八戸市の中心部の西、国道104号沿いの城跡に堀・土塁などが残っている。南部師行(なんぶもろゆき)*が1334(建武元)年に築いた平城。南部氏が遠野へ国替えになる1627(寛永4)年までの約300年間、南部氏の居城となり北東北地方の中心であった。1941(昭和16)年に国史跡に指定され。その後1978(昭和53)年から発掘調査及び整備事業が進められて現在に至る。
 史跡の主要部分は18万m2の広大な「史跡根城の広場」として公園化されており、広場西側の本丸には安土桃山時代の様子が整備されている。本丸のほか中館(なかだて)・東善寺館(とうぜんじだて)・岡前館(おかまえだて)・沢里館(さわさとだて)などの曲輪*があったとされる。
 広場東側には1983(昭和58)年に開館した人文系総合博物館である八戸市博物館がある。また博物館脇・広場入口には明治時代初頭に廃城となった八戸城の東門が移築されている。
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みどころ

本丸跡の主殿には、安土桃山時代の根城で行われていた正月の儀式の場面が再現されている他、鍛冶工房、納屋、馬屋などには様々な道具類が展示されている。
史跡根城の広場は芝生や緑地など広大であり、本丸以外は無料開放されている。春にはしだれ桜、秋にはイチョウが色づくなど公園内は快適に散策でき、また天気の良い日には、短歌などのサークル活動にも活用されて楽しまれている。
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補足情報

*南部師行:甲斐源氏の南部光行(みつゆき)を祖として、山梨県南部町を名前の地とする南部家の南部政行の子。1333(元弘3)年、新田義貞の鎌倉攻めの際、義貞の軍勢に加わって武勲を立てた。同年10月、陸奥守北畠顕家に従って陸奥国多賀国府に移り、その後師行は糠部郡奉行として命ぜられ根城を築城しここを拠点に活動したといわれる。
*曲輪:くるわ 堀や土塁などで区画された区域。
関連リンク 八戸市博物館(WEBサイト)
参考文献 八戸市博物館(WEBサイト)
VISIT HATINOHE(一般財団法人VISITはちのへ)(WEBサイト)
八戸市(WEBサイト)

2023年10月現在

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