ポー川史跡自然公園ぽーがわしせきしぜんこうえん

ポー川*1史跡自然公園は根室中標津空港から北西に約25km、JR釧網本線知床斜里駅から南東に約52km、根室半島と知床半島の中間、オホーツク海を臨むところにある。公園の総面積は約630万m2で、国の天然記念物に指定されている「標津湿原*2」の一部212万m2、国指定の史跡「標津遺跡群*3」のひとつ「伊茶仁カリカリウス遺跡」370万m2を含む保護区域と、標津地区の開拓期の学校、農家、納屋、漁業番屋、網蔵、海底電信基地などを再現している開拓村や標津遺跡群の出土品、資料及び標津町の歴史や標津湿原について解説、展示しているビジターセンターなどからなる。
 湿原内には木道が800mほど整備され、湿原内の周遊や西方の標津丘陵に向かうことができる。湿原の中心部は雨と露を主な水の供給源とする高層湿原*⁴で、約80種の湿原植物が生育し、5~7月には花が咲き競う。とくに絶滅危惧種に指定されているエゾゴゼンタチバナを観察することができる。
 標津湿原の西方に広がる標高20m前後の標津丘陵地縁辺には伊茶仁カリカリウス遺跡と総称される擦文時代*5を中心とする集落跡が群在し、遺跡とミズナラを主体とする広大な広葉樹林に覆われた丘陵地を巡る約5kmの遊歩道が湿原の木道に続き整備されている。遺跡には竪穴住居跡の竪穴凹み2549ヵ所が見られるほか、復元された竪穴住居などがある。復元された竪穴式住居の内部にはヒカリゴケ*6が自生している。
 公園内はクマの出没も見られ、立入禁止区域もあるのでビジターセンターで確認してから、観察、散策を楽しみたい。また、ポー川ではカヌー体験*7のプログラムも設けられており、保護地区の原生的な自然景観を観察できる。
#

みどころ

公園内の湿原は、尾瀬ケ原(約760万m2)の1/3(湿原全体では1/2)の広さだが、周辺は平地なので開放感が素晴らしい。国道244号線沿いに駐車場とビジターセンターがあり、その裏には開拓村の施設が続くが、それを抜けると広々とした湿原に出ることができ、木道からは西方に標高20mの標津丘陵が原生林の緑に覆われているのを望み、北西方向には斜里岳(標高1547m)の雄姿を遠望することができる。湿原内の木道を歩くと、貴重なエゾゴゼンタチバナの群落をはじめ、湿原植物の観察を堪能できる。
 湿原の木道から樹林に覆われた丘陵地帯に入れば、豊富な湧き水が見られ、夏でも冷涼さを体感できる。真冬もこの湧水は凍らないことから、伊茶仁カリカリウス遺跡において、多くの竪穴式住居が営まれていた理由にもなっているという。この丘陵の樹林帯は、明治から大正にかけての開拓期に一度伐採されているため、樹齢80年以内の樹木が多いとはされるものの、なかには伐採を免れ、樹齢500年以上とされるミズナラもあり、遊歩道を巡れば出合うことができる。
 遺跡では、アイヌ文化に継承されたといわれている擦文文化の竪穴式住居跡や復元住居も見学でき、ヒカリゴケの神秘的な緑の輝きに感動する。また、ポー川のカヌー体験では、川面からの視点で清らかな水にふれあいながら、樹林帯や湿原の景観を楽しめる。
#

補足情報

*1ポー川:標津丘陵に沿って、標津湿原を蛇行しながら、オホーツク海に流れ込む小河川。アイヌ語地名研究家山田秀三によると、川の名の由来は不詳だが、「フㇽ(丘・坂)の地形で、その下(ポㇰ)を流れている川がポー川、つまりフㇽ・ポㇰ川」(標津町百科事典)が略されたものではないかと推測している。また、明治時代の地図ではボー川と濁点が打たれていたともしている。 
*2標津湿原:標津湿原は標津川とポー川の間、両川の河口近くに広がる総面積371万m2の湿原。このうち212万m2が国の天然記念物に指定され、保護区域としてポー川史跡自然公園に組み込まれている。中心部の高層湿原*4と周辺部の中間湿原からなっている。
*3標津遺跡群:標津丘陵及び湿原の縁辺にある7,000年前から700年前頃までの遺跡で、中心となるのは擦文時代(7~12世紀)の集落跡である。伊茶仁カリカリウス遺跡、古道遺跡、三本木遺跡の3つの遺跡からなる。伊茶仁カリカリウス遺跡はポー川に沿う丘陵の湿原の縁辺におそらく5谷11群、589の住居跡の存在が確かめられ、丘陵の北縁部の伊茶仁川に沿う地域にも652の住居跡が確認され、竪穴の凹みは2549ヶ所に及ぶという。オホーツク海に面する擦文時代を中心とする時期の集落としては大規模で稠密な住居群である。標津川沿いの古道遺跡、海岸近くの三本木遺跡も中規模の集落跡だったとされ、伊茶仁カリカリウス遺跡も含め、竪穴住居・小竪穴が凹地として明確に遺されている点などが特徴的で貴重な遺跡とされている。
*4高層湿原:高山や寒冷地などで貧栄養の地下水、降水に満たされる湿原は、枯れた植物の分解が遅く、泥炭層が生成されやすい。この層が厚い湿原を高層湿原という。また、傾斜地や地下水の供給が多く泥炭層が薄い湿原を低層湿原といい、低層、中間、高層と湿原は遷移するとされる。
*5擦文文化:北海道では続縄文文化(3~7世紀)が続いたが、5~9世紀には、オホーツク沿岸、サハリン(樺太)、千島列島において大陸の影響を受けた、漁労・狩猟中心の「オホーツク文化」が広がった。同時期に本州文化の影響をうけた北海道特有の擦文文化(7~12世紀)が成立し、オホーツク沿岸ではこの2つの文化が入り交り、10世紀になると両方の特徴をもった土器も生まれるようになった。これらがのちのアイヌ文化に継承されていったとされる。擦文土器はヘラ状の道具のハケメ痕や刻線の文様が特色で、オホーツク式土器は紐状の粘土を貼り付けた文様などを主とした。
*6ヒカリゴケ:コケ植物ヒカリゴケ科の代表種。植物体の高さは7~8mm、洞穴の中や大木の根元の穴の中などの薄暗い場所に生える。ヒカリゴケは自らは発光性がなく外からの光を反射して、緑色の光を放つ。遺跡では復元竪穴住居の囲炉裏端などで見られる。小説家の武田泰淳(たけだたいじゅん)は作品「ひかりごけ」のなかで、羅臼の洞窟で見たヒカリゴケの光り方について「苔が金緑色に光るというよりは、金緑色の苔がいつのまにか光そのものになったと言った方がよいでしょう。光りかがやくのでなく、光りしずまる」と表現している。毎年5月中旬から10月上旬にかけて観察することができ、7月がもっとも見ごろ。    
*7カヌー体験:南知床標津町観光協会(0153-85-7226)にて事前予約が必要。所要時間は1時間30分~2時間受入期間は年ごとに異なるが、毎年6月~10月に実施されている。有料。