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都道府県「埼玉県」 タイプ「史跡」

さきたま古墳公園の写真

さきたま古墳公園 ( 埼玉県 行田市 )

市の南東部、県名発祥の地に所在する古墳群。二子山*・鉄砲山・稲荷山古墳など8基の前方後円墳と1基の円墳、日本最大級の円墳である丸墓山古墳*、方墳の戸場口山古墳などの総称。もとは近辺に多数の小円墳があったことが確認されており、関東地方でも有数の古墳群といえる。これらは武蔵国造の一族の墳墓と考えられている。  稲荷山古墳...

和銅採掘遺跡の写真

和銅採掘遺跡 ( 埼玉県 秩父市 )

「続日本書紀」によると、708(慶雲5)年に「武蔵国秩父郡、和銅を献る」とあり、自然銅(にぎあかがね)を朝廷に献上したとある。貨幣を鋳造した朝廷では宣命を発し、年号を和銅と改めた。和同開珎は長い間わが国最初の貨幣とされていたが、1999(平成11)年の富本銭(ふほんせん)の出土によりその座を譲ることになった。  しかし、富本...

吉見百穴の写真

写真提供:吉見町役場

吉見百穴 ( 埼玉県 吉見町 )

東松山市との境界付近は凝灰岩質砂岩の丘陵で、白い岩肌にたくさんある横穴が、まるで蜂ノ巣のような奇観を呈する。江戸時代には十数個が開口し、不思議な存在であった。  吉見百穴には横穴住居説をめぐる激しい論争の歴史がある。オーストリア公使シーボルトの視察以来有名になり、1887(明治 20)年には当時の東京帝国大学生坪井正五郎ら...

草加松原の写真

写真提供:草加市教育委員会

草加松原 ( 埼玉県 草加市 )

1630(寛永7)年、草加に日光街道第二の宿駅が開かれ、その後草加宿の北に接する綾瀬川の西側に松並木が整備された。  江戸時代の往時の面影を残す松並木となった。しかし、1970年代になると、排気ガスなどの影響で成木は70本にまで著しく減少し、それを憂えた市民が松並木保存会を結成して、松の保護や補植に取り組んだ結果、623本まで回...