神戸女学院こうべじょがくいん

同学院は1875(明治8)年、アメリカから派遣されたタルカット、ダッドレーの二人の女性宣教師によって創立された。当初から、教育の根幹はキリスト教と国際理解の精神に根ざしたリベラルアーツを軸とする全人教育としている。中学部・高等学部・大学・大学院があり、大学の学部は1993(平成5)年以降、文学部、音楽学部、人間科学部の3学部であったが、学部改組により2024(令和6)年度からは国際学部と心理学部、また、2025(令和7)年度からは生命環境学部が加えられた。
 西宮市の北部、岡田山の丘陵地にある大学キャンパスの建築物群(正門・門衛舎、総務館、講堂及び礼拝堂・文学館・理学館・音楽館・図書館・社交館・体育館・ 葆光館・汽罐室と煙突・ケンウッド館・エッジウッド館及びパーゴラ)は、同学院が1933(昭和8)年に神戸の山本通から当地に移転してきた際に建造されたものであり、現在これらの建築物群は国指定の重要文化財となっている。設計はヴォーリズ*建築事務所によるもので、各建物は、スクラッチ・タイルやS字瓦などで外観をスパニッシュ・ミッション風に統一され、合理的なキャンパスの構成計画に基づき配置されている。なお、学生寮等一部の建物は兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)に被災したために解体され、新築改修されている。
 この建築物群の見学は、同窓生、在校生の保護者以外は年数回の一般公開日に限られている。事前の申込みが必要。同学院へのアクセスは阪急今津線門戸厄神駅から西へ約1km。
 なお、同学院の北西にある丘陵、上ヶ原の関西学院大学上ヶ原キャンパスにも、ヴォーリズが設計した建築物群がある。
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みどころ

丘陵の地形・地勢を活かし、豊かな自然と建築物群が調和する美しいキャンパスがみどころだ。スパニッシュ・ミッション風の正門をくぐり、緑豊かな森のなかの坂道を登っていくと、やがて、均整のとれた統一感のある建物群が現れ、そこに機能性を追求した独創的な空間構成が展開されている。建築物群の細部の造形をよく見ると、統一感の中に豊かな個性と高いデザイン性があり、建築美と実用性・機能性のバランスが素晴らしいことも良く分かる。昭和初期の学校建築として秀逸であり、必見の価値がある。
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補足情報

*ヴォーリズ:1880~1964年。アメリカ・カンザス州生まれ。1905(明治38)年に来日し、滋賀県立商業学校(現・八幡商業高等学校)で教鞭を取った後、キリスト教宣教活動の自給宣教師となった。宣教活動の基盤として近江ミッション(後の近江兄弟社)を設立、メンソレータムなどの医薬品の製造販売を行い、近江兄弟社学園を設立するなど多方面に事業を展開した。1908(明治41)年には建築設計監督事務所を開き、その後、本格的に設計業務を行うためアメリカ人建築技師を招きヴォーリズ合名会社(後のW.M.ヴォーリズ建築事務所)を設立した。
 本拠地だった近江八幡市内に数多くの建築物群を設計しており、大丸百貨店心斎橋店、旧大同生命ビルなど数多くの商業ビル、住宅も手がけている。大学の建物としては、関西学院大学、同志社大学、活水学院などがある。1941(昭和16)年に日本に帰化し一柳米来留(ひとつやなぎめれる)と改名。なお、神戸女学院はヴォーリズの夫人、満喜子の母校にあたる。