語・軍談・楊弓場などの小屋や飲食店で賑わった。なかでも、同地の寄席小屋は「天満八軒」と総称された。2006(平成18)年、その伝統を継承すべく、この地に「天満天神繁昌亭」が誕生した。

みどころ
繁昌亭は、2008(平成20)年に、第28回大阪都市景観建築賞(大阪まちなみ賞)の大阪市長賞を受賞した。
繁昌亭や大阪天満宮を訪れる際には、南北2.6km、日本一長いアーケード商店街である天神橋筋商店街で、食事をしたり、一休みをしたりしながら歩くのが楽しい。もちろん、大阪天満宮は繁昌亭とあわせて参拝しよう。
繁昌亭や大阪天満宮を訪れる際には、南北2.6km、日本一長いアーケード商店街である天神橋筋商店街で、食事をしたり、一休みをしたりしながら歩くのが楽しい。もちろん、大阪天満宮は繁昌亭とあわせて参拝しよう。
関連リンク | 天満天神繁昌亭(WEBサイト) |
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参考文献 |
天満天神繁昌亭(WEBサイト) 繁昌亭とは 天満天神繁昌亭(WEBサイト) |
2025年03月現在
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