富山湾の蜃気楼
蜃気楼とは、大気中の温度差によって光が屈折し、遠方の風景などが、伸びたり、反転した像が現れたりする現象のこと。魚津市の海岸は古くから蜃気楼の展望地として知られており、対岸の建物や航行中の船舶が伸びた姿などが見られる。蜃気楼には2種類あり、春の蜃気楼として有名な「上位蜃気楼」と冬の蜃気楼として知られる「下位蜃気楼」がある。地元では、蜃気楼というと上位蜃気楼を指す。
蜃気楼を見せる大気のメカニズムにはまだわからないことが多いが、海上へ暖かい空気が移動することで、上空が暖かく海面近くが冷たい大気の層ができ、その密度差で光が屈折して対岸の物体が上に伸びたり反転したりして見える現象が上位蜃気楼である。一方で下位蜃気楼は秋から冬にかけて頻繁に見られる。海水の近くと上空の冷気との間で温度の違う空気の層ができ、その境界で光の屈折が起こり、ふだんの景色の下に反転した像が見える現象が下位蜃気楼である。
背景が反転して像の下に見えるため、島が浮いたようにみえることから浮島現象ともいわれる。このように冷暖の空気の層と一定の風が発生の条件とされている。
蜃気楼を見せる大気のメカニズムにはまだわからないことが多いが、海上へ暖かい空気が移動することで、上空が暖かく海面近くが冷たい大気の層ができ、その密度差で光が屈折して対岸の物体が上に伸びたり反転したりして見える現象が上位蜃気楼である。一方で下位蜃気楼は秋から冬にかけて頻繁に見られる。海水の近くと上空の冷気との間で温度の違う空気の層ができ、その境界で光の屈折が起こり、ふだんの景色の下に反転した像が見える現象が下位蜃気楼である。
背景が反転して像の下に見えるため、島が浮いたようにみえることから浮島現象ともいわれる。このように冷暖の空気の層と一定の風が発生の条件とされている。

みどころ
魚津港周辺の堤防付近が、一般的な眺望場所になっている。初見では、どこが蜃気楼なのかわかりにくいので、周囲の見学者・観察者に気軽に声がけしてみると良い。また、専門の解説員が居ることもある。
なお、常時見られるものではなく、蜃気楼の出やすい条件は、次の通りである。
・時期:(3月下旬~)4月~5月(~6月上旬)
・時間:午前11時ごろ~午後4時ごろ(それ以前、それ以後の例外もある)
・気温:18度以上の場合が多い(朝の冷え込みがあって日中の気温が上がるのがよい)
・風 :魚津の海岸で北北東の微風(おおむね風速3m以下)
・天候:移動性高気圧の中心が本州の東の海上に抜けて当日は晴れ、翌日頃から天候が崩れそうな日。等圧線の間隔が開き、強い風が吹かない状態。(特別天然記念物 魚津埋没林博物館WEBサイト参照)
魚津埋没林博物館では、1992(平成4)年より蜃気楼の観測を行っており、上位蜃気楼については発生日や回数を記録するとともに、出現した蜃気楼をA~Eの5段階のランク*で評価している。最近は、出現予測情報も出している。
蜃気楼が見られた、見られなかったにかかわらず、魚津埋没林博物館を訪れると良い。蜃気楼と埋没林のことを詳しく解説している。
なお、常時見られるものではなく、蜃気楼の出やすい条件は、次の通りである。
・時期:(3月下旬~)4月~5月(~6月上旬)
・時間:午前11時ごろ~午後4時ごろ(それ以前、それ以後の例外もある)
・気温:18度以上の場合が多い(朝の冷え込みがあって日中の気温が上がるのがよい)
・風 :魚津の海岸で北北東の微風(おおむね風速3m以下)
・天候:移動性高気圧の中心が本州の東の海上に抜けて当日は晴れ、翌日頃から天候が崩れそうな日。等圧線の間隔が開き、強い風が吹かない状態。(特別天然記念物 魚津埋没林博物館WEBサイト参照)
魚津埋没林博物館では、1992(平成4)年より蜃気楼の観測を行っており、上位蜃気楼については発生日や回数を記録するとともに、出現した蜃気楼をA~Eの5段階のランク*で評価している。最近は、出現予測情報も出している。
