東京国立博物館
JR上野駅から徒歩10分、上野恩賜公園の寛永寺輪王寺宮本坊跡にある。日本及び東洋諸地域における美術・工芸・考古遺物を収蔵、展示している。
広い敷地には本館(日本の美術・博物展示)、東洋館(アジアの美術・博物展示)、平成館(考古遺跡展示と特別展の開催)、法隆寺宝物館(法隆寺が献納した宝物の展示)、表慶館(特別展の開催)の5つの展示館が並ぶ。さらに黒田記念館(黒田清輝*の作品展示)が西側の道路を挟んで隣接している。全体の延床面積は6万2,457m2、展示面積は1万8,825m2*に達する、まさに日本を代表する博物館である。また、敷地北側には全国から移築した歴史的な日本家屋、宝塔、句碑等が多数配置された日本庭園がある。
2024(令和6)年4月時点で、開館以来150年にわたって蒐集してきた蒐集品は約12万件である。内、国宝89件、重要文化財650件であり、所蔵する国宝は日本の美術・工芸分野の国宝のうち約10%、同、重要文化財のうち約6%に相当する。またこれとは別に、全国の社寺・個人から寄託されてきた国宝54件、重要文化財260件を含む総数2,675件の寄託品を収蔵している。
この博物館の歴史はウィーン万国博覧会に出品する文化財を博覧するために、1872(明治5)年に東京・湯島聖堂で開催された博覧会に始まる。このウィーン万博が発端となって博物館の設置が構想され、第1回内国勧業博覧会が開催された現在の敷地に、1881(明治14)年、コンドル設計の旧本館が完成した。以降、東京帝国博物館(後に東京帝室博物館)として1909(明治42)年に表慶館が増築され、美術館・自然史博物館・動物園・図書館まで含む総合施設であったが、大正時代に上野動物園、東京科学博物館が分離し、美術・工芸品と考古遺物を中心とする現在の博物館となった。
第二次世界大戦後は東京国立博物館となり、1964(昭和39)年に法隆寺宝物館、1968(昭和43)年に東洋館、1999(平成11)年に平成館が加わった。現在は京都・奈良・九州・皇居三の丸尚蔵館と合わせて(独法)国立文化財機構が管理運営を行っている。
広い敷地には本館(日本の美術・博物展示)、東洋館(アジアの美術・博物展示)、平成館(考古遺跡展示と特別展の開催)、法隆寺宝物館(法隆寺が献納した宝物の展示)、表慶館(特別展の開催)の5つの展示館が並ぶ。さらに黒田記念館(黒田清輝*の作品展示)が西側の道路を挟んで隣接している。全体の延床面積は6万2,457m2、展示面積は1万8,825m2*に達する、まさに日本を代表する博物館である。また、敷地北側には全国から移築した歴史的な日本家屋、宝塔、句碑等が多数配置された日本庭園がある。
2024(令和6)年4月時点で、開館以来150年にわたって蒐集してきた蒐集品は約12万件である。内、国宝89件、重要文化財650件であり、所蔵する国宝は日本の美術・工芸分野の国宝のうち約10%、同、重要文化財のうち約6%に相当する。またこれとは別に、全国の社寺・個人から寄託されてきた国宝54件、重要文化財260件を含む総数2,675件の寄託品を収蔵している。
この博物館の歴史はウィーン万国博覧会に出品する文化財を博覧するために、1872(明治5)年に東京・湯島聖堂で開催された博覧会に始まる。このウィーン万博が発端となって博物館の設置が構想され、第1回内国勧業博覧会が開催された現在の敷地に、1881(明治14)年、コンドル設計の旧本館が完成した。以降、東京帝国博物館(後に東京帝室博物館)として1909(明治42)年に表慶館が増築され、美術館・自然史博物館・動物園・図書館まで含む総合施設であったが、大正時代に上野動物園、東京科学博物館が分離し、美術・工芸品と考古遺物を中心とする現在の博物館となった。
第二次世界大戦後は東京国立博物館となり、1964(昭和39)年に法隆寺宝物館、1968(昭和43)年に東洋館、1999(平成11)年に平成館が加わった。現在は京都・奈良・九州・皇居三の丸尚蔵館と合わせて(独法)国立文化財機構が管理運営を行っている。

みどころ
12万件に及ぶ収蔵品のうち常時3,000件を総合文化展(常設展示)で公開しており、年間400回を越える展示入れ替えにより1年間に延9,000件の展示を行っている。そのため、何回来ても常に未見の文化財を見る楽しみがある。さらに、展示されている美術・工芸品、考古遺物、古書籍などは国宝・重要文化財に指定されているものが多く、その分野に興味のある人にとっては必見の博物館である。広い施設と多数の展示品は1回で全てを観覧することができないため、分野毎、展示館毎に随時、観覧することをお薦めする。
(1)本館(日本ギャラリー):1938(昭和13)年開館
コンクリート建築に瓦屋根をのせた帝冠様式の建物で重要文化財となっている。25室の展示室を持ち、彫刻では各時代の仏像・神像などが一堂に会している他、絵画では水墨画や屏風絵から明治・大正の近代日本画、工芸では武具刀剣から漆工、陶磁器・金工・染織、書跡までジャンル別に各室に展示されている。
(2)東洋館(アジアギャラリー):1968(昭和43)年開館。谷口吉郎設計。
中国・朝鮮半島・東南アジア・西域・インド・エジプトなどのアジア諸地域の美術と工芸、考古遺物を地域別に10室の展示室を巡って見ることができる。
(3)平成館(日本の考古遺物、及び企画展):1999(平成11)年開館
1階は古代日本の石器・土器類に始まり中世・近世の考古学的に貴重な文化財が展示されている。2階は特別展(企画展)スペース。
(4)法隆寺宝物館:1964(昭和39)年開館、1999(平成11)年再建
1878(明治11)年に法隆寺から皇室に献上された美術工芸品318点を展示する校倉(あぜくら)風の建物。正倉院宝物と双璧をなす奈良時代の美術品・書跡・彫刻が展示されている。
(5)表慶館:1909(明治42)年開館
ドームの付いた煉瓦(れんが)造のネオバロック様式建築で重要文化財に指定されている。特別展(企画展)の開催時のみ公開される。
(6)黒田記念館(黒田清輝作品):1928(昭和3)年開館
黒田清輝の洋画作品を展示している。代表作である「湖畔(1897年)」、「読書(1891年)」、「舞妓(1893年)」、「智・感・情(1899年)」は年3回、新年、春、秋に各2週間公開。
(7)庭園と歴史的建物
本館北側には日本庭園があり全国から蒐集移築した歴史的建物・宝塔*が配されている。草庵などの一部は茶室として利用することができる。
(1)本館(日本ギャラリー):1938(昭和13)年開館
コンクリート建築に瓦屋根をのせた帝冠様式の建物で重要文化財となっている。25室の展示室を持ち、彫刻では各時代の仏像・神像などが一堂に会している他、絵画では水墨画や屏風絵から明治・大正の近代日本画、工芸では武具刀剣から漆工、陶磁器・金工・染織、書跡までジャンル別に各室に展示されている。
(2)東洋館(アジアギャラリー):1968(昭和43)年開館。谷口吉郎設計。
中国・朝鮮半島・東南アジア・西域・インド・エジプトなどのアジア諸地域の美術と工芸、考古遺物を地域別に10室の展示室を巡って見ることができる。
(3)平成館(日本の考古遺物、及び企画展):1999(平成11)年開館
1階は古代日本の石器・土器類に始まり中世・近世の考古学的に貴重な文化財が展示されている。2階は特別展(企画展)スペース。
(4)法隆寺宝物館:1964(昭和39)年開館、1999(平成11)年再建