蜃気楼が見られた、見られなかったにかかわらず、魚津埋没林博物館を訪れると良い。蜃気楼と埋没林のことを詳しく解説している。

補足情報
*1698(元禄11)年に駒谷散人が著した『北越軍談』中に、1564(永禄7)年に上杉輝虎(謙信)が魚津で蜃気楼を見たという記述があり、これが本当ならば国内最古の蜃気楼の記録となるが、「北越軍談」は上杉謙信の死後100年以上を経てから刊行されたものであるため、真偽は不明である。現在判明しているもっとも古い国内の蜃気楼に関する文献記録は、『寛文東行記』/加賀藩儒学者・沢田宗堅にある魚津の蜃気楼である。それより少し後、加賀藩儒学者・室鳩巣も魚津の蜃気楼を詠んだ『早発魚津』と題された漢詩を残している。また、1700年代に入って記された『魚津古今記』では、加賀藩主前田綱紀(1643~1724年)が魚津で蜃気楼を実見し、以後蜃気楼を「喜見城」と呼ぶように命じたと伝えられている。同じく加賀藩主前田治脩は、1797(寛政9)年に江戸から金沢への道中に魚津の御旅屋(加賀藩主の宿泊所)で蜃気楼に出会い、家来に蜃気楼の絵を描かせた。この絵図は、時間とともに変化する蜃気楼を6枚の図幅に描き、実景の絵の上に順次重ねて見るように工夫されている。図中には、日時、蜃気楼の変化する様子などを記した文章が添えられ、江戸時代の蜃気楼の観測記録として一級のものといえる。魚津の御旅屋跡は、「魚津浦の蜃気楼(御旅屋跡)」として2020(令和2)年に国の登録記念物(名勝地関係)となった。(特別天然物 魚津埋没林博物館WEBサイト参照)
*A~Eの5段階のランク
・Aランク:予備知識がない人や、双眼鏡などを持たない人でも、満足できる。(肉眼ではっきり識別でき、長時間(約2時間以上)にわたり複数の方向に現れる鮮明なすばらしい蜃気楼。)
・Bランク:予備知識がない人や、双眼鏡などを持たない人でも、大半の人にわかる。(肉眼でよく識別できるが、継続時間や方向、鮮明さなど何かの要素が欠ける。)
・Cランク:予備知識がない人や、双眼鏡などを持たない人の、半数ぐらいにはわかる。(「肉眼で識別できるが短時間」「長時間だが双眼鏡がないとわからない」「方向が限定的」など。)
・Dランク:予備知識がない人や、双眼鏡などを持たない人は、大半の人がわからない。(「双眼鏡で識別できるが短時間」など。)
・Eランク:十分な予備知識をもって双眼鏡などを使用しないと観察が困難。(双眼鏡でも識別に経験を要する。)
(特別天然物 魚津埋没林博物館WEBサイト参照)
*A~Eの5段階のランク
・Aランク:予備知識がない人や、双眼鏡などを持たない人でも、満足できる。(肉眼ではっきり識別でき、長時間(約2時間以上)にわたり複数の方向に現れる鮮明なすばらしい蜃気楼。)
・Bランク:予備知識がない人や、双眼鏡などを持たない人でも、大半の人にわかる。(肉眼でよく識別できるが、継続時間や方向、鮮明さなど何かの要素が欠ける。)
・Cランク:予備知識がない人や、双眼鏡などを持たない人の、半数ぐらいにはわかる。(「肉眼で識別できるが短時間」「長時間だが双眼鏡がないとわからない」「方向が限定的」など。)
・Dランク:予備知識がない人や、双眼鏡などを持たない人は、大半の人がわからない。(「双眼鏡で識別できるが短時間」など。)
・Eランク:十分な予備知識をもって双眼鏡などを使用しないと観察が困難。(双眼鏡でも識別に経験を要する。)
(特別天然物 魚津埋没林博物館WEBサイト参照)
関連リンク | 特別天然記念物 魚津埋没林博物館(WEBサイト) |
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参考文献 |
特別天然記念物 魚津埋没林博物館(WEBサイト) 魚津市観光協会(WEBサイト) 『魚津市史自然編』魚津市 |
2025年03月現在
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