1878(明治11)年に法隆寺から皇室に献上された美術工芸品318点を展示する校倉(あぜくら)風の建物。正倉院宝物と双璧をなす奈良時代の美術品・書跡・彫刻が展示されている。
(5)表慶館:1909(明治42)年開館
ドームの付いた煉瓦(れんが)造のネオバロック様式建築で重要文化財に指定されている。特別展(企画展)の開催時のみ公開される。
(6)黒田記念館(黒田清輝作品):1928(昭和3)年開館
黒田清輝の洋画作品を展示している。代表作である「湖畔(1897年)」、「読書(1891年)」、「舞妓(1893年)」、「智・感・情(1899年)」は年3回、新年、春、秋に各2週間公開。
(7)庭園と歴史的建物
本館北側には日本庭園があり全国から蒐集移築した歴史的建物・宝塔*が配されている。草庵などの一部は茶室として利用することができる。

補足情報
*黒田清輝(くろだせいき):1866~1924年:明治時代に活躍した洋画家であるとともに、美術教育、美術行政にも大きな役割を果たした。東京美術学校(現、東京藝術大学)の講師として近代洋画の発展に寄与した。帝国美術院の院長を務めた。
*世界の著名な博物館・美術館の展示面積比較:ロンドンの大英博物館は5万6,600m2、パリ・ルーブル美術館は6万m2である。
*日本庭園や敷地内に移築された日本家屋:
・九条館:もとは京都御所内の九条邸にあったもの。床張付き襖腰障子に狩野山楽、山雪の筆と伝える四季楼閣山水図がある。木造平家建、瓦葺。
・応挙館:名古屋の郊外、大治村の明眼院の書院として、1742(寛保2)年に建てられ、1933(昭和8)年に当館に寄贈された。床張付襖、壁張付腰障子の絵は円山応挙の絵。
・六窓庵:江戸初期、飛騨高山城主の子で茶人として有名な金森宗和が、奈良興福寺慈眼院に建てたもの。明治初期に移築された。
・春草廬:江戸初期、河村瑞軒が大阪淀川の改修工事の休息所にあてた小屋を復元、茅葺。
・転合庵:17世紀、小堀遠州による京都伏見に建てられた茶室
・六窓庵:17世紀、奈良の興福寺にあった茶室
・校倉(あぜくら):もと奈良元興寺の別院十輪院の経蔵。鎌倉時代の宝形造、本瓦葺の校倉建築である。法隆寺宝物殿の裏にある。
*世界の著名な博物館・美術館の展示面積比較:ロンドンの大英博物館は5万6,600m2、パリ・ルーブル美術館は6万m2である。
*日本庭園や敷地内に移築された日本家屋:
・九条館:もとは京都御所内の九条邸にあったもの。床張付き襖腰障子に狩野山楽、山雪の筆と伝える四季楼閣山水図がある。木造平家建、瓦葺。
・応挙館:名古屋の郊外、大治村の明眼院の書院として、1742(寛保2)年に建てられ、1933(昭和8)年に当館に寄贈された。床張付襖、壁張付腰障子の絵は円山応挙の絵。
・六窓庵:江戸初期、飛騨高山城主の子で茶人として有名な金森宗和が、奈良興福寺慈眼院に建てたもの。明治初期に移築された。
・春草廬:江戸初期、河村瑞軒が大阪淀川の改修工事の休息所にあてた小屋を復元、茅葺。
・転合庵:17世紀、小堀遠州による京都伏見に建てられた茶室
・六窓庵:17世紀、奈良の興福寺にあった茶室
・校倉(あぜくら):もと奈良元興寺の別院十輪院の経蔵。鎌倉時代の宝形造、本瓦葺の校倉建築である。法隆寺宝物殿の裏にある。
関連リンク | 東京国立博物館(独立行政法人国立文化財機構)(WEBサイト) |
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参考文献 | 東京国立博物館(独立行政法人国立文化財機構)(WEBサイト) |
2025年06月現在
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